催眠天使チャーミィミント

第2話「ダンス!ダンス!ダンス!」

作:びーろく さん

準天使の彼は悩んでいた。悩みのタネは彼が選んだパートナーの少女、葛西みんとのこと
だった。彼は準天使のパートナーとして、みんとに強力な催眠術の使い手としての能力を
与えたのだが、やることなすことすべて裏目に出る。

殴り合いを演じている男子高校生を仲直りさせるといってホモらせてしまったり、いつぞ
やは趣味でバンドをやっている若い僧侶が読経はリズム感が狂うと口を滑らせたのを聞い
て葬式の席でハードロックのリズムでお経を読み上げさせた事もあった。

そうだ、そうなのだ。みんとは悪気があってやったわけではない。よかれと思ってやった
ことなのだ。それだから始末が悪い。

与えられた天使の力を使って悪事の限りを尽くしていたりすれば、天使の力を取り上げ記
憶を抹消するということができるのだが、大きな被害が出ていない以上それも叶わないこ
とだった。そもそもパートナー選びは人を見る目があるかという重要な考課ポイントであ
り、余程のことが無い限りパートナーの変更はできない。それゆえ他の準天使たちも打算
の働く大人を避け、純真な子供をパートナーとして選んでいた。

姿を消すとか空を飛べるとか何かに変身できるなどといった力なら本人が能動的にアプロ
ーチできるのでいいのだが、他人を制御するというヒプノバトンのスーパーパワーはかな
りの応用力が必要であり、お子様のみんとにとっては高級すぎる能力だった。チョコはみ
んとに与える天使の力の選択を誤ったことを深く悔やんだ。
 
 
そろそろ学校が終わる時刻である。チョコはさすがに学校にまでついてゆくわけにはいか
ないので家で留守番をすることになっているが、登下校時にヒプノバトンを使い、騒ぎを
引き起こすことが最近特に目立っているので、今日はみんとを迎えに行くことにした。

チョコはみんとの部屋から飛び立ち、階段のある吹き抜けを降り、居間で掃除をしている
みんとのママの前に舞い降りた。

「あらチョコちゃん。外へ出たいの?」

みんとのママはいつものように居間のガラス戸をあけてくれた。開け放たれたガラス戸か
らチョコは翼を羽ばたかせ空高く上っていった。

みんとのママはチョコを見送りながらあらためて感心していた。

「チョコちゃんは本当に頭がいいわね。帰って来たらちゃんとチャイムを鳴らすし。」

準天使の彼にとって帰宅の際に呼び鈴を押して玄関のドアを開けてもらうことなど、なん
でもないことだったが世間一般の鳩から比べれば驚異的な天才鳥なのだろう。なんだかん
だ言いながらチョコは葛西家の大切な家族の一員として迎えられていた。
 
 
公園のベンチで女子中学生3人が今度の体育祭の出し物についてブーたれていた。

「かったるいよねー。なんで体育祭で創作ダンスなんかやらなきゃならないわけ?」

「父兄の方々に日頃の練習の成果を披露する伝統の出し物なんだって。」

「だいたい中学の体育祭に父兄なんか見に来るわけないじゃん。」

「2年の女子全員参加というのが超ムカツク。希望者だけにやらせればいいのに。」

「そんなことしたら誰もやらないよ、きっと。」
 
 
「なにかお困りですか。」

みんとが3人に声をかけた。

「なんなの、この子。」

「さぁ?」

「私は葛西みんと。困ったことは何でも解決して差し上げまーす。」

「あはは、可愛いカウンセラーさん。それじゃ悩み事を聞いてくださいな。」

3人のリーダー格の梨佳がおちゃらけた感じで返事をする。

「はい。どーぞ、どーぞ。」

「体育祭で恥ずかしい創作ダンスをやらなきゃならないので困っていたのよ。」

「そんなに創作ダンスって恥ずかしいの?」

「そうよ。お遊戯大好きのお子ちゃまのあなたには判らないでしょうけど。」

「みんとは別にお遊戯が大好きなわけじゃないよ。」

「とにかく、あんな恥ずかしいことやってられないわ。」

「それじゃ創作ダンスより恥ずかしいことを体験すれば、体育祭でダンスを踊ることなん
か気にならなくなるんじゃない。要は慣れの問題よね。」

そう言うとみんとはペンダントをバトンに変化させて、3人の目の前で構える。

「リルル プルララ ヒプノスポロロン。」

バトンから放たれた光が一瞬の内に3人を催眠状態にいざなう。

「私の声が聞こえますか。」

「はい…。」

「とても気持ちがいいですか。」

「はい…。」

「私の言うことに従えますか。」

「はい…。」

「オッケー、オッケー。」

「これから意識を戻すから、自分が何をやっているかすべてわかるからね。」

みんとはそう言うとパンと手を叩いた。

「それじゃ3人ともベンチから立ち上がってくださーい。」

みんとに命じられるまま3人はベンチからゆっくりと立ち上がった。意識は確かにあるの
だが、目の前の小さな女の子の言うことにはどうしても逆らうことができない。

「お姉ちゃん達、体育祭のダンスより恥ずかしいことをやってみましょう!」
 
 
チョコは公園で3人の女子中学生にむかって得意げに話をするみんとの姿を見つけた。

「みんと! 何してるんだよ!」

「あっチョコだ。”また僕のいないところでバトンを使って。”とか言ってお説教するに
決まってるわ。よし逃げよう!」

みんとはピューと逃げ出した。

「あっ、こらまて。なぜ逃げる!」

みんとが逃げ去った後には、トロンとした目で立ち尽くす3人の女子中学生が残されてい
た。明らかにヒプノバトンの力によって催眠状態にさせられたものである。

(いったいどんな暗示を与えられたんだ…?)

チョコは恐る恐る3人の顔を覗き込む。

「創作ダンスより…恥ずかしい……ダンス…。」

そう呟くと梨佳はおもむろに制服を脱ぎ始めた。他の二人も梨佳と合わせるように制服を
脱いでゆく。

(わぁ、なんで服を脱ぐんだー。みんとの奴、なにをやらかしたんだよー。)

しばらくすると、公園の野外ステージ上で狂ったように踊り続ける下着姿の女子中学生3
人がいた。みんとの暗示のため、残酷なことに本人達の意識はしっかりとしている。

(ああ、体が勝手に動いちゃう。誰か私が踊るのを止めてー!)

3人は引きつった笑顔で目に涙を浮かべていた。

(ごめん、ごめんよぉ。もうちょっとしたら暗示の効力が切れるからさぁ。)

チョコは心の中で3人に手を合わせて謝るとみんとを追いかけるため空に舞い上がった。

「みんとぉ。あのおっちょこちょい何処に行った?」
 
 
結局、チョコとみんとが顔を合わせたのは二人が部屋に戻ってからだった。

「なによぉ、またお説教。チョコのお小言はもう聞き飽きたよ。」

みんとは頬をプクッと膨らませ抗議する。

「僕がいない所でヒプノバトンを使わないで。頼むからさあ。」

「そういう訳にはいかないわ。困っている人はチョコの行動には合わせてくれないもの。」

「だったら、どうなるかをもうちょっとよく考えてから使ってよ。」

「あら、みんとはいつもよく考えてから使っているわよ。」

"うそつけ。いつも行き当たりばったりのくせに。"、みんとの答えにチョコは泣きたくな
った。

「とにかく、あいまいな暗示を与えちゃダメ。わかった。」

「はいはい、わかりました。チョコ大先生。」

みんとはいまいち納得していなかったが、チョコのお説教が終わるならとしぶしぶ返事を
した。
 
 
(たしかにいい子なんだけど、本当に一生懸命やってくれているんだけど、結果がこれじ
ゃぁ…。)

チョコは今日も深く溜息をついた。もうほとんど日課といってよい。チョコにとって小さ
いなりに精一杯みんなの役に立つようにと頑張っているみんとの事が可愛かったし、みん
とにしても小言は多いが子供の自分に誠実に話をしてくれるチョコのことが好きだった。
本人達が考えている以上に二人はいいコンビなのだが、気苦労が多いチョコにとっては腐
れ縁といった思いが強かった。
チョコとみんとの半人前コンビの活躍(?)は当分続きそうな気配である。


みんとの日記

「今日は3人の中学生のお姉ちゃんを幸せにしてあげました。きっと素敵な体育祭になる
と思います。もしもお姉ちゃん達の中学の体育祭の日がわかったならぜひ見に行きたいで
す。」

−おわり−


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