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今は昔。思い出したから書いてみた。 作者:テイジトッキ

宝物

 春休みに入り、珠玉は相変わらず武田先輩と幸せデートを重ねている。 
 私とさとみとユッコは、短い春休みを思いっきり楽しもうと毎日のように遊び耽っていた。
 そんなある日、さとみが私達にある物を見せた。

「じゃ~ん! 見て、うち髪の毛、金髪にするし」

 さとみはヘアカラーの箱を、見せびらかすように振って見せた。

「ガチで? 金髪? それは行き過ぎちゃうん?」

 ユッコが意見した。私も横で頷く。
 根性あんのは知ってるけど。そこまでは……引くぞ。

「うちは、やるときは『ヤル女』やで!」

 さとみが何かの真似をしてカッコつけながら、クルクル回っている。

「何それ~! 意味わからんしぃ。きゃはははは……」
「なんでぇ、知らんのぉ~CMでやってるやん!」

 さとみとユッコがふざけあっている。
 さとみ、明るなったなぁ……
 と、思う一方で。私はさとみの手の中にあるヘアカラーの箱に気を取られていた。 
 染めたい……
 金髪は、いらないけど。珠玉と同じ髪の色に……
 私は、珠玉の髪に憧れてる。母が切れと言うのを無視し続け、長さは肩甲骨の下まで伸びた。 
 同じ色に染めたい……あの透き通るような栗色の髪になりたい!

 その日の夜、私は珠玉に電話を掛けヘアカラーのメーカーと色番を教えて貰った。
 そして、翌日ユッコの家でさとみに染めて貰っちゃったのだ。 
 おぉ~♡ なかなか良いではないか! 私のこの地味な顔立ちを引き立たせ、明るい表情に仕上げているではないかぁ~♡ 素晴らしい!!
 しかし、ユッコが心配そうな顔をして、

「けど……真子んとこの、お母さん大丈夫? けっこう、厳しいやんか? お兄ちゃんも…怒らはらへん?」

 ちょっともう、水差さないでよぉ。
 そう、その事は充分に考えた……染め直せと言われるかも知れない……多分、言われるだろう。 
 それでも、一日だけでも染めたかった。

「大丈夫、覚悟はできてるから。一発ぐらい叩かれても、気にしぃひんし!」
「へぇ~、つよぉ~! 真子さん、えらい強ならはりましたね~」

 パン……パン……パン……
 さとみが、冷やかすようにゆっくり拍手する。

「ほんまや~。けど、叩かれたら教えてや。また、私が染め直したるから……」

  大丈夫、耐えて見せるさ。うん。

「うん、ありがと♡」

 色々と心配してくれている二人をよそに、私の心は嬉しさで一杯だった。
 ぅわ~! やったぁ~! 珠玉とおんなじ色やぁ~♡♡♡♡♡♡♡ 
 私は鏡の中の自分を食い入るように見た。
 髪の毛が、肩から背中に掛け私を被っていて、まるで珠玉を纏っているような、珠玉に抱きしめられているような妄想に駆られていた。
 あぁ、シュウ私を抱きしめて~♡
 鏡を覗き込みながら、幸せに浸る。

「真っ子ぉ~♡ できたぁ~? どんな感じぃ~?」

 ギクッ!
 珠玉が、そう言いながらヒョイっとユッコの部屋を覗き込んだ。

「シュウ!」

 こういう時って、あれよね。慌てるっていうか、焦るっていうか……アハハ。
 鏡をみると、顔が赤かった。ハハ。

「いや~ん♡ 可愛いぃ~♡ 真子ぉ」

 珠玉は私を見るなり、抱きついてくる。私は更に恥ずかしくなり、真っ赤になって肩をすくめた。 
 珠玉は大はしゃぎで私の髪を弄ぶ。 
 二人の髪を重ねてブラシで梳き、見分けがつかなくなることが面白いみたいで、何度も同じ事を繰り返しては『お・そ・ろ・い』と言って、はしゃいでいた。 
 本当は髪質が少し違うので、微妙に分かるのだがそんな事は度外視か。

 私は浮かれ気分で家に戻ったが、玄関先に立った途端、幸せ気分は急速に冷めた。 
 これから、母との闘いがはじまる……。 
 何を言われても、何をされても……この髪の毛は死守するぞ! 私の唯一の宝物なのだから。
 よし、行くぞ!
 玄関の扉に手を掛け、力一杯引く__玄関ポーチに立ち息を吸う。

「ただいまぁ~」

 ひぇ~。声、小っちゃ。
 やっぱビビるよなぁ……さっきの意気込みは何やったんやぁ?
 かぁーっ、情けない……。とりあえず、一日目でバレるのも何だしな。
 そのまま、さっさと自分の部屋へ掛け上がり部屋の扉を閉める。念の為、カギも……。

 机の前に座り、引き出しから鏡を取り出し暫らく見惚れてから、髪の毛を一本の三つ網にし、更におだんごにして纏めた。 
 母の目につく部分を極力少なくする作戦。
 食事より先に風呂に入って、タオルを巻いて食事をする作戦も考えたが、母が嫌がるので余計に注目を浴びると思い止めた。 
 叱られるのは想定内……あとは、私が腹を括るしかないのだ。分かってる。
 でも、叱られるのをちょっとでも先延ばしにしたいっていうか。臆病だけど、それが本音。 

「真ぁ子ぉ~、帰ってるんかぁ~? ご飯やでぇ~」
「はぁ~い」

 母が呼んでいる いよいよ、対峙の時が来た。
 階段を降りながらリビングの様子を伺う__テーブルに人影はない……多分、台所にいるのだろう。
 リビングに到着すると、思った通り母は流しに立ちこちらに背を向けている。

「真子、テーブルに料理運んで」
「わかったぁ」

 いつもの流れ……胸がドキドキしている。
 職員室に呼び出された時のような……もしくは、予防接種の時の注射針が腕に近づいてくる時の……あのドキドキに似ている。 
 素知らぬ顔で食事の用意を手伝い、テーブルに着く__兄が二階から降りてくる足音が、階段から聞こえてきた。
 兄も決して味方ではない……想定内だ。 

「いただきまぁす」
「真子、お兄ちゃんにご飯よそってやぁ」
「はぁい」

 兄の茶碗を持って炊飯器の前に立つ__兄が横を通り過ぎる……第一関門通過……ホッと胸をなでおろす。それも束の間、兄にご飯を差し出す……兄はテレビを見ながら、手だけを私の方に出して茶碗を受け取る……第二関門通過。
 自分の食事の前に戻り、再び食べ始める。はぁ、息が詰まる。 
 いつもより、早いペースで食べ進める……母が父のお酒の肴を用意するまでに、2/3は食べてしまわなければ……兄は相変わらずテレビから目を離さない。 
 行儀が悪いといつも母が小言を言うが、今日はそのままテレビに釘付けになっていて欲しい。 
 早く食べてしまう為、殆んど飲み込んでいる状態。当然、喉が詰まってしまい、味噌汁や、お茶で流し込むようにして食べる。

「お父ちゃん、できたよぉ」

 母がテレビの前で寝転んでいる父に声を掛けた。父が、のそっと起き上がりリビングに入ってくる。 
 兄の隣に座ると、手酌でビールをグラスに注いで……グラスを持ち上げ口元に運びながら、テレビに視線を向ける。 
 よぉし、そのままこっちを見るなよぉ。
 母がやっと食卓について食べ始めた。 

「いただきます」

 と言いながら手を合わせる。
 味噌汁をすすり、ご飯→おかず→ご飯→味噌汁の順番で食べている……一通り食べ一心地つけば視線を上げるだろう、そしてテレビに齧り付いている男達には目を向けず、私に話しかけるはず……いつものパターン。 それまでに食べ終わらなければ……。 
 私はいつもより多めのご飯を箸に乗せ、おかずを頬張り、味噌汁で流し飲む……食べ物が食道を窮屈そうに落ちていくのが分かる……苦しい……まるで、水分補給なしでサツマイモを食べている気分だ。
 上目遣いに母の行動を見張りながら、急いで食べる。
 母が味噌汁をすすっている……多分、次に顔を上げたときに私の方を見るに違いない。 
 味噌汁のお椀が母の口元から離れた__

「ごちそうぉさまぁ~」 

 私は手早く自分の食器を重ねて立ち上がり流しへ運んだ。
 母達に背中を向けて、食器を洗う……いつもより、前屈みになって__

「えらい、早いやないの」

 母が背中越しに話しかけてくる。

「早よ、お風呂入りたいねん」
「そうなん? あ、シャンプーもうすぐなくなると思うし、新しいの出しといてな」
「うん、分かった」

 私は何食わぬ顔で母の傍を通り過ぎ、風呂場へ向かった。 
 ふぅ、やったぁ。今日は大丈夫や。
 上機嫌で風呂に入り、丁寧に髪を洗う。
 染めた時にシャンプーは済ませたから、軽く流すくらいでいいか。で、トリートメントに力を入れよう。 
 掌にたっぷりのトリートメントを乗せ、毛先の方から優しく揉むように馴染ませていく……この作業を何度か繰り返し、トリートメントを髪全体につけ終わったら、そのまま髪を頭の天辺で纏め、熱めのお湯で絞ったタオルで髪の毛を覆い、その状態で身体を洗う。 
 身体を洗い終わったら、もう一度熱めのお湯でタオルを絞り直し、再度頭に捲きつけた状態で湯船に15分間程浸かる……『蒸す』イメージ。 
 トリートメントを髪の毛によく浸み込ませるように考えた独自の手法なのさ。
 トリートメントを洗い流し、髪の毛の滑らかさを確認する。よし、滑らか。

 湯上りにはバスタオルでタオルドライし髪についている水分を十分に拭き取り、今度は乾いたスポーツタオルを巻きつけタオルドライで拭えなかった水分をタオルに浸み込ませる。 
 このスポーツタオルは自分の部屋まで捲きつけたままなので、途中母に見られたとしても大丈夫。

 部屋に戻って、ドライヤーで髪を乾かし、寝る前の洗い流さないエッセンスも忘れない__ 
 髪が黄金に輝いているようだ……『お・そ・ろ・い』 珠玉の声が聞こえてくる。 
 キレイ……
 一晩中……見ていたい……。

 その晩、夢を見た。
 髪の毛が踝まで伸びている夢。
 なぜか私はプールで泳いでいて髪の毛が水面を覆っている夢。
 童話で読んだ人魚姫のような……。
 私は水泳が苦手なので、水の中を自由に泳いでいる夢は最高に気分が良かった__

 夢と云えば……私は空を飛ぶ夢をよく見る。小学校の頃から……同じ夢を、何度も何度も。
 その夢はとても不思議な夢で、夢を見る度に空を飛ぶのが上手になっているんだ。 
 私は夢の中で成長しているのだ。
 急にこんな事言い出したからって、別に頭がおかしくなったわけじゃない。まぁ、聞いてよ。
 内容は単純__ まず、助走し両手を広げ、飛び上がると同時に両手をバタバタさせると、身体が宙に浮く。
 漫画みたいだけど、夢だから同じようなものかもしれないよね……その夢を見始めて、何年か経っている。

 最初は、助走して飛び上がっても、すぐに地面に着陸(墜落)してたんだけど……最近見た夢の中の私は、飛び上がってから約100mは宙に浮いていることができるようになってた。高度も、最初は地面スレスレで飛んでいたのが、今では2mぐらいの高度を保ちながら飛び続けることができるようになってた。 
 ただ、思うところに、思うように着地できないのが残念で……まぁ、夢だから仕方ないかも。って、そこは変に納得してるうだな。 
 たまに見る夢だけど、毎回の自分の成長が楽しくて、その夢を見て目覚めた日は一日中夢の事考えてる。
 何だかワクワクして……笑ける。 
 でも、水泳の夢は初めて。現実でも泳げるようになれるといいなぁ。
 と思いながら__今日は目覚めもいい。
 身体を起こし、腕をあげ大きく伸びをする。
 おお! 力が漲るー! よし。

 ベッドから降り、机の前に座った途端、現実に引き戻された。 
 はぁ、今日もバレませんように……
 鏡に映っている自分を見ながら祈るように、髪を三つ網にして一本に纏めた__。

読んで下さっている皆様。ありがとうございます。感謝しております。
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