愛の対局は「憎悪」では無く、
無関心
なんだそうです。
さらに、
DVとは支配できないものを支配しようとすることだと。
私の人格を否定し、私を支配しようとした元夫。
離婚してもなお、慰謝料請求の調停を起こし、
「あなたを憎んでます」 とメールしてくる元夫。
私のこと、まだ愛してるんですね。
でも、もう私はあなたには無関心ですから。
子供の父親である というただ一点を除いては。
※この記事を読んで嫌悪感を感じられる方もおられるかも知れませんが、
すでに一度 離婚調停は成立しております。
もちろんそれですべてが終わったとは思っていないし、
子供を一人親にしてしまった責任を墓場まで背負って
生きていかなければならないとも思っています。
自身を正当化するつもりはありませんが、
でもあのときそうしなければ、私はいづれ心か体、どちらかを崩していました。
(いや、もうそうなりかけてました。)
そうなったとき、誰があの子を育てるのでしょう?