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 香港中心部で占拠が始まってから75日目。民主派の最大の拠点になっていた政府本部近くの大通りが11日、警察によって強制排除された。異例の長期にわたった占拠は収束に向かうことが鮮明になったが、選挙制度改革をめぐる混乱は、様々な課題を浮かび上がらせた。

 午後4時半ごろ、警官隊が金鐘(アドミラルティ)の大通りで、座り込みを続ける約200人のデモ隊を逮捕し始めた。学生、民主派議員、デモを支持した女性歌手、民主派寄りの元新聞社社長――。次々と護送バスに連行された。元民主派議員の弁護士(61)は「信念を通した末の逮捕だ。後悔はしない」と抵抗姿勢を貫いた。

 2カ月以上も続いた異例の占拠は、政府側とデモ隊側の双方に誤算があった。学生らが引っ張る形で9月末に始まった占拠。その規模を大きくしたのは、政府の対応のまずさだった。丸腰の学生らに催涙弾などを使ったことが市民を刺激。「天安門事件の再来か」などと怒りを呼び、占拠は数万人規模にふくらみ、各地に拡大した。10月初めには政府本部が閉鎖に追い込まれる事態になった。

 一方、当初は対話を模索した民主派の学生団体も、1回目の対話がうまくいかなかっただけで強硬姿勢に転じた。中国政府の意向を受けて譲れない香港政府と妥協点を見いだすことは困難になった。10月下旬には、運動の先頭に立ってきた学者らが表舞台から退き、亀裂が表面化。11月に一部の強硬派が議会ビルに突入するなど「非暴力」の原則から離れると、世論調査でも占拠反対の声が増えていった。占拠を支持した民主派の議員は10日に声明を出した。「真の普通選挙を勝ち取る共通目標のもと、全く異なる2種類の行動が現れた」

 それでも学生側は「何の成果も得られないままでは、筋が通らない」と撤退を決断できなかった。政府は裁判所の命令を待つ形で11月下旬から強制撤去を開始。市民の批判を避ける狙いがあったとみられる。