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放課後の一時間目 ~三人のデート

作者:
 陽が暮れかけているが、完全には落ちていない。
 青々とした稲田は、茜色の陽に染まり、そこへ、27万5千ボルトの超高圧送電線を支える鉄塔の影が長く伸びている。
 真琴のアパートをあとにした由梨は、なんとなくまっすぐ家に帰る気がせず、自転車をゆっくりとこぎながら、田園と住宅地がまだらに広がるなかの道を、進んでいた。
 陽が落ちかけているとはいえ、昼間の熱気はまだ残っていた。けれど、ジャージの袖をまくって腕に受ける風は心地よかった。自分の身体から汗の匂いがしたが、真琴の部屋でシャワーを浴びているから、匂いの元は、着ている学校指定の体操着とジャージだ。真琴とのセックスでさんざん汗をかき、それが染み込んでしまった体操着とジャージ。真琴にハンガーを借りて、部屋干しをしたが、汗の匂いは取れるはずもなかった。休日なのに、学校帰りのような気持ちになるのは、きっとこの匂いのせいだ。髪も洗ったのに、この地域の小中学生必須の自転車用ヘルメットの中はすでに暑い。真夏の登校時は、学校に到着すると、このヘルメットの形に髪の毛がプレスされている。町内の中学生は、徒歩通学の子も自転車通学の子も全員がこの白いヘルメットをかぶる。男子は青いライン、女子は赤いラインを巻いたそっけなく野暮ったいヘルメット。脱いで自転車に乗れたら気持ちいいのにと思いつつ、「通報」されたら教師にこっぴどく叱られるから、放課後であっても休日であっても、それはみんな守っている。まるで、休日も放課後も、みんな指定ジャージか体操着、あるいは制服を着ているように。
 いくつめかの曲がり角を過ぎると、水田は切れ、こんもりとした雑木と民家、そして送電塔の脚が見える。気の早い街灯がもう点っていたが、まだまだ明るい。けれど、背の高い雑木の影に一軒のコンビニエンスストアがあり、そこはもう暗がりになっており、ファサードサインの白、黄色、赤のコーポレートカラーには灯りが点っていた。
 なんとなく喉が渇いていた。自転車のかごに入れたサブバッグには、小銭入れが入っている。本当はポケットにでも入れたいところだが、由梨の中学校の指定ジャージには、お尻にしかポケットがない。そして、小銭入れを入れるには、少し具合がよくない。入れたまま自転車に乗ると確実に落としそうな気がするからだ。セーラー服なら、スカートのポケットに入れておけるサイズなのに。
 コンビニの店内も煌々と蛍光灯が眩しい。クチナシの生垣をまわした古くからの民家が多いこのあたりでは唯一のコンビニで、住民はいまだ御用聞きが健在の雑貨店をひいきにしているのか、客の入りはいつもまばらだった。車四台ほどが止められる駐車スペースも全部が空いていて、由梨は入口すぐ前のスペースに自転車を止めた。ヘルメットを脱ぎ、くったりとした髪の毛に手櫛を入れた。思ったとおり、汗でぺったりと髪の毛は寝ている。
 自動ドアを抜けて店内はエアコンが入っていて、真っ先に濡れた髪の毛と、袖をまくった腕が冷気を感じた。思わず目を細めた。店員はレジカウンターにはおらず、おにぎりやお弁当のゴンドラの前にいた。由梨は売場を横切り、ジュースやお茶、コーヒーに酒類がぎっしりと並ぶ壁面へ。
(なににしようかな)
 何となく炭酸の刺激が欲しいと思った。普段はめったに飲まない赤い缶コーラをひとつ手に取った。三五〇ミリリットル缶は少し多いかな、と手に取り逡巡していると、不意に肩をたたかれた。
「由梨」
 驚いて振り向く。大きなフレームのメガネに、耳より少し下でツインテールにした髪。そして、由梨と同じエンジ色の指定ジャージ。
「お姉ちゃん」
 一つ年上の姉の絵梨だった。
「いま帰り? どこ行ってたの?」
 絵梨の髪もぺったりと寝ていた。ヘルメットをかぶっていたのがすぐ分かる。指定ジャージの胸には、「3‐4 岡野絵梨」。「3‐4」はプリント済みで、「岡野絵梨」は姉の自筆。私よりきれいな字。いつも由梨は思う。真似しようとしても、由梨の書く字は子どもっぽい。お姉ちゃんにゼッケンの名前書いてもらえばよかった。姉のゼッケンを見るたびに思う。
「え、友達の家……」
 まさか家庭教師のアパートに遊びに行き、四回もセックスし、最後は絶頂を迎えてしまったとは絶対に言えない。
「そっかそっか。ん? カレー食べた?」
 絵梨は鼻をくんくんさせて由梨のジャージに顔を寄せてくる。真琴とのセックスの匂いがばれてしまいそうで、由梨は思わず身を引いた。
「あ、うん。友達と一緒に作って食べた」
 私が彼氏にカレーを作って一緒に食べました。ごめん、お姉ちゃん。知り限り、姉には交際相手はずっといない。
「おなか減っちゃったよ。あたし」
「お姉ちゃん、吹奏楽?」
「さっきまでだもん。へろへろだよ」
 姉は中学校の吹奏楽部でトランペットを吹いている。由梨と背丈はほとんど同じで、中学二年生の女の子にしてはちょっとだけ背が高いが、それでも華奢なことには変わりない。運動部並みのトレーニングを毎日欠かさない吹奏楽部の活動を、絵梨は一日も休まなかった。休日、一人で一時間以上もランニングしたりと、熱心さには頭が下がるだけだ。そんな絵梨のジャージからは、姉の匂いがした。汗と、学校の匂い。由梨と同じく、サブバッグを肩にかけて。
「うちに帰ったらすぐご飯だよ、お姉ちゃん」
 年子だから、姉は十四歳。もうすぐ十五歳か。たった一歳しか違わないのに、絵梨ははっきりと「お姉ちゃん」だ。
「そうなんだけど、おなか減っちゃった。ねえ、一緒になんか買おうか」
「私、喉渇いちゃって」
「コーラだ。あたしも飲みたい」
 絵梨も保温庫のガラス戸を開けて、赤い缶コーラをひとつ取った。絵梨の背中のゼッケンにははっきりと汗染みができていた。きっと今日も厳しい練習だったのだろう。由梨も汗をかいたが、部活ではなく、秘密の課外授業……真琴とお互いの身体をむさぼるように交わった汗だ。由梨はなんとなく恥ずかしく、そして居心地が悪かった。だから、胸の裡で何度も謝った。ごめんね、お姉ちゃん。
「お姉ちゃん、私がおごるよ」
「えっ、ほんと?」
 振り向いた絵梨は笑顔を見せる。妹の由梨から見ても、絵梨の笑顔はかわいい。よくマンガにある、メガネを外したら美少女、そんなお約束の容姿だと思う。でも、この大きなフレームのメガネは絵梨にとってもよく似合う。メガネをかけた絵梨が、由梨は好きだ。
「うん。あ、でもコーラだけだよ」
「クリームパン食べたい」
「ダメだよ。お母さんに叱られるって」
「言わなきゃ分かんないよ」
 悪戯っぽく絵梨は笑う。絶対にお姉ちゃん、男子から人気あるだろうなぁ。成績は県立の進学高校の合格圏に余裕で入っているというし、吹奏楽部なのに体育祭でもリレーの選手に選ばれる俊足。もっとも、運動部並みのトレーニングをしているのだから、それは当り前の気がした。由梨は瞬発力だけなら姉と勝負できるかもしれないが、四百メートル以上を全力で走ることはできない。
「ちゃんとご飯も食べるし」
「じゃあ、パン一個ね」
「イェイ」
 言うが早いか、絵梨はコーラを手に売り場を移動し、菓子パンのゴンドラから、クリームパンを一個つかんだ。二人でそのままレジに向かった。赤い缶コーラ二個と、クリームパン一個。由梨は小銭入れをサブバッグから取り出す。五百円硬貨が一個。お小遣いは倹約家の母に教育されて、毎月足りなくなることはない。それは絵梨も由梨も同じ。だいたい、指定ジャージが私服代わりのこの町に住んでいると、おしゃれにお金をつぎ込む必要性が全くなかった。
 冷房の利いた店を出ると、さっきまではそれほど感じなかった熱気がむっとした。
「暑っ」
 絵梨が顔をしかめた。
「コンビニの中、エアコン効き過ぎだよね」
「えーあれくらいでちょうどいいよ。学校にもエアコンつけてほしいよね」
「うん、それ、思う」
 絵梨は由梨の隣に並んで自転車を止めていた。まったく同じ型式。何のことはない、中学校に入学した由梨が、絵梨と同じ自転車を両親にねだって、バイパス沿いのホームセンターで買ってもらったからだ。絵梨の自転車の前かごにも白いヘルメット。ところどころ傷があるのは、一年余分に使っているからだ。
 絵梨はさっそく、コーラのプルトップを開けて、男の子のように缶をあおった。喉が鳴る。由梨もコーラを飲んだ。よく冷えていて、喉の奥で炭酸がひと暴れして気持ちいい。真琴の精液を嚥下した名残があったが、コーラで消えた。
「ぷはぁ」
「やめてよお姉ちゃん、お父さんみたい」
「だって娘だもん」
 絵梨は歯並びがいい。笑うとまっ白な歯をのぞかせる。そして、クリームパンの袋を開いた。そのままかぶりつくかと思ったが、絵梨は真ん中から半分にパンを割いた。
「由梨、はんぶんこ」
 絵梨は半分にちぎったクリームパンを差し出す。
「え、くれるの?」
「共犯者になるのだ」
「えぇえ」
 差し出されたクリームパンを由梨はだが受け取り、姉と同時に頬張る。甘い。カレーをお昼に食べて以来だから、特に美味しく感じた。
「んー、うまいうまい」
 絵梨は三口ほどであっという間に食べてしまった。それからコーラの残りを飲んだ。
「んー、コーラとクリームパンは合わないねぇ。コーラが全然甘くない」
「そだね」
 カスタードの甘さが、コーラの甘さを完全に打ち消して、炭酸のきつさがより強く口の中で弾ける。
「んー、足りないなぁー。ペットボトルにすればよかった」
 絵梨はもうコーラを飲み干したようで、クリームパンの袋と合わせてゴミ箱に捨てた。
「お姉ちゃん、私のあげる」
 由梨は半分ほど残っているコーラを絵梨に差し出した。
「え、くれるの?」
 さっきの由梨のセリフそのままに絵梨が言う。
「うん。私、全部は多いから」
「やったー。ありがとう。もらうね」
 びっしりと汗をかいた缶コーラを絵梨は受け取る。だが、すぐには口に運ばない。
「どうかした? お姉ちゃん」
「ん、由梨と間接キスだなぁと思ったの」
 また白い歯を見せて、絵梨が言う。
「やぁ。なに言ってんの、お姉ちゃん」
「由梨の間接キス、いただき」
 そう言って、絵梨はコーラをまた一気にあおった。よほど喉が渇いていたと見えて、飲み干すと、また父が缶ビールを空けたときのような仕草をした。
「満足満足。由梨、ありがと。ごちそうさま」
 二缶目のコーラの空き缶をゴミ箱に捨て、「よし、帰ろっ」と絵梨は前かごに入れたヘルメットをかぶった。少し浅目に、前髪をのぞかせるようにしてかぶるのは、三年生の特権。これを二年生の由梨は許されていない。しっかり、目深にかぶる。絵梨のあご紐も、浅目にかぶるのに合わせてある。由梨は深く被るのに合わせて。もっとも、生徒指導の教師が絵梨のかぶり方を見たら、「きちんと被れ!」と無遠慮な人差し指を向けてくるに違いないが。
「いま何時?」
 自転車にまたがって、絵梨が尋ねる。
「え、わかんない。私、時計持ってない」
「なんだぁ。あたしもなんだよね。まだ七時になってないよね?」
 岡野家の夕食は、いつも午後七時。NHKニュースがテレビで流れ、日勤の日の父はそれを見ながら食事をする。
「まだだと思う」
「でも急ごう。今日、お父さん日勤だよ」
「じゃあ七時ぴったりにご飯だ」
「うん。急ごっ」
 由梨がまだあご紐を留めていないのに、絵梨はもう前かごにサブバッグを放るようにして入れ、右足で強くペダルを踏み込んだ。
「待って、お姉ちゃん」
 あわただしくヘルメットをかぶり、サブバッグをかごに入れ、由梨もペダルを踏む。どうしたって最初のダッシュ力から絵梨のほうが速い。一日トランペットを吹いて疲れているはずなのに。
「待たないよぉー」
 口ではそう言いながら、駐車場の出口で絵梨は停まり、由梨を振り向いていた。
 風が路地を抜けてくる。
 どこかから、クチナシの花の匂いがした。もう咲いているのだろうか。
「由梨、早くぅ」
「待ってぇ」
 由梨が加速したのを見て、絵梨がペダルを踏み込む。
 送電塔の長い影が、田んぼのずっと遠くへ落ち込んでいる。
 夕餉の匂いも漂っている。
 由梨と絵梨の、それぞれの一日が終わる。

 日曜日。
 窓を閉め切って寝たのを由梨は少し後悔した。ベッドのヘッドボードに置いてある目覚まし時計を手に取ると、午前七時をほんの少し回った時間だった。目覚ましは毎朝七時ちょうどにかけてあるが、金曜日の夜にアラームは解除して寝る。土日の休みは、母に起こされるまでベッドの中にいたい。けれど、よくしたもので、午前七時をほんの少し回った時間になると、目は覚めてくれる。目が覚めると、由梨はベッドの中で二度寝を待つことができず、そのまま起きてしまう。半身を起して伸びをすると、「んん」と声が出た。その声を自分の耳で聞いて、頬がかすかに上気するのを感じた。家庭教師を四月から務めてくれている大学二年生の狭山真琴の顔がよぎる。由梨は中学二年生。自分で鏡を見ても童顔の分類に入ると思うが、身体は違う。クラスメイトの男子ともろくに会話すら自由にならない自分だったが、つい先日と言ってもいい五月の連休明け、二十歳の真琴に処女を捧げてしまった。伸びをしたときに発した自分の声が、真琴と交わっているときの悦びの声に思えて、由梨はひとり顔を赤らめた。
 最初は生徒と家庭教師の関係だった。
 けれど、由梨のすぐ隣で、辛抱強く正解へ導こうと教えてくれる真琴の横顔に、いつしか惹かれていた。汗臭いクラスメイトの男子たちと違い、中性的で物静か、しかも、由梨の住む、首都圏とは名ばかり、半世紀前からおそらく変わらない田園が地平線まで続くような風景に、場違いなほど背の高い超高圧送電線を支える鉄塔がめまいがするほど立ち並ぶこの田舎町のはずれに移転した国立大学に通う理知的な言動の真琴は、ときに粗暴さすら感じる同い年の男の子とはまったく違う魅力があった。
 身近な異性といえば、四十路に手が届く父か、同じ町内に住む母方の親戚のいとこくらいの由梨にとって、東京からやってきた真琴は、まさしく別世界の異性だった。ショートボブにしている由梨とほとんど同じくらいの長さの真琴の長髪も、毎日手入れしているかのごとくさらりとしていて、つやのある白い肌や、整った眉は、本当の中学校教諭として由梨の学校に赴任してきたとしたら、間違いなく女子生徒たちの話題の中心になっただろう。特段美形というわけではない。モデルのように長身というわけでもなく、中学生女子としては上背があるほうの由梨と並ぶとわずかに真琴のほうが背が高い、その程度。けれど、真琴にはそれだけでは言い表せない魅力があった。もちろん、「初めて接する年上の身近ではない異性」という要素が、魅力を増す係数の役割になっているだろうことは由梨自身もわかっていた。しかし惹かれだすともう気持ちは抑えられなかった。
 制服姿の由梨を「かわいい」とほめてくれた。
 苦手な分野で正解を見つけられない由梨を叱責するでもなく、かといって最短距離で解法を示すでもなく、辛抱強く道筋を教えてくれた。
 一見表情の発現に乏しいように思える真琴の横顔も、たまに見せる笑顔が輝いて見える。それが、由梨の成績が上がったことに起因するときは、自分のことのように喜んでくれる。
 由梨はだから、真琴に喜んでもらいたくて、一所懸命に予習、復習に励んだ。もともとは、ひとつ学年が上で年子の姉、絵梨の成績優秀さを見習いたくて、学業では学年の中断グループから抜け出せない自分の学力をなんとかしたくて、両親に相談したのが、家庭教師を呼んでもらうきっかけだった。この町には、寺子屋レベルの個人経営の学習塾は存在しても、全国展開しているような大手予備校系列の学習塾は進出していなかった。本当なら、大好きな姉の絵梨にみっちり勉強を教えてもらいたかったが、絵梨は中学三年生。高校受験を控えた大事な時期だ。さすがにいくら仲がいいとは言っても、絵梨の大切な時間を割いて、妹の勉強を見てほしいとは頼みにくかったし、両親もそう思ったからこそ、町の広報誌に載っていた家庭教師を頼んだのだろう。この町にキャンパスを設けた国立大学が、地元への協力の一環として、学生たちを家庭教師役にして、地域の学力向上を図っていたのだ。
 都会からやってきた真琴に、自分はどう見えたのだろう。
 ベッドの中で半身を起したまま、むっと熱気がこもったような、六畳の自室で由梨は考える。壁のハンガーにかけてあるのは、学校の制服。紺色に白線が三本のセーラー服。左胸の外張ポケットには、アンバランスなほどの大きさで、名札が縫い付けてある。もう衣替えだから、夏服を準備しなきゃ。そう思いながら、由梨はセーラー服を見つめる。
 黄色い帽子に赤いランドセルを背負っていた小学生の頃、道ですれ違うセーラー服姿の中学生にとにかく憧れていた。セーラー服を着てみたかった。大きな襟、すこし太めの三本の白線。胸当てとポケットにも白線が入っているのが、なんだか賑やかで、けれどとってもかわいらしく見えた。プリーツスカートも大人っぽく見えたし、赤いランドセルではなく、全員おそろいの青い学校指定カバンも、当時はあこがれた。その中学指定の指定カバンは、小学校入学のときに祖父母からお祝いで買ってもらった学習机の脇にかけてある。背負いタイプの、夜光反射材付きの横長の指定カバン。いま見るととっても野暮ったい。でも、小学生のころは、指定カバンを背負ってサブバッグを持ち、小学生の黄色い帽子ではなく、白いヘルメットをかぶって登下校していく中学生に憧れていたのだ。
 由梨はベッドから出て、カーテンを開ける。空気が動いて、自分の匂いがする。甘ったるいような、少女の匂い。寝汗をかいたらしく、パジャマ代わりに着て寝た学校指定の体操着が少し湿っている。昨夜、シャワーを浴びてから、洗濯が終わって母が畳んでおいてくれた体操着に着替えたが、もう自分の匂いが染みてしまっている。
 そう、この体操着姿も、真琴は「かわいい」と言ってくれたのだった。かわいいはずもないのに。白地に、襟と袖口が、男子は青、女子はエンジ色の、典型的な体操着。「体操着」の絵を描けと言われたら、きっと十人が十人描きそうな、「学校指定体操着」。左胸には校章のプリント。そして、胸と背中には、これまたアンバランスなほどに大きなゼッケンが縫い付けてある。「2‐1 岡野由梨」。遠目にもはっきり分かるほどの大きさで。学年・クラス番号はもともとプリントされているが、名前は自分がマジックペンで書いたもの。子どもっぽい字。姉のゼッケンはもっと大人の字だ。由梨は窓際で、自分の体操着姿を見下ろし、ゼッケンのところをちょっとつまんでみる。洗い替え用に二着持っているが、どちらも毎日交互に着ているから、ペンで書いた自分の名前が薄くなっている。
 窓を開ける。ようやく外の空気が入ってくるが、うす曇りの今朝は、涼しいとはとても言えない生ぬるい風が入ってくるだけだった。それでも、太ももがすっと風を受けて心地よかった。上は半袖の体操着、下はやはり学校指定のショートパンツをはいている。由梨がはいているのは、女の子用のエンジ色に白線が二本サイドに入ったもの。去年までは、時代遅れもいいところのブルマが指定だった。今年入学の一年生から、男子と同じ丈の短パンに切り替わり、二年生も三年生もこぞってブルマから短パンにみんな履き換えた。由梨も同じく、このエンジ色の短パンを買ってもらった。姉は三年生だから、という理由なのか、いまでも紺色のブルマをはいていた。由梨もスカートの下にときどき履くが、やはり短パンのほうが、太ももの露出が少なくていいと思う。ただし、セーラー服の胸につけているのと同じ大きな名札が右のお尻ポケットに縫い付けてあるのが何とも野暮ったい。いや、制服の名札が縫い付けてあるのではなく、体操着用の名札をそのまま制服に縫い付けている感じ。
 ベッドに腰掛けて、しばらく外の空気を感じる。体操着の上下を着て寝たのは、ふだん、制服の下に体操着を着る習慣があるから、というよりも、この町の中学生はみな、体操着が私服代わりだからだ。由梨も中学生になってから、私服を着た記憶がほとんどない。せいぜい、県外へ家族で旅行に行くときくらい。そのときも、着替えを詰めたバッグには、学校指定のジャージ上下を入れたくらいだ。
 由梨が小学生になる以前、校則はもっと厳しかったと聞く。それは全国的な趨勢で、この町も例外なく、中高生の「乱れ」を強制するため、半ば強引に、「華美な私服を着せない」ため、学校指定の体操着やジャージを放課後や休日も着るように学校側が指導し、それが地域に根づいてしまったのが現在なのだという。だから、この町の中学生の私服姿はほとんど見かけない。みんな、学生服かセーラー服、圧倒的にジャージ姿か体操着姿で過ごしている。ベッドサイドに腰掛け、初夏の湿度に顔をしかめている由梨は裸足だが、これでハイソックスをはき、紅白はちまきをつければ、体育の授業そのままの姿になる。女子全員が体操着とセットで身につける紅白はちまきに関しては、由梨は別に気にならなかった。最初は、体育祭でもないのに、普段の授業でも女子だけはちまきをつけ、しかも、ジャージや体操着姿になるときはセットではちまきもつけさせられることに違和感を覚えたが、女子みんながはちまき姿で遠足に出かけたり、清掃したりするものだから、そのうちはちまき姿もかわいいかなと思うようになってしまった。だから、一度、真琴の前ではちまきを結んで「授業」に望んでみたのだ。真琴は笑っていたが、やはり「かわいい」と言ってくれた。
 指定ジャージだって……。
 さすがに由梨も、県外の親戚の家を家族で訪ねるときは、パジャマ代わりにはしても、外出着としては躊躇するような野暮ったさなのだ。やはり男女色別で、短パンと同じ白線二本がサイドに入った指定ジャージ。体操着と同じく、胸と背中にゼッケンを縫い付けて、当然お尻のポケットにも名札が縫い付けてある。学校行事でみんなとジャージ姿にはちまきをつけて電車に乗るのは平気だが、一人でこの服装で東京へ行けと言われたら、おとなしくセーラー服を選ぶと思う。私服を校則で禁止されているわけではないのだが、不文律といおうか、慣習と言おうか、「みんながジャージを着ているから」、自分だけかわいらしい私服を着て町を歩くことはできなかった。
 できれば、かわいい服を着て真琴と会いたい。
 でもできない。
 帰宅後、セーラー服から私服に着替えて真琴を迎えたら、母が訝しむだろうし、姉の絵梨も勘繰るだろう。姉はそういうところにとりわけ敏感だ。だから母に言えないことも相談できる「大好きなお姉ちゃん」でいるのだが、真琴に惹かれていることは姉にも言えなかった。だから、数少ない外出着に着替えることもできず、セーラー服姿のままで「放課後の一時間目」をいつも迎えた。セーラー服は好きだったからそれほど苦にも感じなかったが、さすがに朝から制服姿でいるとどこか窮屈で、しかもなんとなくよそよそしい気持ちがして、「仕方なく」指定ジャージに着替えて真琴を迎えたりした。田舎の女子中学生丸出しのジャージ姿を「大好きな」真琴に見せるのは、本当は嫌だった。でも、やっぱり真琴は「かわいい」と褒めてくれた。中学生らしくて、かわいらしいと。いつかは、由梨と同じジャージを着てみたいとまで言ってくれた。どこまで本気かはわからないが、悪い気持ちはしなかった。
 そうして、引くに引けないところまで由梨の気持ちは高まっていき、意を決して、真琴の自宅へ遊びに行きたいと打ち明けた。できるだけ自然に、軽い調子で言ったつもりだったが、きっと声は震えていた。体操着の胸に縫い付けたゼッケンの「岡野由梨」の真下の心臓が、ばくばくと音を立てた。真琴はそのとき、わずかな逡巡する様子を見せたが、由梨の来訪を快く許してくれた。
 その夜、ジャージ姿で布団にもぐりこんだ由梨は、胸の高まりが抑えられなかった。ジャージの胸のゼッケンに書かれた自分の名前を、なだめるように押さえて、ぎゅっと目を閉じ、眠ろうと努力した。瞼の裏に現れるのは、真琴の横顔ばかりだった。真琴の顔が浮かぶたび、由梨の小さな胸がキュッと疼痛を発するのだった。
 それからは、由梨も予想しない展開になった。いや、心のどこかでは願っていたような気もする。結果的に、真琴のアパートを訪れたその日、由梨は真琴とセックスをした。
 憧れのファーストキスも、クラスメイトの玲奈が見せてくれたちょっとエッチな女の子向け雑誌に載っていた「べろチュー」……ディープキスも、できるわけがないと思っていたフェラチオも、全部その日のうちに経験してしまった。
 痛みよりも、嬉しさが数段勝っていた。
 真琴を迎え入れて貫かれている間、由梨は信じられない気持ちでいっぱいだった。
(いま、狭山さんとセックスしてるんだ)
 唾液を交換するような濃厚なキスを繰り返し、その唾液がセーラー服に流れ出すのもかわまず、スカートのプリーツの乱れが初めて気になったのは、貫かれた痛みがじいんと由梨の秘部に残る行為のあとのことだった。真琴は、優しげな普段の表情とは打って変わり、情熱的に由梨を貫き、抱きしめ、舌を絡めてきた。快感よりも痛みしか感じなかったが、憧れの真琴に抱いてもらっている幸福感は、十三歳でも十分に感じられた。
 由梨は真琴に夢中になった。もっと、もっと真琴に好きになってもらいたくて、勉強にも力を入れた。絵梨には申し訳ないと思いながらも、夜、教科書や参考書を開いてわからないことがあれば、絵梨の部屋をノックして質問しに行った。そのたび、姉は嫌な顔一つせず、自分も向かっていた机から振り向いて、シャープペンをノートの上に転がして、ひとつひとつ由梨の疑問に答えてくれた。すべては真琴に喜んでもらいたかった、その一心から。不純だと言われても、由梨は開き直るだろう。
(だって狭山さんが大好きなんだもん)
体操着姿のまま、日曜日の朝、由梨はベッドの上に大の字になった。
 家の中はまだ静かだった。壁一つ隔てた隣の絵梨の部屋も静かだった。絵梨は学年で成績上位二十位以内をいつもキープしているというのに、部活……吹奏楽部……も熱心だった。昨日も、陽が傾くまで中学校にいて、トランペットを吹いていたという。夕方のコンビニで出会った絵梨は、疲れも吹き飛ばすような笑顔だった。かくいう由梨はといえば、真琴のアパートで会えない時間をむさぼるように、セックスをしていた。四回も。
 それを思い出すと、やましい気持ちになる。絵梨は土曜日の午前中から部活へ出かけ、妹の自分は、彼氏の部屋で身体を求め合っていたのだから。申し訳ない気持ちになりながらも、昨日の行為を思い出し、下腹部が熱を帯びる自分の身体が小憎らしい。不意に短パンの中に指を入れたくなる気持ちを、ばね仕掛けの人形のようにはね起きることで打ち消した。
 それとほぼ同時に、階下からテレビの音声が聞こえ出す。
 午前七時三十分。
 母が居間のテレビをつけたのだ。
 電力会社勤務の父は、今日も出勤。父のために、母が朝食の準備を始めている。父の勤務は変則シフトが多いので、母も大変だと思う。それでも由梨の家族はみんな仲がいい。
 ふと由梨は思う。
 私も、いつか、狭山さんのために早起きして、ご飯を作ったりできたらいいな。
 飛躍しすぎの妄想は、しかし由梨にとってはとびきり甘い希望だった。
 お姉ちゃんには、狭山さんのこと、話さなきゃダメだよね。
 何でも知ってる、何でも答えてくれる、大好きなお姉ちゃん。
 まだ、絵梨の部屋は静かだった。

 県道とは名ばかり、クランクに急カーブだらけの狭い幅員の道を、由梨は懸命に自転車をこぐ。交通量はたかが知れているが、生垣をまわした民家の曲がり角から、ろくに左右確認もしない軽トラックが飛び出してくるかもしれない。町内の中学生全員が、自転車乗車時に常時ヘルメット着用を義務付けられているのは、由梨が生まれるより前に、出会いがしらに車にはねられ、頭部を強打して亡くなった中学生がいたからだ。なので、この町の中学生は、登下校時は徒歩通学でもヘルメット着用が義務化されている。小学生は黄色い帽子だが、中学生は全員白いヘルメットをかぶって、飛び出す車に注意しながらの登下校だ。
 うす曇りの空だったが、天気予報では終日曇り。雨は降らない予想だった。青々とした稲田の横を抜ける県道を、ヘルメットをかぶり、指定ジャージを着た由梨と、同じく白いヘルメットにエンジ色の指定ジャージ姿の絵梨が先行する。由梨は絵梨の背中のゼッケンを追いかける。「3‐4 岡野絵梨」の文字が、気を許すと遠ざかっていく。絵梨は特別飛ばしているわけではないのだが、運動部並みのトレーニングを続ける吹奏楽部で鍛えている絵梨は、脚力が違った。ついていこうとする由梨は、もう頬を汗が伝っている。
 二人が目指しているのは、国道バイパス沿いにある、大型のショッピングモール。
 日曜日の午後、絵梨が由梨を誘った。この町で中学生がお金をかけずに休日を過ごそうと思えば、行く場所はさほど多くなかった。
 バイパスは首都圏へ通じる高速道路のインターチェンジも交わっていて、近年、ロードサイド型の店舗が次々にオープンしている。ファミレスの類から、ファストフード店、善根展開している家具インテリア販売店、そして、田園のど真ん中に大型船のように姿を現すのが、エンクローズドモールタイプの大型ショッピングセンターだ。休日は、ここの駐車場入り口めがけて車が渋滞するのがこの町の名物と化していた。そのあおりを食って、町の雑貨店や生鮮食品店のいくつかがいつの間にか姿を消し、母や姉と一緒に買い物をした古びた商店がシャッターを下ろしていくのはさびしい気もしたが、店舗そのものがまるで遊園地のようなショッピングモールは、いつ行っても、なにも買い物をしなくても、じゅうぶんに時間をつぶすことができて、由梨は好きだった。
「いやー、今日もすごい車だねぇ」
 私鉄の踏切を渡り、県道とバイパスが合流する交差点で信号待ちをしながら、すでに流れがせき止められている車の列を見て、絵梨が言った。
「みんな暇なんだなぁ」
 と、そんなことも言う。
「私たちも変わんないよ」
「まあねぇー」
 信号が変わり、絵梨がペダルを踏み込む。
「待って、お姉ちゃん」
「由梨ぃ、もっと鍛えなきゃダメだよ。あたしごときに後れを取ってたら」
「お姉ちゃん、十分速いから」
「んなことはない」
 三年生の特権とばかりに、前髪を見せるように浅くかぶった白いヘルメットが揺れ、エンジ色の指定ジャージと背中のゼッケンが遠ざかる。二年生の由梨は、目深にかぶったヘルメットがもう暑苦しい。ヘルメットを脱いだら、髪形はぺったんこだなぁ、そんなことを考える間もなく、由梨もペダルをこぐ。
 平面駐車場はすでに車がびっしりと止まっていた。敷地から出ようとする車、駐車場へ入ろうとする車が列をなしており、立地的に徒歩でここを訪れる客はあまりいない。車で乗り入れるか、由梨と絵梨のように自転車で来るか。来店客層は家族連れ、若いカップル、そして休日に行くところと小遣いに余裕がない中高生。中でも近隣の町から集合してくる中学生はよくわかる。由梨姉妹と同じく、大体ほとんどが指定ジャージを着ているからだ。
 駐輪場に二人は自転車を留める。車載の鍵のほか、前かごに入れてあるワイヤーロックをかけ、かぶっていたヘルメットを代わりにかごに入れる。駐輪場には、前かごに白いヘルメットを入れた自転車が何台も見える。白地に、赤いライン、青いライン。後頭部に大きな番号が入っているのは、由梨と同じ町内の隣の校区の中学校。出席番号を大きく貼り付ける校則になっているようで、信じられないほどに野暮ったい。
「行こ」
 絵梨が由梨の手を引く。
「涼しいぃー」
 店内に入った途端、絵梨が目を細めた。冷房が利いていて、混みあっている割に涼しい。ここに供給されている電気は、由梨姉妹の父が勤務している開閉所を経由しているのだろう。父の休日と母の休日、そして姉妹の休日が噛みあったとき、父の運転する車で四人でここを訪れることも少なくなかった。たいていは入口で入場待ち、そして帰りは出場待ち。運転席でむっつり渋滞に文句を言う父、それに答える母、由梨と絵梨は後部座席でうつらうつらするか、前席のいらいらとはまったく関係なく、とめどなくおしゃべりをする。由梨は家族で過ごす休日も好きだったが、姉と二人でこうして過ごすのも好きだった。
「東一中の子だ」
 絵梨と手をつなぎ、主通路を歩いていると、絵梨が顔を寄せて言った。絵梨が視線で示した先に、紺色のジャージと、エンジ色のジャージを着た同年代の男女がいた。指定ジャージ姿なのは言うまでもなく、男女色別なのも由梨たちの学校と同じだが、サイドのラインの本数は三本。隣の中学の、三年生と二年生の、カップルだ。
「いやー、ジャージ着たままよくやるわぁ」
 絵梨が感嘆の声を小さく上げた。紺色ジャージの左腕にしがみつくように、エンジ色ジャージの女の子が寄りそって歩いていた。
 東第一中学校 3年2組11番 高谷尚人。
 東第一中学校 2年3組53番 石田名奈。
 カップルの胸には、まだ十メートル以上離れている由梨と襟からもはっきりと読み取れる字がくっきりと書かれたゼッケンが縫い付けてある。
「いやー、開き直ってるねーあれカンペキ」
 カップルは由梨姉妹には目もくれず、携帯電話売り場の前ですれ違って行った。絵梨がカップルを振り向き、二人の背中にも縫い付けられたゼッケンを見ながら、悪戯っぽく言った。
「付き合ってるのバレバレ」
「恥ずかしくないのかな」
「二人の世界に入っちゃってるから、関係ないんでしょ」
「お姉ちゃん、知ってる子?」
「ぜーんぜん知らない」
 言うと、カップルの真似なのか、由梨の左手に自分の右手を絡めて組んで来た。
「お姉ちゃん」
「対抗対抗!」
「意味わかんないから」
 寄りそってきた絵梨からは、シャンプーの匂いがした。
 自転車をこいで、しかも今日は蒸し蒸しするのに、お姉ちゃんからはいつもいい匂いがするんだ。
 出かける前、絵梨も由梨も、家の中では半袖体操着姿で、由梨は短パン、絵梨はジャージをはいていた。暑かったのだ。母は倹約家の上に、父が電力会社勤務だからなのか、節電家でもあり、最高気温が三十度を超えない限り、エアコンを入れてくれない。室温を見ると、家の中は二七度で、エアコン解禁まではまだ三度も余裕があった。絵梨が由梨を誘って出かけようと言ってきたとき、由梨はまだ半袖体操着に短パン姿だったが、絵梨は長袖ジャージをまさに頭からかぶって袖に腕を通そうとていた。小学生ならいざ知らず、あるいは盛夏でもないいま時期、半袖体操着に短パン姿でショッピングモールに行くのは、「年頃の」の女の子としては、精いっぱい避けたい服装なのかもしれかなった。由梨もその気持ちは何となくわかったから、少々の暑苦しさも感じながら、クローゼットに畳んでしまってある長袖ジャージ上下を取り出して着こんだのだった。
 ショッピングモールに出向かいているほかの中学生たちも似たような心境なのか、夏日の今日も、長袖の指定ジャージ上下姿の子がほとんどで、半袖を着ている男の子のグループがいたにはいたが、下は短パンではなくジャージだった。ふだんは見かけないTシャツ然とした体操着に紺色のハーフパンツ姿の女の子二人組を二階フロアで見かけたが、体操着前後につけたゼッケンと、バックプリントのローマ字から、隣の市の中学生だとわかった。ブルマよりも短パン、短パンよりもハーフパンツ。由梨も紺色のハーフパンツ姿の女の子二人……ゼッケンの番号から、同じ二年生だと知れた……を見て、短パンよりはずっとカッコいいなぁと視線で追ったりした。どちらにしろ、このあたりの中学生はみんな、誰が見てもわかる中学生の記号を体現しているようだ。一時期、この地域の中学校は荒れたのだという。なので、学校側は、外出するのに躊躇を覚えるほどの、学年クラス、学校によっては出席番号にフルネームを記入させた大きなゼッケンを生徒に着けさせることで、校外での素行に一定の縛りを設けたというわけなのだという。それは荒れる学校が時代とともに少なくなっていっても、中学生たちのあいだの「文化」として定着したのだ。
 二階フロアは、さまざまなテナントでかわいらしい夏物の服が陳列されていた。大手ディスカウント衣料チェーンの店舗も入居していて、絵梨に手を引かれて、由梨も売場を眺めた。いかにも女の子が着るとかわいらしいTシャツやカットソー、ジーンズからパンツまで、比較的安価に、しかも大量に売られていた。絵梨が淡いピンクのカットソーを手に取った。
「お姉ちゃん、それいつ着るの?」
「仙台のおばあちゃんの家に行くときとか」
「ああ」
「由梨も買ってもらったら? これなんか似合うと思うよ」
 絵梨は一枚のワンピースをハンガーにかけたまま、由梨の胸元に差し出した。姿見が近くにあり、由梨はワンピース姿の自分を一瞥する。似合っているのかどうかわからない。ワンピースはカントリースタイルとでも言うのか、パフスリーブの短い半袖と柔らかい生地で、とてもかわいらしかった。由梨はすぐ、真琴の前でこれを着てみたい、そう思った。
「これかわいい」
「でしょ。あたし、これ由梨に似合うだろうなぁって思ったもん」
 一着四千円もしていなかったが、由梨はいま小銭入れしか持っていない。さすがに小銭入れだけをサブバッグに入れるわけにもいかなかったから、小さな肩掛けのバッグに入れて持ち歩いていた。絵梨も同じだ。
「今度お母さんたちと来たとき頼んでみようよ。あたしはこっちがいいな」
 絵梨はさきほどのカットソーと、ひざ丈のモスグリーンのパンツを掲げて笑っていた。確かに絵梨にはこういう服装が似合いそうだ。
 商品を元に戻すと、エンジ色の指定ジャージの胸と背中にゼッケンを着けた地元の中学生姿に戻る。
「うーん、ジャージ姿がすっかりなじんじゃってるね。あたしも由梨も」
 言って、絵梨はおかしそうに笑った。由梨は苦笑で返した。学校でも家でも、毎日着ているこの野暮ったい指定ジャージ。けれど確かにそれなりの愛着をもう感じている。卒業してもついつい部屋着にしてしまう子が多いというが、それはきっと、ジャージに染みついた「思い出」のなせるものだろう。学校の思い出。遠足や宿泊学習、放課後の時間。
 店を出て通路を行くと、由梨たちと同じジャージ姿の中学生の女の子二人と出会う。
 ゼッケンの数字から、姉の友人だとわかる。
「夏鈴、なにやってんのぉ」
 一人は、「3‐4 森沢夏鈴」のゼッケンを着けている。絵梨の同級生らしい。整った顔立ちで、絵梨より長い髪をツインテールに結んでいる。
「今日は部活ないの?」
 森沢夏鈴が絵梨に言う。
「今日は、妹とデート。由梨。かわいいでしょ、あたしの妹」
「はいはい、いつも言ってるよね。うるさいお姉ちゃんでしょ」
 「3‐4 只野なぎさ」のゼッケンの子が言った。色白で、目が細いがやはりかわいらしい顔立ち。長いストレートヘアを結ばず、流している。校則では一つか二つに縛る決まりだから、これは彼女の休日スタイルなのだろう。
「いえ、そんなことはないです」
「また、気を遣っちゃって」
 只野なぎさが言った。
「あんまり似てないね。お姉ちゃんに似なくてよかったね」
 夏鈴が笑った。
「ちょっと夏鈴、なに言っちゃってんの」
 絵梨がむくれるように言う。由梨と腕を組んだままだ。
「あたしと由梨のデートの邪魔しないでよね。ほらほら」
 人払いをするように、空いている掌を振って二人を牽制する。
「これは失礼いたしましたぁ」
 夏鈴がおどけて笑う。
「絵梨、英語の宿題やった?」
 なぎさが訊いてくる。由梨は会話に入らない代わり、なぎさの肌の白さと、ゼッケンの文字のきれいさを眺めていた。やはり手書きの文字は性格が表れると思う。
「昨夜やった」
「そっかぁ。夏鈴は?」
 話を振られた夏鈴は、「まだだよ」とそっけなく答えた。夏鈴のゼッケンの文字は、かわいい顔とかわいい名前にぴったりの、ちょっと丸っこい文字。きっと自分で書いたのだろう。一年生のとき、由梨は自分の体操着とジャージのゼッケンの文字は、母に書いてもらった。やたらと大人びた字できれいだったが、明らかに普段の自分の文字と違いすぎて、やや恥ずかしい気持ちになった。だから、二年生になった今年の四月、ゼッケンと制服の名札への記名は、全部自分でやった。すると、一気に子どもっぽい文字になってしまったのだ。
「絵梨さぁ、あとで絵梨ん家行ってもいい? どうしても訳がわかんないところあるんだよね、教えてよ」
 なぎさが言った。かわいい子はかわいい子同士でグループ化するんだろうか。姉と夏鈴となぎさの三人を見て、由梨は思う。
「いいよー」
「ありがと。何時くらいに帰る?」
「えーと、いま何時だっけ、由梨」
 訊かれて、由梨は左手首の腕時計を見る。中学入学のとき、母に買ってもらった小さな腕時計。
「二時半とちょっと前だよ」
「四時くらいには帰ってるかなぁ」
「わかった。じゃあ、それくらいの時間に行くね。夏鈴もいいよね?」
「うん。おっけー」
「じゃあ、由梨ちゃんとのデート、楽しんでね」
 なぎさがほほ笑む。
「お姉ちゃんに襲われないようにね」
 からからと夏鈴が笑って言った。
「ちょっと、人聞き悪いからよしてよ」
「はいはい。仲良し姉妹でうらやましいよ」
 夏鈴となぎさは、小さく手を振り、通路を二人とは反対へ歩いていく。やはり、だいぶん遠ざかっても、二人の背中のゼッケンの文字ははっきり読める。荒れていた時代の学校関係者の思惑は正しかったのだと思う。これでは悪いことは一切できない。先ほど一階フロアですれ違った東一中の三年生と二年生のカップルを思い出す。絵梨が言うとおり、もうすっかりカップルとして自他ともに認めるような境地まで到達しているのだろう。そうでなければ、それぞれのフルネームに学年組出席番号まで記入されたゼッケンを胸と背中に縫い付けたジャージ姿で、腕を組んで歩いたりなんかできない。由梨はそのあけっぴろげさがうらやましい。いまの私は、真琴と一緒にただ道を並んで歩くこともできない。二人が交際していることは、まだ誰にも知られていないし知らせていないのだから。
 でも。
 由梨といま腕を組み、ずんずん前に進んでいく姉の絵梨には話してもいいような気がする。むしろ、絵梨には正直に話して、理解を求め、応援してほしかった。お姉ちゃんはきっと私の味方になってくれる。
 姉には今も昔も、特定の交際相手は存在しないように見える。快活な性格を装っているが、本当は由梨と同じくおとなしい性格なのだ。物事を隠しだてするよりは、「言いだせない」ことのほうが多いタイプだと思う。だから余計、姉に彼氏ができたら、隠すことなどできないような気もする。そんな姉が自宅へ連れてくるのは、エンジ色の指定ジャージを着た女の子ばかり。吹奏楽部の子、同じクラスの子、小学生のころからの友達。みんな女の子だ。きっと今も彼氏なんていないんだ。そんなお姉ちゃんに先んじて、妹の私が彼氏ができたと聞かされたら、もしかしたらいい気分しないかもしれない、とも思う。どう切り出したらいいんだろう。絵梨はモールの通路を歩きながら、あらゆる店の前で立ち止まったり、商品を指したりして楽しそうだ。中学三年生……受験生の重苦しさなど感じさせない。何でも知ってる、何でも答えてくれる、大好きなお姉ちゃん。由梨はそっと、絵梨に握られた手を握り返す。温かくて柔らかいお姉ちゃんの手。お姉ちゃんの匂い。いつまでも仲良し姉妹でいたい。狭山さんと付き合ってることも、お姉ちゃんには祝福してもらいたい。
 そうして通路を歩くうち、姉の絵梨の歩みが止まった。
「どうしたの? お姉ちゃん」
 すぐに絵梨は答えず、洋服売り場の一角で足を留めたまま、じっと何かを見ている。
 学生服売り場だった。時期的にスペースは取っていなかったが、ショッピングモール周辺の町の公立中学、高校の制服のほとんどを取り扱っているスクールコーナーだ。女子用ブラウス、上履き、体育館履き、各中学の指定ゼッケンに名札、そして由梨と絵梨が着ているセーラー服……。
「あたし、これ、着たいんだ」
 主通路に面して、トルソーが立っている。紺色のブレザーに、白いブラウス、エンジ色のネクタイを結び、グレーのボックスプリーツのスカートをはいて。左胸に、「県立北高等学校女子制服」のタグが付いている。
「北高の制服……」
 口の中で呟くように、絵梨。隣の市にある、県内ではトップクラスの進学校。国立大学への進学者数は群を抜いていて、由梨の家庭教師である狭山真琴の大学にも毎年何人も進学している。地味なブレザーの制服は、見様によってはどこかの公立中学校の制服にも思えるほどだが、この制服を着た生徒は、近隣市町村では一目置かれる。憧れの目で見られる。
 絵梨はおずおずと手を伸ばし、トルソーが着ているブレザーの袖に触れた。絵梨の指は、許可がなければ触れることもできない何かに手を伸ばすような緊張を持っていた。そっとブレザーの生地を撫でるように触れていた。そのとき、由梨は、絵梨の強い意思を感じ、つないでいる絵梨の掌を、ぎゅっと強く握った。
「お姉ちゃん」
「来年、これ、着るんだ」
 自分に言い聞かせるように、絵梨がつぶやく。さっきまでのおどけたような表情は消えており、一問字に結んだ唇と、きっと制服を見据える目には力が入っていた。
 そうして一分も二分も絵梨は北高の制服に触れていた。それから肩の力を抜くように嘆息すると、
「来年から、こんなゼッケン付きの芋ジャー、着なくてすむんだ。卒業したらもう着ないぞー」
 絵梨は由梨を向いて、ことさら大げさに、胸のゼッケンをつまんで、由梨に見せつけて笑った。
「お姉ちゃんのことだから、きっと中学の思い出が忘れられなくて、部屋着にすると思う」
「うーむ、それはありえるな」
 由梨の言葉に、絵梨は声を出して笑った。
 二人はそれから書籍コーナーへ向かった。バイパス沿いには、全国展開しているレンタルDVD書店があるが、そこよりも取り扱い点数が圧倒的なのが、このモールに入居している書店で、ここまでの規模の店舗は、私鉄の普通列車に乗ってJR線と接続する隣の市に行っても見当たらないほどだ。それがわかっているから、この広大ともいえる売り場面積の書籍コーナー……むしろ書店と言ったほうがすっきりくる……は、休日ともなれば、立ち読み客で混みあうのだ。
 由梨は絵梨に、中学二年生向けの参考書でお勧めのものを訊き、絵梨は教科ごとに自分が使ってよかったものをそれぞれ教えてくれた。いまは小銭しか持っていないので購入できないが、覚えておいて、母や父と来たときに頼もうと思った。参考書の棚から、マンガの新刊が出ていないかを二人で調べて、それから雑誌売り場へ移った。絵梨は少女向けのファッション誌を開き、由梨も並んで姉が見ているものと同じ雑誌を手に取った。
 読者モデルが着ているのは、華美ではないが、ローティーンの少女によく似合うようコーディネートされた服の数々で、着るものに否応なく無頓着になっている由梨が見ても、着てみたい、そう思わせるものだった。特に、隣にいる姉なら、どれを着ても読者モデルよりも似合うと思う。姉だけではなく、さっき出会った森沢夏鈴や只野なぎさだって、着るものが違えば、この雑誌のモデルにも負けない美少女だと思う。全国には、磨かれていない原石がごろごろしているのだ。自分はどうだろう? 真琴はかわいいと言ってくれているが、クラスの男子が由梨に声をかけてくることはないから、せいぜいが十人並みの容姿なのだと思う。姉に似ればよかったのに。二重なのは由梨も絵梨も共通しているが、きっと、フルネームを記したゼッケンを着けていなかったら、二人が年子の姉妹だとは分からないかもしれない。お姉ちゃん、メガネはずしてコンタクトにしたら、別人みたいになっちゃうんだろうな。そんなことを考えてろくに記事も読まずにページを繰っていたら、不意に肩をたたかれた。
「岡野さん」
 男の声だった。びくりとして振り向く。
「狭山さん……」
 瞬時に耳が熱くなった。不意打ちだ。ひどい。心の準備をしていなかったから、あっという間に頬まで熱くなる。
「あれ、お姉さんも一緒なんだ」
「あ、狭山先生」
 姉の絵梨も顔を上げた。
「なにしてんですか、こんなところで」
 絵梨が言う。笑顔で。
「そっちこそ、暇つぶし?」
「妹とのデート、邪魔しないでください」
 おどけた口調で絵梨が返す。
「そっか、デート中なのか」
 真琴は今日もさらさらいいそうな長い髪に、清潔感のある半袖の夏物シャツを着ていた。ボトムスはチノパンだったが、スリムタイプなのか、足の細さが目立つ。
「デート中ですよ、ラブラブです」
 そう言って絵梨は由梨にまた腕を絡ませてくる。真琴の手前、どう反応していいか由梨は迷い、結果苦笑することにした。
「君ら仲良しなんだなぁ。年子ってそんな仲良くできるんだなぁ」
「ほかは知りませんけど。あれ、狭山さん、兄弟いるんですか?」
「姉がいるよ」
「へえ、狭山さん、弟なんだ。それっぽいかも」
 くくっと絵梨が笑う。そうだ、だいぶ前になるが、由梨も真琴から姉がいることを聞いたような気がする。二つ歳の離れた姉がいることを。
「狭山さんは、お姉さんとデートしたりしないの?」
 絵梨が訊く。
「しないよ、そんなの。全然ないなぁ」
「仲悪いの?」
「悪くはないけど、デートするほどよくもないなぁ」
「いまどこにいるの?」
「実家だよ。大学生」
「へぇー、二人とも大学生なんだ」
 絵梨は矢継ぎ早に質問する。絵梨と真琴はふだん岡野家にいてもあまり会話をしない。真琴が由梨の部屋で授業をして、出会うことといったら、玄関、廊下、たまに母に呼ばれて、夕食のテーブルを囲むときくらい。母や父がいる遠慮が作用しているのだろう、絵梨も真琴も、夕食をともにしてもあまりしゃべらない。おしゃべりな絵梨の姿などほとんど知らない真琴は、だから少し面食らったような顔をしている。
「お姉さん、どこの大学?」
 絵梨の質問に、真琴は、東京の名の知れた大学の名前を答え、医学部に通っていると付け加えた。
「すごい」
 さらりと答えられて、絵梨は正直に驚いて見せた。由梨も、真琴の姉が医学部生だとは知らなかったので驚いた。
「エリート兄弟だね」
 絵梨が由梨に囁くように言った。
「エリートじゃないし。それに『兄弟』じゃなくて『姉弟』でしょ。姉と弟だから」
「狭山先生、細かいなぁ」
「先生ってやめてくれよ」
「じゃあ、狭山さん」
「うん。そのほうがいいな」
 真琴は小脇に雑誌を一冊抱えていた。
「それ、何ですか?」
 由梨が訊く。すると、真琴はやや躊躇のそぶりを見せながら、持っていた雑誌を見せた。
「『航空ファン』?」
 雑誌の名前を、絵梨が読み上げた。見ると、派手なカラーリングの飛行機の写真が表紙だった。
「狭山さん、飛行機好きなんだ」
 絵梨が真琴が見せた航空専門誌を手に取り、ページをめくった。羽田空港などで見かける民間機よりも、軍用機……きっと戦闘機なのだろう……に圧倒的にページ数を割いている構成だった。パラパラとページをめくったが、絵梨も由梨も、どの飛行機が何なのか、さっぱりわからなかった。
「工学部だしね」
「そうなんだぁ。なんだかよくわかんないけどすごい。パイロットになるの?」
「工学部っつったじゃん。飛行機作るほうさ。どっちかっていうと」
「パイロットのほうがカッコいい」
 絵梨がメガネの奥で悪戯っぽく笑う。
「機械は設計者がいて技術者がいないと、動かせないんだぜ」
「そうかぁー」
「絵梨ちゃん、何になりたいの?」
「ひみつ。てか、由梨、聞いた? 狭山先生に絵梨ちゃんて呼ばれちゃった! ヤバいっ」
「なにがやばいんだよォ」
「由梨、あんたももしかして『由梨ちゃん』て呼ばれてる?」
 絵梨に言われて由梨は言葉に詰まる。そのとおりなのだ。「岡野さん」なんて、最近まったく呼ばれていない。でも正直に言えない。
「岡野さん、だよね。岡野さん」
 真琴が由梨を向いて言う。由梨はうなずく。
「えー。岡野さん二人いるんですけど」
 絵梨はジャージの胸のゼッケンをつまんで、名前の部分を突き出す。由梨も倣って、自分の胸のゼッケンをつまんで、真琴に向けた。
「なにやってんのさ。二人とも」
 どことなく真琴が照れたように笑った。
「私も岡野さんです」
「わかったよ。絵梨ちゃん、こっちは由梨ちゃん」
「ふだんも『由梨ちゃん』て呼んでんですか?」
「ふだんは岡野さんは一人しかいないから、『岡野さん』さ」
「あやしいなぁー」
「なんにもあやしくないから」
 お姉ちゃん、やめて。狭山さんはごまかせるかもしれないけど、私、無理。
 由梨の小さな胸の中で、それこそジャージの胸のゼッケンの下で、心臓が音をたてはじめる。姉は悪乗りしているだけ。なのに、ドキドキが止まらない。だいたい、昨日、目の前の真琴とは四回もセックスをした間柄なのだ。十分に「あやしい」関係になっているのだ。
「それにしても、よくあたしたちがわかりましたね」
 絵梨は航空専門誌を真琴に返すと、訊いた。
「そりゃわかるさ。そんなに大きなゼッケンつけてるんだもん」
「ああ、そっか。後ろからでもモロバレか」
「便利だね。そのゼッケン」
「悪いこと全然できないから」
「悪いことしたいの? 絵梨ちゃん」
「しないし」
「だよね。しそうにないし」
 くくっとまた絵梨は笑った。
 お姉ちゃん、狭山さんと楽しそうだ。お姉ちゃん、まさか、狭山さんのこと、好きなのかな……。
 いらぬ勘繰りの出所は、ようするにただの嫉妬だ。「彼氏」が「私以外の女の子」と話をしているというその事実だけで、由梨に焦燥感が生まれているのだ。初めての感情を、由梨は持て余しそうになる。お姉ちゃんは大好き。でも狭山さんも大好き。お願い、そんなに楽しそうに話をしないで。
「よく来るの?」
 真琴が言う。
「うん。しょっちゅう。涼しいし」
「エアコン効きすぎじゃない?」
「ちょうどいいよ。ねぇ、由梨」
「あ、うん。ちょうどいい」
「なんで長袖のジャージなんか着てるの? ここにいる中学生、みんなジャージだよね。高校生はさすがに私服だけど」
「狭山さん、半袖体操着に短パンでこんなとこに来られる?」
 絵梨が言う。
「無理」
「そういう理由です」
「そういう理由か」
「うん」
「じゃあ、仕方ないか。セーラー服着てくるわけにもいかないか」
「まあ、それもありなんだけど。休みの日にまで制服着たくないでしょ」
「絵梨ちゃん、セーラー服嫌いなんだ?」
「嫌いじゃないよ」
「じゃあ、ジャージより涼しそうじゃん」
「だって、一回着たら汗かくから洗濯しなきゃならないじゃない」
「あ、そうか」
「もしかして、由梨のセーラー服姿、見たかったの?」
 絵梨が由梨の肩をつかんで、真琴の前に押し出してくる。
「こんなダサい芋ジャーじゃなくて、夏服セーラー姿の由梨のほうがよかった?」
 やめて、お姉ちゃん。由梨の頬がまた上気してくる。
「いや、ジャージ姿もかわいいよ」
「え、マジですか。こんな芋ジャーでOKなんだ」
「中学生らしくてかわいいんじゃない? 絵梨ちゃんもジャージ似合ってるよ」
「えー。それあんまり嬉しくないなぁ」
「そう?」
「でもいいんだ。来年にはこんなジャージ着なくていいんだもん」
「ああ、絵梨ちゃん、三年生か」
「受験生だよ」
「こんなとこに来てていいの?」
「勉強はちゃーんとしてるもん」
「由梨ちゃんから聞いてるよ。お姉ちゃんはすごいって」
「ホント?」
 真琴が由梨を見る。
「だよね?」
「うん」
「そっかぁ。なんか嬉しい」
「お姉ちゃんは頑張り屋さんで、だから家庭教師を頼んだんだって」
「由梨、そうなの?」
「うん」
「へぇ。そうなんだ。由梨だってちゃんと勉強してたじゃん」
「お姉ちゃんには追い付かないんだもん」
「そんなことないって」
「全然だよ」
「由梨ちゃんも頑張ってるよ。成績、上がったもんね?」
「う、うん」
「中間テスト、楽しみだね」
「う……ん」
 中間テストはまだちょっと怖い。姉のように、上位に入れるだろうか。姉を担任したこともある教師からは、冗談めかして姉と比較される。冗談だとわかっていても、いい気分はしないし、余計に焦る。頑張らなきゃ。頑張らなきゃいけないのに、昨日は……。
「話の途中だけど、ごめん。あたし、ちょっと……」
 絵梨が申し訳なさそうに、持っていたファッション雑誌を棚に戻し、背をかがめた。
「お手洗い?」
「由梨、言わなくていいって」
「絵梨ちゃん、行ってらっしゃい」
「狭山さん、あたしの由梨、連れて行かないでよ」
「わかったよ」
「行ってくる」
 そう言って、絵梨は売場を離れて行った。図らずも、由梨は真琴と二人になった。もちろん、こんな場所で、指定ジャージ姿で、しかも前後に大きなゼッケンを着けて、真琴に甘えたりなどはではない。それでも、今日会えると思っていなかっただけに、真琴と二人になれるのは正直うれしい。
「君ら、仲いいんだなぁ」
 ポケットに手を入れて、真琴が言う。
「そうかな」
「仲良し姉妹って感じだよねぇ。見てて妬けるよ」
「え、そうですか?」
「うん。本当に『デート中』って感じじゃん」
「私は……狭山さんと、デートしたかった」
「ははっ」
「笑いごとじゃないよぉ」
「町内じゃ無理でしょ。その格好だと本当にバレバレになっちゃう」
「狭山さんも、昨日着てたジャージ着てくれたら」
 真琴は、いつも指定ジャージ姿の由梨に合わせてか、自身の中学時代の指定ジャージに体操着を着て由梨の相手をしてくれたのだ。
「いや、あれはかえって目立つって。あんなジャージの中学、この辺にないから」
「じゃあ、私の中学の男子のジャージ着るとか」
 言って、私って何言ってるんだろうと由梨は思う。とにかく真琴と外でデートがしたい。
「それ、面白いかもね。やってみようか」
「ホント?」
「でも、ゼッケンになんて書く?」
「え、狭山さんの名前じゃだめなの?」
「何年何組にしたらいいの?」
「あ、そっか。同じクラスとかじゃ、ダメかぁ」
「ばれちゃうよ。ニセ中学生って」
「卒業生ってことにしたら」
「卒業してからも、中学ジャージ着る子、いるのかな」
「うーん……。わかんない。いるような気もするけど。……いとこは着てる」
「着て出かけたりしてた?」
「家の中でしか着てなかったかなぁ」
「だよね」
「うーん」
「でも嬉しいよ。そんな、デートしたいって思ってくれるなんて」
「狭山さん……」
「なに? 由梨ちゃん」
「あのね、お姉ちゃん、戻ってきたら、私も、トイレ行くから」
 由梨は思いがけず、大胆なことを言おうとしていた。
「時間差でさ、狭山さんも、来てよ」
「えっ」
「お願い。だって、今日会えないと思ってたのに、会えたんだもん」
 すがりつくような目に、真琴は由梨の肩に右手を置いた。
「……ごめんなさい、私、なに言ってるんだろう」
 由梨はうつむき、いやいやするように首を振る。
「由梨ちゃん」
「狭山さん、ごめんなさい。狭山さんだって何か用事で来てるのに」
「由梨ちゃん、用事なんてないよ。君らと同じ、暇つぶし」
「ごめんなさい」
「わかった。由梨ちゃん。絵梨ちゃんが戻ってきたら、由梨ちゃん、トイレ、行っておいで。で、二、三分したら、行くから。この階の、スポーツグッズ売ってる店、わかる?」
「通路の一番奥?」
「うん、そう。その裏のところに、歯医者さんがあるんだけど、そこの奥のところのトイレね、空いてるんだ。さっき行って来たばっかりなんだけど、遠いから人少ないんだ。そこにいてよ。ちょっとだけ、二人きりになれる」
「ホント?」
「うん、ホント。だけど、由梨ちゃんは今日、絵梨ちゃんとデート中なんだからね。長い時間はダメだよ。わかる?」
 言外に様々な意味を含ませて、真琴が言う。
「わかった」
「じゃあ、そうしよう」
「うん」
 低く小さい声で交わした秘密。由梨は、ひざがかすかに震えた。それをごまかすように、由梨は、さほど興味もない少女向けのファッション誌をまた取り出して、ページをめくった。制服の先輩ににらまれない着崩し方。ジャージを緩く着る方法。ゼッケン付きのジャージをかわいく着る方法なんて、やっぱりどこにも載っていなかった。

 絵梨は五分以上たってから戻ってきた。
 書店から近い側のトイレに行ったら、行列になっていたという。休日のショッピングモールのトイレは、場所によっての混雑が激しい。絵梨は混んでいるからといって、遠方のトイレまで向かうようなタイプではないから、そこで列が前進するのを待っていたらしい。
「ごめんね、すっごい混んでて」
「お姉ちゃん、私もトイレ」
「なんだぁ。一緒に行けばよかったのに」
「待ってたら行きたくなっちゃった」
「混んでるよぉ」
「ごめん。待ってて。お姉ちゃん、立ち読みしてるでしょ」
「うん、ここじゃなかったら、文庫のとことか、その辺にいるから」
「わかった。ごめんね。行ってくる」
 そう言って、由梨は速足で書店を出た。
 絵梨の視線が由梨の背中のゼッケンを追いかけていないとは言えないから、いったんは書店近くのトイレへ向かうふりをして、通路を曲がる。それから人の流れを縫うようにして、通路をモールのほぼ反対側、真琴が示したスポーツグッズの店へと向かう。雑貨店から不思議な香の匂いがした。紳士物のワイシャツばかり売っている店の前を通り過ぎた。靴店、アクセサリーショップ。そうして、スポーツグッズ店。手前の通路を左折すると、路地のようになった場所の左手に歯科。日曜なのに空いている。それなりに患者の姿も見える。けれど、路地のような通路を歩く客の姿はない。それからまっすぐ行って右に折れると、トイレが見えた。
 男性用、女性用、身障者用。
 由梨はどれにも入らず、トイレ前の非常階段に通じるスペースに身を隠すようにして、真琴を待った。
 長かった。
 何度も腕時計を見た。
 会いたい。
 真琴に抱きしめてほしい。
 お姉ちゃん、ごめんね。私とデートって言ってくれてるのに。
 狭山さん、早く来て。
 お姉ちゃん、待ってて。
 やけに店内のざわめきが耳に届いて焦る。
 何度も嘆息した。息が苦しい。胸がドキドキする。そうしているうちに、真琴の姿が角を曲がって現れた。
「狭山さん」
 思わず飛びつくように抱きついた。真琴も、力強く抱きしめてくれた。
「由梨ちゃんの匂いがする」
「汗くさい?」
「いい匂い」
「狭山さん、大好き」
「由梨ちゃん」
 いったん真琴は由梨を離して、あたりを二、三度窺うようなそぶりを見せて、身障者用トイレの扉を開けた。
「悪いけど、ここにしよう。誰か来たら、すぐに出るんだよ」
「わかってる」
「そのジャージは目立つなぁ。本当に悪いことできないね」
「これ、悪いことかな」
「あんまりいいことじゃないかもね」
 いいながら、トイレに二人は入る。鍵を下ろすが速いか、どちらからでもなくハグしあい、そしてキスした。
「狭山さん、」
 由梨のほうから舌を入れた。
「由梨ちゃん」
 真琴も舌を絡めてくる。
 顔を傾け、唇と唇がぴったり合い、お互いの口が密着する位置を何度も探りながら、ディープキス。本当に、本当に深いキス。唇をお互いはさみあい、由梨は真琴の下唇、そして上唇に舌を押しつける。真琴も負けじと、由梨の舌を押し戻すように自分の舌を由梨の口内に挿し入れ、舌といわず歯といわず、由梨の口内をかきまわす。唾液があふれだし、お互いがお互いのを嚥下しあう。
「はふっ」
 由梨の喉から吐息と一緒に悦びが漏れ出る。
「由梨ちゃん」
「会いたかったもん」
 唇を離すと、太く長い唾液の糸が引く。それを吸い取るように、またキス。
 もっと、もっと。
 もっとキスしたい。
 もっと、真琴の唾液を飲みたい。
 もっと、抱きしめてほしい。
 由梨の身体から、あの甘い少女の匂いが濃く立ち昇ってくるのを、真琴は感じる。真琴のチノパンの股間が、またたく間に立ち上がる。タイル張りのトイレの中に、衣擦れの音と、真琴の吐息、そして由梨の甘い鼻声、舌を絡めあい、唇を吸いあう音がこもる。
「狭山さん、狭山さん……」
「真琴、でいいよ」
「ううん、狭山さん、て言うのが好きなの」
「じゃあ、岡野さん」
「やだ。名前で呼んでよ」
「由梨ちゃん」
「うん」
「由梨ちゃん」
「大好き」
 舌を深く差し入れあう。真琴は由梨の指定ジャージの裾から腕を入れ、体操着の上から、小さな胸に触れる。
「はっ」
 由梨がたまらず声を漏らす。すでに乳首はブラの下で硬く勃起していた。
「気持ちいい……」
「昨日、あんなにたくさんしたのにね」
「そうだね」
 それでも気持ちいい。真琴の指が由梨の胸の先端に触れると、下腹部に熱いものが湧きあがってくる。ジャージを着てきてよかった。短パンだけなら、今頃液があふれて、太ももに流れ出していただろう。ジャージに染みができるのもまずいが、太ももに愛液を垂らして、そのあとを姉に見られるよりは言い訳しやすい。
「狭山さぁん」
 由梨の下腹部に、真琴のペニスが硬く当たっている。由梨は右手で、チノパンの上から、硬く勃起した真琴のペニスをつかむ。
「んっ」
「狭山さん、こんなに」
「だね」
「昨日、あんなにしたのに」
「由梨ちゃん、会いたかった。会えると思ってなかった」
「私もだよ」
 キス。
 唾液の交換。
 歯の一本一本を舐めとるような、キス。
 真琴は思う。由梨の唇、なんて柔らかいんだろう。
 由梨は思う。真琴の舌って、どうしてこんなに気持ちがいいんだろう。
「ねえ、狭山さん……」
 真琴のペニスに由梨は両手を添えて、目をうるませている。
「してくれるの?」
「うん、したい」
 真琴がうなずくと、由梨はすぐに跪く。真琴はあわただしくチノパンのベルトを緩め、ボタンをはずして、ジッパーを下げた。トランクスから、反り返るほどに勃起したペニスが躍り出る。間髪いれず、由梨がペニスにむしゃぶりついた。時間がないから、丁寧に舐めあげるようなことはせず、かすかに尿と汗の匂いがつんとする真琴のペニスを、由梨はその小さな口いっぱいに頬張り、吸い上げ、舌を絡めた。
「うっ」
 十三歳の由梨のフェラチオ。しかもここはショッピングセンターのトイレ。由梨は姉の絵梨とデート中。指定ジャージ姿で、甘い少女のミルクのような匂いを振りまいて。
 由梨は唾液とカウパー腺液の混じったドロドロのペニスを、手を添え、音を立てて吸い上げ、吸いこむ。由梨は真琴のをフェラチオするのが好きだった。自室のベッドの中で、何度も何度も、真琴のをフェラチオする場面を想像しながら、自分を慰めた。精液を口の中に出してもらうのも好きだ。だって、狭山さんが私の行為で気持ちよくなってくれるんだもん。狭山さんが喜んでくれるなら、私、何でもできる。きっと、おしっこくらいなら飲めちゃうんじゃないかな……。しびれるような興奮の中で、由梨の想いは倒錯気味に加速する。
 フェラチオ。
 唾液でベトベトになったペニスを、由梨は右手でしごきながら吸う。少女向けの雑誌には、こんな技も紹介されているのだ。きっと、大人たちが見たら仰天する。クラスメイトの川崎ひとみも、年上の彼氏にこうやってフェラチオをしているのだろう。やはり、精液は飲んでいるのだろうか。今度、二人きりになったら、ひとみにどんなセックスをしているのか聞いてみたい。私と狭山さんとのセックスのことも、話したい。玲奈たちには絶対言えないけど、澄ましたひとみに話したら、驚かれるかな。ひとみも日曜日の午後の今時分、彼氏とセックスしてるんだろうか。
 セックス。
「狭山さん……」
 ペニスから口を離す。唾液が糸を引く。由梨は手の甲で口についた液を拭う。
「由梨ちゃん?」
「セックスしたい」
 そそり立つペニス。入れてほしい。私の中に。
 由梨の性器は、真琴からの直接の愛撫を全く受けていないにもかかわらず、もうすっかり準備が整っている。ひくひくと軽いけいれんを感じるほど、由梨は興奮していた。
「ダメだよ、……ゴムも持ってきていないし」
「お願い。セックスしたいよ、狭山さん」
「ダメだよ、お姉ちゃんも待ってるし」
「ちょっとだけでいいから、お願い。……入れてほしいよ」
 真琴は切なそうに目を潤ませる中学二年生の恋人を見下ろして、その言葉だけでペニスがびくんと反応するのを見た。暇つぶしに来たショッピングセンターだ。避妊具など持ち合わせているはずもない。ませた高校生なら財布にこれ見よがしにコンドームを入れたりしただろうが、真琴はそんな無駄な虚勢は張らない。由梨と会う予定がないということは、セックスする予定もなく、だから避妊具を持ち歩く必要もなかったからだ。
 でも。
 唇を唾液で汚し、潤んだ瞳で自分を見上げる少女は、あまりにもかわいらしく、衝動に歯止めをかける理性は、もはや十分なものではなかった。
「わかった」
 真琴は由梨を立たせて、壁に両手をつかせた。
「狭山さん、どうしたらいいの?」
「ジャージ、下ろすよ」
 真琴は由梨の指定ジャージのタイツを下ろす。お尻の名札の文字の色があせている。そんなところに由梨の生活感を感じ、余計になぜか興奮した。ジャージを下ろすと、まったく同じジャージ素材の短パンが出てくる。やはりお尻に名札。これまたいい具合に記入した文字が色あせていた。「月見台中学校2年1組 岡野由梨」。
 真琴は短パンは下ろさず、短パンの裾を、その中のパンツごとずらし、由梨の性器を露出させる。
「由梨ちゃん、もうちょっとお尻、突き出して」
「こう?」
「うん。もうちょっと」
「こう?」
「入れるよ」
「うん」
 短パンとパンツをずらし、いい具合に見えている由梨のピンク色の性器に、真琴は避妊具を着けていない自分のペニスを、ぐいと押しつけ、一気に挿入した。立ったままするのは初めてで、後背位は経験していて、かなりいい角度でペニスに刺激が加わるのを知っていたが、立位だとより違った部分に、由梨の膣が当たってくれるようだ。気持ちいい。
「あはっ」
 たまらず由梨が鳴く。ずぶり、と音がするように、真琴のペニスは根元まで由梨の中に埋まる。まるで、短パンごと由梨を貫いてしまったように見える。
「動くから」
「うん」
 真琴は由梨の腰をつかみ、抽送する。避妊具なしのセックスは人生で初めて。ひと差しで信じられない快感が襲ってきた。由梨の中は熱く狭く、そして絡みつくように真琴のペニスを愛してくれる。ジャージ姿の由梨の背中のゼッケン、そして短パンの名札。女子中学生と愛し合っている実感に、真琴の気が一瞬遠くなりかける。空調が聞いているはずなのに、汗が流れてくる。
 ダメだ、とても長い時間、由梨の中を味わうことなどできない。
 まだ十回ほどしか腰を使っていないにもかかわらず、由梨のフェラチオで高められた興奮と、倒錯的な場所、そして短パンのお尻を見ていると、真琴はもうたまらず射精感が一気に高まっていた。
「ごめん、由梨ちゃん、ダメだ、出そうだよ」
「え、狭山さん、出そう?」
 さすがに由梨も驚いた様子だ。早すぎると感じたのだろう。
「由梨ちゃん、ホント、出るわ」
「え、え、狭山さん、どうしよう」
「由梨ちゃん、口に、出させて、もらえない、かな」
「え、あっ、んっ、口、私の?」
「うん、はっ、はっ、由梨ちゃんの、口、」
 早く動かすことはもうできず、腰をつかんで、ゆっくりと突く。だが、それも限界だ。
「いいよ、狭山さん。んっ、はっ、んっ、んっ、私の口に、出してっ」
 真琴は由梨の性器からペニスを抜いた。抜いたペニスは、由梨の分泌液でてらてらと濡れそぼっている。
「口、いい?」
 由梨はあわてて、ふたたび真琴の足元に跪き、ペニスを咥えた。
「あ、ああっ、くうっ」
 ペニスが由梨の口の中に含まれた瞬間、真琴は射精した。
「んぐっ、んっ」
 由梨がうめく。
 勢いよく由梨の口の中に、一回、二回、三回とペニスが脈打ち、精液が注ぎ込まれる。
「由梨ちゃん、ああっ、んんっ」
 真琴は言葉にならない。
 最後の一滴まで、真琴は由梨の口内に射精し切り、果てた。由梨は、口に出された真琴の精液を、すべて嚥下した。
「はあ、はあ、はぁ」
「はっ、はっ、はっ」
 二人の息が荒い。見ると、由梨もうっすら汗をかいていた。真琴は自分のペニスを拭うより先に、トイレットペーパーを巻きとり、由梨の頬の汗と、口の周りの唾液、精液をふき取る。それから、愛液と唾液でべっとりの自分のペニスを拭いた。
「すごかった」
 思わず、真琴が言う。
「狭山さん、今日、おっきかった」
 由梨が言う。角度の違いもあるのかもしれなかったが、由梨の中に挿しこまれてきた真琴のペニスは、昨日よりもずっと太く硬いように思えたのだ。
「すぐ出ちゃったね」
 由梨がほほ笑んだ。
「由梨ちゃんが気持ちよすぎるんだよ」
「でもよかったかも。お姉ちゃん、待ってるし」
「だね」
 由梨は短パンの裾から、トイレットペーパーで性器の濡れを拭いた。幸い、愛液が短パンやジャージについたりはしていないようだった。真琴もようやく縮み始めたペニスをトランクスの中にしまい、チノパンを直した。
「こんなところでセックスしたの、初めてだよ」
 真琴は嘆息しながら言った。
「ヤバかったね」
 最後、汗を拭い、トイレに備えてあった消臭スプレーを軽く部屋に撒いてお互いのセックスの痕跡をごまかし、ぎゅっとハグしあう。
「じゃあ、絵梨ちゃんに由梨ちゃんを返さなきゃ」
「私、先に行くね。そのほうがいいよね」
「俺、お腹痛いってことになってるから」
「うん、わかった」
「またね」
「うん、またね」
「予習、忘れないでよ。もうすぐ中間テストだし」
「大丈夫!」
 由梨は、トイレを出て、あたりをうかがい、それからまた速足で、いや、駆けるようなスピードで、通路を戻って行った。
 真琴は便座に腰掛け、余韻の残る身体を、深呼吸で整える。
 危うく由梨の膣の中で射精してしまいそうだったことを思い出し、これからはもう避妊具なしのセックスは絶対にしないと、駆けて行った十三歳の女子中学生の恋人の後ろ姿を思いながら、一人誓った。

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