旧友1
視察に行った先で、いきなりアンティを吹っかけられる可能性も考えて、駅に寄り持っていた荷物を全てロッカーに預ける。もし逃げられないような状況に追い込まれてしまった場合の保険だ。カードさえ持っていなければ、試合も出来ないし、取られることも無いのだ。
「ここがあの女のハウスね」
「お前は突然何を言い出してるんだ?」
意味の分からないことを言いだした和馬に、大和は呆れた視線を飛ばす。和馬はそれを軽く受け流し、ビルの看板を確認していた。
「ここの地下か。確かに学生は来そうに無いな」
大和も同じように看板を確認すれば、一階は喫茶店といたって普通だが、二階が麻雀クラブ、三階がホストクラブ、四階がキャバクラと学生が入れない店がならんでいる。そしてその地下がゲームセンターになっていた。看板にはゲームセンター・パラダイスと書かれている。
ビル自体の雰囲気も暗く、清掃が行き届いていないのか、はたまた清掃以上の速度で汚されているのか、階段の隅にはゴミがたまっており、階段の壁にはスプレーで意味の分からない落書きがされ、薄暗い照明も相まって不気味さを引き立たせている。
「よし、行くか」
ゴクリと生唾を飲み込み、大和は気合いを入れて階段に踏み出す。その階段を下りれば、そのままゲームセンターへと続いていた。ビルと同じように店内の雰囲気は暗く、一般客の使うようなクレーンゲームや太鼓ゲームなどの明るい雰囲気の物は置かれていない。逆に、麻雀や競馬、コインゲーム関連がフロアの大半を占めている。
「この奥よ。入口からだと他のゲームが邪魔で見えないけどね」
澄が説明しながら、店の奥へと進む。その横を大和が歩き、後ろに千華と佳奈美、最後尾を和馬が追う。
「隠れて何かをやるには絶好の場所ってことか」
大和のつぶやきはゲームセンターの騒音によって掻き消える。そして、数台のゲーム機を通り過ぎたところで、五人の見慣れたカプセルが目に飛び込んできた。
その数は合計四台。設置できる最低限の数だ。今は誰かがプレイしているのか、観客らしき人たちは別の場所で天井から吊るされたモニターを見ている。
観戦客たちは、腕や首に入れ墨を入れ、耳にはピアスが輝いており、どことなく危ない雰囲気を放っていた。
「確かにヤバめかもな」
「うちみたいに女の子が来られるような場所じゃないよ」
「間違っても中学生が来る場所でも無いですわね」
和馬、佳奈美、千華が順番に感想を述べる。澄は不安そうに、大和の横に寄り添っており、その大和はモニターに釘づけになっていた。
遠くからでも見えるそのモニターの中の戦闘は、大和にとって見惚れるに足るものだ。ウォーリアの動きは正確で、能力もユニットも適確なタイミングで発動している。ウォーリアの特性を理解しきっている証拠だ。
それを見て、今戦っているのが正人を倒した人物だと大和は確信した。
「澄、あいつだな?」
念のため確認すれば、澄もそのウォーリアを見て、何度も頷く。
「そ、そうよ。あのウォーリアだったわ!」
「確かに強いですわね」
「ほんとだ。相手が良いようにあしらわれてる」
「てか相手が少し可哀想だな」
試合はすでに終盤戦。むしろ大和が見ているときから、その人物の実力を鑑みれば、トドメを刺すタイミングは少なくとも数回はあった。それをあえて見逃し、一方的な攻撃を楽しんでいるのだ。大和からすれば、あまりいい気分の試合ではない。しかし、ここにいる観客たちには好評のようだった。トドメを見逃すたびに、口笛や歓声が上がり笑いが起こっている。
そして数分後、試合時間が残り一分になったところで、遊んでいたウォーリアが一気にラッシュを掛け決着がついた。その瞬間、一斉に歓声が湧き、敗者側のカプセルから男性が飛び出し、ゲームセンターから出て行ってしまった。
そして勝者側のカプセルから悠々と出て来る男性の姿。
まだ若く、大和たちと同い年に見える。金髪に染めた短髪は、ワックスで跳ね上げられ、耳と眉の上にはピアスが付いており、照明を受けて怪しく輝いていた。服装は学ランの前をはだけさせ、中心にデカデカと黒い髑髏のマークが入った赤いTシャツが見えている。
その少年は、歓声に応えて手を振りながら集団の中へと消えて行った。
それを見送って、和馬たちが口を開く。
「俺達と同い年ぐらいだな」
「完全にドロップアウト組って感じだね。学校には一人はいるタイプの不良?」
「私とは正反対の人間のようですわ」
三者三様に意見を述べるが、どれもあまり良い意見では無い。澄は兄の敗北する姿を思い出したのか、怯えるように大和の影に隠れた。
三人の言葉に何を返さない大和に疑問を持った和馬が、大和の肩を叩く。
「おい、どうしたよ?」
「…………」
「大和?」
すると大和は、肩に置かれた和馬の手を無視して、集団のいる場所に向けて歩みを進める。和馬の手は、大和の位置のまま、まるで腕を伸ばした状態のように固まった。
他の三人も、大和の行動の意味が分からずその場に留まったままだ。
その間も大和は足を進め、集団の中をかき分けるように進む。突然間に入って来た大和に、幾人かは声を掛けようとしたが、その様子に喉を詰まらせた。
そして集団の中心。その少年がいる場所へと到達する。
「んあ?」
少年も大和の姿に気づき、そして視線が合う。同時に、少年の目も驚いたように開かれた。
「お前……もしかして大和か」
「やっぱり玲人……なのか?」
その少年のことを大和は知っていた。秋津玲人、背も伸びて髪も染めてしまってはいるが、その顔には小学生のころの印象がしっかりと残されている。
玲人は、大和が引っ越す前、まだこの町にいた時の友人たちの一人だった。大和には小学生のころ、カードゲーム仲間と呼べる友人が七人いたが、その中でも玲人は勝ちを求めるプレイスタイルだった。デッキは常に最新の一番強い、それこそ大会で優勝、入賞するようなデッキを愛用するプレイヤーだ。
「お前大和だよな! こっちに帰って来たのか!」
「あ、ああ。高校からこっちに戻ってきた」
「マジかよ! 連絡の一つでもくれりゃいいのによ」
「悪いな。引っ越しで色々ごたついてて。最近やっと落ち着いたんだ」
「ンだよ。なら前みたいに遊べるな! 他の奴にも教えてやらねぇと」
大和との再会を大げさなほど喜ぶ玲人。しかし、大和は素直に喜べなかった。ここに来た原因が玲人の行動だと分かってしまったからだ。
せっかく懐かしい顔に再会したのにもかかわらず、あまり表情を変化させない大和に、玲人は首を傾げる。
「どうしたんだよ」
「お前さ、最近アンティルールで試合してるんだって?」
「ん? ああ、そう言うことか」
玲人は一瞬首を傾げるも、人垣の向こう側にいる四人の中に澄の姿を確認して、何かを納得したようにうなずく。そしてバツの悪そうに首を掻きながら答えた。
「ああ、最近はもっぱらアンティでやってるな。さっきの試合もそうだ」
「なんでそんなことしてるんだ? 賭け試合なんて、お前の嫌いな部類だったろ」
生粋のゲーマーで、カードゲームにも紳士に打ち込んでいた玲人は、仲間同士でのお菓子などの簡単な賭け試合程度なら許容したが、カードや現金を掛けるような試合だけは強く否定していた。大会プレイヤーなだけあって、勝負に掛ける信念は、他の仲間たちよりも強い物があったのだ。だからこそ、余計な感情を挟むことになる賭け試合を嫌っていたはずだった。
「そうだったな。大和、お前さっきの俺の試合見てたよな?」
突然感情が抜けたように無表情になり話す玲人に、少し驚きながらも、大和は先ほどの試合の感想を返す。
「見てた。正直酷い試合だったな。完全に弱い者いじめだったぞ。見苦しかった」
負けていた相手がでは無い。ひと思いに、さっさと倒してしまわない玲人にだ。
「俺もそう思う。弱い者いじめ、その通りだ。けどあいつ、別の店でランキング一位の奴だったんだぜ?」
その言葉には、さすがの大和もかなり驚いた。ランキング一位ならば、どのような店であれ、それ相応の実力が伴うはずである。それを簡単に、それこそ弱い者いじめに見えるほど一方的に倒してしまえる玲人の強さにだ。
「なんか俺が強いって噂になってるっぽくて、直接勝負しに来たんだと。それで実際勝負してみたらあんな状態だ。あれでこっちもどう楽しめってんだ」
玲人の表情からは、呆れと諦めがうかがえた。
「正直、この町に俺より強い奴っていないんだよな。ディメンジョンって店になら、強い奴がいるって聞いたから行ってみたけど、結局そいつも拍子抜けだったし」
それが正人のことを言っているのだと理解して、大和は純粋に玲人の現在の強さが気になってしまった。しかし、それ以上に聞くことがあるため、今すぐにでも玲人と試合をしてみたい欲望を抑え、そちらを優先する。
「それと賭け試合になんの関係があるんだ?」
「分からねぇか? 緊張感が足りねぇンだよ。どいつもこいつも俺より弱くてよ。まだマシな奴なら最後まで戦うけど、酷い時は途中で逃げちまう始末だ。そんなつまんねぇことに時間取られるなら、それ早々の対価は必要だろ?」
「それが賭け試合?」
「そうすりゃ、最後まで足掻いてくれるだろ? 後、今のパートナーがレアカード集めしててな。アンティなら一石二鳥だろ」
玲人は大和を見ながら肩を竦め自虐的に笑う。
その言葉を聞いて、大和は自分が考えていたことが正しかったと確信した。
「つまり、そのパートナーがワンオフカードを狙ってたってことか」
「やっぱあの子の頼みか」
大和からワンオフカードという言葉が出た時点で、玲人の目がスッと細められる。
「ああ、お前から兄のカードを取り返してほしいって頼まれた」
「いいね。お前となら最高の試合ができそうだ」
ゆっくりと口元が歪み、獰猛な笑みが出来上がる。
「なら賭けの必要は無いだろ。兄のカードを返してやってくれないか? 俺はそんなものが無くてもお前と勝負するぞ?」
「言ったろ、パートナーがレアカード集めしてるって。あの子の兄貴のカードはそいつが持ってるから、俺に言っても無理だぜ。カードを取り返したきゃ、俺とパートナーにタッグ戦で勝つしかねぇよ。それに俺もアンティルールでの試合を変えるつもりはねぇ。昔のお前は俺と同じぐらい強かったかもしれねぇが、今のお前がどうかは知らねぇからな」
「そうかよ」
玲人の言葉を聞いて、大和はもう話すことは無いと、踵を返す。その背中に玲人が声をかけて来る。
「こっちはいつでも試合してやるぜ。大和が出て来るんなら、そのタッグ戦は是が非でもやりてぇからな。パートナーには、あの子の兄貴のカードを処分しないように言っといてやるよ」
「そりゃ助かるな。こっちのパートナーは初心者に毛が生えた程度だ。今のままじゃ瞬殺される」
「鍛えるんだろ? 楽しみにしてるぜ」
鋭い眼光を背中に受けたまま、大和は仲間たちのもとまで戻る。漏れてくる会話を聞いていた澄たちは、大和になんと声を掛ければいいか分からなかった。
「行こう。もうここにいる必要は無い」
和馬が何か言おうと口を開き書けるが、それを千華が視線で止める。そして一向はそのまま店を出た。
店を出ると、春の暖かな日差しとタバコの煙を含まない新鮮な空気が、澄たちにホッと息を吐かせた。しかし、大和の表情は暗いままだ。
「ねえ、良かったの? 友達だったんでしょ?」
我慢できなくなった佳奈美の問いかけに、大和は苦笑しながら答える。
「今のあいつに何を言っても無意味だろうしな。昔からあいつは、人の意見を聞かないから」
昔から、玲人は自分の考えを曲げない性格だった。デッキのアドバイスも絶対に受け入れず、何度も試合して体に分からせないと、アドバイスを受け入れようとはしなかった。そのくせ、アドバイスを受け入れる時は、あたかも自分の判断で、アドバイスは関係ないように装ってデッキを組み替えたりするので、仲間たちは苦笑するしかなかったのを、大和は覚えている。
「あいつに何かを分からせるには、体に叩き込むしかない。要は、あいつに勝たないと意味が無いんだ」
玲人に言葉を伝える方法は知っている。そしてネックだったその機会も、いつでもいいと玲人から言ってきた。後は、大和が自分と澄の準備を済ませるだけだった。
「じゃあ俺はもう帰るわ。相手が玲人なら、こっちも訓練メニューを考え直さないといけないし。明日は朝からの予定だけど、ディメンジョンって何時からやってるんだ?」
「八時には開店してたはずよ? なら開店と同時に訓練開始かしら?」
「そっちの都合がよければな。澄は大丈夫か?」
「ええ、もちろん大丈夫よ」
「じゃあ朝八時にディメンジョンで。朝ならまだ人は少ないだろうし、午前中はみっちり特訓だ。厳しく行くから、覚悟しとけよ」
「はい、よろしくお願いします!」
「じゃあまた明日な」
大和はそう言うと、一人で歩き出す。四人には、その後を追うことは出来なかった。
大和の背中が完全に人ごみに消えたところで、誰ともなくため息が漏れる。先ほどまでの緊張感が、大和がいなくなったことで少しほぐれたのだ。
「まさか、澄ちゃんの言ってた奴があいつの昔の友達だったとはな」
「こんな偶然ってあるんだね。正直、言葉が無いよ」
「そもそも、師匠ってこっちに引っ越してきたばっかりなのよね? なんでこっちに友達がいるのかしら?」
「ああ、澄ちゃんたちは知らないだっけ? あいつ、出身はここなんだよ。親の仕事の都合で別の場所に引っ越してたらしい。高校でこっちに戻って来たんだって」
「そうだったの」
澄と佳奈美、千華の三人は、大和がこちらに引っ越してきたことは知ってたが、出戻りだったことは知らない。それを知っているのは、精々学校の友人ぐらいだからだ。大和も特に自分から話したりはしないため、その事を知る者は非常に少ない。
「けど、凄いよな。大和もカード超強いし、その友達まで超強いとか、あいつの周りどうなってたんだよ」
「確か、もうこの町には相手がいないって言ってたわよね。その言葉もあながちウソじゃないかも」
澄たちが思い出すのは、玲人の一方的な試合。
あれが、漏れ聞こえてきた会話だと、ランキング一位同士の戦いだったと言うのだから、相手がいないという玲人の言葉も信憑性が出てきてしまう。そして、何よりディメンジョンのランキング一位である正人が倒されているのだ。自分達では到底勝てないと思っていた相手を倒せてしまう相手だという事実が、四人に重く襲いかかる。
「わ、私勝てるのかしら……」
不安になった澄が誰にとなく尋ねる。それに答えたのは千華だ。
「そのために特訓するのですわ! それに玲人という方の相手は、大和がすることになるでしょうし、そうなると澄の相手は、必然的に彼のパートナーとってことになりますわよ」
玲人は明らかに大和と戦うことを楽しみにしていた。そこに、邪魔な横槍は入れさせないだろう。横槍を入れようものなら、仲間であろうとも倒しかねない印象を、大和の背中を見送る玲人からは窺えたほどだ。
「でも、あの人のタッグなら、相当強いんじゃ」
「ですがあの方よりは弱いはずですわ。それに、あの方が強いだけであって、パートナーも強いとは限らないのではなくって?」
大和や玲人並の力を持った人がそうそう何人もいるとは思えない千華は、むしろパートナーは弱い方なのではないかと考える。しかもレアカードの収集家だということは、試合をすることよりも、カードを集める方が好きな可能性が高い。
それならば、澄にも十分に勝ち目はあるのではないかと考えていた。
その事を、三人に伝えれば、三人もそれには納得する。
「言われてみれば、確かにそうだな。レアカードの収集家って、あんまりプレイは強くないイメージあるし」
「だからあの人にタッグを組んでもらってるってことだね!」
「それなら私にも?」
「ええ、勝ち目はあると思いますわよ? まあ、それも明日からの訓練次第ですが。きっと大和のことだから凄いメニューを考えて来るに違いないですわ」
自分にも勝った実力の保持者が考えてくる特訓メニュー。それには千華も大いに興味があった。短期間に実力を飛躍的に上げようとするならば、それ相応の無茶が必要になるはずなのだ。ディメンジョンの女性プレイヤーを指導している身としては、ぜひ知っておきたいところである。
「ふ、不安になるようなことはいわないでください!」
千華の怪しげな笑みを見て、澄は再び不安にさいなまれることになった。
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