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第3節 経年劣化
原子力による発電が開始されてからすでに30年以上経過し,約400基の原子炉が世界の26ヵ国で現在稼働中である。我が国の原子力発電所の運転実績も20年を越え,最も長く運転されている原子炉の総運転時間は約10万時間以上にも及んでいる。図1−7は,世界中の発電用原子炉の運転開始後の年数(185年末時点)と原子炉基数の関係をまとめたものである。原子炉施設の設計寿命は,30〜40年といわれており,今世紀末頃から設計寿命に達する原子炉施設が現れ始め,その後急増すると考えられる。従って,今後原子炉施設の寿命を正確に把握することが必要となると考えられる。
一方,原子力発電所の安全性のより一層の向上を図るとともに,既存施設の有効利用を図る観点から,安全性に十分留意しつつ,原子炉施設の運転をできるだけ長期化しようという長寿命化のための研究や検討が各国で行われている。我が国でも,原子力安全委員会が策定した原子力施設等安全研究年次計画に基づく研究(以下「安全研究」という。)をはじめとして,原子炉施設の寿命予測・長寿命化等に関する研究,技術開発等が関係機関等で推進されているところである。
1.経年劣化と故障・トラブル等
原子力発電所は,数多くの部品,機器,構造物から構成されている。これらの構成要素は,コンクリート製生体遮へい壁のような構造物から,原子炉圧力容器・蒸気発生器のような大型機器,弁やスイッチのような小型機器まで多岐に渡っており,定期的に試験・検査のうえ,必要に応じて補修され,寿命を迎える前に,交換される。このような方法は,原子力発電所以外の一般産業施設でも同様である。
補修又は交換を必要とする機器の故障は経験的に,使用時間の変遷に応じ,初期故障,偶発故障,摩耗故障(または損耗故障)の3つに分けられる。機器の使用時間と故障のし易さとの関係を示したのが図1−8で,これはバスタブ曲線と呼ばれている。図から分かるように使用時間により,初期故障域では故障し易く,偶発故障域では故障のし易さはほぼ一定である。さらに使用されると,機器が摩耗し故障し易くなる。初期故障とは,当初予想が困難な設計・製造技術上のミスや品質管理・保守管理の不徹底との組み合わせによって起こる故障である。偶発故障とは,材質の不均一性等のように,工業上完全には取り除くことが困難な欠陥によるものである。我が国では,厳しい品質管理により,故障のし易さを極力低減する努力がなされ,実を結んでいる。摩耗故障は,連続使用や経年変化によって起こるものである。一般に機器は,摩耗故障域に入る前に交換される。
摩耗故障の要因の一つとして材料の経年変化による劣化現象がある。材料の劣化現象には,疲労,熱疲労,摩耗,腐食,中性子照射脆化等及び放射線や熱による電気抵抗等の物理的性質の変化等が挙げられる。このような材料の劣化現象は,必ずしも想定された経年変化に従って起こるものではない。当初設定した目標使用年数に達しないのに,設計で予想していなかった条件や使用環境等の要因が重なり合って,劣化現象が顕在化し,損傷を引き起こすこともある。このような設計で見込んでいなかった原因によって起こる故障・トラブル等はシステマティック故障と呼ばれる。システマティック故障は,一般に製品化に至るまでの基礎研究,開発研究の段階で発見され,実用品の設計段階でそのような故障・トラブル等に対する防止対策が施される。しかし,開発段階で見逃されたシステマティック故障が,実用炉の運転を開始した後に現れる場合もある。このようなシステマティック故障のうち比較的短時間のうちにあらわれるものは,初期故障の一種と見なすこともできるが,システマティック故障のうちには,比較的長時間を経た後に顕在化するものがあることに留意する必要がある。
原子力発電所の機器等に材料の劣化による故障・トラブル等が発生したからといって,それが直接原子炉施設が寿命を迎えたことを意味するものではない。また,それぞれの構成要素の持つ機能の重要性や系統構成によって,その故障が安全性に与える影響も原子炉施設の運転に与える影響も異なる。例えば,原子炉圧力容器等は,運転時には常に高温・高圧・高中性子照射等の環境にさらされるなど,経年変化の影響を受けやすい。例えば,原子炉圧力容器については,中性子照射によって変化する脆性遷移温度(金属材料には,その材料固有の温度以下になると脆くなる性質が知られている。この材料固有の温度は,脆性遷移温度と呼ばれる。この脆性遷移温度は,大きな中性子照射を受けると上昇する性質のあることが知られているが,原子炉圧力容器の温度は,あらゆる運転条件下でも脆性遷移温度以上に保たれることとなっている。)が脆性破壊に至らないような領域にあることを確認するため,原子炉圧力容器に試験片があらかじめ挿入されている。これが計画的に取り出され,試験されることにより,設計寿命末期の脆性遷移温度の予測が行われている。我が国では,材料の製造技術や溶接技術に優れており,脆性遷移温度に大きな影響を及ぼす不純物の含有量が少ないため,同程度の中性子照射量を受けている海外の原子炉圧力容器に比べ,脆性遷移温度の上昇は小さく,安全性が確保されていることが確認されている。
一方,工学的安全施設のように,万が一の事故の発生防止やその影響の緩和に用いられる安全上重要な系統は,設計で多重性,多様性が考慮されているうえに,定期的に機能確認試験が行われているが,通常は待機状態にあることから通常運転状態にある機器とは異なった経年変化の影響を受けることにも留意しなければならない。このように,原子力発電所の機器等は,故障・トラブル等が発生した場合の原子炉施設の安全性への影響,補修・交換の容易さ等を考慮して設計される。いいかえれば,原子力発電所の構成要素の中で,補修や交換の容易な機器等の寿命と原子力発電所全体の寿命とは区別して考えなければならない。
原子力発電所を構成する機器等について,補修・交換の可能性を考慮して,原子力発電所の寿命への影響を整理したのが図1−9である。初めから交換を前提とする電気部品,制御棒等が適切に交換されている限り,原子力発電所全体の寿命を決定する要因となるのは,補修・交換が困難な原子炉圧力容器・コンクリート製生体遮へい壁等の幾つかの重要な機器等と考えられる。
2.故障・トラブル等の事例
最近,国内外で発生した故障・トラブル等の中から経年劣化の観点から考慮すべき事例を具体的に紹介する。
(1) 給水ポンプ入口配管の損壊事象
昭和61年12月9日,米国バージニア州バージニア電力サリー原子力発電所2号炉(PWR,定格出力81.1万kW)において蒸気発生器の主蒸気隔離弁が閉止し原子炉がトリップした後,タービン建屋にある二次系の給水ポンプ入口配管(炭素鋼,口径450mm)が破断した。主蒸気隔離弁の閉止の原因は,当該弁の組立て不良により閉止しやすくなっていたものであり,配管の破断は,破断部付近の配管内面が著しく減肉しており,原子炉トリップ後の二次系の通常起こりえる圧力変動に耐えられなかったため発生したものである。
配管内面の著しい減肉の原因は,当該破断部の配管組合せ形状(分岐管と曲管)による流れの影響,流体温度(100℃〜200℃),水質管理の問題等の悪条件が重なったことによるものとされており,本事象は,比較的長時間を経た後に顕在化したシステマティック故障の具体例と考えられる。
(2) ケーブルトレイの落下事象
平成元年1月13日,日本原子力発電(株)東海発電所において,定期検査中炉内ガス温度測定用熱電対ケーブルを収めているトレイ(鉄製の覆い)が落下しているのが発見された。同様の事象は,昭和62年10月6日にも発見されている。トレイが落下したのは,高温の炭酸ガス雰囲気中で,トレイの表面の酸化が進行して変形が生じたため,これに伴い,止め金具が変形し,溶接部にき裂が発生し,進展して破断したためである。対策として,すべてのトレイにカバーを取付ける補修が行われた。ガス炉の通常の運転条件下で酸化膜が成長したことが原因であり,部品レベルの経年劣化の顕著な事例といえる。
(3) 電磁式スイッチの焼損事象
昭和62年8月及び昭和63年2月,中部電力(株)浜岡原子力発電所1号炉において,電磁式スイッチの焼損により2度にわたって再循環ポンプ2台が停止した。この電磁式スイッチは,当該発電所の運転開始以来,電圧容量を示す標準規格の上限値に近い電圧が常時かかる状態で使用されていたため,コイルの巻線の絶縁劣化が進行し,焼損したものと考えられる。初めの事象(昭和62年8月28日)では,類似スイッチを交換したのに対し,後の事象(昭和63年2月2日)では,さらに念のため常時電流が流れた状態で使用されていたスイッチの全数を交換した。
3.経年劣化への対応
前述の故障・トラブル等の事象の中には,ほぼ設計上の寿命に近づき故障・トラブル等が発生したものと,設計上の耐用年数より短い期間で材料が劣化した事例もある。前者のような事象については,本来,品質管理の一環として,耐用年数に至る前に適切に交換されるべきものである。後者のような事例は,原子力発電所の設計(材料の選定等も含む),建設(製作,加工,据付けも含む),運転,保守(試験も含む)の各段階で,材料,機器を劣化に至らしめるような何らかの条件が加わり,通常運転条件下で事象が進展したものである。我が国では品質管理等がより厳格に行われているため,このような材料,機器の劣化は軽微な段階で発見されているが,再発防止のためには,劣化を加速する要因の発見,軽減,除去を行うことが必要である。なお,実質的に原子炉施設の寿命を決定するような,交換や補修作業が難しい機器等については,それらの持つ機能の重要性に応じて,劣化現象を監視し,経年劣化の前兆を早期に発見することが重要である。
以上から考えて我が国の原子力発電所における経年劣化対策の基本は,まず電気事業者・製造業者・規制当局など原子力に携わる全ての人が安全意識(セーフティカルチャー)の重要性を認識し,保守管理の徹底により,早期に機器等の劣化現象を発見するとともに,補修,交換等の適切な対策を立てるという「予防保全」にあると考えられる。即ち(1)設計,製造,建設,運転において高い水準の品質保証活動がなされること。(2)故障・トラブル等の発生とその拡大を防止する方策に第一の優先を与え,通常運転中あるいは検査の間に見つかる漏洩・摩耗・腐食・振動やその他の小さな異常な徴候にも常に注意し,小さな異常に対しても再発を防止するため,適切な対策を講じることである。このような異常の徴候に対する適切な対応は,故障・トラブル等の発生の防止につながるばかりでなく,機器等の劣化と故障・トラブル等の拡大の防止に役立つものとなる。
4.経年劣化と定期検査
我が国では原子力発電所が営業運転に入った後,ほぼ毎年1回の割合で,安全に関連する系統や機器,設備の検査を通商産業省から受けることが法律で義務づけられている。定期検査を受ける項目はあらかじめ決められているが,一次冷却材圧力バウンダリの供用期間中検査,全数にわたる蒸気発生器伝熱管の渦電流探傷検査などが実施される。この定期検査期間中に原子炉設置者は自主的に種々の点検,保守(例えば機器の劣化部品の取替え,機器の分解,点検・較正,論理回路のチェック等)と発電所設備の修理,改善等を行っている。定期検査は通常約3ヵ月を要しており,外国の例からみると期間が長いが,原子力発電所の安全性・信頼性を高め,故障・異常事象・事故の発生防止に役立っているばかりでなく,機器等の欠陥・劣化状況とその前兆を把握できることから,この定期検査制度は原子力発電所の経年劣化に対する重要な対策ともなっている。
通商産業省は原子力発電所の建設完了検査後に合格証を発行し,商業運転開始を認めるとともに商業運転開始後も毎年の定期検査の最終段階で総合負荷試験を行い,技術基準に適合していることを総合的に確認した上で商業運転を再開することを認めている。また,こうした検査等の一環として機器等は適切な取替え等により原子力発電所の寿命期間中適正な品質レベルに維持管理すべきことが原子炉設置者に求められている。
5.経年劣化に関連した研究等の現状
原子力発電所については,これまでも一般産業における経験をも反映し,機器等の適切な交換,保修が行われてきているが,今後の原子力発電所の運転年数の長期化を考慮すると,機器,材料の経年劣化についての情報の蓄積がますます重要となってくるものと考えられる。こうした情報の
蓄積に当たっては,可能な限り広範な事例を収集することが求められることから国際的にも経年劣化に関する情報の収集・分析の必要性について認識が高まり,各国の経年劣化に関する情報の交換,研究の紹介,研究成果の報告を目的として国際会議等が最近多数開催されている。ここでは,世界各国で行われている経年劣化に関する研究等の中から,日本及び米国の研究等を紹介する。
(1) 日本
我が国では,日本原子力研究所で軽水炉構造機器の寿命予測に関する研究が行われているほか通商産業省の委託により(財)発電設備技術検査協会で原子力プラントの長寿命化技術開発等が行われている。
日本原子力研究所では,経年変化研究として,安全研究年次計画に基づき,軽水炉構造機器の寿命予測に関する研究を行っている。具体的には,寿命予測の基礎的研究として,劣化現象のメカニズムの解明,劣化因子等の分類を行うとともに,軽水炉の寿命を決める最も重要な機器として原子炉圧力容器,コンクリート構造物及び電線を選定し,これらに対する中性子照射試験,熱的影響と水化学特性等の複合効果に着目した試験等を実施している。
(財)発電設備技術検査協会では,通商産業省の委託で昭和60年度から8ヵ年計画で進められている原子力プラント長寿命化技術開発において,原子力発電プラントの寿命予測手法,経年変化診断・モニタリング技術,寿命を延伸できない機器等の取替え,補修等に係る技術の開発を進めている。このプロジェクトではさらに,原子力発電プラント長寿命化の経済性,安全性,信頼性について検討するとともに長寿命化のための基準についても検討することが計画されている。これまでに,長寿命化に関する技術開発の現状調査,原子力発電所の寿命を実質的に決定すると考えられる重要機器の選定等が既に行われており,今後原子力発電所の寿命推定に資する機器,材料等のデータの収集,各種の確証試験計画の立案等が行われる予定である。
(2) 米国
米国では,我が国のように1年毎に定期検査を実施するという規制を行っておらず,運転開始時に40年の運転許可が与えられている。そのため,最も古い原子力発電所は今世紀末に40年の運転期限に達し,運転許可を再認可するかどうかという判断が必要となる。その後,このような原子力発電所の数は急増する。このような背景を踏まえ,米国ではNPAR(Nuclear Plant Aging Research)とNUPLEX(Nuclear Utility Plant Life Extension)という2つの大きなプログラムが推進されている。NPARは,1985年から5ヵ年計画で米国原子力規制委員会が進めているプログラムで,原子力発電所の計画外停止の低減と許認可された範囲内でのプラントの長寿命化を目的としている。弁,ポンプ,モーター,配管等のような機器を対象に,故障・トラブル等と経年変化の関連,保守の適正化及び規制への対応方法等を検討している。一方,NUPLEXは,1985年から9ヵ年計画で電力研究所(EPRI)等が中心となって進められているプログラムで,許認可の更新によるプラント寿命の大幅な延長を目的としている。原子炉圧力容器,格納容器,コンクリート構造物等を対象に,許認可の更新に必要な関連技術,基準規格及び許認可手続き等の検討が行われている。