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アリィ 作者:慧子

イケニエ


そもそもアリィと一緒にいなければいけなくなった理由を説明するためには、去年の十月にまでさかのぼらなければならない。

一つの宣言により、私の命運は尽きた。

「今日からゆっぴ―はアリィの『親友』だから。みんな盗らないでよね」


私には以前、行動を共にしているグループがあった。

中学生になって初めてのクラスでは友達づくりも手探りで、相手の性格云々は抜きにして、まずは同じ小学校だった者同士が自然に集まる。

そんなセオリーどおりに、たいして仲良くなかった小学校時代の元クラスメートに話しかけられたのがきっかけで、私はグループに吸収された。

そこから知らぬ間に他のグループとの合体や分裂を繰り返し、入学式から二ヶ月が経ったころ、私の属するグループは最終的に五人となって落ち着いた。

そのときにはクラス内のグループ構図も完成していて、アリィの立ち位置は……言うまでもない。

グループに属することができなかったアリィは、得意の図々しさでさまざまなグループに割りこむことで居場所を確保する、という手段に出た。

どんなに嫌っていても、悪意があるわけでも明らかな悪事を働くわけでもないアリィを、みんなは無視したり拒絶したりなどできない。

運悪く捕まったグループは、その日一日をアリィとの『友達ごっこ』に費やさなければならず、周囲からは『イケニエ』と呼ばれ気の毒がられた。

『イケニエ』は、その日のアリィの気分によって決まる。

みんなは『イケニエ』にならないようアリィの視界に入らないために毎日必死で逃げた。

それはアリィが鬼と決まっている『かくれんぼ』のようなもの。

登校したらすぐに他のクラスに遊びに行ったり、トイレに避難したり、とにかく校舎のいたる所に散らばって、みんな息をひそめる。

しかし、鬼は必ずどれかのグループを捜し当て、凍てつく『イケニエ』たちに向かって、

「見ーつけた!ねえ、アリィも一緒におしゃべりさせてよお」

と、一点のくもりもない笑顔で言うのだった。

そんなことが毎日繰り返されれば、普通は自分が嫌われていると気づきそうなものだが、アリィはむしろその『かくれんぼ』を楽しんでいるようなきらいがあった。

なぜ、気づかないんだ。

私は、アリィが大嫌いだった。


一方で、グループと共にある私の生活は破たんしかかっていた。

こんな性格だから、周りに合わせようと努力しても、何かを間違えてしまう。

面白くもないドラマやバラエティ番組を、毎晩ちゃんと耐えて見てきても、私が話題に参加するとなぜか会話は止まった。

はじめは気をつかってくれていたグループの面々も、面倒になったのだろう、しだいに私に声をかけなくなっていった。

もともと五人という微妙な人数。

気づけば私は『一応グループには属しているものの、仲良く寄り添う四人のうしろにひっついている金魚のフン』のような存在になっていた。

そんな隙だらけな私は捕まえやすいに決まっている。

アリィは私に頻繁に声をかけてくるようになった。

私が捕まると、グループの子たちは何の負い目もなく身をひるがえして姿を消す。

それは打ち上げられたロケットから水素タンクが切り離される光景と似ていた。

いらないものは捨てられる、それが世の摂理。

『親友宣言』が行われたのは、それから間もなくしてのことだった。

みんな私を憐れむような顔をしようとしていたが、内心大喜びしていることは隠しきれていなかった。

当然だ、これで自分たちは『イケニエ』にならずに済むのだから。

私は嫌がろうとした。

アリィなんかとずっと一緒にいるなんて『金魚のフン』以上に苦痛で、それならずっと一人でいたほうがマシだとさえ思った。

でも『イケニエ』からの解放に歓喜する教室内に私の発言権などあるはずもない。

ここで「ノー」と言えば、針のむしろにされることは必然。

事はまるで自然に流され、私はアリィの『親友』となった。

それからクラスは平和になった。

毎朝、始業のチャイムが鳴るまで教室に女子が一人もいない、なんて異常事態も起こらなくなった。

アリィという存在が生み出すいらだちを受け止めなくてもよくなったおかげで、いたって穏やかな毎日。

クラスは、実に平和になった……私の心の平穏と引き換えに。

しかし、そんな私の苦労もこの四月で終わりだと思っていた。

二年生へと進級するにともなって行われるクラス替え。

これでアリィと離れられる、私は救われる、と信じていた。

その希望が見事に打ち砕かれたのは、つい一ケ月前のこと。

神様のいたずらなのか、私は今もアリィと一緒にいる。


自分を偽るのは、しんどい。

胸の奥からじわり、じわり、とこみ上げてくる吐き気を飲みこむような、

ギリギリの狭い箱に閉じこめられて身動きできないような……とにかく苦しくてやるせない。

他の人がどうなのかは分からないが、私は自分を感受性が豊かな人種だと思っている。

ほんの些細なことで感情が大きく揺さぶられてしまうのだ。

それを押し殺して平静を装うのには大変な苦労が必要なのだと、いったいどれくらいの人が理解してくれるだろう。

本当は、本音を隠さずにワガママに好き勝手して生きたい。

でも、アリィのようにはなりたくない。

人間には『分相応』というものがある。

何事にも不満で、ドロドロとした中身を隠しながら、おとなしく、アリィの『イケニエ』であること。

それが今の私の『分相応』で、ベストなのだろうか。

ああ、しんどい。


終礼が終わると、アリィは私への別れの言葉もそこそこに教室を飛び出していった。

アリィはテニス部に所属していて、早く準備をしておかないと先輩にうるさく言われてしまうそうだ。

「次の大会が引退試合だから、今まで以上に練習がピリピリしてて、ヤな感じ」と、昨日愚痴をこぼしていた。

文句があるなら今すぐにでも辞めればいいのに。

他人と汗水たらして妙な仲間意識持って、何が楽しいんだ……と、フリーの身である私は思う。

ちなみに、『親友』になって以来なんでも一緒がいいというアリィから私は再三テニス部に入るよう誘いを受けたが、もちろん丁重にお断りした。

私が部活を、しかも運動部をやるだなんて、天と地がひっくり返ってもありえない。

根っからの文系インドア派なのだ、私は。

アリィの姿を見送ったあと、教科書のたっぷり詰まった重いカバンを、勢いをつけて背負う。

見渡してみると、大半のクラスメートもアリィと同じように、あせって部活へ向かっている。

一日授業を受けたあとに、まだ何かしようとするその元気が信じられない。

まるで私に見せつけるかのように、みんなは活気づいている。

私は劣っているのだろうか。

こんなに日々さまざまなことに耐え生きているのに、報われないのはなぜ?

ぶりっこで、自己中で、普段はふにゃふにゃしているくせに、それなりの成績をとりつつ部活までこなしているアリィの要領のよさに腹が立つ。

ああ、憎らしい。

でも今日は金曜日。

明日から二連休だと思えば少しは気持ちが軽くなるじゃないか。

「一週間、お疲れ様」

隣のアリィの机を小さく蹴飛ばして、私は教室を後にした。
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