「リルル プルララ ヒプノスポロロン!」
本日もみんとはヒプノバトンの力を使って迷惑千万なお節介を行おうとしていた。場所は
みんとがしょっちゅう騒ぎを引き起こすおなじみの市民公園、被害者は近くの高校に通う
女子生徒である。雑誌の援助交際の記事を見て『こんなことをする子の気が知れない。』
とみんとの前で口走ってしまったために、『それじゃお姉ちゃん、自分が一回やってみた
ら?』ということになってしまった。無論みんとは援助交際という堅苦しそうな言葉の裏
に隠された本当の意味を理解していない。
ヒプノバトンによって催眠状態に入り、トロンとした目で立っている女子高生に援助交際
をするようにと暗示を与えようとした時、後ろの方から大声がした。
「みんと君、君は間違っているぞ!」
みんとが声がした方向に振り向くとそこにはモミアゲの巨大な、やたらと濃い面構えのガ
ッシリとした体躯の男が立っていた。
「な、なんなの…。」
みんとは訳が判らず混乱している。男はみんとの態度に一切構わずズンズン近づいてくる。
「私は影から君のことをつぶさに観察してきた。」
ロリコンのストーカーといえよう。
「その後、君の行動について十分な分析を加えた。」
ますます危険な香りがする。
「そして導き出された結論により、君の一番大切なものを頂くことになったのだ。」
間違いない、変態だ。
みんとはあからさまに怪しい雰囲気の男に怯えていた。みんとの背後では、放っておかれ
た女子高生が立ち続けることが出来なくなって、ベンチに崩れ落ち寝息を立て始めた。だ
が、みんとは女子高生のことに構っていられないぐらい身の危険を感じていた。
「君がヒプノバトンの力を誤って使っているために多くの人々が被害をこうむっているの
だ。」
男は予想に反してまともなことを言った。なぜこの男がヒプノバトンのことを知っている
のか謎だが、精神的に追い詰められているみんとはそこまで頭が回らない。
「みんとはみんなが幸せになれるようにヒプノバトンの力を正しく使っているわ。だから
あなたいったいなんなのよ。」
みんとはその変態独特の空気を身にまとった男に精一杯の抗議をする。本当にバトンの力
を正しく使っているのかは、まことに怪しげではあるが。
「フッ、よろしい。それでは私の真の姿をご覧に入れよう。」
男はニヤリと笑い、無気味なセリフを言い放った。みんとはどういうことなのかまったく
理解できない。
「よしいくぞ。」
男はいきなりベルトを外し、ズボンのチャックを下ろした。
「きゃっ。」
みんとは小さな叫び声を上げ、目を覆う。
「一度、裸にならねばいかんのが、これの欠点だ。まったく迷惑な話だ。」
その男はブツブツいいながら服を脱いでゆき、とうとう全裸になってしまった。そしてど
こからか取り出した、下着のようなものを両手で高々と掲げる。それは金色の地にピンク
色の渦巻きの模様が入っている悪趣味極まりないビキニパンツであった。
「変っ身!」
男は叫ぶとそのパンツをごそごそと履いた。すると股間にフィットしたそのパンツから眩
しい光が溢れだし男の体全体を包み込む。
光が消え失せ視界が回復したみんとの前に異様な姿の男が現れた。
その男は、オレンジ色のブーツと手袋、腰ぐらいまでの長さの短い銀色のマント、紫色の
仮面といった出で立ちで、口元はアメコミヒーローのような歪んだ笑いをたたえている。
ただし体には先ほどのビキニパンツ以外なにも身に着けていなかった。簡潔に言えばパン
ツ一丁の仮面の怪人と言うべきか。
変態である。
間違いなく変態であった。
みんとは呆気に取られ言葉が出ない。
「あなたはいったい…。」
「私も君同様、天使の力を与えられたのだよ。このスーパーヒーローパンツを着装するこ
とによって、無敵の力を身に付けた正義のヒーロー、熱血超人パンツマンにミラクルチェ
ンジすることが出来るのだ。」
これまで何処で正義の押し売りをしてきたのかは判らないが、見た目からしてヒプノバト
ンを手にしたみんとよりハタ迷惑な存在であることは間違いはなさそうだ。いったいどん
な準天使がこの男についているのか顔を見たいものである。
「無敵の力…。」
「その通りだ。みんと君よく見ていたまえ。だあっ。」
そう言うが否や仮面の変態男は猛スピードで走り始めた。そして100メートルほど離れ
た所にある噴水を回ってみんとの前に戻ってきた。わずか数秒の出来事だった。
「今のがパンツマンビューテホーダッシュだ。どうだ素晴らしいだろう。」
確かに凄いがパンツ一丁の怪人が公園を走り回る様はやはり変態以外の何者でもない。
「何だったらパンツマンレインボージャンプやパンツマンエクセレントキックを披露して
も構わないが?」
「いえ、結構です。」
これ以上、この変態パンツ男と関わりたくないみんとはすかさず断りを入れる。
「とにかく! 安易にバトンの力を使う君の存在が世間には迷惑なのだ。よって正義の名
において、君の天使の力を剥奪することにする。」
「ええっ!」
確かにみんとはヒプノバトンの力でろくでもない騒ぎを引き起こしてきたことは事実であ
る。だが、この迷惑の塊のような海パンの変質者にヒプノバトンを取り上げられる理由は
まったく無かった。
「さあそのバトンを渡したまえ。この私が責任をもって封印してやろう。」
みんとはヒプノバトンを抱きしめ、2、3歩後ずさりする。
「さあ渡すんだ。」
パンツマンは右手を突き出し、さらにみんとに迫る。
「うぁぁーん。」
みんとはクルリと背を向け、泣きながら逃げ出した。
「あっ、こら待ちたまえ。これでは私が小学生の女の子を泣かした悪人になってしまうで
はないか。」
ナリは変態でも能力は自己紹介の通り超人である。10才の少女の駆け足など瞬時に追い
抜いて回り込み、みんとの行く手に立ちはだかる。
「私が正当なる申し入れをしているのに逃げ出すとは失敬な! さあバトンをこっちへ。」
パンツマンは目に一杯の涙を溜めたみんとに詰め寄る。
怯えきったみんとは膝がガクガク震え今にもへたり込みそうだったが、残っている勇気を
ふりしぼってパンツマンに向けヒプノバトンを構えた。
(チョコ、ごめんなさい! みんとは初めて自分のためにヒプノバトンを使います。)
「リルル プルララ ヒプノスポロローン!」
ヒプノバトンから発せられたピンク色の光がパンツマンを包む。
「わっはっは。同じ天使の力を身につけている私にそんなもの通じるわけがなかろう。」
パンツマンの勝ち誇ったような高笑いが周囲に響いた。
…が、パンツマンはあっさりと、みんとの術中に落ちた。
みんとは固く閉じていた目をおそるおそる開くと、そこには呆けた表情をしたパンツマン
が立っていた。みんとはホッと胸をなでおろし気持ちを落ちつけてから、目の前でだらし
なく口を開けよだれを垂らしている海パンの変態に命令を下す。
「あなたはこれから大急ぎで岬の展望台に行くの。そして展望台に着いたら変身を解いて
そのスーパーヒーローパンツとかいうのを海に投げ捨てること、わかった。」
「承知っ!」
「それじゃ今すぐ岬に行ってね。よーいドン!」
みんとから号令が発せられるやいなや、パンツマンは猛然と走り始めた。彼が言うところ
のパンツマンビューテホーダッシュなのだろう。速い、速い、岬の公園まで10kmほど
あるのだが、ものの5分ぐらいで着きそうな勢いである。
土煙を上げ走り去るパンツマンに背を向け、みんとはトボトボと家路についた。
「どうしたの、みんと。元気ないね。」
自分の部屋に戻ってきたみんとにチョコが声を掛ける。
「…あのね、学校からの帰り道、変な人にあったの…。」
「ええっ!」
チョコは驚いた。人の悪口はまず言うことの無い、心の優しいみんとが変な人というぐら
いだから、よほど変な人なのだろう。いや世間一般の尺度ならば変態といっていいかも知
れない。そんなのに付け狙われているのなら一大事である。
「何ともない? 変なことされなかった?」
「うん…、平気。」
「そんな奴はヒプノバトンの力で警察に出頭するように仕向けたらいいのに。」
「だってヒプノバトンは人の役に立つために使うものでしょう。自分の都合で使うのはい
けないことだってチョコもよく言ってるじゃない。」
「いーの!そういう変質者こそ警察に突き出すべきなんだ。」
チョコはみんとが遭遇した人物を変態と決め付けている。確かに変態といえば変態なのだ
が…。
「今度そんな奴に会ったら、迷わずヒプノバトンを使って構わないから。」
みんとはどこから見ても第一級の美少女であり、10年後には絶世の美女と呼ばれるよう
になるであろうことは母親の美貌からしても疑う余地はない。美少女を変態の魔の手から
守るというのは間違いなく世間の役に立っているわけであり、日頃みんとがまき起こして
いる善意に溢れた大騒動に比べれば何倍も素晴らしいことである。たとえみんと自身に関
することであったとしても、それは変わらないことだとチョコは思った。
「うん…、わかった。」
みんとの歯切れの悪い返事でこの件に関する会話は終わった。結局みんとはパンツマンを
ヒプノバトンで撃退したことはチョコには話さなかった。
みんとの日記
「今日、初めてヒプノバトンを人の役に立つため以外のことに使ってしまいました。チョ
コはそういうことにバトンの力を使っても構わないと言っていましたが、やはり間違った
使い方だったと思います。今度からはよくよく考えてからバトンを使うようにするつもり
です。」
みんとは自戒の念を込めて日記に反省の文を綴った。みんとがヒプノバトンの使い方をよ
く考えるのはチョコにとっては万々歳なことであったが、ただ今回の件に関しては別にみ
んとが反省する必要などまったくなかった。
実はこれまでパンツマンはそのピントのずれた正義感を他の人々に押し付け、みんとのそ
れをはるかに上回る騒ぎを数限りなく引き起こしていた。その迷惑極まりない自称正義の
味方の存在を消し去ったことは、これまでにない素晴らしい成果でありヒプノバトンによ
る善行の輝かしい第1号だった。だがこのことに、みんとが気付かずじまいだったのは、
とても残念なことであった。
−おわり−