2014-12-04

百鬼夜行――増

増田とある集落に生まれた。

その集落には増田と云う名の者しか居らず、集落の名もまた増田と云った。偶に、『村』とか云う場所から何某と名乗る者が訪れたが、それは飽くまで珍客であった。

増田は他の増田に親しみ、或いはまた別の増田を罵り、増田に囲まれて成長していった。増田にとって、集落の誰もが増田と云う名であることは至極当然であり、疑問に思うこともなかった。自分増田であり、他者もまた増田であった。

余所では一人一人に異なる名があると云うのは増田も識っていた。しかしそれは、想像するだけで厄介そうな世界だ、と思った。此処では、誰かが「増田」と呼びかければ、自らが呼ばれたと思った増田が応え、そうでない増田は黙っている。ある増田発言に何か云いたければ、直接云えばいいだけのことだ。

自分増田でいい。名前など要らぬ。そう思っていた。

   ***

増田冗談を好む性分であった。増田たちを相手に、度々麺類に関する小噺をした。ある夜、増田はいもの様に冗談を披露するつもりだった。しかし、何か妙なモノを感じた。

誰かが視ている。

増田は、自らが感じた不快感、何者かがこの集落を視て、論評でもしているような感覚について訴えた。だが、お前の気のせいだ、第一この様な場所を視て何の意味がある、と一笑に付された。

その後も増田冗談を――それも会心の冗談を云う度に、視られている感覚は強くなっていった。やがて、その何者かはくすくす笑うようにまでなった。

そして遂に、

――これはひどい

涼やかな声で、そう呟いたのがはっきりと聞き取れた。

   ***

増田は怯えた。誰かが私を視て、何か云っている。

――これはひどい

――あとで読む

――恐ろしい恐ろしい。

何だ。何を云いたい。

くすくすくすくす。

堪え兼ねた増田が大声を上げた。

「誰だッ! 云いたいことがあるならトラバすれば良いだろうッ!」

すると、

犬が居た。

何処からともなく、小さな犬が眼前に現れた。狐の様な大きな耳と、短い脚の、変わった姿の犬だった。

犬は、あの涼やかな声で増田に告げた。

村役場の者です。お報せに参りました――」

「む、村役場だと?」

犬は歌うように続けた。

「この集落アドベントカレンダーと云う宴が行われているのはご承知ですね――」

貴方にお呼びが掛かりましたので、お報せに参ったのです――」

お呼びが掛かる?

「ま、増田が呼ばれることなどないッ」

そう、増田が呼ばれることなどない。誰が応えてもいいこの集落で、『私』が呼ばれることなど、

「いいえ」

「『貴方』が呼ばれているのです」

云うや否や、犬の姿が変化していき、

増田集落独立存在するものではない――」

眼鏡を掛けた、髪の長い女になり、

増田は『村』の統治する一地域しかなく――」

つの昏い光が、硝子越しに増田を見据えた。

増田に住む人々はまた、村人でもあるのです――」

「何が云いたい」

如何云うことだ。

貴方には名前が在るのです」

なまえ。

「ち、違う、私は、た、只の増田の一人で」

「『只の増田』など、この集落の何処にも居ませんよ」

女は笑う。

「あの増田も、この増田も、皆それぞれ名前が在るのです」

そんなことは。

それなら何故――

何故私たち増田と名乗っているのだ。

「何を狼狽えるのです――疾うに気付いていたのでしょう?」

厭だ。

「此処が『村』から視られていると云うことに」

くすくす。

くすくすくすくす。

「嗤うなッ」

名前など。

なまえなどいらぬ。

厭だ厭だ厭だ。

「いい加減にお認めなさい、id:■■■■!」

「あ、ああ、あああああ」

私は叫んで――そのまま失神した。

意識を失う瞬間、アドベントカレンダー御参加願います――と、女の囁く声が聞こえたような気がした。

平成二十六年十二月のことである。(了)

※これは増田アドベントカレンダー2014の4日目の記事です。tamileleが担当しました。

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