権力者が追い求めた「万能の石」
「賢者の石」とは、中世ヨーロッパ・アラブで信じられた、様々な効力がある「万能の石」。
賢者の石を手にした者は「神のような存在」になるとされました。すなはち、
莫大な富・不老不死・最高の知識の獲得・天使との交流・空を飛ぶ、などあらゆることが可能になるというのです。
中世の錬金術師たちは、この石を作るべく様々な方法を試し続けました。
また権力者は大枚をはたいてこの石を何とかして手に入れようとしました。
今回は、そんな人間の欲望の象徴「賢者の石」の話です。
物質を変成させる素材の探求
鉛、硫黄、水銀
古代から「物質の変成に影響を与える何らか特別な素材がある」という考えが広くありました。
古代の錬金術たちが注目していた素材は「鉛」。
不純物が混じった貴金属の中に、鉛を落とせば純粋な金や銀を取り出すことができるため、鉛には何らか物質を変容させる力があると信じられました。
中世のアラブでは、「硫黄と水銀」が注目されました。
この2種を混合させた物質は、万病を治療しさらには、あらゆる金属を黄金を変える力を持つエリクサー(万能薬)である、と信じられました。
この考えがヨーロッパにやってきて、どうしたことか、その特別な物質は「石」であり、しかもありとあらゆることが可能な「万能の石」だ、と拡大解釈されて認知されるようになりました。
錬金術師たちは血眼になってこの「賢者の石」の生成を始めます。
賢者の石の材料と作り方
賢者の石の材料
賢者の石の材料は硫黄と水銀です。
ただ、この硫黄と水銀と言われているものが我々が想像するものではなく、
あらゆる鉱物はもちろん、ライオン、カモシカ、牛、キツネ、血、乳、毛、骨、唾液、尿、玉ねぎ、しょうが、こしょう、雨、雪、などなど「何か効能がありそうなもの」は全て利用されました。
というのも錬金術師によれば、世界のありとあらゆる物質は硫黄と水銀から出来ているため、何を利用しても硫黄と水銀を生成できるという理論でした。
きっと、必要ないのにわざと希少な材料を入手して法外な代金を請求したのでしょうね。
事実、もっとも利用された素材は「金と銀」だったそうです。
賢者の石の作り方
「賢者の石」の作り方はざっくり言うと
- 硫黄と水銀の抽出
- 硫黄と水銀の混合
これだけです。
まずは入手した材料を、煮たり、焼いたり、溶かしたり、蒸留したりして「硫黄と水銀」を抽出します。
それをフラスコに入れ、炉で加熱して融合させます。
どうやっても作れない!
ここで1つ大きな課題がありました。
硫黄と水銀をどのように加熱しても「賢者の石」にならないのです。
当たり前だ!!!!
という突っ込みを入れたいところですが、
錬金術師たちは、硫黄と水銀を結合するための何らか別の物質が必要だと考えるようになりました。
第5元素(ブネウマ)
古代から科学者たちは、宇宙には第一質料と4大元素の他に「第5の元素」があると考えており、別名エーテルと呼ばれました。
第5元素は宇宙空間を満たして天体を動かす力となる物質で、第一質料と4大元素を結ぶ中間的元素であるとされました。
中世の錬金術師たちは、であるならば、世の中のありとあらゆる物質の中には第5元素(ブネウマ)が含まれているため、それを抽出できれば硫黄と水銀が結合し、賢者の石が生成できる、と考えます。
卵から第5元素を作る試み
第5元素を作るために最もよく使われたのは、卵だったそうです。
理由は、卵からはその形からは似ても似つかない形状の鳥が生まれてくるため、生命の根源的な第5元素(ブネウマ)が多く含まれている、と考えました。
賢者の石の作成に「成功」した錬金術たち
どんなものだったか不明ですが、賢者の石の作成に成功した人物の記録がいくつか残っています。
アラビアの錬金術師 ドゥバイ・ブン・マリク
この人物は本当に錬金術師だったかも怪しいですが、
生成した賢者の石を使って、使用量の3000倍の卑金属を黄金に変えたそうです。
ドイツの錬金術師 リヒトハウゼン
この人物は神聖ローマ皇帝フェルディナンド3世の前で、黄金生成を成功させます。
1グレーン(0.06グラム)の粉末で、2.5ポンド(約1キロ)の水銀を黄金に変えたそうです。
ベルギーの錬金術師 ヤン・ファン・ヘルモント
リヒトハウゼンよりさらに少ない、0.25グレーン(0.015グラム)の粉末で、その1万8470倍の水銀を黄金に変えたそうです。
まとめ
最初に到達不可能なゴールがあって、そこに何とか達するために理論をこねくり回してメソッドを考え、色々な物質を試しては失敗し、それでも挑戦していく。
その副産物として現代の科学が生まれて、当初の目標であった錬金術自体が否定されてしまったのですから、何とも皮肉ですね。
しかし、それっぽいことをやってれば大金をせしめれた錬金術師は、いい商売だったでしょうね。