弘樹は学校帰りに人のまばらな公園のベンチでぼんやりと時間をつぶしていた。クラブの
先輩と衝突し今日は練習をサボって公園にきていた。前から水が合わなかった体育会系の
絶対的タテ社会の独特のノリを含めて周りの人間関係すべてに嫌気がさしていた。
「何か悩みでもあるの?お兄ちゃん。さっきから溜息ばかりついているけど。」
弘樹が声のした方を見ると、淡い黄色のワンピースに身を包んだ可愛らしい少女が立って
いる。
「君は?」
「み・ん・と。葛西みんとっていうの。困っている人を見ると放ってはおけない正義の小
学4年生よ。お兄ちゃんは?」
”正義の味方と自己紹介するボランティア娘が何処にいる”と弘樹は苦笑するしかなかっ
たが、屈託のない笑顔で話しかけてくるみんとをみて、ちょっとの間、付き合ってあげる
ことにした。
「僕は片山弘樹。確かに悩みはあるよ。」
「へぇ。どんな、どんな。」
「…僕には留美子という幼なじみがいるんだ。最近、本当に綺麗になってきてね。でも身
近すぎてなかなか恋人という関係になれない。」
どうせ見ず知らずの小さな女の子に喋ったところで、どうなるものではないと弘樹は自分
自身でも触れることのなかった本音の部分を吐き出している。留美子との関係はさしあた
っての悩みではなかったが、一歩前に進みたいという思いは確かに以前から持っていた。
「ふーん、そうなんだ。」
「で、肝心の留美子お姉ちゃんの気持ちはどうなの?」
「たぶん留美子も僕のことを気にしてくれていると思う…。」
「つまりは留美子ともっと深く愛し合いたいんだ。」
この言葉は童貞を早く卒業したいという男子高校生らしい健全な助平根性から来るものだ
った。無論もっと深く愛し合うという本当の意味はお子ちゃまのみんとの思考エリアの外
にある。
「わかったわ、みんとにまかせてちょうだい。悩み事なんてすぐに解決してあげる。」
「はぁ。」
みんとの意外な言葉に弘樹はキツネにつままれたような気持ちになった。
「とにかく留美子お姉ちゃんに会ってみなくちゃ…。」
みんとがどうしたら留美子と会えるか考えていると、弘樹と同じ高校の女生徒が小走りで
駆け寄ってきた。
「いたいた、こんなところに。クラブの先輩とモメたんだって?。ねえ弘樹、本当に我慢
ならないのならガツンと一発殴り合いでもやったら。こんなところでウジウジしていても
何も前に進まないわよ。」
「大きなお世話だ。大体なんで留美子がそんな事まで首を突っ込んでくるんだよ。」
名前を聞いてみんとの目が輝く。
「あなたが留美子お姉ちゃんね。」
「…この子、誰。」
「みんとちゃん。さっき友達になった。」
弘樹が答えると、留美子はあきれた顔になりこう言った。
「小学生をナンパしてるんじゃないわよ、まったく。」
みんとは構わず二人の会話に割って入る。
「あのね、あのね。弘樹お兄ちゃんがお姉ちゃんと深く愛し合いたいんだって!」
「へっ?。」
留美子と弘樹の間に気まずい沈黙が流れる。
「ちょっと弘樹。こんな小さな子に何を変なこと吹き込んでるの!」
「えっ。いや、これは…。」
弘樹もまさかこんな展開になるとは予想していなかったのでとっさに答えが出ない。
「でも留美子お姉ちゃんは弘樹お兄ちゃんのこと、好きなんでしょう。」
「あのね、みんとちゃん。私と弘樹はただの幼なじみ。ただそれだけよ。」
「またまた。お兄ちゃんのこと気になるから今日も追いかけてきたんでしょ。」
「それは古くからの友達だからよ。」
「うーん、じれったいなぁ。よし、お姉ちゃんが素直になれるようにしてあげる。」
そう言うと、みんとは首に下げているペンダントを握り締めた。ペンダントはキラキラと
輝きだし、あっという間にピンク色のバトンに変化した。留美子と弘樹は何が起こったの
か理解できずあっけにとられている。
「留美子お姉ちゃん。それじゃいくよ。」
みんとは両手で握ったバトンを留美子の前に突き出し呪文を詠唱しはじめる。
「リルル プルララ ヒプノスポロローン!」
バトンから発せられた光が留美子の体を包み込み、穏やかな鈴の音が頭の中に響き渡る。
留美子はこれまで味わったことのない快感にとらわれた。
「どうお姉ちゃん、とっても気持ち良くなっちゃったでしょう。」
「はい…。」
「みんとの声はとても良く聞こえているでしょう。」
「はい…。」
「よし、これでオッケー。」
留美子は深い催眠状態になって、みんとの言うことに素直に耳を傾けている。
「お姉ちゃんはこれから弘樹お兄ちゃんと深く深く愛し合うのよ。わかったぁ。」
「わかりました…。」
「それじゃ3つ数えて手を叩くと、お姉ちゃんはすっきりと目が醒めまーす。」
「3、2、1、はい。」
みんとは留美子の目の前でパチンと大きく手を叩いた。
我に返った留美子は頬を紅潮させ弘樹の顔を凝視している。
「弘樹もっと愛し合いましょう。弘樹と一つになりたいのぉ。もう我慢できない。」
留美子はいきなり弘樹の腕を掴み、人目に付かない公園の奥に引っ張っていく。
「あ、ありがとうみんとちゃん。何だか良く判らないけど、と、とにかくありがとう。」
「どういたしまして。」
にっこりと微笑んだみんとは植え込みの奥に消える二人を大きく手を振って見送った。
他の人の目が届かない所に着くなり留美子は弘樹のズボンとパンツを降ろした。
「だめよぉ、こんなフニャフニャじゃ。私がカチカチにしてあげる。」
留美子はいきなり弘樹のモノを口に含んだ。
(うぅ、留美子がこんなことをしてくれるなんて。今日はなんていい日なんだ。)
弘樹は感動と下半身の快感とで胸が一杯になった。
留美子と弘樹が愛の世界をフルスロットルで爆走し始めた頃、みんとの所へ上空から真
っ白な鳩が降りてきた。その鳩はみんとの肩に止まるなりいきなり日本語で話しかける。
「みんと、今日こそはおとなしくしてたよね。まさかまた何かとんでもない騒ぎを引き起
こしたんじゃないだろうね?」
「失礼ねチョコは。顔を合わせるなりそれはないでしょう、大丈夫よ。」
みんとにチョコと呼ばれた白い鳩は実は準天使であり、みんとに無敵の催眠術の使い手と
しての能力を与えた張本人である。人間界に留まるために鳩の形態をとっている彼には長
ったらしい正式名があったが、みんとに初めて出会った時に目の色がチョコレート色をし
ているからという理由でチョコという名前で呼ばれるようになってしまった。
「ただ…。」
みんとのその言葉にチョコはぎくりとした。
「ただ、さっきどうにも煮え切らない高校生のカップルに出会ったからもっと愛し合うよ
うにとアドバイスしてあげただけよ。」
「もっと愛し合う…。」
チョコの心に嫌な予感がよぎる。みんとの肩を離れ再び上空に舞い上がったチョコの目に
恐れていた光景が飛び込んできた。
公園の植え込みの影で下半身素っ裸の制服の男女が野外セックスの真っ最中だった。
「ああっ〜、やっぱり…。」
チョコは目の前が真っ暗になった。ヒプノバトンによる暗示は強力無比でお目付け役のチ
ョコにも解除は不可能である。こうなったらもう放っておくしか手は無い。
戻ってきたチョコはみんとの頭の上にとまり、がっくりと肩を落とした。みんとの毎度毎
度の勘違いにチョコはもう叱る元気も残っていない。
「どうしたのチョコ、元気なくなったよ。」
みんとの呑気な問いかけがチョコの疲労を倍加させる。チョコはもうどうにでもなれとい
った気分だった。
しばらくして弘樹が果てると同時に留美子にかけられていた暗示の効力が消えた。
「あら,私どうしちゃったのかしら…。ああっ何やってるのよ、弘樹のバカ!」
パッチーン!
留美子が弘樹の頬を引っ叩く音が公園に響き渡る。留美子は素早く下着とスカートを身に
付け、植え込みの奥から飛び出してくる。弘樹もすぐ後を追いかけてきた。
「ちょっと待てよ、留美子ぉ。」
「ついて来ないで。弘樹なんか大っ嫌い。」
「あれぇあの二人喧嘩してるよ。うまく催眠術がかからなかったのかなぁ。それじゃもう
一度お姉ちゃんに…。」
みんとはそう言うとペンダントをヒプノバトンに変化させギュッと握り締めた。
「だぁ、もういい!。家に帰るぞー、みんとぉ。」
悲痛な叫び声を上げたチョコはみんとの頭をつつき回し始める。
「痛い、痛い。なに怒ってんのよぅ、チョコは。わかった、帰るからもうつつくのはやめ
て。」
チョコは二次災害の発生を防ぐことになんとか成功した。
いつものように、みんとの部屋の本棚横のバスケットに収まったチョコは深く溜息をついた。
「ああ大天使さま。僕はとんでもない人選ミスをやらかしたのではないのでしょうか。」
彼の見そめた少女は心の優しい純真な子という条件は十分に満たしているが、いかんせん
おせっかいでトンデモナイ勘違いをしょっちゅうしでかすという弱点があった。期間満了
まであと1年あまり、彼の苦悩はまだまだ続くことになる。
みんとの日記
「今日も一つ良いことをしました。あの二人、最後は喧嘩してたけど”喧嘩するほど仲が
いい”ってことだから前よりずっと仲良くなった証拠よね。チョコからもらった催眠術の
力で、もっともっとみんなが幸せになればいいと思います。だから明日からも頑張らなく
ちゃ。」
−おわり−