レジーのブログ

「歌は世につれ、世は歌につれ」でもなくなってきた時代に。

アイドルと自意識、アイドルの自意識21 - 『「アイドル」の読み方』を巡る香月孝史さんとの対話(前編)

司会者「というわけで、前回の予告通り『「アイドル」の読み方 混乱する「語り」を問う』の著者である香月孝史さんへのインタビューをお送りします」



レジー「この本はほんとに面白かったよ」

司会者「以前この記事で内容について取り上げました

レジー「このブログを始めた当初から「アイドルの語られ方」についてどうにももやっとした気持ちがあったんだけど、そういうストレスに答えてくれる本だなと。抱えてる問題意識も近いように思っていたので、ちょうど今年を振り返るくらいのタイミングでぜひお話を聞いてみたいということで今回インタビューするに至りました」

司会者「前後編の2回に分けてお届けします」

レジー「前編では僕がいろいろなところでたびたびいじっている「○○はアイドルじゃない」という決まり文句について、その功罪や周辺ジャンルでの似たような例みたいなことを話しています。それではどうぞ」


---

「必要悪」としての「○○はアイドルではない」

---お話ししてみたいと思っていました。

「こちらこそ、お声掛けいただいてありがとうございます」

---『「アイドル」の読み方 混乱する「語り」を問う』、とても面白かったです。今日はこの本をベースに今年のアイドル周りの出来事について振り返れればと思っています。本論に入る前に香月さんのバックグラウンドを伺いたいのですが、アイドルに限らず音楽はよく聴く方ですか?

「深掘りして知識がすごくある、というわけではないのですが普通には聴いていますね」

---好きなアーティストとかはいますか。

「10代のころはスピッツがすごく好きで、そのあと大学生のころにちょうどドラゴンアッシュがブレイクして。Kjから日本語ラップを聴くようになって、ライムスターにいったり。スピッツやKjがしょっちゅう載っていたので「ロッキング・オン・ジャパン」なんかも結構読んでいました。ひたちなかも2005年くらいからよく行っていますよ。今年は4日目に行きました」

---アイドルに関してはどうですか?どういったきっかけで好きになっていったのでしょうか。

「最初は「ASAYAN」ですね。そこから興味を持ちました。そのころは現場に行く習慣がなかったので、テレビや雑誌で追う程度でした。まだインターネットもそこまで見ていなかったし、マスメディアの情報が中心です」

---気軽に現場に行くって感じでもなかったですよね。

「そうなんですよ。今はゼロ円の現場も含めて圧倒的に単価が安くなっているし、そこの敷居はすごく下がっているなあと思います」

---実際に現場に行き始めたのは?

「「現場」というものでいうと、実はアイドルよりも歌舞伎の現場に行き始めるのが早かったんですよね」

---そうなんですか。

「歌舞伎は2003年くらいから見ています。歌舞伎ってテレビや雑誌ではそんなに取り上げられないし、もともと舞台だから生で見ないとしょうがないところがあって、現場に行かざるを得ない。で、そんな流れで歌舞伎の研究で大学院に行こうと思ったんですけど。歌舞伎について何か言おうと思ったら隣接分野の演劇も見なきゃいけないということで演劇を見始めて、そういえばアイドルの現場って行ってないなということでそれまでほとんど「在宅」で見ていたアイドルも現場で見ることが多くなりました。最初はハロプロを見て、それからAKBの劇場に行くようになったのが2006年ごろですね。ちょうど大学院と秋葉原が近かったんですが、当時は当日券でも入れるくらいでした」

---なるほど。ハロプロ、AKBと来て、最近だと特にどのあたりのアイドルグループが好きですか?

「ここ数年ですと一番現場に通っているのはリリスクです。それから乃木坂46、東京女子流が多いですね」



---ここから本の内容に入りたいのですが、まずは『「アイドル」の読み方 混乱する「語り」を問う』をなぜ書こうと思ったか、どういうモチベーションで書いていたか、などについて教えていただけますか。

「一番大きいものとして「アイドルに関する言説・説明をちゃんと整理したい」「今後の議論の土壌となるようなものを作りたい」というのがありました。自分はアイドルが好きですが、アイドルというものの魅力って実は伝えづらいですよね。アイドル好きの中でも「アイドルとはこれこれこういうものです」というのが全く整理されていない。一方で、世間においてはアイドルに関するセンセーショナルなネタが取り上げられて、それでアイドルファンも含めていろいろ揶揄されることが多い。ただ、そういう批判も社会通念からするとすごくまっとうなものだったりするわけで(笑)」

---そうなんですよね、言い返したくても言葉に詰まってしまうというか。

「的はずれなものも含めた様々な批判がなされる一方で、一点の曇りもなくそれに反論できるわけでもないというもどかしさもあって。理解してもらおうと思って説明しようにも、そもそもアイドルが好きな人たちの中でも整理できているわけじゃないから、何をどこから伝えていいのかわからない。そういう状況をちょっとでも改善したいというか、少なくともアイドルに興味がない人や否定的な態度をとる人たちともかみ合った議論をするためのツールみたいなものを作れればいいなと思っていました」

---まさにそういう本になったのではないかなと思います。この本の前半には昨今のアイドルについて書かれたいろいろな文章が引用されています。ここでは「○○はアイドルではない、アイドルらしくない」「アイドルとアーティスト」といった、「アイドルらしさ」という概念を基点とする表現がたびたび出てきます。

「引用した文章に込められている「アイドルらしくない」というメッセージの裏側には「現実には存在しないアイドル像」が想定されていますよね。そのほとんど架空の「アイドルらしさ」からどれだけ距離をとるか、という形で論が構成されているというか。よく「アイドルの自主性の有無」が論点になりますが、そこに見られる「アイドルに主体性がない」みたいな前提は80年代あたりまでにできたイメージが強くかかわっているんだろうなとは想像できます」

---この手の表現を見ると個人的には結構もやっとするんですが、香月さん的にはどうですか。

「うーん・・・そういう文章をいくつも引用した1章、2章あたりは今読み返すと結構皮肉っぽいトーンになっているなあと自分でも思うので(笑)、書き始めた当初は溜飲を下げたいという気分は強かったと思います。知らない人が勝手なこと言いやがってという気持ちももちろんあるんですが・・・でも、それに対する揶揄で終わらせてもしょうがないというか、そういう「アイドルらしからぬ」を強調するような表現が誰かにとっての入口になるというのは絶対否定できないとは思うんですよ」

---それは確かにそうですね。僕が最初Perfumeに入り込んだときもそういう説明とセットだったような気もします。

「自分自身の状況と照らし合わせると、僕が歌舞伎を見始めたきっかけが野田秀樹作品だったんですよね。まさに「歌舞伎らしくない歌舞伎」というか」

---あー、なるほど。

「現代劇の一流の作家が書いている実質的には全くの新作といえる演目で、いきなり見に行っても全部セリフがわかるんですよ。今でこそ野田秀樹と歌舞伎という組み合わせは定着していますが、当初はやっぱり「これ歌舞伎なの?」って眉を顰められることはあったわけで。ただ僕はまんまとそこから入って、「野田秀樹の歌舞伎は面白いけど古典は見てもつまらないなあ」なんて思っていたんですよね。で、今は古典こそ面白いしすごく大事だと思うようになっています。こういう経験から考えると、「アイドルらしくないアイドル」みたいな言い方はちょっと鼻にはつくけどそれを全否定する態度もよくないんじゃないかなと」

---野田作品に対するネガティブな反応みたいな話がありましたが、歌舞伎界隈ではファン同士で値踏みするような空気はあるんですか?新参はどうだとか、野田作品ばっかり見てるやつは真の歌舞伎ファンじゃないとか。

「そういう空気がないとは言いませんが、寛容だと思いますよ。歌舞伎座自体が観光名所だし、歌舞伎を見ること自体も一つの観光だったりするので、歌舞伎に対して客席内で知識の差があるのが当たり前というか。あとは歌舞伎って400年以上歴史があるので、今生きている人って全員新参なんですよ」

---(笑)。

「昔の型を守れ!とか言っても、幕末のものを見たことある人すら誰一人いないんですよね(笑)。ただし、もちろんその上で型を継承する意義というのは正当にあるわけですが」


われわれは本当にアイドルを「見くびっていない」のか

---香月さんの歌舞伎との接し方で面白いなと思ったのは、最初は「これ歌舞伎なの?」という作品から入って、どこかのタイミングで「オーセンティックなものも面白い」と思った瞬間があったと。アイドル周りの話で個人的に気になっているのは、「アイドルらしくないアイドル」しか聴かない、関心のない人たちっていうのが一定層いて、そういう人たちが声高に「いやーアイドル面白いよ」なんて言っていたりする。それがいわゆる「サブカルに見つかった」とか「楽曲厨」とかそういう話と結びついていますよね。僕も完全に最初はそっち側だったし本質的には今でもそこから全く離れられてはいないと思うんですけど、いろいろライブとか行っているうちに「なんかそういうことじゃないんだなアイドルって」と自分なりには感じたというか。文化としての多様性に気がついた、とでも言えばいいんでしょうか。だからこそ、その手前で止まっている人たち、2年くらい前の自分と同じ場所から動こうとしない人たちを見るとどうなんだろうとか思うことがあるんですよね。香月さんの中で、「歌舞伎らしくない歌舞伎」と「古典的な歌舞伎」を結びつけたものってなんだったんでしょうか?

「そうですね・・・現代的な演出の作品の周辺情報を見ていくと、歌舞伎が紡いできた本流がなかったら絶対に生まれなかったものだってことがわかってくるんですよね。こういう歴史が積み重なって来たからたまたま派生としてこういうものが生まれたっていう見取り図が見えてくるというか。アイドルに引き付けて言うと、たとえばももクロが現在の位置にいるのはAKBが体制として存在しているからこそでもあるわけで」

---今のももクロ話で言うと、「ももクロはアイドルじゃない」「ももクロすごい、AKBクソ」みたいな人からするとその構造が見えていないのか、それとも見えているのに「体制」だからこそ興味がないのか・・・

「どうなんですかね。ただ、繰り返しになりますがももクロしか興味ない人にこういう俯瞰した見方を強いることはできないわけで。あとは「アイドルらしくない」と言われがちな尖ったアイドルにばかり反応する人もいる一方で、AKBの専ヲタからダイレクトに地下にはまっていっている濱野智史さんみたいな人もいますよね」

---濱野さんも独特のスタンスですよね。

「アイドルを論じる人が語りがちな、楽曲派的な部分を一切通過していないルートですよね。濱野さんを見ていると、ほんとにレスと接触中心にアイドルを考える方なんだなと」



---ただ、こういう人がいっぱいいて、その人たちがお金を落としているからこそアイドル経済圏全体が潤っているという側面もありますよね。絶対額がわからないので何とも言えないですが。

「そうですね。濱野さんが現在とっているスタンスは「アイドルを論じる」という立ち位置と距離があるからそういうファンの視点って声としてはそんなに残らないんですが、濱野さんからすれば彼と同じようなスタイルでアイドルを受容するファンが一定数いるという読みがあったからこそPIPがいけると思って始めたんだろうし。で、そういう人がたくさんいるからこそAKBのあの規模が成立しているんですよね」

---ブログでもたびたび触れていますが、そういう形でアイドルを楽しんでいる人がいることは忘れちゃいけないなあと肝に銘じたいところです。「アイドルらしさ」「アイドルらしくないアイドル」云々に話を戻すと、このトピックを語るうえでのネタとしてあの本以降に香月さんの中で気になっている切り口とかはありますか?

「本の中では「“アイドルらしくないアイドル”なんて言葉を振り回すのは、実在しない勝手なアイドル像に捉われているからだ」なんて指摘をしつつも、自分自身もそういう「カギカッコつきのアイドル像」から逃れられてないのかもしれないと思うことがあって。象徴的なこととして最近よく考えるのが、「アイドルオタクのアイドル」って一つの売りになるじゃないですか。松井玲奈さんとかリリスクの大部彩夏さんとか。アイドル自身がアイドルのオタクである姿を見てこっちも「キモい!」なんて言って楽しんだりするわけですけど、音楽に関わる人が自分の属するジャンルについて詳しいってすごく自然なことなんですよね。冷静に考えると別にキモいことでも何でもない」




------言われてみればそうですね。

「それが特別なこと、注目に値することとして見られるのってアイドルくらいだと思うんですよね」

---ロックミュージシャンがロックオタクだったところで・・・

「それを別にキモいって言われないじゃないですか。ロックバンドの人がロックに詳しいとか、ラッパーやDJがヒップホップの歴史に精通しているのとか、まあ当たり前というか。ただ、アイドルの場合は「アイドルに詳しい」というだけでそれが特異な売りになる」

---こっち側だ!みたいになる感じはありますよね。

「わかってる、みたいになりますよね。わかってるも何もこの人こそ専門家だろうという(笑)」

---(笑)。

「そのまなざしが何に起因するものなんだろうっていうのを最近の問題意識として抱えているんですけど、まだ答えは出ていないです。アイドルを分け隔てなく楽しんでいます、という人の中にも「アイドルを見くびっている気持ち」みたいなものが意識下に存在しているのかもしれないなあと」

---


司会者「前編はここまでです」

レジー「最後の話は個人的には新しい視点だったなあ。なんだろう、アイドルファンの誰の心にも潜んでいるロキノン好き的な何かというか。「○○はアイドルではない」話についてもそうだけど、エンタメに接するうえでの「共通認識」と「先入観・偏見」って紙一重だなと思いました。この辺は後編に出てくる「名乗ればアイドルになれる」とか「アイドルだと思って楽しむからこその面白さ」みたいな話ともつながってくるかなと。というわけで次回の更新をお待ちください」

司会者「できるだけ早めの更新を期待しています」

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