産経新聞の加藤達也前ソウル支局長が韓国の朴槿恵大統領について書いた記事が名誉毀損に当たると起訴された事件で、産経新聞はソウル中央地裁で事実上の初公判が行われたことを11月28日付朝刊で詳報した。その中で、問題となった記事について、「4月の韓国旅客船沈没事故当日、7時間、朴槿恵大統領の所在がはっきりしなかったことを、大統領秘書室長の国会答弁や韓国紙、朝鮮日報のコラムを引用して詳述した」などと記載。同日付社説や起訴を速報した10月8日付号外(写真)でも同様に説明した。しかし、実際の記事では、韓国紙にはない「証券街の関係筋」や「政界筋」の独自情報に言及し、朴大統領が男性と会っていたという噂の内容を明記していた。韓国の起訴状でも、この部分が名誉毀損の核心として取り上げられている。産経の報道は、記事には韓国紙と同じ情報しか書かれていなかったかのような誤った印象を与える可能性がある。(注:このレポートは、韓国検察の起訴の是非論とは無関係であり、起訴を支持する趣旨ではない)
・主張:前支局長初公判 韓国司法の矜持をみたい(産経ニュース 2014/11/28)
問題とされたコラムは、旅客船『セウォル号』沈没事故当日の朴大統領の所在が明確でなかったことの顛末について、韓国紙の記事などを紹介し、これに論評を加えたものだ。
・本紙前支局長の起訴強行(産経新聞号外2014/10/8)
産経新聞はウェブサイト「MSN産経ニュース」に8月3日「【追跡~ソウル発】朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」と題した加藤前支局長のコラムを掲載した。韓国国会での議論や韓国大手紙、朝鮮日報で公開されている情報を中心に書かれた。
問題となっているのは、産経のニュースサイトに8月3日、加藤前支局長の署名入りで掲載された「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」という記事。サイト上で8ページあり、現在もそのまま掲載されている。紙面化はされていない。記事は、見出しに「誰と会っていた?」とあるように、韓国で朴大統領が旅客船沈没当日に男性と会っていたという噂があることを紹介したうえで、独自の情報も交えながらウワサされる相手の人物が誰であるかにも焦点に当てた記述がある。
記事の前半は、旅客船沈没事故発生当日の4月16日、朴大統領が日中、7時間にわたって所在不明となっていた問題が韓国の国会で取り上げられたことを、大統領秘書室長の国会答弁を引用しながら紹介。後半では、朝鮮日報の「大統領をめぐるウワサ」と題する記者コラムの内容を紹介している。だが、前支局長の記事では、朝鮮日報コラムが明確にしていない噂の中身に踏み込み、「ウワサとはなにか。証券街の関係筋によれば、それは朴大統領と男性の関係に関するものだ」と記述。朝鮮日報コラムには「ウワサが朴大統領をめぐる男女関係に関することだと、はっきりと書かれてはいない」と認めたうえで、「おそらく、“大統領とオトコ”の話は、韓国社会のすみの方で、あちらこちらで持ちきりとなっていただろう」と、噂の内容が朴大統領の男女関係に関することだと明言している。
さらに、前支局長の記事では、韓国紙のコラムが後日、噂の人物としてチョン・ユンフェ氏の実名を挙げたことを紹介。そのうえで、朴大統領が会っていたと噂されている相手について、独自に「証券筋」または「政界筋」の情報として、チョン・ユンフェ氏もしくはチェ牧師の実名を挙げている。記事では、「ウワサの真偽の追及は現在途上」と真偽不明であることも強調しているが、デマ(虚偽情報)とも断じていない。「証券筋」や「政界筋」の情報を付加することで、噂に信憑性があるかのような印象を与える可能性もある。
- 朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?(産経ニュース)
引用以外の独自情報に基づく記述の一部抜粋
(5ページ目)そのウワサは「良識のある人」は、「口に出すことすら自らの品格を下げることになってしまうと考える」というほど低俗なものだったという。ウワサとはなにか。
証券街の関係筋によれば、それは朴大統領と男性の関係に関するものだ。相手は、大統領の母体、セヌリ党の元側近で当時は妻帯者だったという。だが、この証券筋は、それ以上具体的なことになると口が重くなる。さらに「ウワサはすでに韓国のインターネットなどからは消え、読むことができない」ともいう。一種の都市伝説化しているのだ。
(7ページ目)証券筋が言うところでは、朴大統領の“秘線”はチョン氏を念頭に置いたものとみられている。だが、「朴氏との緊密な関係がウワサになったのは、チョン氏ではなく、その岳父のチェ牧師の方だ」と明かす政界筋もいて、話は単純ではない。
産経が公表した起訴状の公訴事実で、韓国の検察は、問題の記事が噂の中身として明らかにした朴大統領の男女関係に関する記述は「虚偽の事実」と主張。一方、元支局長も11月27日の公判前整理手続き(事実上の初公判)で、「セウォル号沈没事故に関連して韓国国民の間に存在する朴槿恵大統領への認識、そして現象を、韓国の政治や社会の状況としてありのままに日本の読者に伝えようとしたもの」と意見陳述し、噂の内容が真実だとは積極的に主張しなかった。
日本報道検証機構が産経新聞に対し、噂の中身が現時点でも真実と考えているかどうか質問したところ、産経側は「うわさの真実性に関する弊社見解は10月9日付『主張』などをご参照ください」と回答した。
記事中にある風評の真実性も問題視されているが、あくまでこれは「真偽不明のウワサ」と断った上で伝えたものであり、真実と断じて報じたものではない。そうした風評が流れる背景について論じたものである。
―産経ニュース2014年10月9日掲載
・起訴状(公訴事実)全文
被告は1991年4月、産経新聞に入社し、2004年9月から2005年3月ごろまで、産経新聞ソウル支局で研修記者として活動し、2010年11月1日付で産経新聞ソウル支局長として発令を受け、約4年間特派員として勤務している日本人である。
被告は14年4月16日に発生したセウォル号事故に関連し、朴槿恵大統領の当日の日程が論じられた14年7月18日付の朝鮮日報「大統領を取り巻く噂」というコラムに「大統領府秘書室長の国会答弁を契機に、セウォル号事故発生当日、朴槿恵大統領が某所で秘線とともにいたという噂が作られた」などの文章が掲載されたことを見つけるや、その噂の真偽可否に対して当事者および関係者らを対象に、事実関係を確認しようとの努力などをしないまま、上記コラムを一部抜粋、引用し、出所不明の消息筋に頼り、あたかもセウォル号事故当日、被害者、朴槿恵大統領が被害者、チョン・ユンフェと一緒にいたとか、チョン・ユンフェもしくはチェ・テミンと緊密な男女関係だという根拠なき噂が事実であるかのように報道する記事を掲載しようと考えた。
被告は14年8月2日ごろ、産経新聞ソウル支局の事務室でコンピューターを利用し、被害者、朴槿恵大統領と被害者、チョン・ユンフェの噂に関する記事を作成した。
被告は「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明…誰と会っていた?」というタイトルのもと、「調査機関『韓国ギャラップ』によると、7月最終週の朴槿恵大統領の支持率は前週に続いての40%となった。大統領の権威はいまや見る影もないことを物語る結果となった。こうなると噴き出してくるのが大統領など権力中枢に対する真偽不明のウワサだ。こうした中、旅客船沈没事故発生当日の4月16日、朴大統領が日中、7時間にわたって所在不明となっていたとする『ファクト』が飛び出し、政権の混迷ぶりが際立つ事態となっている。(ソウル 加藤達也)」と書き出し、上記、朝鮮日報コラムの内容中、「金(大統領府秘書)室長が『私は分からない』といったのは大統領を守るためだっただろう。しかし、これは、隠すべき大統領のスケジュールがあったものと解釈されている。世間では『大統領は当日、あるところで“秘線”とともにいた』というウワサが作られた」などという噂と関連した部分を中心に引用し、「証券街の関係筋によれば、それは朴大統領と男性の関係に関するものだ。相手は、大統領の母体、セヌリ党の元側近で当時は妻帯者だったという。だが、この証券筋は、それ以上具体的なことになると口が重くなる。さらに『ウワサはすでに韓国のインターネットなどからは消え、読むことができない』ともいう。一種の都市伝説化しているのだ」「証券筋が言うところでは、朴大統領の“秘線”はチョン氏を念頭に置いたものとみられている。だが、『朴氏との緊密な関係がウワサになったのは、チョン氏ではなく、その岳父のチェ牧師の方だ』と明かす政界筋もいて、話は単純ではない」との内容の記事を作成した。
被告は、上記のように作成した記事をコンピューターファイルに保存した後、日本・東京にある産経新聞本社に送信し、8月3日正午、産経新聞インターネット記事欄に掲載した。
しかし事実はセウォル号事故発生当日、被害者、朴槿恵大統領は青瓦台の敷地内におり、被害者、チョン・ユンフェは青瓦台を出入りした事実がないうえに、外部で自身の知人と会い昼食をともにした後、帰宅したため、被害者らが一緒にいたとの事実はなく、被害者、朴槿恵大統領と被害者、チョン・ユンフェやチェ・テミンと緊密な男女関係がなかったにもかかわらず、被告は前記したように、当事者および政府関係者らを相手に事実関係確認のための最小限の処置もなく、「証券界の関係者」あるいは「政界の消息筋」などを引用し、あたかも朴槿恵大統領がセウォル号事故発生当日、チョン・ユンフェとともにおり、チョン・ユンフェもしくはチェ・テミンと緊密な男女関係であるかのように虚偽の事実を概括した。
結局、被告は被害者らを批判する目的で情報通信網を通して、公然と虚偽の事実を際立たせて、被害者らの名誉をそれぞれ毀損した。
―産経ニュース2014年10月9日掲載
・加藤達也前ソウル支局長の意見陳述全文
私は2010年11月のソウル赴任からこれまで、韓国の政治や経済、社会の様子を日本の読者に伝えることが使命、役割という考えのもと、外国特派員として忠実に任務を果たしてまいりました。2004年の語学留学以来、韓国には多くの友人もおり、韓国という国、そして国民に対し、深い愛情を持ってきました。
起訴の対象となったコラムについても、セウォル号沈没事故に関連して韓国国民の間に存在する朴槿恵大統領への認識、そして現象を、韓国の政治や社会の状況としてありのままに日本の読者に伝えようとしたものであります。朴槿恵大統領個人を誹謗する意図は全くありません。
検察の取り調べに対しても、その趣旨を、長時間にわたり誠実に説明し、真実の解明に協力する態度で臨んできました。この裁判が、現代的法治国家である韓国において、法と証拠に基づいて厳正に進行されることを期待し、誠実に裁判に臨みたいと思います。
―産経ニュース2014年11月27日掲載
(初稿:2014年12月3日 04:53)