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【社説】

権力が暴走しないか 特定秘密保護法施行

 特定秘密保護法が十日に施行された。「安全保障」の名が付けば、国が恣意(しい)的に重要情報を隠蔽(いんぺい)できる。権力が暴走を始めないか、懸念を強く持つ。

 国家の安全保障にかかわる重要情報は厳重に管理すべきだ−。そのように単純に考えてはならない。本当に秘匿すべき重要情報なのかどうか、確かめられる方策がないからだ。公正なチェックが働くかは極めて怪しい。

 特定秘密とは知らずに、情報を得ようとしただけで処罰されることはないのか。むしろ、公務員側が過度に萎縮して、秘密でない一般情報までも囲い込み、国民に知らせなくなる心配は強い。

◆立法の必要性は「弱い」

 公務員らが国家の不正を知った場合、その情報の要約を通報できる制度はあるが、失敗すれば、過失漏えい罪で処罰される危険にさらされる。事実上、通報させないようにする仕組みなのだ。

 この法律はさまざまな問題点を抱えたまま動きだす。だが、そもそも法律をつくる、どんな理由があったのだろうか。立法事実と呼ばれる問題だ。実は、この必要性が弱いと政府内部でも考えられていたことがわかっている。

 内閣情報調査室(内調)が二〇一一年に特定秘密保護法の素案を作り始めたとき、内閣法制局から、法律の必要性を示す根拠が「弱い」と指摘されていたのだ。

 「ネットという新たな漏えい形態に対応する必要がある」との内調の説明に対しても、法制局は消極的な答えだった。

 重罰化の根拠となる事例もなかったのが実情だ。内調が列挙した八件中で実刑だったのは、〇〇年のボガチョンコフ事件のみだ。海上自衛隊の三佐が在日ロシア大使館の駐在武官に内部資料を提供したとして、自衛隊法違反容疑で逮捕された。だが、この事件でも「懲役十月」である。

◆軍機保護法の過去が

 〇一年には自衛隊法が改正され秘匿度の高い情報を「防衛秘密」と指定し、漏えい罪の罰則を五年以下の懲役に引き上げている。その後、どんな重大な情報漏えい事件が起きただろうか。

 昨年の国会で安倍晋三首相は「過去十五年間で情報漏えい事件を五件把握している」と答弁した。だが、起訴猶予か、執行猶予付きの判決で終わっているものばかりなのだ。その中で特定秘密に当たるとされるのは一件のみで、〇八年に中国潜水艦が火災を起こしているとの事故情報を新聞記者に漏らした事件だ。

 このケースでも、一等空佐は書類送検されたものの、起訴猶予で終わっている。「防衛秘密制度を設けた後の漏えい事件が少なく、あっても起訴猶予のため、重罰化の論拠になりにくい」と法制局が考えたのも当然である。

 一〇年には沖縄県・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の映像流出事件があった。これについても、法制局は「秘密に該当するのかわからない」と見解を示した。刑事責任を問うには、形式的に秘密としているだけではなく、実質的に秘密として保護するに値する内容でなければならない。

 こうした種類の情報すら、秘密保護法は恣意的に秘密扱いにしてしまうのではないか。

 さらに、国家が情報をコントロールし、国民監視を強める結果にならないか。それを危惧する。

 戦前戦中にあった「軍機保護法」がその先例である。軍機は固く保護されねばならない−。そう単純に考えられない。実態はこの法律を国家は自在に使い、国民を縛り上げるのに使ったからだ。

 「宮沢・レーン事件」が有名だ。一九四一年に北海道帝国大の学生宮沢弘幸さんと英語教師のハロルド・レーン夫妻が軍機保護法などの違反容疑で逮捕された。「ある北大生の受難」(上田誠吉著)によれば、旅行好きだった宮沢さんは千島列島に旅した帰りに、汽車で根室の海軍飛行場について乗客が話すのを聞いた。それを帰宅した後、レーン夫妻に話した。

 そんな容疑事実で逮捕された。根室の海軍飛行場に関する情報の探知漏えいにあたるというのだ。宮沢さんは激しい拷問の末、懲役十五年の実刑を受けた。網走刑務所に送られ、重度の栄養失調と結核を患った。敗戦で釈放されたが、一年四カ月後に病死した。

◆国民を統制する道具

 では、この海軍飛行場の存在は本当に秘密にあたるのだろうか。実は三一年に米国のリンドバーグが着陸しており、世間には広く知られていた。罪に問うべき秘密などなかったのだ。法律は国民を統制する道具として機能した。

 果たして遠い昔の話なのか。一般国民とは無関係な法なのか。無関心のままでいると、いつの間にか、プライバシーも「知る権利」も侵食されていく。

 

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