関根慎一 岡本進、伊藤弘毅、鵜沼照都、加賀元、寺西和男
2014年12月12日05時29分
衆院選で「原発」が語られていない。安倍晋三首相は11日、来年に再稼働が見込まれる九州電力川内原発の地元で演説したが、「原発」という言葉は使わなかった。再稼働をめぐって党内で意見が割れる民主党の海江田万里代表も積極的に発言しておらず、選挙戦を通じて原発再稼働の議論が深まらない。
首相は衆院解散を表明した先月18日の会見で、原発政策について「有意義な論戦を行っていきたい」と語った。しかし、2日の公示日に東京電力福島第一原発事故の被災地の福島県内での第一声でも、原発事故には触れず、以後、60回を超えた街頭演説で原発に直接触れたことはない。
11日は川内原発が立地する鹿児島県薩摩川内市で地元県連の要請を受けて初めて再稼働について約30秒訴えたが、「原発」という言葉は使わず、「低廉で安定的なエネルギー供給は国民生活を守るために必要だ。電力を供給していただき、本当に感謝申し上げる」と語っただけで、「アベノミクス」の成果が中心だった。地元国会議員の一人は「世論の反対が多い原発を争点化するのは得策でない」と語る。
民主党も事情は同じだ。マニフェストに「2030年代のゼロ」を掲げるが、原発再稼働を容認する電機・電力系労働組合の支援も受けており、海江田代表も街頭演説でほとんど触れない。維新の党は放射性廃棄物の「最終処分場の解決なくして再稼働なし」、共産、生活、社民、改革の各党は「再稼働反対」を訴えるが、論戦は深まっていない。
自民党は前回の衆院選公約で「原子力に依存しない経済・社会構造の確立を目指す」と掲げたが、今回は原発を「活用する」と明記。来夏にも、将来にわたって原発を活用する方針を打ち出すことを検討しており、衆院選で議論が深まらないまま、こうした政策が進む可能性がある。(関根慎一)
■候補、賛否重なる 福島・大間・函館
11日、福島県いわき市のJRいわき駅前。自民党の小泉進次郎復興政務官が「福島県内の原発を全基廃炉にしていく」と訴えた。ただ、小泉氏の前に演説した福島5区の自民党、吉野正芳氏(66)は原発再稼働に触れなかった。
東京電力福島第一原発がある5区。事故の影響で今も選挙区内の6町村の全域で居住が禁じられ、約6万人が県内外への避難を強いられている。
候補者のうち共産の吉田英策氏(55)が「即時原発ゼロ」を訴えるが、吉野氏と民主の吉田泉氏(65)は街頭演説で、原発推進とも反対とも訴えることはない。吉野氏は地域振興策が中心で、民主の吉田氏は主張の大半を「アベノミクス」批判に費やす。
自民、民主両党の県連はそれぞれ県版公約を作り、そろって「県内原発の廃炉」を掲げる。訴えに違いがないため、2年前の衆院選や今年10月の知事選と同様、全国の原発の是非まで争点は広がっていない。
5区には、東電やその協力会社の社員らも多く、原発とは切っても切れない歴史を抱える。事故で甚大な被害を受けながらも、原発の是非を語りにくい地域事情がある。このため、自民、民主両陣営とも「県内廃炉」までで主張をとどめているのが現実だ。
いわき市の民主党市議、福嶋あずさ氏(41)は「有権者の大半は今も苦しんでいるのに原発問題が争点になっていない。事故の風化を加速させかねない」と懸念する。
本州最北の青森県大間町。電源開発(Jパワー)の大間原発が建設中だが、ここでも事情はほぼ同じだ。Jパワーは年内にも原子力規制委員会に、本格工事の前提となる新規制基準の適合性審査を申請する意向だ。
この青森2区には、六ケ所村の核燃料サイクル施設やむつ市の使用済み核燃料の中間貯蔵施設など原子力関連施設が集中する。自民の候補者、江渡聡徳氏(59)は「明るく輝く地域にするには原発が必要だ」と賛成の立場。対する維新の中野渡詔子氏(44)も「推進」で大きな争点になっていない。共産の小笠原良子氏(65)は「原発が1基も動いていなくても、電気は足りている」と訴える。
一方、大間原発から津軽海峡を挟んで向かい合う函館市。自治体として初めて、原発の建設凍結を求める訴えを起こした。原発事故後、国は原発から半径30キロ圏の市町村に住民避難計画の策定を義務付けたが、再稼働の判断には加われないことを問題視して反発しているのだ。
函館市がある北海道8区では、自民の前田一男氏(48)が「大間は必要ない」と建設反対。民主の逢坂誠二氏(55)、共産の原田有康氏(66)も反対を唱えており、争点になっていない。
■地域に合わせ発言変化 新潟
有権者の原発をめぐる是非は、原発との距離や関わりの程度で変化する。候補者は敏感にそれを感じ取り、発言を変えていく。
世界最大出力の東京電力柏崎刈羽原発がある新潟2区。原発産業に関わる市民が多い立地自治体では再稼働を望む声が少なくない。原発が雇用の受け皿になってきた柏崎市では、原発が止まっている影響は深刻だ。駅前の商店街ではシャッターを下ろした店も少なくない。
11日、同県柏崎市で、自民の細田健一氏(50)は14分の演説のうち11分を使って「電力改革をし、新潟の電力を地元で使えるようにして『電力の地産地消』を目指す」と再稼働の必要性を訴えた。民主の鷲尾英一郎氏(37)も「アベノミクスより原発再稼働の方が柏崎経済にとってプラスだ」と主張する。民主の公約である「30年代に原発ゼロ」も一緒に訴えるが、原発の停止で生活に影響を受けている有権者の反応は芳しくないという。鷲尾氏は「自民党に対しては原発は争点になりにくい」と認める。
共産の五位野和夫氏(52)や社民の渡辺英明氏(64)は脱原発を訴える。五位野氏は「原発が地震に耐えられるという安全神話には根拠がない」と指摘し、渡辺氏は「一刻も早く原発から手を切り、安心安全な社会の実現を」と訴える。
柏崎刈羽原発から日本海沿いに国道を約40キロ北上、新潟市西蒲区に入ると、候補者の発言は変化する。
細田氏は、同区内で企業経営者らを前に演説したが、農業や公共事業が中心で原発には一切触れなかった。細田氏の陣営関係者は「原発への関心は地域によって違うので、選挙区全体としてはさほど強くはない」と話す。
ここから、隣の選挙区・新潟1区に入ると風景はさらに変わる。電力の消費地の都市部では、原発事故への懸念も強く、再稼働の賛否が伯仲する。新潟県の泉田裕彦知事は「まずやらなければならないのは原発の安全確保で、そのため責任の所在を含め、福島第一原子力発電所事故の検証・総括が不可欠だ」として、再稼働に慎重な姿勢をとる。
新潟駅前では民主の西村智奈美氏(47)が「民主党政権の原発ゼロを目指すとしたエネルギー基本計画は安倍政権で変更させられた」と安倍政権の原発政策を批判。原発を争点化しようとしていた。
これに対し、自民の石崎徹氏(30)は街頭演説で原発再稼働には触れず、アベノミクスの成果を強調。再稼働を容認しつつ、「電力小売りの自由化で、自然エネルギーの方が安くなれば原発は自然と淘汰(とうた)される」と話す。共産の町田明広氏(49)は「再稼働のためのお金や人員を再生可能エネルギー開発に振り向けるべきだ」と述べ、再稼働反対を訴えていた。
新潟駅前で市民10人に話を聞くと6人が「原発再稼働に反対」と話し、賛否は二分された。新潟市の元金融機関勤務の小林勝さん(67)は「福島のような事故が起きれば、新潟市にも影響がある。しっかりと原発をどうするか語ってほしい」と話す。(岡本進、伊藤弘毅、鵜沼照都、加賀元、寺西和男)
■政権、「川内モデル」推進
安倍政権は来年2月にも九州電力川内原発(鹿児島県薩摩川内市)の再稼働に踏み切る。その後も、原子力規制委員会の審査を通った原発は再稼働させていく方針だ。
安倍政権は、再稼働に必要な「地元同意」に関して、川内原発のケースでは立地自治体の薩摩川内市と鹿児島県の首長、議会からの同意に限った。政権はこの「川内モデル」を今後の再稼働にも適用する考えだ。
再稼働を前に、衆院選はその是非を民意に問う重要な機会だ。朝日新聞が11月29、30日に実施した世論調査では原発再稼働に賛成が28%、反対が56%で、反対が大きく上回っている。だが、自民、民主がともに再稼働の是非を積極的に語っていないためか、同じ世論調査では、投票時に「重視する政策は何か」との問いに対して「原発再稼働」は15%にとどまっている。
おすすめコンテンツ
朝日新聞デジタルをフォローする
PR比べてお得!