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Strange・Army 作者:顔面ヒロシ

栗沢雲母

執事とヤンキー

今回は長めです。すみません。


自室の鏡の前で、あたしはカチューシャの位置を調整する。
皐月が用意してくれた物の値段は、基本的に気にしないことにしている。

気にしていたら、迂闊に外へ出歩くこともできないし、普通のファッション雑誌にも載ってないようなどこぞのブランドのなんたらなんて、どうやって見分けろと言うんだって感じだし。


そう、あたしの中の自分は、まだ庶民でいたいと思ってる。
それは祖父母に引き取られた後も変わらなくって、贅沢三昧に慣れてしまうのはとても簡単なことなんだけど、それをしてしまうのはとても切ないことだ。
あたしは、例え一流シェフが居て、血統付きワンちゃんが飼われてる家に暮らしてても、コンビニの駄菓子チョコで一喜一憂していたい。
そうでないと、父や母と暮らしていたころの思い出までもが全部台無しになってしまう気がする。
だから、オシャレアイテムの値段はあえて見ない。
知らない方が幸せってことは世の中けっこうあるのだ。

茶髪にワックスを揉み込む。
内巻きにパーマはかけてあるけれど、念のためにコテでも入念に巻いていく。
もし、寝癖でも残ってたら一大事だ。
皐月は、美容師に予約を取りましょうか?と聞いてくれたけど、あえてそれは無視をした。
プロの手なんか借りなくても、詐欺メイクくらい女の子の必須技能で頑張れる。
それに、そんなことしたら、保健室のあの少女に失礼だ。
やっぱり、勝つなら、自分の力で勝ち取りたい。

……あちっ。
うう、ちょっと指先にヘアーアイロンが触れた。
あたしは、化粧済みの顔を見て、何か問題がないか確認をする。
マスカラ、良し。ピンク色のチーク、良し。グロスも、きちんと濡れているみたい。
姿見の前で、起立。気を付け。
……うん、どっから見ても、可愛い系の女子高生。
くるっとターンをすると、履いていたミニスカートが宙に浮かぶ。
白色のパンツまで見えて、慌てて押さえた。
笑顔の練習に、ちょっと口角を上げる。
にい。
ふ、にい。
そうして居ると、ドアをノックされた。

「すみません、お嬢様」
ヤバッ、皐月だ。
慌てて姿見から離れると同時に、ドアが開いた。
「……どうしましたか?」
「べ、べつにっ、どうしたの?」
う、ちょっと挙動が怪しくなったかもしれない。
皐月は訝しげにこちらを眺めていたけれど、その懐から一つの塊をこちらに差し出した。
「どうぞお嬢様、これをお持ちください」
一本の、スプレーだった。
英語で書かれていて、中身がよく分からない。
「なにこれ?」
「媚薬です」
ぼんっ!!
恐らく、あたしの顔は真っ赤だったと思う。身体に電流が走ったみたいな衝撃だった。

「皐月!!」
「冗談ですよ」
「冗談に全然聞こえてないから困るんじゃないっ!」
「これは、催涙スプレーです」
何故、今ここで催涙スプレー?
目をぱちくりさせていると、彼は物凄くいい笑顔で言った。

「うちのお嬢様に手を出そうなどという不埒な男がいましたら、迷わずお使いくださいませ」
複雑な心境である。
「ちなみに、今回のデートには、うちの警備部も三十人ほど監視いたします。勿論」
彼は、穏やかに微笑んだ。

「射殺許可も警視庁にとりました」
「なんてものをとってるの!!」
思わず叫んだ。
「大丈夫です、威嚇射撃程度ですから」
「全然だいじょばないよ、一大事だよっ」
「まあ、うっかり外れて隣の虫に当たっちゃうかも分かりませんが」
「皐月の馬鹿!!」
涙目で皐月に言うと、彼はその言葉に衝撃を受けたようによろめいた。


「……お嬢様が……私に罵詈雑言を……」
「もし撃ったりなんかしたら、皐月はお爺さまに外して貰うからねっ!!」
皐月は、蒼白な顔になる。
「………そんな……この世に希望なんてない……」
天を仰いで、そう呟いた。
「――――皐月!!」
皐月がこめかみに拳銃を当てる。
その引き金がカチ、と引かれ、
発砲音の後、見開くあたしの目の前で皐月のその身体が後ろ向きに倒れた。
「……さつき?」
声が僅かに震える。
思わず後ろに後ずさる。
いやだ、嘘だ、こんなの嘘だ。
だって皐月はさっきまで話してて、楽しげに笑ってたのに――――。




「どうです、今回は、なかなかの迫真の演技でしたでしょう?」
ムクリと起き上がり、皐月は言った。
ぶちっ
あたしの中で、何かがキレる音もした。
「……皐月、正座」
「あははははー」
「せ・い・ざ」
「…………………」
デート二時間前のそんな二人の姿を、ベッドのティディベア群は面白そうに見守っていた。



あたしは息を切らして、待ち合わせ場所へ向かう。
イマドキ、デートに女の子が遅刻するとか真面目にありえないのにっ
自己嫌悪に陥りながら、乱れた前髪を手のひらで押さえる。

せっかくセットしたのに、これじゃあ台無しだ。
皐月へのお説教がこんなに長引いちゃうなんて、予想外だった。
……っていうか、皐月がふてくされて送ってくれないのも予想外だった!!
そんなに、あたしがデートするのが気に食わないのか。
人ごみにぶつかりそうになって、慌ててよける。

「……ごめんなさいっ」

謝るのもそこそこに、スクランブル交差点を渡った。
遠目に、噴水の前を確認する。
大丈夫だろうか、もう来ちゃってるんだろうか。
姿が見えないことに、思わず肩を落とした。
「あう…………」
やっぱり、自分から誘っておいて、遅刻するとか最低だったかも。
噴水の前でうなだれていると、一人の女の子に声を掛けられた。
「アンタ、どうしたの?」

横を見ると、思わず凍りついた。
自分で染めた感じのギンギラギンの金髪の逆毛ツインテールの女の子が、こちらを覗いてきていた。
明らかに不良さんでした。ヤンキーさんでした。


「ちょ、ちょっとデートの相手が居なかっただけです……」
中学生くらいの、あたしよりかなり身長の低いその子は、ふうん、と言って空を睨みつけた。
「……そいつの名前ちょっと言ってみてくれない?」
「……え、えと、それは……」
「いーからとっとと言え」
声が不機嫌になったのに慌てて、あたしは叫ぶようにかすれ声で言った。
「羽鳥、めぐる君ですっ」
「……やっぱそーかよ」
うあああーと彼女は頭を抱え込んだ。
あたしはその様子に困惑する。

「……あたしはね、ある人にとある人物のデートの邪魔をするように言われて来たの」
「……はあ」
「そしたら何で、そもそもここに来ないのよ!!マジありえなくない!?」
「そ、そうですね」

彼女は、穴の開いたローライズジーンズのポケットから携帯を取り出すと、ボタンを押し始める。
……どこに掛けるつもりなのだろう?
何度かのコールの後、相手が出たのだろう。彼女が叫んだ。

「駅前噴水広場にとっとときやがれこのバカヤロー!!」
余りにも大きな声だったので、のんびり井戸端会議をしていた鳩が一斉に慌てたように飛び上がった。
「はあ!?寝てた!?ふざけんじゃないわこのド阿呆!!」
人ごみがみんなこちらに注目し始めた。
嫌だ、なにこれ、すごい恥ずかしい。
顔が火を吹きそうになっていたところ、彼女の言葉に思考が停止した。
「分かった?いいわね、羽鳥巡!!」
…………え?


吹き抜けた風が、タイルの上の土埃を舞い上げる。
顔にかかった金髪をよけるその手の小ささにあたしはドキリとした。
ヤンキーさんは、先ほどから噴水前のベンチにしゃがみこんで、煙草をふかしている。

その煙が指先から宙に立ち上るのを見て、あたしは一つの情景を反射的に追想した。
火葬場の、煙突から曇り空に溶けていったあの一枚。
それが、ちら、と脳裏を掠めた。


「……アンタさあ」
彼女は、電話の後から、今まで堅く閉ざしていた口を開いた。
隣に腰掛けていたあたしは、横を向く。
「アイツのどこが好きなのよ」
あたしは、目を丸くした。
「……え、えと」
「だって、アイツって、どっから見てもそういうのに向いてないと思うんだけど」
「……やっぱり、そう思いますか」
あたしが、小さく言うと、

「うん」
そう、即答された。
「……多分、似てるんです」
「誰が」
「めぐちゃんと、あたしは」
その言葉に、彼女の方が今度は驚いたような顔になった。
その猫みたいなツリ目で鳩を睨みつけて、しばらく唸った後。

「アタシ的には、全然そうは思えないんだけど」
そう言ったのに、あたしは淡く笑う。
「あなたは、めぐちゃんのことが好きなのですか?」
笑って問いかけると、彼女は眉間に深いシワを作った。
「いや、あたしはアイツは大嫌いだけど」
「……そうなのですか?」


少し意外。

「…………アイツってさ、なんつーか覚悟が甘い部分がすごいあんのよ」
苦々しげに少女は口にしていた煙草を地面に押し付ける。
消えた残骸を、ポケットから取り出したケータイ灰皿にしまい込んだ。

「あたしたちみたいな碌でなしが一般人と必要以上に接触するのって、すっげーリスク持ちなわけ。
それを理解しようとしないガキは、正直海に沈めてやろーかって気になるね」

吐き出した言葉はなかなかに過激で、道行く人が気のせいか目線を逸らしているように思える。
「……あなたは、覚悟しているのですか?」
「当然」
そう答えた彼女は本当に大人びていて、あたしなんかと比べものにならないくらい、厳しい眼差しをしていて。
だからこそ、余計に胸が締め付けられた。
人と関わりを持ちたくないあたしと、自分から拒絶しているこの子は、どこか似ていて。
でも、絶対的にこの子の方が、きっと人と向き合うことを真摯に考えている。
痛みを受けることを知っている人間なのに、どうしてこんなに一生懸命なのだろう。
あたしが逃げ出したもの。今もずっと逃げ続けているもの。
それを痛切に突きつけられて、
「そっか」
あたしはそう呟いて、息を吐く。
見えそうな答えにそっと、目隠しをした。


「……こんの、馬鹿男がーーーーー!!」
瞬間、金髪少女は宙に飛び上がった。
そのまま、横へ回転させた足を待ち人のみぞおちへと叩き込む。
「ぐぼあっ!?」
男子高校生の身体は、くるくると華麗に舞い上がると、地面に落下する。
その衝撃音に、思わず閉じた瞳を恐る恐る開くと、広場のタイルの上に伸びた羽鳥巡の姿がそこにあった。

「めぐちゃん大丈夫っ!?」
駆け寄ると、唇が微かに動く。
「……パンツは黒?」
言葉を読み上げると、こくりと頷き、そのままガクリ、と彼は息絶えた。
「めぐちゃんーーーーっ!!」
「大げさね、すぐに生き返るわよ」
呆れたように殺人犯はのたまう。
その言葉から数秒たったくらいで、

「ふざけないでくださいっ!!流石に死にましたよ!?」
そう起き上がって羽鳥巡は少女に抗議した。
「不死身なんだから別にいいじゃん」
「痛いもんは痛いんです!いろりさんだって分かってるでしょ!?」
「さあて、なんのことやら」
「しらばっくれないでくださいっ」
そんな愉快なやり取りをしている彼らに、あたしは疑問を抱いた。

「……あれ?めぐちゃん、その子、年下じゃないの?」
その問いを口にした途端、空気が、凍りついた。
「……これでもあたしはこいつより年上だ、なんか文句あるか」
不機嫌そうに睨みつけられ、あたしは引き攣る。
「……まあ、いろりさんは二十歳越えてるからねー、こう見えても」
「……ええっ!!」
この中学生の女の子が!?
だって、こんなに小さな身体して、お肌とかもぴっちぴちなのに!
思わず声を上げると、彼女は嫌そうな顔を浮かべた。
「うっせえぞテメエら、絞められたいか?」
そう低い声で言われ、慌てて首を振る。
……世の中って、結構不公平だと思います。
少しだけ内心落ち込みながら、めぐちゃんを見ると、その格好は本当に家から飛び出して来たままといった感じに無地の白いTシャツとジーパンで、更に落ち込みは深くなった。
うう……。

「アンタ、いつもの格好で来てんじゃないわよ」
「この間まで万年ヒッキーだった僕にどうしろと!?」
「可愛い女子とのデートに、服の一着や二着くらい買うのが常識でしょ」
「そもそも約束の覚えがないんですが!?」
「最低ね、アンタ」
そのやり取りが聞こえてきて、マリアナ海溝並みにすんどこ沈められていく。
あたしの様子を見て、彼女はため息をついた。

「……ほら、服、ちゃんと見なさいよ。オシャレしてきたみたいだから」
「……いろりさん、綺麗ですネ」
「誰があたしを褒めろと言ったボケ茄子!!」

ガツン、とめぐちゃんが殴られる。
涙目であたしに振り返っためぐちゃんは、一瞬、動きを止めた。
上目遣いで、あたしは見上げる。
「……ほら、感想」
少女が、足をヒールで踏みつけた。
「……可愛いと、思います」
その言葉が聞こえた瞬間、あたしは真っ赤に茹で上がって。
すっごく、嬉しくて、そのことだけで頭が一杯で。
だから、全然気がつかなかった。


この時のめぐちゃんは、ゴッソリと表情が抜け落ちた顔をしていたなんてこと。
見ようとも、していなかった。

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