記者会見:小保方氏に見る危機対応
2014年06月06日
STAP細胞問題は6月4日、独立行政法人「理化学研究所」の小保方(おぼかた)晴子・研究ユニットリーダー(30)が主論文の撤回に同意したことが明らかになったことで、大きな節目を迎えた。今後は、小保方リーダーの去就が注目される。約2カ月前の4月9日、自らの正当性を訴え、世間の注目を集めた記者会見とは何だったのか?
電通パブリックリレーションズ(電通PR)で、コミュニケーション戦略・危機対応を専門とする許光英プロジェクトマネジャー(47)に聞いた。【平野美紀/デジタル報道センター】
−−会見に対する率直な感想を。
◆次第に自分が(会見に)引きずり込まれた感じがして、私は「1人で2時間半もここでよくやっているなあ」と思うようになってしまった。直後には企業にとって参考になるポイントはないか、とあちこちで聞かれました。
−−どういう点が印象に残っていますか?
◆1番目は、会見に出てきた勇気です。批判一色、疑惑を持たれている中で、本人が出てくるのは大変なこと。会見が失敗した時のことも、ずいぶん考えたでしょう。それまでは、「STAP細胞はどうせインチキだろう」と、世の中の多分90%くらいの人が思っていたのを、あの会見で大きく挽回したのではないか。これは本当に大変なことなんです。小保方さんのキャラクターによるところが大きかったと思います。
2番目は、会見の最初に小保方さんが自分のステートメント(公式見解)をそらんじたこと。会社の社長やスピーチに慣れた方でも、なかなか難しい。小保方さんは6分程度話した中で、紙に目をやったのはおそらく4、5回くらい。それだけ自分の言葉でしゃべっていて、自分の立ち位置を伝える意味で、冒頭からうまくいきました。企業にとっても非常に参考になります。
3番目は、「これは自分の研究に関する記者会見ではなく、理研が出した報告書に対する異議申し立ての会見」と、自分たちでアジェンダ(議題)をセットしたこと。通常は、メディアの側がアジェンダをセットすることが多いんです。メディアや世間の側は「謝罪会見なのではないか」という印象で臨んでいたと思うんですが、実際の会見はちょっと違っていて、小保方さんの方は「異議申し立てを説明する会見」としていた。だから質疑でも、質問がそこから外れようとすると、司会の弁護士が戻していた。それで、会場内にあまり罵声が飛ばなかった。
他は細かい話になりますが、弁護士が「まだ質問したい方がたくさんいらっしゃるので2問に」、やがて「1問に」とうまくコントロールした。よく会見で紛糾するような、質疑の応酬にならなかったので、司会が大変うまかったと思います。
−−あれだけ多くの人を相手にするのは大変ですか?
◆我々は企業の幹部に、いろいろなメディアトレーニングをやりますが、「慣れる」のはとても大変です。多くの場合、余計なことを言ってしまいます。小保方さんが、最初の公式見解を話した後、弁護士が30分程度、経緯を説明しましたが、残る実質2時間は小保方さん1人が対応していました。300人の記者を前に、なかなかできるものではない。
−−複数の人から「女優のようだ」という言葉を聞きました。
◆そうでしょうね。でも、演出するのは悪いことではない。学生さんは就職活動時に自分を演出します。ジーパンにTシャツで会社訪問に行ったら門前払いですし、日ごろは社会的意識が高くないのに、面接では意識の高さをアピールする。フォーマルの場で自己演出するのは当たり前だと思います。
−−そう仕向けた人がいるのでしょうか?
◆あちこちに聞きましたが、広告代理店やPR会社が手伝ったという話は聞こえてきません。でもプロが手伝ったとしても、うまくいくとは限りません。会見は始まってみなければ展開が分からない。我々も事前に、想定問答集を作りますが、当たるのは3割くらいです。
−−小保方さん本人の服装や立ち居振る舞いについてはどう見ますか?
◆誰かが「女の子が彼氏のお母さんに会う服装」と言っていました。TPOを考え、人に不快感を与えない服装だったと思います。それと、会見現場にいた人にしか分からないと思うんですが、テレビで見ていた私たちは「やせた」と思ったのでは? 一方で、「喪服に合わせるようなメークをしている」「(頬からあごにかけて影を入れて)かわいそうな感じを出している」という指摘もありました。
−−あれは計算されたものだった?
◆意図的に対立構造を作ろうとしていたかどうかは正直分からないですが、結果的に、いわゆるコミュニケーション上の対立構造が出来上がっていました。それは「対理研」と「対メディア」の二つです。
小保方さんは会見で何度か「未熟ですみません」と言っていました。これにより、「前向きなんだけどちょっと突っ走ってしまう、未熟な女の子」対「女性をスター扱いしてステータスを上げるのに利用した理研」という構造が生まれました。もう一つは、独りぼっちで、300人ものメディアの方たちに立ち向かったという対立構造です。
会見の生中継を、ニコニコ動画で見ていた弊社のスタッフに聞くと、最初は「またこんなこと言っているぜ、インチキ研究者」「STAP細胞がないならないで認めろ」とか、小保方さんを批判する書き込みが画面上で目立っていたのに、時間が経過するにつれ、「○○新聞、いいかげんにしろ」「○○テレビ、さっきそれ聞いていただろう」などに変わっていったそうです。メディアへの批判と理研に対する批判が自然と出来上がってきた。その批判は意図的に作ろうとしたものではなかったが、うまい仕掛けはあったと思う。
−−仕掛けとは?
◆一つは「理研に対して、裏切られた気持ちはありますか」という質問に対して、少し考えて、「そのような気持ちは持つべきではないと思っております」と答えていた。普通であれば、「私は理研を信頼し、ずっとやっていこうと思っていましたので、大変に残念です」などと言うと思う。ところが、「そのような気持ちは持つべきではない」という表現は、どこか前向き感があり、私はまだ理研を信頼しているんですよ、という印象を与えました。おそらく想定問答通りだったと思うんですが、非常にうまかった。
普通、会見を2時間もやっていると、いいかげんな返答になりそうなものなのに、小保方さんは、質問に答える時に身を乗り出して、遠くにいる記者の方を見て話していました。質問相手がよく見えない場合は、体を横にずらして相手を確認しようとしたり、弁護士に「どちらの方でしょう」と聞いたりしていました。そういう振る舞いはトレーニングをしてできるものではない。
−−私の周りでも「オボチャンかわいそう」という声もありました。
◆毎日新聞を含め全国紙は、非常に客観的に事実を伝え、識者のコメントもバランスをとっていた。でもさまざまなメディアがあり、受け止め方が違いました。一部のスポーツ紙は一面に小保方さんのアップ写真を載せ、夕刊紙は「上司の大罪」という見出しを取ったりした。テレビも含め、いろんな報道がミックスされていました。日本人が持っている「判官びいき」もあったかもしれません。
−−世代の差もあったのでは?
20〜30代の男性は批判的な意見もあったのではないでしょうか。研究だけではなく、自己演出のような点についても、小保方さんと近い世代だからこその、冷めた視点はあると思います。
−−危機管理時の会見とすると何点ぐらいでしたか?
◆ほぼパーフェクトだったと思います。意味合いとすれば、円の中心に「科学村」があって、その外に一般の新聞、メディアなどがあるとすれば、その外に世間がある。世間をうまく巻き込んで、日本人全体の空気感を作り出したところがあった。その一つのやり方が生中継でした。生中継であれば、言葉が切り取られることはありませんから。
−−自己演出という点では、真犯人を装ってメールを出した遠隔操作事件の片山祐輔被告も特異でした。
◆一つうまくいくと、どんどんエスカレートして、心地よさを覚える。それがいきすぎて、最後にやらなくてもいいスマホの仕掛けをして、劇場型が破綻したのでしょう。
−−「全ろうの作曲家」を装った佐村河内(さむらごうち)守さんの会見も、注目されました。
◆佐村河内さんも、「私はプロデューサーです」という言い方で出ていれば問題はなかった。でも、自分で全部まとめてしまったので、詐欺みたいな形になってしまった。あれだけあざとく「だまそう」としたことに、時代の徒花(あだばな)みたいなものを感じました。ハンディキャップのある方には応援したいという心情が働くが、そこにまんまと乗っかって売れた。ストーリーだらけだったけれども、最後は破綻してしまいました。
−−佐村河内さんの会見はどう評価しますか?
◆小保方会見より劇場型ですよね。髪を切り、ひげをそって、メガネもはずして。しかし、わざとらしいと感じました。佐村河内さんは会見でのアジェンダの組み方に失敗したのではないでしょうか。「どうしてこういうことをやったんですか」という質問には、そもそも論に立ち返って、「私だけが(表に)出るのではなく、作曲家の先生と一緒にチームでやればよかったのに、つい功名心でこういうふうになってしまいました。深く反省します」とすれば良かったと思います。
短期間に佐村河内さん、小保方さんと注目を集める記者会見がありました。いろいろなニュースが毎日生み出されていくから、世間の頭からは、すぐに消えてしまうかもしれないですが、少なくとも企業でリスクマネジメントをやっている人にとって、これらは歴史に残る会見といってもいいでしょう。