どれだけ自分が子どもっぽく、バカになれるか
—— 今年の初旬に刊行された、マニュアルとは真逆の方向で小説の書き方・読み方を指南した『創作の極意と掟』が大反響ですね。
—— 『創作の極意と掟』とその実践編と銘打たれた最新作品集『繁栄の昭和』とのなかに、たびたびいろんな作家の名前が出てきて、過去から現在への「つながり」を感じました。
筒井 僕と同世代の作家たち、小松左京、星新一、半村良……、SF第一世代? 全滅ですよね。自分だけ生き残ってる。「お前一人勝ち」という囁き声が聞こえるような(笑)。嫌な感じでね。亡くなったほかの作家に触れているのは哀悼の意味もあるんですね。
—— 書かれることで、亡くなった作家が読者の脳内によみがえってくるような感覚を覚えました。
筒井 そうですか。80になってね、第一世代どころじゃなくて、年下の作家がどんどん死んでいくんだよ。そういう人たちを夢に見たりもするんだけども、夢のなかで、「この人、まだ生きているんだっけ? 亡くなったんだっけ? どっちだろう?」とわかんなくなったりね。
—— 区別が曖昧になってしまう。
筒井 まあ、それが年を取るってことなんだけど。だんだん自分が生きているか死んでいるかわからなくなってきて(笑)。
この前、所ジョージの番組(『所さんのニッポンの出番!』)に出たんだけど、のっけに「ご挨拶を」というから、「80歳の老人を引っ張り出すなんて」(笑)と言ったんですよ。「いや、大丈夫ですよ」というから、「今日だって死後硬直のままで来ました」「だってしゃべってるじゃないですか」「いや、寛解期で溶けて腐りかかってる」って。さすがにそこまでは放送されなかったけどね(笑)。
── 『創作の極意と掟』で、「ああ、小説とはなんと自由なものであろうか。」(「省略」)とあって、ハッとしたんですが、小説には「掟」がある一方で、逆説的にそれゆえに自由なのか、と。
筒井 僕自身はこの本に書いたような「掟」をいまでも守っているけれど、昔から「掟」をどんどん打ち破ってきたつもりではあるんですよね。しかも年をとると、だんだん「掟」がどうでもよくなってしまって。それはもう年のせいですけどね。
—— それだけ自由になった。
筒井 そう。めちゃくちゃ書いてもいいんだ、というね。老齢を口実にして、なかばボケてると思わせるようなね(笑)、そういう小説を書けたらいいなと思いますね。
—— その一方で、いまのトレンドでもあるライトノベルも書かれていますよね。
『ビアンカ・オーバースタディ』筒井康隆(星海社FICTIONS)
筒井 ラノベを一冊だけ書いたのは、それはもう金儲けのためですけど。
—— ええっ(笑)。
筒井 ラノベって言ったって、僕の『時をかける少女』だってラノベなんだから。
—— ラノベの源流というか、ジュブナイル小説の名作ですね。
筒井 「時をかける少女」は「盛光社 《ジュニアSF》」という叢書の一冊だったんだけど、そのなかにはSFを書く人も、それまで冒険小説ばかり書いてきた人もいたしね。そういうものとずっとつきあってきましたからね。どれだけ自分が子どもっぽく、大人の目から見てバカになれるかってことをやってきたから、書ける自信があった。それに、ラノベのなかにもメタフィクションみたいなのがあるしねえ。『涼宮ハルヒの消失』か? あれなんかそうだよね。
—— 『繁栄の昭和』のなかにも、この小説が作者によって書かれたフィクションを批評するフィクションの世界であるということを読者に向けて意識させる、いわゆるメタフィクションの手法を使った作品がありますね。筒井さんのファンにはおなじみの手法ですが、初心者はドキリとする人も多いと思います。
筒井 佐々木敦がメタフィクションに対して、“パラフィクション”という概念を持ちだしてきたんだけど、それでこの前、書店さんのイベント※で討論をしたんですけど、メタフィクションは、佐々木敦が言うようにもう過去のものだと思うんです。だからパラフィクションというものに興味を持ったんです。
※佐々木敦 × 筒井康隆 トークイベント「メタフィクションの極意と掟、そしてパラフィクションの誕生?」 | 青山ブックセンター
—— 佐々木さんが評論『あなたは今、この文章を読んでいる。:パラフィクションの誕生』で書かれていることですね。筒井さんの小説『虚人たち』などのメタフィクション作品を検討したうえで、ゼロ年代以降にゲームとネットの普及によってメタなコミュニケーションが一般的になったことからフィクションも変容を遂げているとして、円城塔などの作品を論じています。
「円城塔の小説は、パラフィクションである。それは自らが『書かれたもの』であることを知っているという点ではメタフィクションと同じだが、自らが『読まれ(てい)るもの』であるといういまひとつの歴然たる事実にもまた、はっきりと気づいており、それ自体が小説としてのあり方に組み入れられている。」(P.223)
── 佐々木さんはその小説を読むたびに、読者に新たな物語が生成される。そうしたプログラムが内包された小説をパラフィクションと呼ぼうと提唱しています。
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