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先週号、2011年5月23日号のAERAに掲載されていた震災ボランティアに関する記事が面白かったので、遅ればせながら紹介を。

まだ店頭に並んでいるうちに紹介しろよ、と言われたら何も言い返せませんすいません……

 

 

記事の前半では、石巻のボランティアセンターの体制がいかによくできており、そんな組織がどうやってつくられたのかが書かれていた。

 

 

石巻のボランティアセンターは、他の地域に較べてはるかに多くのボランティアを受け入れ、彼らが活動しやすい環境を整えている。

千人規模のテントを張れる場所が用意されているなんていうのは、全国でも石巻だけであろう。

そのため、「奇跡のボランティア組織」と呼ばれているとか。

 

 

今回のような災害発生時には、被災した自治体の社会福祉協議会(社協)が災害ボランティアセンターを立ち上げ、そこがボランティアを受け入れることになっている。

ところが現実には、お役所である社協とNPO・NGOがスムーズに連携ととって動いていくのは難しい。

しかも今回は社協そのものも大きく被災していたため、震災直後はとてもすべての対応に手が回ってはいなかったという。

 

そこでまず、ピースボートを初めとするいくつかのNPO・NGOが、「NPO・NGO支援連絡会」を設立。

次々と石巻にやってくる民間団体を受け入れながら、社協と連携していく体制をつくった。

 

ところが性格の違うさまざまな団体が集まったため、収集がつかない状態に。

そんな状況を打開したのが、地元で建設会社を経営している伊藤さんという人だったという。

 

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「活動は団体ごとでなく、活動目的ごとに分けよう。行政との折衝など、フィールドの整備はこっちでやる」

伊藤さんのこの提案が、連絡会を変えた。

「炊き出し(食糧支援)」「メディカル(医療支援)」「マッドバスターズ(瓦礫撤去、清掃活動)」など、下の表にある九つの分科会を創設。各団体はそれぞれのスキルに合う分科会に所属し、協力し合う態勢を整えた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<記事より引用>ー

 

つまり「各団体ありき」ではなく、「活動内容ありき」で組織のあり方を作りなおしたわけだ。

この新体制により活動は効率化し、団体間の連絡調整もスムーズに進むようになった。

 

その後、「NPO・NGO支援連絡会」は、「石巻災害復興支援協議会」と名称を変更。

伊藤さんは、次のような条件を告げて会長を引き受けたという。

 

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「困っている被災者がいるなら、どんな人脈も政治力もお互いに使おう。ただ、活動の成果を政治の道具にすることや、独り占めにするのはやめないか。私たちが統括するのではなく、ボランティア達が活動しやすいフィールド整備に徹しよう」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<記事より引用>ー

 

もう、伊藤さんかっこよすぎ。

ある程度事態が落ち着いてきたら、そのまんま映画化できると思う。

もちろん主役は、渡辺謙か西田敏行あたりで。

 

そうして、団体ボランティアの受け入れは協議会が、個人ボランティアの受け入れは社協が担当するという明確は役割分担ができ、より多くのボランティアを受け入れることができるようになったとか。

 

 

記事では、伊藤さんの他にもうひとり、かっこいい人が紹介されていた。

石巻の亀山市長だ。

 

石巻では専修大学のグラウンドや施設の一部が防災拠点として開放されており、それが数多くのボランティアを受け入れることが可能になった理由のひとつとなっている。

それを決断したのが亀山市長だという。

亀山市長は大学を防災拠点として介抱することを決断した。

 

さらに亀山市長は、民間のボランティアの集まりでしかない「協議会」のメンバーを、市の災害対策本部会議に出席させた。

国や自治体、警察、消防、自衛隊の人たちと、ボランティアの代表が同じテーブルについたのだ。

 

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災対本部会議へのボランティアの参加を機に、これまで考えられなかった、ボランティアを自衛隊の連携も生まれた。

(中略)自衛隊からボランティア側に避難所や給水ポイント、物資配布所などが詳細に記された地図も提供された。

「戦時であれば、この地図は作戦実行のための最高機密。被災下とはいえ、自衛隊がそれをボランティアとシェアするなんて、今まででは考えられません」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー<記事より引用>ー

 

自衛隊とボランティアの協力体制なんて当たり前のことだと思っていたのに、実は前例のないことだったと知ってビックリした。

その決断は、素人の自分が想像する以上に難しいものだったのだったと思う。

 

 

「石巻災害復興支援協議会」の仕組みもボランティアの災害対策本部会議への出席も、実際にゼロからその体制を作り上げるのは大変なことで、だからこそ石巻が「奇跡のボランティアセンター」と呼ばれているのだろう。

そんな石巻に対しては、賞賛するだけで終わらず、優れたモデルケースとしてきちんとシステム化し他の被災地や今後被災する可能性のある日本全国の自治体に対してフィードバックして欲しい。

「石巻のように優秀なリーダーがいる地域は素晴らしいが、いない地域ではダメダメ」なんてことでは困ってしまう。

優秀なリーダーを選挙で選べと言われても、実際それはなかなか……

やはり大切なのは、制度化、システム化でしょう。

 

あと、ボランティアで石巻を訪れる人は、先人達に感謝の念を持たないといけないなあ、としみじみ思った。

 

 

ここまでまとめてみて思ったが、石巻の体制ができたのは、そこに参加している数多くの人たちの熱意と責任感、覚悟と決断のたまものだろう。

それを軽々しく「奇跡」というひと言でまとめてしまうのは、実は失礼なことかもしれない。

 

 

なんか、前半部分だけで長くなってしまったので、後半部分についてはまた。

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