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【「戦後日本」を診る 思想家の言葉】
網野善彦 中世に資本主義の源流見いだす
マルクス主義史学では説明しきれない人びとが、列島各地で蠢(うごめ)いていた。商人ばかりでない、漁民もそうだ。唯物史観のように土地を重視した歴史観ではとらえきれない自在に遍歴する人びとが、この列島に溢(あふ)れている。彼らに注目した歴史を描けないか。そう思ったとき、網野は独自の歴史観を生みだす一歩手前まできていた。
では交易を率先して進めたのは誰か。また「無縁」などの場所や、漁民に注目することは何をもたらすのか-「商人が内裏に出入できたほどの商工民の重視、宋元風の文物・制度の大胆な摂取に目を向ければ、後醍醐の政治は後年の足利義満の政治を先取りした一面すら持つといいうる」(『異形の王権』)。
そうだ、そうなのだ。後醍醐天皇と足利義満こそ、大陸との貿易を推し進め積極的にグローバル化を展開した張本人なのであった。また漁民たちの自在に移動する生き方は、商品が銭で自由に人から人の手にわたるイメージにぴったり重なるように思われた。