《土井たか子さんのお別れの会は25日午後2時から始まった。司会は社民党の福島みずほ副党首。開式の辞の後、追悼DVDが会場に流れる。「やるっきゃない」「山は動いた」などと語る土井さんの在りし日の姿が映し出された。黙祷の後、実行委員長の吉田忠智民主党党首が挨拶を述べた。衆参両議会議長による弔詞を贈呈。衆院解散後で、前議長となっている伊吹文明氏は、弔詞の後、土井さんの思い出を語った》
それでは、少し思い出をというお話をということですので、私思いましたことを申し上げたいと思います。
土井元議長、土井先生というよりも土井さん、土井たか子さんの方がお似合いになると思います。失礼させていただき、土井さんと呼ばせていただきたいと思います。
土井さんが大切にしておられる日本国憲法に沿って、少しお話をしたいと思います。
日本国憲法では、国のことを決める最終的な権限は、いうまでもなく全文に明記してあるように国民にあります。国民が国政に対して主権を託すのは、日本国では国会議員の選挙しかありません。これがもうすぐやってくるということでございます。
そして、国民から主権を託された国会議員のみが内閣総理大臣を決めることになっています。選任された内閣総理大臣は内政・外交の行政権を掌握して、内閣は連帯して国会に責任を負う。それが日本国の法理です。
議院内閣制と議会制民主主義が極めて穏やかに、バランスがとれて動くには、2つの関門があります。1つは総理大臣を選任した与党での政策・予算での事前政策調整です。先の集団的自衛権についても、まだ国会には出ていないが、与党内の自公政権の中で協議が行われ、必ずしも内閣が思っていたことが100%与党協議の結論にはなってはいません。それが終わりますと、今度は正式な案として国会に出てきます。ここでは、与党だけでなく、野党いろいろ異なる意見があります。異なる意見に耳を傾けて最終的な結論を得る。それが国会です。
土井さんが衆院議長をしていたのは、細川内閣のころだったと私は思いますが、私は当時、野党である自民党の議院運営委員会、議長の補佐をする野党の理事でした。
土井議長をみていて、2つのプロセスについて、大変なご苦労をされたのではないかと思います。
あの時の与党は8党が一緒に連立を組んでいた。やまたのおろちとか、あるいは八頭立ての馬車といわれていた。実は、政府が最終的出してきた案に土井さんの出身母体である社会党が本会議場で反対をしていたことが多々あった。大変なご苦労とご心痛だったと思う。
ときどき議長公邸に招かれ、神戸ワインをいただきながら、いろいろなお話をしたのも懐かしい思い出です。私の選挙区の京都の京都女子大をご卒業され、そして、同志社大学で田畑忍先生のもとで研究を始められた。その当時の土井さんの学生時代のエピソードをたくさん伺っている。
少しお酒が入った時にそのことを披露すると、大変恥ずかしそうに「そのことは、だめだよ、だめだよ」とおっしゃいました。
その秘密をいろいろ握っていたので、土井さんに対してかなり有利な立場にあったと当時は思いました。本当に失礼な言葉ではありますが、闘士のイメージがあるが、大変チャーミングな女性で、かわいい人であったというのが私の印象です。
どうぞ、安らかなお眠りください。心からご冥福をお祈りします。ありがとうございました。