http://twitter.com/sasakitoshinao/status/539197450679234560 | 米西海岸を世界の中心だと指摘したインド人に理由を聞いたら「世界の中心とは、新しいアイデアに反対しない場所のことだから」。そういう場を日本でも広げていきたい。/「新しいアイデアに反対しない」ケヴィン・ケリー http://bit.ly/12attwU 逆にアメリカでさえ西海岸でしかそういう環境は生まれなかった、さらに引用している文章では、西海岸でさえそういうものが失われつつあるのではないかと懸念している点を、考えるべきだと思うんだよね。なぜクリエイターにやさしい環境が、世界の中でもほとんどないのか?を。 * * *ちょっとまえにMicrosoftが研究機関を閉鎖したという話題があった。まさにクリエイターにやさしい環境が失われたわけだ。民主党の事業仕分けでも「2番じゃだめなんですか」とか言っていた。やっぱクリエイターにやさしい環境というのは、さまざまなコストがかかると思うのだよね。直接的に目に見える金以外にも。社会の混乱とか、リスクとか。難しい手術に挑戦してみたくて、無理な手術をして患者を多数死なせてしまった医師が問題になってるよね。これだって見方を変えればクリエイティブな試みのはず。でも患者にすればとんでもない話。シリコンバレーも挫折した人たちがホームレスとなっているという話がちょっと前に話題になった。完全な自己責任で突き放していいならいいと思うけど、そういう人たちにも最低限の生活を保証しようとなると、社会がそのコストを払わなければならない。 * * *なぜ日本に限らずどの国でもクリエイターにやさしくないかといえば、やっぱ無限にやさしくはなれない、無限のコストを負うわけにはいかないってことだと思うんだよね。儲かってる会社や豊かな国、豊かな自治体なら、そういうコストを払える。自由な社風、自由な校風、自由な社会、それにはプラス面とマイナス面がある。プラス面はいいとして、マイナス面は、さまざまな過去に起きなかった新たなトラブルに対処しなければならない。企業や学校や社会の治安や規律が乱れ、それに対処しつつ組織を維持するコストは馬鹿にならない。一番低コストなのは、ガチガチに自由を制限してしまうことだろう。もちろんそんな環境がいいとは思わないが、結局はコストとの兼ね合いだと思うんだよね。 * * *ところが佐々木俊尚はこうしたコスト、とくに見えないコストを考えてないように思う。新しいもの、自由な行動、そういうものに消極的なのは、なにも頭が硬いからとか因習にとらわれてるからではない。新たな未知のリスクに対処するコストの前に中暑してるわけだ(まあ、そういうのを頭が硬いというのかもしれないが)。コストを掛けずにクリエイティブな思考を育むという方法もないではない。すべて自己責任の無法地帯を作って、そういうのが好きな連中をその中に放り込んでおく。中で勝手に争いが起きて、最後もっともクリエイティブな人間が勝ち残るから、そいつを外に出してクリエイターとして活躍してもらう。なんか蟲毒の作り方と同じですな(笑)。 * * *そういう方法を佐々木俊尚が主張するなら、俺は反対しない。むしろ賛成。でも佐々木俊尚の考えは違うっぽいよね。なんか争い事は駄目だし、弱者は保護しなければならない。その上、閉鎖された環境ではなく、日本全体にそういう環境を作ろうとしている。そうなると、リスクに対処するために、とてつもないコストがかかる。なので現実的には足切りしなければならない。だってクリエイターの候補って大半がたぶん挫折する。挫折したクリエイターというのは、社会にリスクをまき散らすだけ。さらに最低限の生活の保証もしなければならない。そうなるとその社会が負担に耐えられるだけの人数に絞り込む必要がある。社会がクリエイティブな人間(=既存の社会の価値観からはみ出した人間)を排除したがるのは、こういう理屈。その社会が負担できる「変人」の比率は限りがあって、有形無形の形でプレッシャーを与えて変人を潰しにかかる。それでも潰れなかった人間は、足切りに合格した人間として、しかたないから、コストを負担する。 * * *それぞれの国や地域がどういう分野にどれだけのコストを払うかはさまざまなだ。他の部分にコストをかければ、結果的にクリエイターの卵にコストを掛けられない。弱者にやさしい社会を維持するために他の国よりもコストを払ってるなら、クリエイターに描けられるコストは他の国よりも少なくなる。どの国もその国なりのバランスをとってるわけだ。くりかえしになるけど、こういうコストは金だけではない。それこそ人間の優しさや思いやりそういうものもやっぱ有限だと思うんだよね。どの分野にどれだけ割り振るかは、その国によって違う。なのに佐々木俊尚はそういうコスト意識がないとしか思えない。金以外のそういう見えないコストを無視しているか、多くの人がその気になりさえすれば無限に負担できると考えている。佐々木俊尚が望む社会を作りたいなら、この点は考え方を改めないと無理だと思うけどね…。 * * *佐々木俊尚は治安や規律を軽視してると思うんだよね。そんなの気にせずに自由に牧歌的に生きればいいんだというかもしれないけど、そうすると目に見えて社会の生産性が低くなる。いいじゃないか、そんな金にとらわれず最低限のコストでみんな生きればいいというのかもしれないけど、そうなると弱者やクリエイターを養う余裕が社会になくなる。やっぱ国や企業が豊か(儲けてる)から、彼らをやしなっていけるわけで。だから企業とかも研究部門と実際に金儲けする部門をわけてるよね。研究部門には自由な生き方が必要でも、金儲けをする部門にもそrを持ち込むと、規律が維持できなくなり、生産性が落ちる。そうすると結局研究部門に回せる金もなくなってしまう。大勢のクリエイティブでない人間が稼いだかねで、少数のクリエイターを養ってるわけだ。そんな分類せずにみんな組織の決まりにとらわれずどんどん自由にチャレンジしようよ、となすると、やっぱ金を稼げなくなる。社会も同じで大勢のルーチンワークをしている人たちによってクリエイティブな人間は養われている。投資だよね。やっぱ誰彼かまず気前よく投資するわけにはいかない。投資対象は厳選しないと、破産してしまう。 * * *…こういう仕組みしかないと思うんですけどね…。やっぱクリエイターにやさしい環境を作りたいなら、なにが障害になってるかを分析し、解決方法を考えないと。ひたすら重要性を訴えるだけじゃ…。だって重要性はみんなわかってるもん。問題はコスト。なのに佐々木俊尚は精神論に逃げて、そこから目をそらしている。クリエイターに優しく成れないのは、意識の問題だ、心がけさえ変えれば、クリエイターにやさしい世界は作れる、と。関連記事:続・クリエイティブのコスト