番外編 ハロウィン②
注意事項は「ハロウィン①」に表記しています。思ったよりも長くなってしまったため、後半はまだ執筆が終わっていません。次の投稿分で完結にできる予定なので、興味がある方はもう少しお待ちください。
時折女の絶叫だの魔女イメージらしい「イヒヒヒ」という不気味な笑い声だのが一定の間を置き放送で流れること以外は、結構屋外は普通だった。確かに建築物の色は変わっているが、それでもここがゲームだと思えば特に問題はない。下を通ると一斉に飛び立つ蝙蝠には数回驚かされたが、慣れれば蝙蝠がいるポイントを避けて歩くのは容易だった。
ゾンビやスケルトンと戦うのは怖いが、それらが歌って踊るのなら別に怖くはない。だから、実のところ遥は遊園地のハロウィンイベントが好きだった。日が暮れるまで滞在したことはないしお化け屋敷的なものにも入ったことはないが、それでもハロウィングッズを見たりショーを見たりするのは好きだったのである。
NPCの仮装はかなり種類が豊富で、パッと見た限りでも猫人間、犬人間、完全なミイラ男、服を着たスケルトン、シーツを被ったようなおばけなどがあった。また服装も色もそれぞれ異なるので、余計に数は多く見える。エプロンドレスを着た子どもサイズの猫が通り過ぎるのを目で追い、結局いつもの格好をしている遥はうっとりとしながら息を吐いた。
「映画の中みたいですよね」
「確かに。元々そんな感じだったけど、特に今日はアニメの中にいるような気分になるよ」
いつもは全くしないのに、アオも今日は周囲をキョロキョロと見渡している。その仕草が妙に子どもっぽく見えて、遥は少し笑ってしまった。
「いつもならプレイヤーがフィールドやダンジョンにいる時間だけど、さすがに今日は町にいるみたいだね」
「そりゃ、パーティなんてもんがあるのに、ダンジョンで時間がかかっちまえば終わってるかもしれねぇしなあ。絶対しねぇだろ、そんなこと」
キールが「男性プレイヤーはミイラ男、女性プレイヤーは猫娘が多いみたいだ」と呟くのを聞きながら、遥は改めてプレイヤーの服装を確認した。確かに、男性で狼男を選択している人は余り見えない。これは、多分「美形以外が獣耳をつけても滑稽である」という遥も先ほど真剣に考えた問題のせいだろう。また、カボチャ頭を選択しているプレイヤーもかなりいる。
一方の女性は、ある程度化粧で化けているので猫娘を選択しているようだ。実際、《ジェネシス――13》で見かける女性の顔面偏差値はかなり高い。VRならつけまつげも二重も自前になるので、リアルと同じかそれ以上には美しい状態となっているのである。少々年齢が高いプレイヤーはミイラ男やカボチャ頭を選択したりそもそも仮装をしていなかったりもするが、しかし楽しそうだというのは変わらない。
ログインしてから初めてのイベントということで、ほとんどのプレイヤーはテンションが上がっているらしい。そしてそれは遥たちも同じだったが、特にナツはテンションは凄かった。
「おい、向こうの露店に何か置いてあるぞ!」
「こっちの服、黒色はないのか?」
「……うーん、いまいちだな。次行くぞ」
いつの間にか、気づけばナツが先頭に立ち率いている状態である。遥を含めた3人は余り引っ張るタイプではないので、今はもう流されるまま歩いているという感じだ。こうなったのは、多分先ほどした会話が原因だろう。
『それで、お前らはどんな仮装にするわけ?』
『え、私はカボチャ頭で十分なんですが……』
『僕もこれでいいと思うけど』
『僕も』
遥はここでブチッと何かが切れる音を聞いたのだが、後から考えれば多分あれはナツの堪忍袋の緒が切れた音だったに違いない。3人の回答を聞いたナツが、まるで妖怪のような暗くて冷ややかでドロドロとした威圧感を放ったのだ。
『ンな初期仮装絶対認めねぇ……ッ。全員俺がまとめてプロデュースしてやっからな!』
そして今に至る。
般若のような形相で服屋に突撃するナツを見て、小さくため息をついた。一旦あの表情を見てしまえば、止めることも躊躇してしまう。無意識の内に「そんなに駄目かなあ、カボチャ頭」と呟くと、「僕はいいと思ったけど」と真顔のキールに返された。
そのままキールと雑談をしていると、ついついその三角耳に視線が集中してしまう。自分が見惚れていると気づき、遥は勢いよく顔を逸らした。しかし、そこで笑みを浮かべたアオと目が合ってしまう。どうやら一連の出来事を見ていたらしい。カッと頬は赤くなったがそれでも何も言えず、遥は俯いてキャスケットを深くかぶり直した。
メッセージにあった「各ショップが個性的なハロウィンアイテムを入荷している」という情報は間違いではなかったようで、今まで足繁く通った《武器屋》《防具屋》《道具屋》以外の雑貨店や露店でもハロウィン風のアイテムはたくさん売られている。
具体的に言うと、「カボチャのランタン」「魔女の三角帽」「尖った牙」などリアルのショップでもコスプレ用に売られているものから、「口にした色に髪が変化するヘアースプレー」「簡単ハリウッドメイクキット」「プチ整形30分セット」など興味深い品々も多数売っている。そのおかげで、今まで雑貨屋なんて全く興味もなかったプレイヤーたちが揃って駆けこんでいるのだ。
イベントを一番いい状態で迎えたいという意思の表われだろうが、彼らの行動はかなりアクティブだ。バーゲンセールか福袋商戦中の店内を思い浮かべて貰えればいいと思うが、まるで餌に群がるハイエナのように店に押しかけている。限定品とは表示されていないので急がなくてもいいだろうとは思うが、衣装選びの時間のことを考えれば早めに特殊なアイテムは手に入れておきたいのかもしれない。
幾つかの町を回って分かったことだが、ほとんどのプレイヤーが雑貨店に駆け込んでいた。恐らく誰かが「こんなもの売ってたよ」とメッセージを仲間に送り、そこからギルドを通じて爆発的に情報が拡散したのだろう。
客の人数で店の大きさはある程度変わるので普通なら「狭い」と思うことはないのだが、さすがにこれだけの人数が一度に押し寄せると話は別になる。かなり魅力的な「プチ整形30分セット」が一軒の雑貨店でしか扱っていないということが、騒動の一員のような気はした。まあ、普通なら課金でしか弄れないアバターを、ゲーム内の金銭でどうにかできるというのは非常に魅力的である。
一時間も経つと、ナツ曰く「初期仮装」だったプレイヤーたちも3割はアレンジを加え始めていた。ゴシック系のアイテムで猫耳を際立たせたり、あるいは妖精の衣装に相応しいアクセサリーをつけたり、とにかく女性陣のギラギラ感が半端ない。パーティを組んでいる男性プレイヤーたちは、その勢いに引きずられるような形で右往左往している。やはり、こういったイベントでは男性よりも女性の方が燃えるのだろうか。
「おい、さっさと行くぞ!」
――まあ、何にでも例外はあるようだが。
* * *
本当は数えられるくらいしか訪れていないのだが、こうして短期間に入店していると常連になったような気がしてくる。オレンジ色と黒色のツートンカラーになっている壁紙をみながら、遥は淹れてもらったミルクティーを口に含んだ。
ちなみに、現在遥は単独行動をしている。何故そうなったかと言うと、人酔いした遥の気分が悪くなったからに他ならない。それと香水の匂いが駄目だったのだ。
他2人も自分のギブアップをきっかけに買い物戦線から離脱したがったが、いつになく真剣な表情のナツがそれを却下する。「絶対逃がさねぇ」と語ったナツの瞳は日本のホラー映画に出てくる幽霊のようにおぞましく、さすがのキールも反論することはできなかった。
また、現在応対してくれているこの犬耳店員もきちんと仮装している。
いつもは商人然としたゆったりした服装なのだが、今日は世界観をぶち壊す中華テイストだ。丈の長い上着とゆったりとしたパンツを合わせていて、正直目の遣りどころがない。ハロウィンというよりはただのコスプレだが、それでも似合っているので文句を言うこともできない。むしろ何かのキャラクターのように見えてきて、そんな風に考えてしまう自分の頭が痛すぎて嫌になる。
頭の中で「煩悩よ去れ」と念じながら、遥はミルクティーのカップを握り締めて一気にそれを煽った。ミルクティーには悪いが、気分を変えるきっかけになってもらおうと思ったのである。飲み干した後は、幸いなことに少し頭も冷えた。小さくため息を吐き、遥はお茶の礼を犬耳店員に告げる。
「各レストランもハロウィン用のメニューになっているはずだ。興味があるなら寄ってみるといい」
「本当ですか? 楽しみです」
ついテンションが上がってしまって「《宿屋》の食事もとても美味しくて」と話し始めた遥は、無表情がデフォルトの犬耳店員が微笑んでいると気づいて思わず硬直した。誰にでも厳しそうに見える切れ長の瞳は確かに和らいでいて、ストイックな雰囲気を漂わせていたはずの犬耳店員からは春の日差しのような温かさしか感じない。
(甘い! 何か甘いッ)
犬耳店員からすればただの客でしかないだろうが、それでもこうして反応が変わったのを見ると乙女ゲームを思い出さずにいられない。それくらいに犬耳店員の表情は甘かった。
俯きフルフルと身震いしている自分を心配したのか、今度は犬耳店員がオロオロとし出した。無表情ではあるのだが、体全体から「大丈夫か?」というオーラが出ている。その真っ直ぐな優しさが今はちょっと心苦しかった。
ようやく精神が落ち着き、再び淹れてもらったミルクティーを飲む。そのほのかな甘みが、
「あ、あの、もう大丈夫なので、すみません」
「……体調不良じゃないなら、別にいい」
クシャクシャと頭を撫でられ、遥は思わず犬耳店員の顔を直視してしまう。僅かに上がった口角を見て、改めて「駄目だ天然タラシだ」と悟った。甘い空気に耐え切れず、遥は紅茶の礼を言ってその後足早に《犬耳雑貨》を出る。
涼しい風が撫でている自分の頬が熱いのは、どう考えても犬耳店員のせいだった。
「え、ちょ、何で仮装してないねん! こういうときは猫耳つけたりミニスカ着たりするとこやろうがっ」
「――それはさっき気持ち悪くなるくらい聞きました」
うっかりナツにガクガクされた気分を思い出してツッコミとも言えないほどローテンションで返事をする。すると、「何で半ギレやねん」と眼鏡店員に怒鳴られてしまった。解せぬ。
他のNPCと同じく、流れとしては当然だが眼鏡店員も仮装をしていた。癖のある金髪から、スコティッシュ・フォールドのような垂れた形の白い耳が顔を出している。多分猫耳ということなのだろう。
(猫耳……)
ワーワーと喚いている眼鏡店員の声を右から左へ聞き流し、遥は見るからにフワフワと触り心地のよさそうな耳を見つめる。キールやアオの狼耳も手触りはよかったが、あれは滑々としていて少し硬めだった。きっとこの猫耳は綿のようにフワフワとしているに違いない。
触りたいという欲求でうずうずとしていると「嬢ちゃん聞いとるか?」と眼鏡店員に声をかけられ、途端にハッと我に返った。慌てて頭を下げる。
「すみませんっ、聞いてませんでした」
「お、おう……、別にええけど」
勢い負けしたのか眼鏡店員はいつもの調子もどこへやら、微妙な表情で頬をポリポリと掻いた。目を子どものように右往左往させているのも、何だか彼らしくない。
猫耳に釘付けになっていたため見えていなかったのだが、実はこの《なまり露店》全体もハロウィン仕様だった。いつもは地味な色合いのカーペットの上に商品が並べられているのだが、今日は紫色と黒色のツートンカラーだ。また、書店のポップのような形状の紙に蝙蝠の絵が描かれていて、品物の隙間で複数の蝙蝠がユラユラと揺れている。
自分が来たことで既に音声はオフにされてしまっているが、周囲にはいつもの通り女性NPCが群がっている状態だ。そして、彼女たちもまたハロウィン仕様で色々な仮装をしている。ギリシャっぽいロングドレスを着た妖精が2人、悪魔と言うよりは多分小悪魔をイメージしたのだろうミニスカドレスが2人、赤ずきんのような仮装と猫耳仮装の少女が1人ずつだ。いつものように古今東西の美女が集まっている。
「相変わらず店員さんは楽しそうですね」
「あれ、何か言葉に棘を感じるんやけど」
そうは言われても、しかしこうして実際美女たちに囲まれているのだから「楽しそう」と口にしてしまっても仕方ない気がした。現に、周辺にいる男性プレイヤーからは「チッ」という舌打ちが聞こえる。多分本人がイケメンでNPCとは言え女性にちやほやされている眼鏡店員が気に食わないのだろう。
女性プレイヤーがいれば眼鏡店員を囲むことは間違いないのだが、どういうわけかこの場に女性は誰1人としていない。恐らく、魅力的な商品を取り扱う雑貨店が集中している隣りの通りに集まっているからだ。ここにいる男性プレイヤーは、多分そんな女性プレイヤーの熱気から少しでも離れて涼もうとしているのである。
「大体、何でハロウィンイベントで仮装してないねん」
調子が出て来たらしい眼鏡店員が話を蒸し返してきた。遥は静かに反論する。
「一応最初はしてたんですよ」
「え、ほんま? うわー、何々? 何の仮装したん?」
前のめりになった眼鏡店員のテンションに押され、遥は上体を後ろに引く。先ほどは話をほとんど聞いていなかったのでせめて質問くらいは真面目に答えようと、「カボチャ頭です」と簡潔に返した。
え、と眼鏡店員の口から声が滑り落ちる。それが聞き取れなかったのだと思い、遥はもう1度口を開いた。
「カボチャ頭です」
「……」
絶句。まさにそうとしか言いようのない状態の眼鏡店員に首を傾げる。ナツはすぐさま怒鳴って来たが、そういえばその前はこんな顔をしていたかもしれない。
その後ナツと繰り広げた会話とほとんど同じものを眼鏡店員としていると、約束していた時間が近づいているということに気づいた。昼食には遅めの時間だが、多分買い物に夢中なナツは大して気にしていないだろう。
「すみません。そろそろ時間なので」
話しを中断させるのも悪いが、それでもそろそろ切り上げなければ間に合わない。眼鏡店員は至極残念そうな表情をしていたが、「え、もうこんな時間か?」と自分でもびっくりしていた。
失礼します。――と別れの挨拶をして立ち去りかけたそのとき、眼鏡店員から「ちょい待ち」と声がかけられる。振り返ると、今まで見たことがないくらいに柔らかく微笑んだ眼鏡店員と目が合った。
「NPCの店員に『トリック・オア・トリート』って言うと、お菓子が貰えるんや。おもろいから試してみたらどうや?」
「そうなんですか。分かりました」
きびすを返したところで、再び眼鏡店員から声がかけられる。
「ちょ、俺にも聞いてってぇな! ここは聞くとこやろッ」
そう言えばこの人もNPCだったか。そう思いながら「トリック・オア・トリート」と言ってみる。途端に「お菓子持ってへんから悪戯してええで?」と唇を尖らせ目を瞑ったので、遥は眼鏡店員を無視して今度こそ石柱を使い約束していた場所へと急いだ。
「ここは、照れながら結局ほっぺチューするとこやんか!」
そんな叫びが背後から聞こえた気もするが、多分気のせいだろう。
「カボチャ頭です」
「え?」
「カボチャ頭です」
――という会話がとても楽しかったです。
遥がカボチャ頭推しなのは、多分書いている私のせいだと思います。
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