『Life is Tech!』がスクエニ元CTO橋本善久氏の招聘で目指す「プログラミング教育のピクサー」構想とは?
2014/12/09公開
『Life is tech!』CEOの水野雄介氏(右)と新加入した執行役員CTO橋本善久氏
スクウェア・エニックスの元CTOで、『ファイナルファンタジー』シリーズのゲームエンジン開発のプロデューサー兼ディレクターを務めたことでも知られる橋本善久氏が、中高生向けのプログラミング教育を行う『Life is Tech!』に執行役員CTOとして加入することが12月9日、発表になった。
>> Life is Tech!による橋本氏・執行役員CTO就任のお知らせ
『Life is Tech!』はこれまで、春夏冬休み期間中のプログラミング学習キャンプや、東京・名古屋・大阪で開講した常設のスクールなど、リアルな学びの場を提供してきた。こうした取り組みに一定の成果が得られたことで、次のフェーズとして、今後はオンラインサービスにも注力していく方針といい、エンジニアの採用も進めている。
長くゲーム業界の第一線を歩んできた橋本氏には、「教育×エンターテインメント×テクノロジー」をコンセプトに、このオンラインサービスを推進していく役割が期待されている。代表の水野雄介氏はそのイメージを「ディズニーランドに対するピクサーのような位置づけ」と表現する。
橋本氏が託された、プログラミング教育における「ピクサー」とは、どのようなものなのか。橋本、水野両氏へのインタビューから、その構想と背景にある教育論を探った。
リアルな場で伝えてきた「学ぶ楽しさ」をオンラインでも
従来の「キャンプ」、「スクール」に加え、「オンライン」にも注力する『Life is Tech!』
スクエニ時代に水野氏のプレゼンを受けて視察するなど、もともと『Life is Tech!』とは浅からぬ関係だったという橋本氏。
加入の最大の決め手となったのは、実際に目にした『Life is Tech!』の活動が、プログラミングそのもの以上に、「学ぶことの楽しさ」を伝える場として機能していたことだ。
「毎年開催しているクリスマスキャンプの参加者の中には、クリスマスプレゼントやお年玉はいらないからと言って、両親に参加をねだる子もいると聞きます。EdTech的な分野のサービスはいくつもありますが、リアルな場で対面することでしか出せない価値があるのだということを強く感じました」
しかし一方で、リアルな場としての『Life is Tech!』は課題を抱えてもいた。スクールを開催している大都市近郊はともかく、地方に住む中高生にとっては、単発で終わってしまうキャンプだけで恒常的に学びの場を提供するのが難しい点だ。
オンラインサービスに期待されるのは、まさにその課題を解消すること。これまでリアルな場で提供してきた「学ぶことの楽しさ」を、より多くの中高生まで広く届ける役割を担う。「ディズニーランド」がリアルな場で提供する世界観を、「ピクサー」が別の手法でより多くの人に届けているように。
技術者として、またプロデューサーとしてゲーム畑ひと筋の橋本氏と「教育」というジャンルには一見、接点がないように映る。しかし橋本氏は「ゲームというエンターテインメントが教育に寄与できる部分は小さくない」と話す。
「ソーシャルゲームがいい例ではないでしょうか。プレーヤーのやっていること自体は非常に単純な動きの繰り返しですが、そこにうまい演出が加わることで、ゲームをやる動機だったり、継続性だったりが生まれます。まだ構想段階ですが、教育の分野においても、ストーリードリブンにするとか、RPG仕立てにするとか、いろいろな手法で学ぶきっかけを与えることができると思っています」
学ぶ「きっかけ」にこそ価値がある時代
「プログラミングの楽しさを知る最初の1歩は、自主的なものでも、外から与えられたきっかけであってもいい」と語る橋本氏
1973年生まれの橋本氏がプログラミングの世界に足を踏み入れたきっかけは、同世代の多くのプログラマーがそうであったように、ゲームプログラムをBASICの文法で自作することができるファミコン周辺機器『ファミリーベーシック』にあった。
「マリオとかハエのドット絵を、自分で書いたプログラムで動かせるのがとても楽しかったですね。そこから少しずつプログラミングに興味を持って、ベーマガを買って書いてあるコードを打ち込んだり、MSXをいじったりしていました」
失敗やうまくいかないことを繰り返しながら、自主的に学んでいった。別の言い方をすれば、自主的に学ぶよりほかなかった時代ともいえるだろう。
だからこそ、こうした世代の間でしばしば議論になるのは、そもそもプログラミングは「教育」できるものなのかどうか、外から教える必要があるのかどうか、ということだ。『Life is Tech!』の取り組みそのものへの問題提起といえるこの質問に対し、橋本氏は次のような答えを持っている。
「たまたまプログラミングに触れる機会に恵まれた環境に生まれたり、自主的に学ぶメンタリティーを備えていたりする子はいます。でも一方で、本当はプログラミングに向いているにもかかわらず、そこに気付かないまま終わってしまうケースもたくさんある。それはあまりにもったいないですよね? 楽しさに気付く最初の1歩は、自主的であっても、外から与えられたものであってもいいのではないでしょうか」
この哲学は、『Life is Tech!』代表の水野氏のそれとも合致する。
「昔は何かを学ぼうと思った時に、学校の先生以上によく知っている人はいませんでした。でも今は、情報を取得しようと思えば、インターネットで調べるだけで、無料でいくらでも取得できる時代です。つまり、教育の価値は変わりました。やる気を出させたり、継続できるような仕組みを作ることが最も大切になってきているんです」(水野氏)
『Life is Tech!』が「学ぶ楽しさ」を伝えることに注力したり、オンラインサービスを通じて教育機会の均等を目指したりしている背景には、こうした時代認識があるようだ。
継続的に学び続けられる仕組みをリアル・オンラインの両面で
当面のミッションはあくまで、「学ぶ楽しさ」をオンラインサービスを通じて多くの子供たちに伝え、プログラミング教育の間口を広げること。だが、将来的にはカリキュラム自体にも手を加えることで、継続的に学ぶことができる体制にしたいと橋本氏は構想する。
「現在『Life is Tech!』が提供しているのは入門~中級程度のカリキュラムですが、いずれは言語そのものの先にある、画像処理のアルゴリズムやグラフィックス、人工知能といった専門に特化したエキスパートコースも設けたい。子供たちの学び続けたいという欲求に応えることで、就職などの将来につながるところまでフォローできたらと思っています」
橋本氏は同時に、技術以外のものもそうした場で伝えていきたいと考えている。
「プログラマーの中には、スキルはすごくてもコミュニケーションが苦手で損をしている人もたくさんいます。何かを作る上では、さまざまな職種の人と円滑にやり取りをすることは不可欠です。それに、与えられたものを組み上げるだけでは、ただのコーダーに過ぎない。プログラマーに必要な考え方やマインドまで学べる場にしていけたらいいですね」
こうしたマインドセットまで含めて伝える上でも、『Life is Tech!』がはぐくんできたリアルな対面の場は、非常に大きな意味を持つ。橋本氏はオンラインサービスにおいても、画面越しにメンターと会話できるなど、リアルな場に準じる仕組みを提供したいと考えている。
以前弊誌が取材した、岐阜県在住のプログラマーを志すある高校生は、同じ目線で学ぶ仲間が近くにいないがゆえ、学び続けるモチベーションを維持することが難しいと悩みを吐露していた。
『Life is Tech!』の問題意識もそこにあり、オンラインサービスに力を入れ始めた今も、活動の主軸はあくまでリアルなコミュニティーの創出にあると考えている。直近ではシンガポールのメイカー・フェアでプログラミング学習キャンプを実施するなど、アジアにおいてもリアルなコミュニティー作りを進めている。
水野氏は「世界を見ても、プログラミング自体の教育はそこまで進んでいないし、環境には格差がある。各国にリアルなコミュニティーを作った上で、それをオンラインでつなぐことができれば、子供たちが切磋琢磨して継続的に学ぶことができる、強力なエコシステムができるのでは」と話す。
これを受けて橋本氏も「想定していたより、どこまでも行くつもりでいるみたい。だったらこちらもアクセルを踏みましょう。中途半端にやるのでは面白くありませんからね」と、新天地での活躍を誓っている。
取材/伊藤健吾(編集部) 文・撮影/鈴木陸夫(編集部)