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    かけはし2014.年11月17日号

草の根右傾化への反撃を


「朝日」バッシングをどう見るか

ジャーナリストがシンポで提言

 一〇月一五日、東京・文京区の文京区民センターで、「朝日バッシングとジャーナリズムの危機」と題するシンポジウムが開かれた。主催は独立系メディアや雑誌の編集部で構成する実行委。
 「従軍慰安婦」や福島第一原発「吉田調書」をめぐる「誤報問題」で、朝日新聞が窮地に立たされている。コンビニに入れば週刊誌が、書店に行けば平積みされた文芸誌が、電車に乗ればそれらの中吊り広告が、罵詈雑言の類を並べて同紙を袋叩きにしている。右派言論が競い合って執拗に朝日新聞を攻撃する光景は、まさに異様である。シンポには五〇〇人近くの参加者が集まり、立ち見が出るほど熱気あふれる集会となった。

吉田清治証言が
始まりではない
月刊「創」編集長・篠田博之さんの司会で第一部が開会した。最初の発言は池田恵理子さん(wam館長)。
八月の朝日新聞の検証報道には「なんで今さら」と驚いた。吉田清治証言が不正確で(慰安婦裁判で)証拠採用されないことや、「挺身隊」と「慰安婦」の混同は、一九九〇年代初頭から分かっていた。
しかしそれ以上の驚きはバッシングのひどさだ。罵詈雑言やデマはヘイトスピーチ並みだ。慰安婦問題そのものを否定する暴論が山のように出てきている。
慰安婦問題の始まりは一九九一年。金学順さんの名乗り出だった。吉田清治証言ではない。一九九〇年の日本政府の答弁「民間業者が連れ歩いた」というウソに、アジアの被害者たちが立ちあがったことが始まりだ。この問題は、九〇年代前半には国際的に認知されていた。
安倍晋三はその頃政治家になった。河野談話も発表された。安倍がこの問題を潰そうというのは、彼自身の政治家としての遍歴からも運命づけられている。
池田さんは二〇〇〇年の「女性国際戦犯法廷」報道への安倍首相の介入や、教科書での慰安婦記述削除を批判。「教育・教科書攻撃の次はメディアだ」と警鐘を鳴らした。

元朝日新聞
記者の証言
辰濃哲郎さんは元朝日新聞記者として慰安婦報道に関わった。「われわれのようなプロが訓練を積んでも事実を見極めることは難しい。これは朝日だけでなく、すべてのマスコミに言える。今の状況は天に唾している」と語り始めた。
軍関与を示す資料の提示が吉見義明さん(中央大教授)からあったが、政府は国会で「民間業者が連れて歩いた」という答弁をしていた。私たちが防衛庁の資料等で確認したところ、慰安婦を戦地まで輸送する際、軍が便宜を図ったという内容だった。それで「関与をしていた」と記事にした。「吉田証言」が偽りであることは、当時は分からなかった。史実と感情論やイデオロギーを結びつけると複雑になる。補償の問題となるとさらに難しくなる。
朝日は「福島原発吉田調書」でも謝罪すべきだったのか。命令違反ではないが、「退避」は事実だった。事実に「角度」をつけることは「解釈の違い」に過ぎない。社長会見は情けない。社員は何をしているのか。上に反骨できないのなら、社内の言論の危機だ。
山口二郎さんは、「(元朝日記者で大阪社会部時代、初めて慰安婦に関する記事を書いたとされる)植村隆氏に対して、右翼の攻撃が殺到している。こういう介入を許せば、大学の自治や学問の自由の意味がなくなる」と警告。「大学側によるトラブル排除が、植村氏が勤務する北星学園で起こっている。だが札幌の市民が立ち上がり、激励行動が起きている。植村氏の授業は評判がいい。クビにする必要がない」と植村氏を支える運動を紹介。
「これからも植村氏と学問・教育の自由を守る運動を続けていきたい。一大学が圧力に屈すると、連鎖的に他大学に広がっていく。一九三〇年代のファッショ化と重なる。ぜひ支援をしてほしい」と呼びかけた。

「朝日的」なもの
への攻撃とは
精神科医の香山リカさんは現在の状況を、「朝日新聞的な存在すべてに対するバッシングだ。社会の病の結果だ」と切り出した。
橋下徹から始まったヘイトスピーチがエスカレート。「外に敵を見つけて叩く」という流れはこれまで、北朝鮮、韓国、中国だったが、やがて国内に敵を見つけるようになった。
安倍首相がラジオで言い放った「朝日の誤報で苦しんでいる」のは、いったい誰なのか。この発言を聞いた不遇の人々は――たとえば就活に失敗した若者は――「自分の不幸は、すべて朝日のせいだった」と腑に落ち溜飲が下がる。だがそれでは何も解決しない。「朝日ジャーナリズムの崩壊は、社会に致命的な打撃を与え、取り返しのつかないことになる。そうならないために、私も発言を続けたい」。
香山さんの言葉に、会場は大きな拍手を送った。

朝日経営陣の
「体質」について
下村健一さん(慶応大学教授)は「吉田調書」報道について、以下の五つのポイントをあげて提起した。
@ミスの大きさとその対応の大きさが、まったく釣り合っていない。今回の事態は今後、同業他社にも波及。誤報を恐れメディア全体が萎縮、自縄自縛に陥る危険がある。
A池上コラム問題は、朝日上層部による社内の言論封じの一角に過ぎない。「撤退報道」以降、いっさいの追記事が出ないのは不自然だ。
B吉田調書の部分否定と全否定を混同するな。あのスクープは不正確かもしれないが、当時の指揮系統の大混乱を伝えるリアリティまで、経営陣は取り消すべきではない。社会全体が事態を深刻に受け止めるべきだ。
C慰安婦問題とセットにするな。右派は「慰安婦問題」で朝日を追い込むはずだったが、吉田調書問題でトップは退陣した。彼らは拍子抜けしているが、後に大きな禍根を残すことになる。
D朝日の何を守るのか。今回のように過剰対応した体質まで、社長退陣後の社内に残すな。守るべきは自由な気風。これは全メディアに言えること。それを実現するのはわれわれ国民の責任だ。

歴史的転換点
の渦中で問う
第二部で青木理さん(ジャーナリスト)は、「メディアに誤報はつきものだ」と断言。「自分も数知れず誤報をしたが、ばれなくてよかった」と明かし、参加者の笑いを誘った。「それでも朝日が日本を代表する新聞であることに異論はないだろう。それゆえ世論からの批判は仕方がないにしても、問題はやりかただ」と指摘。「売国奴」や「反日」などという批判をすべきではないと強調した。
そもそも「国益」とはいったい何か。ジャーナリズムが守るのは「市民益」だ。「ヘイトスピーチが堂々と街頭に出ている現状を考えると、歴史は大きな転換点にきている。今回の問題は朝日だけのものではない、歴史的事件であり、すごく危機感を持っている」。青木さんはゆっくりと、静かに問いかけた。
この日の集会には、朝日新聞から複数の現役記者も駆けつけた。大阪本社社会部のTさんは、正式な社内手続きを経て参加した。
九七年入社。慰安婦問題(特集)取材班に身を置いた。「悶々としながら記事を書き、反省の連続だったが、影響の大きさを考えると、その責任は背負っていかねばならない」。

外の人とつな
がらなければ
今年八月以後の推移のなかで「OBに任せずに、現役が表に出て発言をしなければならないと感じていた」という。Tさんは淡々と振り返った。
社長会見で他社記者から「朝日はもはや自浄能力がないのではないか」と質問され、悔しさが頂点に達したという。慎重に言葉を選ぶTさんの、複雑な胸の内が伝わってくる。それでも「内にこもっていてはいけない。外の人とつながらなければ」と決意を示すと、参加者は大きな共感の拍手で応えた。「T君を独りにするわけにはいかない」――舞台横では、先輩にあたる現役のK記者が見守っていた。
アジアプレスの野中章弘さんは、言論機関内部に言論の自由がない現実を告発。記者である前に社員である。社外での発言を許さない。組織が社員を縛っている。「朝日だけが防波堤となり、権力と対峙しうる力を持っていると、僕は思っていた」と吐露した。「一万人の職員を擁するNHKが事件の後、誰一人として公の場で語らないのは、本当に異常なことだ」。

ジャーナリスト
を守りぬこう
「表現の自由を守らねばならない最後の砦が崩れている。次は東京新聞、そして沖縄の新聞が権力の攻撃にさらされるだろう。これは大変な事態だ」と危機感を募らせた。
ここ五、一〇年が大きな正念場になると予測。なら私たちは、いったいどうすればいいのか。「言論機関で働く良心的なジャーナリストを守ることだ」。「組織はあてにならない。社員ではなく、右派や権力のほうを向いてしまう。最後に闘えなくなることは、戦前の歴史を見てもわかる」。「最後には個人が、一人ひとりが踏みとどまるしかない。個の強さがジャーナリズムを支える。それが一番大事なことだ」。
野中さんは力を込め、「地道にきちんと仕事をしている人たちを支え、守ることが、民主主義を守ること」。野中さんの主張は明快だ。

断罪されるべき
は「慰安婦」制度
「週刊金曜日」編集長・平井康嗣さんの提起も、ジャーナリズムの歴史的変質を象徴するものだ。
「記者を支える」と言っても、日常的・現実的にはなかなか難しい。新聞記者はかつて他の媒体に実名で寄稿していた。今はそういう横のつながりがないどころか、お互いに叩き合っている。一方で新聞離れが進んでいる。ジャーナリズムの根幹にある新聞メディアの衰退は危険なことだ。
吉田調書と慰安婦の問題は別であり、「慰安婦否定」は歴史修正主義だ。各地の議会でも、民主的な手続きを経て、歴史を修正する反動的な動きが出ている。リベラル派が言論機関でカッコよくやっている間に、この一五年間は草の根で粛々と右傾化が進んでいる。私たちは地元の動きも注視していかねばならない。
会場を埋めつくした参加者は、最後までパネラーの提言に熱心に聞き入った。他にも貴重な提言が多数あったが省略した。
NHKや朝日新聞という巨大組織は、本来守るべき表現の自由や言論の自由を自ら投げ捨て、その下で働く記者を管理統制して、自己保身に汲々としている。
「私も権力に負けないように強くなろう」――五〇年間朝日新聞を取り続けてきた来場者の女性は、司会者に指名されてマイクを握った。
安倍政権の登場で勢いづく右派言論。その土俵に乗り、その主張に沿って苦しい弁明をする朝日新聞。このやりとりからは、日本軍の性奴隷にされ、心と身体と人生を破壊された被害者たちの実像は見えてこない。検証され、厳しく断罪されるべきは、日本軍の慰安婦制度そのものである。(隆)


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