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R18深愛と呼ぶには浅ましすぎた。 作者:黒崎 白

第六章

庇護の下の、平穏。

 
「……零二さんが」

「銀髪に戻ってる……」

 里桜と涼がひとつの言葉を二人で分割し、口をぽかんと開けて立ち尽くしている。
 廊下に出ようとした二人の後ろで、真琴もぴょこぴょこと跳ねて零二の姿を確認した。

 零二が突然黒髪にしてきたのは数週間前のこと。真琴が今の黒髪も似合っているけれど、あの太陽の色によってオレンジにも金髪にも、そして灰色にも見える色が好きだったと零二に伝えたのは、今朝のことだ。
 そして今、昼食に向おうというときになって、確かに零二の髪は見慣れた銀髪に戻っている。
 今朝までは烏を思わせるような漆黒だったにも関わらず、だ。

「えー里桜ちゃん、れいたんに見惚れてんの?」

「えええ?!  いやそういうわけじゃっ、だって零二さんこわいしっ」

 翔に引っ張られた里桜が反射的に口にした言葉。

「……俺そんなこえーの」

 里桜の声はもちろん零二の耳にも届いていて、彼は反芻するように問いかけた。
 直接零二が里桜に声を掛けたのはこれが初めてだった。

「えっと、綺麗すぎて怖いというかなんというかっ! とても美人だと思いますっ!」

 里桜が震える声で放った言葉たちは、廊下に響き渡った。
 数秒後里桜は場が凍りついていることに気付き、奇声を発して翔の影に隠れてしまう。

「はあ?」

 零二が語尾を上げて怪訝そうな声を上げる。
 珍しくとても間の抜けたものだ。
 真琴の口から里桜が零二に怯えているということは伝えてあるのだけれど、それでもこんな風に挙動不審になってしまうほどだとは思っていなかったのだろう。

「ふふ、零ちゃん、授業受けてなかったの?」

 真琴は里桜が翔に捕まったことで開いた道から、零二の前へと飛び出した。
 午前中の授業は全て放り出して髪を染めていたと思うと、零二の自由っぷりがいっそ清々しい。

「あー、まあ。お前教室に入れてすぐ美容室行ったんだけど、開いてなくてさ」

「朝九時前だもんね。大体十時からでしょ。髪染めるのって一時間くらいかかっちゃうんだっけ?」

「や。コレやんのはもっとかかる。一回ブリーチして色抜いてから銀入れるからギリギリ。さっき終わったとこ」

「へえ……」

 髪を染めたことも、まして銀なんて奇抜な色にしたこともない真琴にとっては初めて知ることだった。

「この前親父さんにも色はそこまで問題じゃないから好きにしろって言われたし、こんな髪に出来んのって学生の間くらいだし。やっとこうと思って」

 零二は横髪を引っ張って銀髪を見遣りながら意外な事を言う。
 学生の間くらい、ということは、高校卒業後のことをいろいろと考えているのだろうか。
 黒髪にリクルートスーツという好青年違いない装いで、普通の企業で仕事をしたりするのだろうか。
 全く想像出来なくて、真琴は笑みを浮かべた。

「まあ、二年前から零二と言えば銀髪だしな。で? レストランってのは何処なんだ」

 やや後方を歩いていた蘭が会話に混じってくる。
 行き先が展望レストランというのは、前々から決まっていた事だ。

「七階。展望レストランってわりに低い建物だよな」

 蘭の疑問に答えたのは涼だった。
 そして数日前、六人でトランプのババ抜きをしていて負けた蘭に対して、全員にレストランのご飯を奢れと言ったのも涼だった。

「一応大学内の施設だし仕方ないんじゃないか。此処に高層ビルが建ってても困るだろ」

 条南高校は私立大学と隣接している為、大学の食堂やパン屋を一部の生徒が利用している。
 中でも、これから行こうとしている展望レストランは高校の生徒はもちろん大学の生徒もほとんど出入りしない。大学の講師や近隣住民の小金もちが出入りするような、少し敷居の高いレストランだ。
 もちろん真琴と里桜は高いからいいの遠慮したのだが、蘭に株で少々臨時収入があったから気にするなと言われて甘える形になったのだ。

 

「まあそうだけどさー。あ、何そのゲーム。面白い?」

 涼が蘭の手元を覗き込む。

「カーレース。ドリフトで検索したら出てくるぞ、無料アプリ」

 蘭は携帯片手に、指先を細かに動かしていた。

「まじで。落とそーっと。課金しなくていい?」

「俺が課金必要になるゲームをやると思うか」

「ははっ、確かに。ケチだもんな」

「使うべき時には使うさ。いつも奢らせる癖に何言ってんだお前は」

「ふひひ。そこは感謝してるって」

 蘭と涼は静かに会話をする。遠慮も何もあったもんじゃない涼の口ぶりも、相変わらずだ。
 いつもと言う程二人が時間をともにしている事を真琴は知らなかった。
 けれどゲームの話で盛り上がりを見せているところに割って入って聞くのも気が引けたので、黙っていた。

 
「あれ。里桜と翔さんは?」

 真琴が気付いたときには隣に零二が居て、少し後ろに蘭と涼が続く形になっていた。
 展望レストランへ続くエレベーターを待つ数名の中に、制服姿は他にない。

「翔が里桜君を追い掛け回して二人して走っていったぞ。先に着いてるんじゃないか」

 蘭は真琴の疑問に答えながら七階のボタンを押す。
 追い掛け回される里桜と嬉々として後を追う翔というのは容易に想像できる姿だったので、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 
「あ。里桜ちゃん、みんなきたよ。良かったねー」

 探していた姿は、店内に入ってすぐに翔が声を上げたことによって見つかった。

「まことっ、涼ちゃんっ、遅いよぉおおおお!!」

 窓に向う形で半月形のテーブルが置かれている席に座っていた。
 店内は噂に聞く通り、重厚な作りになっていた。

 里桜の隣に涼と蘭の順番で座り、真琴の隣に零二。
 いつもの昼食は真琴の隣に里桜という順番だったので、蘭の隣というのは少し緊張する。
 真琴はやや身体に力を込めた状態で、翔の手から配られるメニューを受け取った。

「蘭ちゃんが負けたんだし、これでも結構溜め込んでるから遠慮しないで選んでいいよー」

「翔さんっ、俺オムライスがいいっ」

 里桜が丁寧に挙手をして高らかに宣言した。

「デザートは? せっかく入り口に飾られてたしケーキにする?」

「え……でも、高いし……」

 里桜はごにょごにょと早速遠慮のような言葉を吐く。甘い物を前にして遠慮とは、里桜も成長したものだ。
 翔は珍しそうに目を丸くしたが、それはすぐに柔らかな笑みに変わった。
 メニューに乗ったいちごのショートケーキの写真を指差して見せる。
 食べたい食べたいというようなきらきらした目で並んだ写真を見つめる里桜と、それを微笑ましげに見る翔。

 そんな二人を呆れた目で見ていた涼は、手元のメニューの肉料理のページを開いて蘭との間に広げた。
 蘭が身を乗り出してざっと中を見遣る。

「俺ステーキセット。涼、サーロインあるぞ」

「まじで? じゃあそれがいい」

 涼は蘭にメニューを渡して、代わりに与えられた牛乳を啜り始める。
 しかもこの上ミルクも注文するのだそう。
 どんだけ身長コンプレックスなのかと真琴は引きつった笑いを浮かべた。

 
「真琴は?」

 零二が手元を覗き込んでくる。
 真琴は零二に向けて、店のお勧めらしき写真をふんだんに使われたページを見せた。

「えーと……チキン、レモンソースの。」

「んじゃ、一緒のやつ。わさび醤油で」

 零二はメニューをちらりと見ただけで、小さく息を吐いて煙草をテーブルに放った。
 真琴が以前言った通り、十二ミリだった煙草は五ミリのメンソール煙草に変わっている。
 彼は意外にも物分かりがよくて従順で、注意した翌日にはこの煙草を持ち歩き始めたのだ。
 えらいえらいと頭を撫でた数週間前には黒髪だったが、今は綺麗な銀髪になっている。

「零ちゃん、ここ禁煙じゃないの」

「知らん。……別に、ここでは吸わねえよ。嵩張るから出しただけ」

 真琴の心配を他所に、零二は続いて財布や携帯も後ろのポケットから出した。
 そしてお前の横では吸わない、なんて言ってくれるものだから、口元が緩んでしまうのを止められなくなる。
 疑うようなことを言ってしまって申し訳なかった。

「そっか、ごめんね。銀髪、やっぱかっこいい」

 へにゃりと笑みを浮かべながら髪へ手を伸ばすと、零二は照れたような笑みを見せた。
 普段は文句なしに格好良くて綺麗な零二の、可愛らしい表情だ。

「オレはシーフードコースでぇ、デザートはどうする? 端から持ってきてもらうー?」

 全員が注文を口にしたところで、翔が金持ちの典型とも思われるようなまさかの発言をした。

「ちょっと待ってぇえええ!!」

 里桜は慌てて翔からメニューを奪ってデザートのページにかじりつく。

「選ぶますっ!」

 真琴に至っては、噛んだ。それでもおたおたと零二の手元のメニューを覗いてどうしようと零二に相談する。
 里桜も真琴も、翔なら無茶苦茶な注文をしかねないと思ったのだ。

 まんまと翔の術中にはまった二人を零二は微笑ましそうに見つめ、涼と蘭はやれやれといった表情で見ていた。

「里桜ちゃん白玉好きでしょ。このパフェとか良くない?」

 翔がメニューの特大パフェを指差して言う。
 特大だ。里桜のお腹に入る大きさではない。

「美味しそう……や、でも高いし。白玉おしるこで…」

「ハイ決定。オレも食いたいからこのパフェでー」

「うぅ……高いのにぃ…」

「オレ里桜ちゃんになら喜んで貢いじゃうわ」

「やめてくださいぃいい」

 翔は手のひらで里桜を転がすようにして遊ばれている。
 もちろんそこには慈愛のようなものが見えるので、嫌な風には見えないのだけれど。
 散々転がし回された里桜は、ぐったりとしてお茶をずずずと啜った。

「なあ蘭。お前甘いの好きっつってたし食えそうなら半分しよーぜ。俺ちょっと食いたい」

 涼が蘭の手元のメニューを捲りながら、その腕を引っ張る。

「抹茶以外ならな。好きなの選べ」

 相変わらず携帯ゲームに勤しむ蘭は、興味なさげに答えて視線を携帯に戻した。

「え、なにこれ。シャーベットタワーって何。何?」

「知らねえよ。面白そうだしそれにするか」

「うん、タワー」

 二人はまるで長年一緒にいる友人といった雰囲気だ。
 激しく言い合ったりしている時もあるけれど、この二人は基本的には穏やかで落ち着いている。

「真琴は。」

 時を同じくして零二も真琴に問いかけた。
 真琴はメニューを見ながらうんうん唸っている。

「んー……ティラミスかモンブランか……うーん……」

「よし、両方。」

 零二は続けざまに、食べれなかったら俺に任せろと言う。甘いものが苦手な癖によくも堂々と言えるものだ。
 ただし甘いものは別腹という言葉の通り、真琴は本当に別腹を持っているのではないかというほど甘味類は収めてしまう胃袋を持っているので、それを信じている可能性も高いが。

 すぐ側に控えていたウェイターは、六人から好き好きに放たれた注文を聞き逃すことなく復唱して恭しく下がっていく。

 この店内に制服を着た生徒というのは珍しかった上に、不良極まりない恰好の三人が真面目そうな三人を連れているという姿はかなり歪なものだった。
 しかし、従業員教育の行き届いているこの店では不躾な視線が飛ばされることはない。

「おなかすーいーたーあ」

 里桜はお茶を飲み干してテーブルに顎を乗せて脱力した。

「朝ぎりぎりだったもんねー。ちっちゃいカラダでも足りなかったか」

 翔の言葉が真琴の耳にも届いて、いささか驚く。
 翔も蘭も、零二がしてくれているのと同じように里桜や涼の送り迎えを続けていることは聞いていた。
 もともとは始業時刻なんて関係なしに昼近くに登校してきていた彼らが朝から通学していることだけでもすごいことなのに、まさか翔は朝早くから里桜の家に居たのだろうか。何故。

「朝一緒だったの?」

 真琴の頭には疑問符ばかりが浮かんでいた。

「そうなの! 朝起きたらね、いたの!」

 里桜は食い気味に答えた。聞いてくれと言わんばかりの表情だ。

「ちゅうー」

「やああああああ!!!」

 翔の呟きで何を思い出したのか、本日何度目かになる里桜の絶叫がこだまする。

「里桜、顔真っ赤」

「やーーーっ」

 涼がからかうようににやけながらぽつりと吐いた言葉で、里桜は発狂するように頬へ両手を添えた。……まるでムンクの叫びに描かれている怯える人々のようだ。
 翔が宥めるように里桜の頭を撫でる。
 発狂させた原因でありながら、落ち着きなさいと言う翔はなかなか無茶苦茶なものだった。

 場所が変わっても、穏やかな六人の時間は変わりない。
 もともとは送り迎えも一緒にいる時間が長くなるのも、何かあったら大変だということから始まったものだった。
 けれど、そんなことは真琴も里桜も涼も、すっかり頭から抜け落ちていた。

 それくらいこの一週間は平穏そのものだったのだ。
 それが零二たちが裏で手を回した事による尽力の賜物だと言うことを知るのは、もっともっと先のことだった。
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