ハーバードビジネススクール教授。同校クリステンセン教育センター主任教授。専門は経営管理と組織行動。リーダーシップと企業倫理を中心に研究。MBAプログラムにて必修科目「リーダーシップと組織行動」「リーダーシップと企業倫理」、「フィールド」、選択科目「真のリーダーシップ開発」を教える。学生が選ぶ最高の教授賞など、受賞多数。著書に“People and Profits?: The Search for A Link Between A Company's Social and Financial Performance”(Psychology Press)
ハーバードでリーダーシップを教えて14年。ジョシュア・マーゴリス教授は、ケースメソッドのプロフェッショナルである。ケースメソッドとは、通常の講義形式とは全く異なるハーバード独自の教授法。学生の議論だけで授業が進行し、教授はファシリテーターに徹する。ハーバードの教授陣の中でもマーゴリス教授はケースメソッドの達人と言われ、学生からは「議論を展開させるのが抜群にうまい」と評されている。
教育者として名高い教授に、ハーバードのケースメソッド、カリキュラムの改革、そしてリーダーとしての行動規範などについて聞いた。
(2014年6月26日 ハーバードビジネススクールにてインタビュー)
女性リーダーの妊娠を議論する
佐藤:先生は「リーダーシップと組織行動」を教えていますが、授業で誰のケースを取り上げるかというのはどういう基準で決めているのですか?
マーゴリス:人格、能力、様々な面でロールモデルになるリーダーを授業で取り上げようと思っています。たとえば、圧倒的に難しいことを成し遂げたリーダー。問題を抱えた組織を再生しドラマチックに変革したリーダー。それから、倫理的なジレンマに陥っても、驚くべきインテグリティで組織を正しく導いたリーダー。
ケースの主役となるリーダーの職位も偏らないようにしています。ビジネススクールを卒業したてのマネジャーから、部門長、CEOまで、様々な職位のリーダーを取り上げます。
佐藤:私はエンターテインメント業界出身なので、子ども向けテレビチャンネル、ニコロデオンの元ジェネラルマネージャー、タラン・スワンの事例に興味を持ちました。彼女は、同社のラテンアメリカ進出を成功させた立役者ですが、彼女の事例をとりあげたのはなぜでしょうか?
マーゴリス:2つ理由があります。1つは、スワンのリーダーシップスタイルがとてもユニークだったこと。彼女は「この難局を乗り切れるようなチームをつくるにはどうしたらいいか」と考えた末に、部下を信頼して、どんどん管理職レベルの仕事をまかせることにしました。自分の役割を「社長のメンタリティーや考え方を植え付けること」と位置づけ、業務の権限委譲をすすめたのです。その結果、自分がいなくても主体的に仕事をしてくれるチームが出来上がりました。
もう1つは、タラン・スワンは、新興国進出を先頭にたって実現した人だったこと。とても限られたリソースでラテンアメリカへの進出を成功させました。新興国への進出は、先進国に本社を置くグローバル企業が長年取り組んでいることですから、この事例はとても興味深いと思いました。
佐藤:授業では女性リーダーの生き方についても議論したそうですね。
マーゴリス:スワンは、若いうちに難局に直面し、見事に乗り切った女性リーダーのロールモデルですからね。
実はリンダ・ヒル教授がちょうど教材を執筆している最中に、スワンから妊娠したと報告がありました。そこでヒル教授はこう聞いたのです。「あなたのストーリーをどうやって終わらせるか、2つ選択肢があるわよ。1つは、妊娠したことに全く触れない、そしてもう1つが、妊娠してその後どうなったかも正直に書く」。
するとスワンはこう言いました。「先生、ぜひ妊娠したことを書いてください。ハーバードの学生だったときに、プライベートも含めて、リーダーの人生そのものを360度から伝えるケースがあってもいいのに思っていました。思うようにいかないのもまた人生なのだ、ビジネスの世界に生きるとはこういうことなのだ、ということを学生に知っていただきたいです」
佐藤:その後、母体が危なくなって、志半ばでラテンアメリカ進出本部のあるマイアミを離れて、ニューヨークに戻りますものね。教材を読んで、それもまた人生だなと思いました。現在はニューヨークでベンチャー企業のCEOとして活躍されていますが、部下を信頼しきるリーダーシップは変えていないでしょうね。