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株式会社 日立コンサルティング

Hitachi

2014年8月22日

取り残された益税問題 低所得者対策とあわせて議論が必要

消費増税に伴い、低所得者対策として軽減税率の導入検討が行われている(第1回コラム参照)。しかし増税により深刻化するもう一つの問題、「益税」が見過ごされてはいないだろうか。

消費税は、商品・製品の販売やサービスの提供などの取引に対して課される税であり、その負担者はあくまでも最終消費者である。事業者間の取引でも税のやりとりは発生しているが、事業者は販売時に受け取った消費税から、仕入時に負担した消費税を引いた額を納める仕組であり、事業者が消費税を負担しているわけではない。
しかし、現在の日本の制度では、主に中小事業者の業務負荷軽減を目的とした制度により、消費税を預かりはするものの納税が免除されたり、売上から納税額を概算計算することが認められている。その制度により、消費税の一部が事業者の手元に残ってしまい、消費者が負担する額と国に納められる額に差分が生じる。これを「益税」と呼ぶ。
今までの低い消費税率下では大きな問題ではなかったかもしれない。しかし、益税額は消費税率に関係するため、消費増税に伴う益税の増加は必至である。最終的な消費税の支払い義務者である国民全員に負担を強いる以上、既存制度の目する中小事業者への事務負担に考慮しつつも、適切な議論が行われるべきではないだろうか。
筆者はこの根本的な解決策として、海外、主にEU等で広く普及している「インボイス」の導入が有益であると考える。
今回は「益税」問題と、その解決策としての「インボイス」にフォーカスする。

日本の消費税制は中小に優しいが益税を許容 「免税点」「簡易課税」制度

益税はなぜ起こるのか。それは中小事業者の経理処理、納税関連の事務負担を軽減するために導入されている二つの制度に起因する。
まず一つ目の制度は、課税売上が小さい事業者の消費税納税義務を免除する「免税点」制度*1である。免税事業者は消費税を含めた価格で販売が可能だが、自身は消費税を納めないため、仕入時に支払った消費税額との差分が益税となる。
二つ目の制度は、消費税納付額算出の簡素化を目的とした「簡易課税」制度*2である。事業者は課税売上高さえわかれば、業種ごとに定められた「みなし仕入率」*3を用いて簡単に消費税納税額が計算できる。例えば課税売上が3,240万円の小売業者(「みなし仕入率」は80%)であった場合、事業者が創出した付加価値は600万円(課税売上3,240万円÷1.08×(1-0.8))。納税額はその8%に当たる48万円である。益税は「みなし仕入率」が実際の課税仕入率よりも高い場合に生じる。例えば上記の例で、実際の課税仕入率が75%であった場合、本来事業者が納めるべき納税額は60万円*4であり、その差額12万円が益税となる。

*1
課税売上高が1,000万円以下/年が対象。約500万者の免税事業者が存在すると言われている。
*2
課税売上高が5,000万円以下/年の事業者が適用可。平成24年度適用事業者は約126万者。
*3
第1種事業(卸売業)90%、第2種事業(小売業)80%、第3種事業(製造業等)70%、第4種事業(その他)60%、第5種事業(サービス業等)50% 2015年4月1日以後一部改正あり。
*4
事業者が創出した付加価値:課税売上3,240万円÷1.08×<1-0.75>=750万円。消費税納税額:750万円×8%=60万円

図1は、上記二つの制度を介して発生する益税のメカニズムを、簡単な取引イメージで示したものである。最終販売価格を400円と想定すると、本来国に納められるべき税額は、最終消費者が支払った400円×8%の32円である。取引途中で免税事業者が介在した場合((1)のケース)、免税事業者は納税義務がないため、4円が益税として残る。変わって簡易課税制度適用事業者が介在した場合((2)のケース)、みなし仕入れ率を適用して算出された納税額は2円。一方本来納めるべき税額は、小売業者から徴収した16円から前段取引で支払っている税額12円を引いた4円。この差分である2円が当該事業者の益税となる。

図1:益税発生のメカニズム
図解1

この二つの制度から生じる益税額は、消費税率5%時で約3,000億円、あるいはそれ以上あるとも言われている。消費税率が引き上げられればこの額は更に膨らむこととなる。果たしてこれは看過できる程の額であろうか。
中小事業者は日本経済を支える重要な役割を担っている。彼らの業務負荷を軽減するための免税点、簡易課税制度は、日本社会において重要な役割を担っている。免税点制度、簡易課税制度が目的とする中小事業者の業務負荷軽減を実現しつつ、益税を少しでも減らす仕組みは考えられないだろうか。制度をただ廃止するという方向ではなく、納税に関わる業務の見直しによって問題を解決する術はないのであろうか。

尚、現行制度の問題は益税だけではない。税込価格での売値交渉や買いたたき等によって、本来顧客へ転嫁すべき消費税を適正に転嫁できない事業者が多く存在することも問題である。これは消費増税等で事業者が負担すべき費用が増える場合や、主に販売事業者が中小事業者である場合に発生しやすい。
この主な要因は、請求書等には商品価格と消費税額を明確に区分した表記の義務付けがされておらず、消費税が損益に影響を与えているためと考えられる。
冒頭の通り、消費税は事業者が販売時に受け取った消費税から、仕入時に支払った消費税を引いた額を納付する仕組みになっている。従って本来、消費税のやりとりは事業者の損益とは直接的な関係性はないはずである。
まずは、商品価格と消費税額を別記した表記を義務化し、消費税額は事業者の損益とは切り離した考えに改める必要がある。この問題への対応は価格転嫁に悩む中小事業者にとって大きなメリットがあるはずである。

インボイスの知られざる機能が益税を防ぐ

筆者は世界的に広く導入されているインボイスが、日本の消費税制の問題を解決する有用な方法であると考える。以下では、まずインボイスとは何かを整理し、その機能や役割についてまとめる。

「インボイス」とは、販売時に課税事業者が発行する書類で、日本の請求書に類似する。事業者はインボイスを根拠とし、消費税の納税や還付申請を行う。では、日本の請求書との違いは何か。その大きな違いは法律で定められる記載項目である。図2でおわかりいただける通り、課税事業者番号*5や住所、適用税率、税額等、日本の請求書では記載義務が無いいくつかの項目が存在する。

図2:インボイスと請求書の記載項目の比較
図解2

日本においてインボイスを導入する場合、上記の記載項目が追加されることから生じる事業者への業務負荷の増加のみが指摘され、その効果については整理されていないと推察される。そこで、筆者が強く訴えたいのは記載項目等の形式的、表層的な差異ではなく、その差異が果たす機能や効能の違いである。それらを踏まえた上でインボイス導入の是非について議論すべきであろう。

第一に、インボイスに「課税事業者番号」を記載している意図を考える。それは、インボイスを見るだけで、発行した事業者が課税か免税かを公平に、かつ効率的に識別するためだ。
インボイスを導入している諸国では、免税事業者からの仕入れに対し、税額控除を認めていない。課税事業者(消費税を納税している事業者)が発行したインボイスがある場合にのみ税額控除を認めている。
インボイスに、自身の課税/免税区分を記載するだけで、番号記載が無い場合、免税事業者が自身を課税事業者と偽り、消費税額分を上乗せして商品を販売しても、それを受け取った事業者や、納税申告内容を審査する税務当局は、それが正しいかを確認することが困難となる。
事業者の課税/免税区分が正しいことを、客観的かつ効率的に確認・担保するために、事業者があらかじめ税務当局から取得する、「課税事業者番号」の記載が必要とされている。
日本においても、免税事業者の益税を抑制するために、課税/免税の区分を追記させるといった、事業者の自主性に基づくルールではなく、客観的に課税事業者であることを証明する課税事業者番号の記載を義務化する検討が必要だと考える。

第二に、インボイスに記載される税抜対価、適用税率、税額について考える。
これは取引ごとに、何に対し、いくらの税額のやり取りがされたかを事業者間で確認、確定させる機能を持つ。インボイスが持つこの機能こそ、軽減税率が導入時にはインボイスが必須と言われる所以である。軽減税率の場合、販売事業者は納税額を抑えるために低い税率を、購入事業者は控除額を増やすために高い税率を適用するインセンティブが働き、事業者間における適用税率の認識に齟齬が生じやすい。インボイスを活用し、毎回の取引で、適用税率及び税額を事業者間で確定することで、事業者間における税率、税額の認識のずれから生じうる益税の防止が期待できる。
加えて、この税額明記の仕組みは、適用税率が一つしかない単一税率の場合でも有効であり、簡易課税制度による益税の解消にも寄与すると考える。
現在の請求書方式では、税額の明記義務がないため、転々流通する商品やサービスにて発生する消費税額は曖昧な状態になっており、簡易課税を必要とする理由の一つになっていると考えられる。
しかし、インボイスでは税率・税額が明確に記載されるため、現在のような曖昧性は排除される。また、事業者はインボイスに記載されている額を積み上げればいくら消費税を預かったのか、いくら支払ったのか、その差額からいくら納税、あるいは還付を受けるべきかを簡単に計算できるようになる。これらインボイスの機能により、簡易課税制度自体の必要性が今よりも弱まると筆者は考える。制度自体が無くならないまでも、適用可能な課税売上高の引き下げ等、適用枠の縮小を検討する価値はあるのではないだろうか。
尚、現行の請求書からインボイスへ切り替えることで、事業者の実務負荷が高まるとの懸念もある一方、事業者の経理業務や納税申告業務が簡素化されるというメリットもある。定められた申告期間のインボイスを集計するだけであるため、EUにおいてはインボイス情報を記帳した時点で95%の申告書作成業務が終了*6しているという。現行制度が狙いとする特に中小事業者の業務負荷を軽減しつつも、益税問題を軽減する仕組みとして活用できるのではないだろうか。
加えていうならば、インボイスの特徴である税額記載は更なるメリットも産む。商品価格と消費税額が別記され、税価格の積み上げ結果が納税額となることで、消費税が事業者の損益から完全に分離される。これは、先に記載した税込みでの価格交渉・買いたたきの発生抑止に貢献し、特に価格転嫁の問題に悩む中小事業者にメリットが大きいと推察される。

これらからわかる通り、インボイス導入によって、免税点制度、あるいは簡易課税制度を利用した益税の防止、更には適正な価格転嫁に大きな効果が期待できると筆者は考えている。

*6
日立コンサルティングが実施したドイツの税申告システム提供会社へのインタビューより。(2014年3月)

図3:あるべき消費税転嫁のメカニズム
図解3

次回に向けて

日本の益税の問題、及びインボイスが有する機能とその活用性についてご理解いただけたであろうか。次回コラムでは与党税制協議会で軽減税率対応に必要として議論がなされている四つの経理区分方式について触れ、日本のインボイスのあるべき姿を考察したい。

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