編入*1
「んーっ、起きなきゃ…」
甲高い音を鳴らし、存在をアピールする携帯を手探りで探し当て、慣れた手付きでアラームを解除する。
開き切らない瞳で携帯画面の時計を見て時間に余裕があることを確認し、寝ボケた頭で布団から抜け出した。
「また髪の毛伸びたなぁ…逆プリンだ。」
一人しか居ない空間は歯を磨く音しかなく、ぼそっと呟いた言葉は耳へダイレクトに入り、虚しく感じた。
歯を磨きながら肩より下まで伸びた横髪を歯ブラシを持たない手で一房持ち上げた。
二年前に胸元まであった髪をショートカットに切った時から地毛である白に近い金髪を黒に染めている。
両親や未来は母方の祖母から隔世遺伝した髪を染める私に、止めるよう何度も説得したが、それは全て無駄に終わった。
シャカシャカと手の平より少し大きなスプレーを振り、白金の髪へ掛け黒く染める。
白金から黒へ。
綺麗に染まった髪を見ると心が黒く染まっていくのが判る。
直ぐに染まってしまうこんな髪なんか必要ない。
鏡越しに目のあった自分自身を睨みつける。
「あーおーいー!あら、ここにいたのね。」
鏡越しに睨みつける目が母の目と合い、肩がビグッと震えた。
母の青い瞳は手の中にあるスプレーに向けられ、慌てて背に隠した。が、鏡越しなのを忘れ、スプレーを母の前にお披露目してしまった。
そんな間抜けな姿に母の頬は引きつり、大袈裟な溜め息を吐いた。
「さーさー、早く着替えて来なさい。」
髪を染めることに反対する母にスプレーは没収され、流暢だが外国人特有の訛りのある日本語で有無を言わさず追い出された。
目の前で閉まったドアからはシャワーの音が聞こえ、ご丁寧に鍵までしまっている。
「化粧は部屋でするか…」
小さく溜め息を吐き、踵を返し部屋へと向かう。
母が黒く染まった髪を見て心を痛めているのはわかっているが、こればかりは譲れないと意地を張る。
意地を張り続ける私に対し、両親や未来は何も言わなくなったが、かえってそれが重く感じる時がある。
沈んだ気持ちで部屋のクローゼットを力一杯開けば制服が視界に入り、可愛い制服へと無理矢理意識を切り替えた。
薄ピンク色のワイシャツを羽織り、赤をベースとしたチェックのスカートを履く。
第2ボタンまで開いたワイシャツに深紅のネクタイを通して緩く結ぶ。
その上に薄いベージュのブレザー。
高校三年生になってパリパリの制服に違和感があるものの、姿見の前でワザとらしくターンをしてみれば、馬鹿らしいのやら、恥ずかしいのやら、やったことに後悔した。
「あらー、似合うじゃない。」
そう言って顔を覗かせた母と鏡越しに目が合うのはこの短時間で二度目だ。
外国の習慣なのか、全くノックをしない母の行動には慣れてはいる。が、ターンをしている所を見られなくて良かったと安堵した。
「葵、車で行く?自転車で—…?」
「くるまっ!!」
瞬時に答えた私に対し、母は飽きれたように頭を左右に振って部屋を後にした。
もう二年、まだ二年。
まだ私の心にある蟠り。きっと、一生居座るのだろう。
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