Listening:<最高裁裁判官国民審査>「憲法の番人」をチェック
2014年12月12日
最高裁の裁判官に対する国民審査が、14日の衆院選投票と同時に行われる。今回対象となるのは、前回衆院選(2012年12月)後に任命された5人。前回から2年しか経ていないこともあり、近年の審査に比べ対象者は少ないが、有権者が「憲法の番人」にふさわしい人物なのか直接意思表示できる唯一の機会でもある。対象の裁判官に心構えや信条などを尋ねたアンケート結果を、経歴や担当した主な裁判と併せて紹介する。【川名壮志】
最高裁の裁判官は15人。地裁や高裁と異なり、憲法解釈や法令違反などを争う裁判の審理を担当する。通常は裁判官5人で構成する「小法廷」に裁判が係属するが、新たな憲法判断や過去の最高裁判例の変更が迫られる場合には、全員で合議する「大法廷」に審理が回されることがある。
最高裁の判決や決定では、多数を占めた意見が法廷意見となる。各裁判官は法廷意見への賛否を明示しなければならないため、結論が異なる場合は「反対意見」を述べることになる。(1)多数意見に賛成したうえで意見を補う「補足意見」(2)多数意見と結論は同じだが理由が違う「意見」を述べることもあり、これらから裁判官個人の見解が読み取れる。各裁判官が関わった主な裁判で示した意見が、審査の判断材料になる。
小法廷の審理で意見が分かれた最近の例としては、家族の在り方を巡る裁判がある。性同一性障害により女性から男性に性別を変更した夫と、第三者の精子提供を受けて産んだ妻の子の間に父子関係を認めた決定(2013年12月)では、裁判官5人の意見が3対2で割れた。同様に、DNA型鑑定で血縁関係が否定されても法律上の父子関係は取り消せないとした判決(14年7月)も、3対2だった。
また、13年参院選の「1票の格差」を巡る訴訟の大法廷判決(14年11月)では、15人中11人が「違憲状態」との判断を示した一方、4人が反対意見を述べた。うち3人が「違憲・有効」、1人は「違憲・無効」との反対意見だった。「違憲・無効」だとした山本庸幸裁判官は「投票価値の平等は絶対的な基準として守られるべきであり、違憲と明確に判断した以上、選挙は無効とすべきだ」と述べた。
………………………………………………………………………………………………………
《質問項目》
(1)裁判官としての心構え、求められる資質とは(2)施行から5年が過ぎた裁判員制度の評価(3)DNA型鑑定の普及などに伴う家族の在り方を巡る訴訟の課題(4)憲法改正についての考え(5)趣味/最近読んで面白かった本
………………………………………………………………………………………………………
◆鬼丸(おにまる)かおる(65)
東大法卒。1975年弁護士登録。司法研修所教官、厚生労働省労働保険審査会委員などを経て2013年2月就任。第2小法廷所属
(1)(心構え)憲法の精神に忠実であり、証拠に基づく事実に謙虚に向き合い、市民の目線を忘れず、良心に従い、誠実公正な裁判を行うこと(資質)広い視野と洞察力。また、柔軟な思考と法的な素養と決断力も必要
(2)裁判員の熱意と努力のお陰で大変順調に進んでいる。今後の課題は、裁判員の時間的、精神的な負担の軽減だと考える
(3)司法の現場から、憲法や法律にのっとって最良と思われる解決を図る努力をしていく
(4)国民的論議を経て国民が判断することですのでお答えする立場ではない
(5)ヨガ/ジョン・グリシャム「自白」
◇担当した主な裁判
12年衆院選の「1票の格差」を巡る大法廷判決で「憲法は国民の投票価値をできる限り1対1に近い平等なものにすることを基本的に保障している」との意見(13年11月)▽NHK受信料の支払いを巡り「時効は5年」との初判断を示した判決の裁判長(14年9月)
◆木内道祥(きうち・みちよし)(66)
東大法卒。1975年弁護士登録。大阪家裁調停委員、日弁連倒産法改正問題検討委員長などを経て2013年4月就任。第3小法廷所属
(1)(心構え)理と実を兼ね備えること(資質)最高裁の裁判官に特異な資質が求められるとは思わない
(2)良い制度も何もしないと倦(う)む時が来る。初心と進化が常に必要
(3)立法による解決がされるまで、現行法の解釈適用によってできるだけ妥当な結果をもたらすのが司法の役割と考える
(4)憲法の尊重擁護義務を負い、憲法に拘束される立場であり、憲法改正を考える立場にはない
(5)米プロバスケットボールのテレビ鑑賞/石川桂郎「俳人風狂列伝」
◇担当した主な裁判
12年衆院選の「1票の格差」を巡る大法廷判決で「今後の国会の動向いかんで無効とすることがあり得ないではない」とする違憲の反対意見(13年11月)▽性同一性障害で性別を男性にした夫と、妻が第三者からの人工授精でもうけた子の間に父子関係を認めた決定で「最善の工夫を盛り込むことが可能なのは立法による解決」との補足意見(13年12月)
◆池上政幸(いけがみ・まさゆき)(63)
東北大法卒。1977年検事任官。法務省官房長、最高検刑事部長、次長検事、大阪高検検事長などを経て2014年10月就任。第1小法廷所属
(1)(心構え)一つ一つの事件について、法による適正妥当な解決を図るため、公正に誠実に力を尽くしていく(資質)法律の素養だけでなく、それぞれの事件に公平で適正妥当な判断をする能力
(2)国民の熱意に支えられ、おおむね順調に運営されており、分かりやすく迅速で的確な裁判が実現しつつあると思う。裁判員の負担を過重なものとしないように、より良い制度の運営を図っていかなければならないと考えている
(3)科学技術の発展について、十分な理解をした上で、具体的訴訟において妥当な判断をしていく必要がある
(4)国会の発議により国民投票を経て行われるもので、主権者として国民が判断される事柄であり、差し控えたい
(5)音楽観賞/歴史上、注目されなかった人物に焦点を当てた小説
◇担当した主な裁判
13年参院選の「1票の格差」を巡る訴訟の大法廷判決で「違憲状態」との多数意見(14年11月)
◆山本庸幸(やまもと・つねゆき)(65)
京大法卒。1973年通商産業省入省。東大公共政策大学院客員教授、内閣法制局長官などを経て2013年8月就任。第2小法廷所属
(1)(心構え)当事者の主張に虚心に耳を傾け、これまでの行政と法令審査の経験を基に、公平かつ公正で妥当な解決を目指す(資質)常識を備え、豊かな教養と法律の専門知識を身につけていること
(2)総じて非常に順調な滑り出しだったが、その過程でいくつか実態に合わない点が出てきており、運用の改善などをしたので、その効果を見守りたい
(3)本来は法律で立法的に決着すべき問題だが、それが難しい現段階では、事案によって血縁関係と家族関係のどちらを重視するか悩みながら適正に判断をしていきたい
(4)憲法の規定に従って憲法改正が仮に行われ、改正された憲法が施行されれば新しい憲法の規定に従い、粛々と職務を遂行する所存である
(5)テニス、旅行など/クリストファー・ロイド「137億年の物語」
◇担当した主な裁判
3人が殺傷された元厚生事務次官宅連続襲撃事件で1、2審で死刑とされた男の上告を棄却した判決の裁判長(14年6月)
◆山崎敏充(やまさき・としみつ)(65)
東大法卒。1975年判事補任官。最高裁人事局長、同事務総長、東京高裁長官などを経て2014年4月就任。第3小法廷所属
(1)(心構え)それぞれの事件に誠実に取り組み、多角的に問題を検討し、熟慮の上で適正な判断に到達したい(資質)社会と人間についての深い理解と柔軟でバランスのとれた思考力
(2)刑事裁判が分かりやすくなり、国民の信頼が高まったように思う。理想的な姿に近づけるため、さらに審理の工夫や制度の広報に努める必要がある
(3)具体的な事件の中で考えを述べたい。科学技術の進歩によって法制度が想定しなかった状況が生じ得るが、社会の中でどのように位置づけるか、十分な議論がされることが望ましい
(4)憲法は国家の基本法であり、改正は今後の我が国の在り方を決める重要な問題であることから、各国民が真剣に考え議論すべきものと思う
(5)読書、旧跡を訪ね歩くこと/アマルティア・セン「正義のアイデア」
◇担当した主な裁判
1審の裁判員裁判で死刑判決が言い渡され、2審でも支持された長野市の一家3人殺害事件で男の上告を棄却した判決(14年9月)
………………………………………………………………………………………………………
◇13年参院選「1票の格差」大法廷判決の判断
<審査対象の裁判官>
裁判官 (出身) 意見
鬼丸かおる(弁護士)×
木内道祥(弁護士) ×
池上政幸(検察官) △
山本庸幸(行政官) ●
山崎敏充(裁判官) △
<対象外の裁判官>
◎寺田逸郎(裁判官)△
桜井龍子(行政官) △
金築誠志(裁判官) △
千葉勝美(裁判官) △
白木勇(裁判官) △
岡部喜代子(学者) △
大谷剛彦(裁判官) △
大橋正春(弁護士) ×
山浦善樹(弁護士) △
小貫芳信(検察官) △
……………………………
△は違憲状態、×は違憲有効、●は違憲無効。◎は裁判長、審査対象者は告示順、対象外は就任順
………………………………………………………………………………………………………
■ことば
◇国民審査
最高裁の裁判官15人は「識見の高い、法律の素養のある40歳以上」から選ばれ、任命後初の衆院選の際に、罷免の可否を決める国民審査を受ける。投票所で対象裁判官の名前が掲載された用紙を渡され、辞めさせたいと思う裁判官の名前の上の欄に「×」を書く(「〇」など他の記号を付けると無効)。×が有効票の半数を超えると罷免される。過去22回で罷免例はなく、前回2012年審査では対象の裁判官10人に罷免を求めた割合は7〜8%台だった。過去最高は1972年の下田武三裁判官の15.17%。