黒髪と金髪
彼は夢を見た。
夢の中では昔好きだった人の髪が。
不安定な性格を表すように乱れた束ね髪。
20数年間一度も染色されたことのない黒い髪。
その髪が金色に染まり、ナンセンスな編み込みがされていた。
不恰好な髪に手ぐしを掛けながら彼女は友人と楽しそうに話をしている。懐かしい仕草と大きな違和感。
夢から覚めると彼は救われたと感じた。素晴らしい目覚めであった。胸に沈んだ思い出と別れてから続いていた後悔はいつの間にか消え失せていた。
翌日同僚が長かった髪をばっさりと切った。腰まで伸びていた黒髪はウェーブがかかり肩先で纏まっている。
彼女は始業前わざわざ新しい髪型を見せに来た。同じような台詞で髪型を誉める同僚AB。
気のきいたことが言えずどもる彼。
やっと開いた口は「ばっさり切ったね」と味気ない言葉を彼女へ投げ掛ける。
彼女は「ばっさり?」と一度聞き返すと醒めた様子で自分のデスクへ帰っていった。
Aは彼や他の仲間へ「あの子彼氏と喧嘩でもしたのだろう。」と意地の悪い笑みを浮かべながら話す。
Bは帰りの電車でAの彼女への恋心について彼に意見を求める。そんな話誰だってわかっている。
電車にゆられ、買い物を済まし、自宅に戻ると崩れるようにベットに倒れこむ。
彼は再び夢を見た。今朝のあの場面が甦る。週末に切り揃えた髪を見せびらかす彼女。惚ける群衆。その中で彼女は一人輪から離れた彼へ声を掛ける。
そうだ彼女を誉めないといけない。彼は彼を見つめる数多の視線に怯えながらそう思う。
しかし、夢の中の彼は彼女へおもむろに近づくと、頭を掴み、デスクに置いてあった文具ばさみで彼女の髪をより短く切り刻む。
慌てて羽交い締めにしようとするAを振り向き様に殴り飛ばす。彼女も他の群衆も微動だにしない。
群衆の輪からBが抜け出し彼へ金色のスプレー缶を手渡す。二人の間に微笑と無言の同意が走り、再び彼は彼女へ近づく。彼の背へ彼への先程とは違う群衆の期待が刺さる。右手に持ち替えたスプレー缶を彼女に近づけ、スイッチを押す人差し指に力をこめる。
その瞬間彼の夢は携帯電話のアラームによって幕が降ろされた。馴染みの天井、傍らで21時を指し示す目覚まし時計を薄目で確認する。着信を知らす携帯電話は手探りで電源ごと切る。秒針の音だけが響く空虚な時。
やがて彼は決心したかのように瞼を閉じる。
彼自身なぜ彼女が夢に出たのか、Aを殴ったのかわかっていた。同じ夢が見れるかはわからない。しかし、不幸になる前に真っ黒なキャンバスを金色に塗りつぶさないといけない。
秒針の音が聞こえなくなると、彼の想いに応えるかのようにやがて酔狂な闇がゆっくりと近づいて来た。
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