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異世界で出会った二人は、今 作者:水城奏

仕事を頑張るあなたに

 三連休に色々ありすぎて少しだけ疲れを残したまま今日からまた仕事が始まった。
 外は暑いから、こういうときは内勤の仕事で良かったなと思うよ。

 仕事が始まってしばらく経った頃、またもや「この書類渡しといて」と先輩社員から頼まれてしまったので営業部に行くと、久しぶりにアレックさんと顔を合わせた。
 遠くからでも金髪は目立つからこっちはすぐに気付くし、やっぱり目が行ってしまう。そうやって、ちらちらと見ているうちに目が合ってしまったという感じだ。

「桜野さん、おはようございます」
「おはようございます」

 朝じゃないけどまだ午前中だから、「おはよう」でいいのかな?
 アレックさんに挨拶されて、そんなことを考えてしまった。

「今日も何か用事ですか?」
「はい、書類を渡すように頼まれて」
「場所はわかりますか?」
「大丈夫です。ありがとうございます」

 目的の人は外出中なのか席にはいなかったが、席は知ってたので、机の上に置くことにした。用事が済んだので営業部を出ようとすると、またもやアレックさんに話しかけられた。

「そうだ。もし良ければなんですが……今度の土曜日に社内の皆さんがバーベキューをしてくださるそうなんですが、桜野さんも参加しませんか?」
「あ、私も行くつもりなんですよ」
「そうだったんですか。すみません、知らなかったので」
「いえいえ。私も一昨日聞いたばかりでしたから」

 そんな他愛もない会話をしていたけど、まだ今は仕事中。自分の部署に戻らないといけないので、私は早々に営業部から退散した。
 話したのは久々だったけど、でもやっぱりアレックさんは良い人だなぁと思う。私は部署も違うし、怜央とか他の人みたいに一緒に飲んだこととかもないから、彼のプライベートなことなんかはほとんど知らない。怜央や蘭が教えてくれたことはいくつかあるけど、本人から聞いたわけじゃない。
 でもそれでも、短い時間直接対面するだけでもなんとなく良い人オーラを感じるんだよね。物腰も柔らかくて、良い声してるし。女子トイレで「アレックさんの声、録音して目覚ましにしたい~!」ってキャーキャー言ってるの、前聞いちゃったんだけど……まぁわからないでもないかも。色んな台詞を声優さんが喋ったCDもあるらしいし、アレックさんの声は確かに良い声だなって思うから。穏やかだし、アナウンサーとか向いてそうな気がする。朝のニュース番組とかで爽やかに喋ってるの似合いそうだなぁ。……うん、なんか想像出来るよ。
 日本語堪能なんだよね。私も学生時代は留学生に日本文化を教えることがあったんだけど、彼らよりも凄い流暢だから、きっと結構長い間日本に住んでるのかな?
 あと十日くらいで名古屋に戻るのだと思うと、なんだか少し残念な気がする。……でもちょっとホッともするかも。私じゃなくて怜央が。
 そして怜央は今日も営業部にいなかった。まだ午前中なのにもう出かけてるらしい。
 暑い中外に出かけてて大変だろうから、熱中症対策グッズとか買って渡そうかな?

 * * *

 昼休み。
 今日はなんと小石川さんと一緒です。社食行こうとしたら「一緒に食べない?」と誘われたのですよ。お説教じゃないといいな……とちょっと怯えていたのは内緒。
 相変わらず混んでいる社食内で、空席を見つけて座るとホッと一息つけた。

「最近どう? 何か困ってることとかない?」

 食べ始めたところで優しい笑顔でそう尋ねられた。どうやらお説教ではなかったらしい。指導だけじゃなくて、気遣いもしてくれるなんて凄いなぁ。私も来年になれば後輩が出来るかもしれないんだし、小石川さんみたいになれるようにしないと。
 定食のハンバーグを飲み込んだところで、ようやく答えた。

「大丈夫ですよ。少しは慣れてきたと思いますし……まだまだですけど」
「そうね。……プライベートな話題で悪いんだけど、橘君とは順調なの?」

 ゲホッ!
 思わずむせてしまった。予想外の質問に叫ばなかっただけまだマシではあるんだけど。あ、そう言えば怜央が言ってたっけ。小石川さんには私と知り合いってこと話してたって。じゃあつまり……。

「橘君と付き合い始めたんでしょ? 年末くらいから彼、仕事に真面目に励むようになってたからちょっと不思議だったんだけど、桜野さんが入社したからなのね、きっと」
「いえ、多分それは違うと思いますけど……。それに私、追いかけて入社したわけでもないですし」
「それもちょっと聞いたわ。ここに入社するって聞いたときは驚いたって」
「私も驚きました。……あの、ちょっとお訊きしたいんですけど、真面目に仕事に励むようになったって……それより前は違ったんですか?」

 なんか引っ掛かったことを尋ねてみる。
 年末に何かあったのだろうか?

「そうね……まぁ普通に仕事はしてたんだけど。でも同期同士での飲み会ではよく愚痴ってたかな。やりたかった仕事と違うとか、大学で学んだことが全然活かせないし辞めたいとか」
「……そうだったんですか」

 食べる手が止まってしまう。
 ……異世界アンタルにいたときに怜央が言ってたっけ。
 美大を卒業した怜央は、本当は美術関係の仕事に就きたかったらしい。だからか私と違って、異世界アンタルに召喚されたことに関してはラッキーだと思っていた。城下街に出向いたときには金属工房のおじさんとも仲良くなったし、向こう(アンタル)では絵を描いたり物造りなんかもしてたみたい。途中から別行動になることが多くて、具体的に怜央が何をやってたのかは当時全然知らなかったんだけど。たまに会うと疲れた様子だったりして心配だったんだよね。でも、やりたいことが出来てるって生き生きともしてた。だから戻りたくないって言ってたのに……地球に戻ってきてからは真面目に仕事に取り組むようになったって、どういうことだろう?
 召喚されたのが卒論を出した日だから、うん、確か十二月の下旬だった。
 どういうことなのか訊いてみよう、と心に決めた。

 * * *

 夕方、定時を過ぎて会社を出た私はその足でドラッグストアに寄ってみた。善は急げ、と言うことで熱中症対策グッズを見ようと思って。色々あったけど、結局塩分補給出来る飴と冷却スプレーみたいなのを購入した。タオルにかけると一気に冷たくなるのだとか。汗ふく前にスプレーかければ、汗ふくときに冷たさを感じられて良さそうだなぁ。
 今日はさすがに泊まるのは無理だけど、買い物している間に怜央も仕事も終わったらしくてメールが来たので、一緒に夕飯を食べる約束を取り付けることが出来た。

 暑いからかさっぱりしたものが食べたいということで、お蕎麦屋さんで夕飯を済ませる。その帰り道で先程買った物が入ったビニール袋を怜央に差し出す。

「はい、怜央。これあげる」
「なんだこれ?」
「熱中症対策のグッズ。この暑いのに営業で外出てて大変だなと思ったから、良ければ使って。あ、もし必要なければ私が使うよ」
「いや、助かるし有難く貰っとくけど。……でも、ちょっとビックリした」
「そう? 暑い中大変だろうなーって思っただけだし、そんなに驚くこと?」
「なんかそれが当たり前って思ってたからな。でもこういうの使ったら少しは楽になるかもな。サンキュー」

 頭を優しく撫でる手が顔に下りていく。頬から頤に移動した怜央の手が、上を向かせてくる。
 ここまだ外なんだけど、と言う間もなく一瞬だけのキスをされる。ふっと優しく触れるだけのキスの後に怜央が笑顔を見せてきたけど、私は恥ずかしくて俯いてしまった。

 仕事に励むようになった理由を訊こうって思ってたけど……なんかタイミングを逃してしまった。
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