【MANGAの時間】「結婚って何?」問い直す 明治大学国際日本学部教授・藤本由香里
〈奥さまの名前はみくり。旦那さまの名前は平匡(ひらまさ)。二人はごくふつうの出会いをして、ごくふつうの結婚をしました。ただ一つ違っていたのは、二人は契約結婚だったのです。〉
(ちょっと違うけど、とりあえず「奥さまは魔女」風の出だしで始めよう)--海野つなみ『逃げるは恥だが役に立つ』。
みくりは臨床心理士の資格を持つ大学院卒。就活で内定がもらえず、大学院を出て派遣社員になったものの派遣切りにあい、現在また求職中。
そんなみくりは、とりあえず、父親の元部下の家で家事代行サービスを始めることになる。この元部下が平匡。結婚する気はなく、今まで彼女もいない36歳独身。ずっと家事代行サービスを頼んでおり、かなり気難しいが仕事の要求は明快でわかりやすい。
だんだん気心も知れてきた頃、みくりの両親が田舎に引っ越すことになり、この仕事も続けられないことに。
そこで浮上してきたのが「契約結婚」。平匡も今までの家事代行の中では「距離感をわきまえている」みくりが一番気にいっており、籍は入れず事実婚で同居することで、どちらにとっても都合がいい生活が続けられるというわけ。
もちろん性関係はなし。雇用主と社員の「契約」なので、就業時間や、やってもらう仕事の範囲など、細かいところまできっちり決める。
ここで注目なのが、「お正月、旦那の実家に初めて泊まるお嫁さんの役」には「特別手当」が出るということ。「手当」をもらっての仕事なので、手土産から料理の手伝い、実家のご両親に気を遣っての一家だんらんまでそつなくこなせる。
また、「夫が会社の同僚を家に連れてくる」場合にも「時間外手当」が出る! なんて正しい認識! そして「社員旅行」としての新婚旅行!(笑)
ここまで読んで快哉(かいさい)を叫んだ既婚女性も多いのではないだろうか。「そうなのよ、それが妻に負担を強いる追加の仕事だということを、夫はわかっていない!」
つまりこの『逃げるは恥だが役に立つ』は、「家事労働は女性が無償でやるもの」という、この社会にある思い込み(和光大教授の竹信三恵子さんによるとこれを「家事労働ハラスメント」と呼ぶ)を実に小気味よくひっくり返してくれる作品なのだ(そう。妻に文句を言われて男性がやる気をなくすのが「家事ハラ」じゃないんですよ)。
でも、それだけじゃない。物語はそこから、みくりと平匡の間に不器用な愛情が少しずつ育っていく過程を軽快なテンポで描いていく。
「なんか新婚感がないね」と言われた2人は、「出そう、新婚感!」と「定期的にハグをする」(笑)というところから始めるのだ。この過程が実にいい。
日本で恋愛結婚がお見合い結婚を上回るのは1960年代後半のことだが、「結婚」というものを「長く続く家庭運営」と考えるのだったら、恋愛でなし崩しに始めるより、お見合い的に「この人は一緒に家庭を営むのに最適のパートナーか」を見極め、事前に役割分担のルールを決め、家庭の共同運営者として同志愛的な愛情を少しずつ育んでいく、という方がいいのかもしれない…と思わされる。一読をお勧めしたい作品なのである。