現在出演するレギュラー番組は11本。
映画やドラマで役者としても活躍するマルチな才能の持ち主です。
ううっ…。
そんな宮迫さんを2年前に襲ったのが胃がん。
胃の2/3を切除しましたが無事復帰する事ができました。
以来自分のルーツについて考えるようになったといいます。
番組では宮迫さんに代わり家族の歴史をたどりました。
全国でも珍しい「宮迫」という名字。
そのルーツは平安時代にまで遡ります。
そして半世紀前大阪を襲った巨大台風。
高潮が迫る中での…偶然撮られた一枚の写真に写っていたのが宮迫さんの父の姿。
そして母がずっと胸の奥にしまい込んできたつらい過去。
壮絶な半生が明らかになります。
宮迫さんはこの日自らのルーツと初めて向き合う事になります。
宮迫さんには自らのルーツの中で特に疑問を抱いてきた事があります。
宮迫さんの父方の実家がある…この地区には宮迫という名字の家が10軒ほどあります。
地元の珍しい名字の由来を古文書をひもとき調べています。
柴田さんが案内してくれたのは宮迫家の実家から車で5分ほどの場所。
柴田さんによると平安時代この場所に「大分宮」という神社が建っていました。
大分宮は大分県の名前の由来になったとされる由緒ある神社。
祭られているのは…壬申の乱で大海人皇子側につき活躍した人物です。
この大分宮の周囲には「迫地」と呼ばれる山に囲まれた平地が広がっていました。
この迫地に暮らしていたのが宮迫家だったのです。
更に手がかりを求めて向かったのは…地元の旧家などに眠っていた古文書を集め保管しています。
ここで一つの資料が見つかりました。
江戸時代にまとめられた地域の歴史書。
宮迫家の記述を見つけました。
宮迫家の歴代当主が書かれた系図。
古くは戦国時代に遡る事ができます。
これによりますと「宗清」と書かれてますね。
更に調べを進めるとこの宮迫宗清は戦国時代キリシタン大名として知られる大友宗麟に仕えていた事が分かりました。
しかし大友家はその後秀吉によってこの地を追われます。
そのため宮迫家は現在の場所に移り住み農業を始める事になったと考えられています。
平安時代にまで遡る宮迫家。
実は大分の歴史と深く関わっていたのです。
(取材者)VTRご覧になっていかがですか?山と山の間にあるのが迫地と言うんですか。
そばにやっぱいたんだ。
へぇ〜。
現在も水産関係の仕事をしています。
これまで家族のルーツや自らの生い立ちを息子に話す事はありませんでした。
宮迫家の家族の歴史。
まず祖父勝喜さんの半生を見つめます。
大分市にある実家には現在宮迫さんのいとこ博子さんの家族が暮らしています。
13年前83歳で亡くなった祖父勝喜さんは左官職人でした。
今回の取材がきっかけであるものが見つかりました。
勝喜さんが戦場でつづった従軍日記です。
「心の日記戦場ノ間ヲ見テ自分ノ感情ヲ書ケリ」。
孫の博子さんはその中のある言葉に目がとまりました。
(大砲を撃つ音)昭和15年中国宜昌で日中両軍が衝突。
日本軍だけで死者が1,000人を超える激戦になりました。
日本軍は強固な敵の要塞を突破するため決死隊を結成します。
勝喜もその一人に選ばれました。
多くの戦友が銃弾に倒れる中勝喜は助かります。
「運が良いのだ」。
「戦死せる家族の事を思うとたまらなく悲しい」。
決死隊の生き残りとして帰国した勝喜。
その翌年には結婚しすぐに長男信博が生まれます。
偶然にも孫の宮迫さんのコンビ名は…知らん知らん。
適当に思いついた名前だもん。
戦後勝喜は左官職人になります。
家族を養うため一から技術を学びました。
懸命に働く父の姿を娘の節子さんは覚えています。
取材を進めると勝喜の手がけた家が見つかりました。
(取材者)大津さんよろしくお願いします。
大津さんは泊まり込みで仕事に打ち込む勝喜の姿を覚えています。
そんな父の背中を見て育ったのが長男の信博です。
信博さんは子供の頃父からよくこんな言葉を聞かされました。
信博は地元の水産高校に進学します。
夢は船員になる事。
将来のために泳ぎの特訓をしました。
ラグビー部で活躍するかたわら生徒会長も任されるほど周囲からの信頼を集めていました。
幼なじみの関恒喜さんは頼りがいのある信博の姿を覚えています。
今回の取材で思い出した事があるといいます。
(取材者)あっそうですか。
本当に川で人助けをしたのか信博さんに尋ねてみました。
高校2年の時近くの住吉川で子供が溺れているところに遭遇します。
信博はとっさに川に飛び込み自慢の泳ぎで救い出したのです。
名前を伝える事なくその場を立ち去りました。
この人命救助の記録がないか調べてみました。
すると地元の新聞にある投稿を見つけました。
「もしその人が通り合わせなかったら子供の命はどうなっていたか分かりません。
どこの人か知りませんが本当にありがとうございました」。
この記事で間違いないか信博さんに確認しました。
(取材者)間違いない?ないと思う。
その後の取材で助けられた当時4歳だった男の子は無事成人し今も元気だという事が分かりました。
昭和35年高校3年生になった信博は人生の岐路に立たされます。
船乗りへの憧れから商船会社への就職を希望していました。
ところが視力が悪く諦めざるを得なくなったのです。
悩んだ末選んだのが大阪の魚市場にある卸売会社への就職でした。
少しでも海に関わる仕事に就きたいそう思ったからでした。
信博は大阪にやって来ました。
ここで運命の人と出会う事になるのです。
うわ〜!ねぇ。
…って僕がただ気まぐれ…。
…とちょっと思ってしまいましたね。
宮迫さんにとってもう一つの大切なルーツ。
母勝子さんの家族の歴史。
母勝子さんは現在70歳。
これまで自分のルーツを語らなかったのにはある理由があります。
というのもありますけど…まずは母勝子さんの運命を変えた祖母ミヨ子さんの半生をたどります。
ミヨ子は香川県観音寺で村議会議員を務める厳しい父に育てられました。
そんな中6歳上の姉マサノが見合い結婚をします。
相手は大阪の鉄工商…ところが結婚から僅か3年後マサノが亡くなります。
3歳の男の子を残しての早すぎる死でした。
すると父がミヨ子に命じます。
ミヨ子この時19歳。
父の言いつけに従うしかありませんでした。
姉の結婚をこう振り返ります。
…と思ったりしたんですが。
姉の産んだ男の子を育てながら間もなく長女を出産。
ところが結婚から4年後の…34歳だった夫一太郎が召集されます。
その直後に生まれたのが次女勝子。
宮迫さんの母です。
しかし間もなく夫が亡くなったという知らせが届きます。
フィリピンルソン島でマラリアにかかったのです。
途方に暮れるミヨ子。
経済的に苦しく姉が産んだ男の子と長女は実家に預けざるを得ませんでした。
乳飲み子の勝子とだけ一緒に暮らしました。
ミヨ子は小さな駄菓子屋を開きなんとか生計を立てました。
ところが勝子が小学5年生の時事件が起きます。
夜になっても母のミヨ子が帰ってこなかったのです。
知り合いに母の行方を尋ねると衝撃的な事実を告げられます。
「お母さんは大阪に行ったのよ」。
母ミヨ子はある人を追って大阪に行ってしまったのです。
勝子さんは当時の衝撃を今も覚えています。
残された勝子は負い目を感じながら親戚の家に世話になりました。
やがて勝子は決心します。
「これ以上迷惑はかけられない。
中学を卒業したら働きに出る」。
そして滋賀の紡績工場に就職する事にしました。
これは出発の朝同じように就職する同級生と撮った写真です。
「自分の力で生きていく」。
勝子は改めてそう誓いました。
当時の勝子の様子を覚えています。
勝子は滋賀に向かいました。
滋賀には大手の紡績工場がいくつもありました。
中学を卒業したばかりの「金の卵」と呼ばれる若者たちが全国から集まっていました。
ところが働き始めてすぐ勝子は目の感染症だと診断されます。
するといきなり解雇されてしまったのです。
今更香川に戻る事はできない。
勝子は悩みます。
そしてある決断を下します。
大阪で暮らす母ミヨ子に迎えに来てもらう事にしたのです。
5年ぶりの再会でした。
複雑な感情が渦巻いていました。
勝子は母ミヨ子と同じ屋根の下で暮らし始めます。
勝子の感染症はすぐに良くなり新たな仕事を探しました。
目指したのは…当時給料もよく女性たちの憧れの仕事でした。
猛勉強の末試験に合格。
昭和35年大阪の魚市場にある卸売会社に電話交換手として採用されます。
後にこの会社で出会うのがあの宮迫信博だったのです。
いやぁ〜。
いやすごいっすね。
…とはちょっと思ってしまいますよね。
大阪の魚市場にある卸売会社。
大分からやって来た信博は新入社員として働き始めます。
持ち前の行動力ですぐに仕事を覚え周囲にも溶け込んでいました。
そんな中信博さんの行動力がまたしても発揮される出来事が起きます。
それは入社から5か月後大阪に台風が近づいていました。
最大瞬間風速84.5m。
およそ200人が亡くなった巨大台風でした。
「猛烈な風は大きな看板を吸い上げ台風のものすごさを物語っています」。
信博は勤務を終え会社の独身寮に戻っていました。
目の前を流れる…高潮でみるみるうちに水位が上昇します。
近所に住んでいた八木博次さんは買ったばかりのカメラで荒れる川を撮影していました。
(八木)これが防潮堤でして水があふれてきた様子を…まあここに写ってるんですが。
午後2時ついに堤防が決壊。
濁流が一気に流れ込みます。
驚いた近隣住民は信博たちが暮らす寮に逃げ込みます。
寮は鉄筋3階建て。
地域で最も頑丈な建物でした。
信博は住民たちを上の階に誘導しました。
間もなく悲鳴があがります。
「おばあさんが取り残されている」。
向かいの木造住宅で年配の女性が助けを求めていました。
流れ込む濁流の勢いは増すばかりで救助は不可能だと思われました。
その時です。
ロープを抱えた信博が叫びました。
「泳ぎには自信があります」。
信博は濁流に流されないためにロープを体に縛りつけます。
その様子を八木さん姉妹が目撃していました。
信博は濁流の中を懸命に泳ぎます。
八木さんはその姿をカメラで追い続けました。
そして捉えた決定的瞬間。
ロープで女性を支えているのが信博です。
その後信博の後を追って飛び込んだ先輩たちが女性を濁流から引き上げました。
「濁流のなかに命綱」。
新聞でも大々的に報じられました。
え〜っ!えっ?いや〜…信博にとって人生で二度目の人命救助でした。
時は高度経済成長期。
魚の需要が急激に伸び市場はますます活気を帯びていました。
同じ卸売会社の電話交換手だった勝子は全国の取引先からの対応に追われていました。
(鐘の音)朝5時から始まる競り。
200回線の電話が一斉に鳴りだします。
猛烈な忙しさの中でも勝子は正確に仕事をこなしました。
2年後輩だった…当時勝子はアパートで1人暮らしを始めていました。
母ミヨ子とは一緒に暮らせませんでした。
「かつて私を捨てた」。
そのわだかまりを捨てる事はできなかったのです。
そんなある日勝子に一つの頼みが舞い込みます。
労働組合の機関紙への原稿依頼でした。
その編集担当者が信博だったのです。
2人は忙しい仕事の合間を縫って打ち合わせを重ねます。
勝子は女性に対しても丁寧な言葉遣いをする信博に好感を持ちます。
口癖は語尾につける「何々であります」。
一方信博は勝子が一生懸命仕事に向き合う姿に引かれていきます。
2人は交際を始めます。
しばらくして信博は自分の貯金通帳を勝子に差し出しました。
「俺の貯金はこれしかないけれど幸せにするから」。
家計を支えるため勝子も仕事を続けました。
結婚から5年後…ところが2歳の頃からぜんそくに悩まされます。
息子の事を思い一家は空気のよい郊外に引っ越す事にしました。
勝子は悩みます。
「このまま仕事を続けていけるのか」。
その時手を差し伸べてくれたのが…ミヨ子は近くに引っ越し孫の博之の面倒を見てくれたのです。
やがて博之の病気も回復。
昭和53年には念願のマイホームを建てる事ができました。
母ミヨ子は肺の病気で亡くなります。
その最期をみとったのは娘の勝子でした。
高校3年生になった博之。
突然お笑いの世界にいきたいと言いだします。
「5年で結果が出なければ諦める」という約束で信博と勝子は息子の夢を応援します。
芸人の養成所に入った博之。
1234!デビューして3年でお笑いコンクールの優秀新人賞を獲得します。
その後軽妙なトークで瞬く間に人気者になりました。
息子博之が懸命に仕事に向き合う姿。
信博と勝子にとってその姿がうれしくてなりませんでした。
何かね…やっぱりこうやって…ついついね…一度ならず二度も人命救助をしたその勇気と行動力。
72歳になった今も全国各地を飛び回っています。
その人柄で多くの取引先の信頼を集めています。
母勝子さんもまたずっと働き続けてきました。
電話交換手を辞めたあと建設資材のリース会社に転職。
その仕事ぶりを評価され女性初の支社長に抜てきされました。
飾らぬ人柄と持ち前のバイタリティーで66歳まで勤め上げました。
それが今から7年前勝子さんに乳がんが見つかります。
リンパにも転移し死を覚悟しました。
いらっしゃ〜い!気を紛らわそうと見に行ったのが息子の初主演の舞台でした。
終了後の舞台挨拶。
いきなり宮迫さんが言いだしました。
「実は今日僕の病の母が見に来てくれています」。
勝子さんは突然の事に驚きました。
2回ほど叫んだかな。
その後勝子さんの病状は落ち着きます。
そして4年前勝子さんは自宅を改築して小さなたこ焼き店を開いたのです。
店名は宮迫さんのギャグをもじって「みや蛸です」。
地域の人の憩いの場所になってほしいと願っています。
近所の人や友人は勝子さんの行動力に驚かされるといいます。
母がそういう事いろんな事経験させてくれたから…。
そして胃がんを乗り越え第一線で活躍する宮迫さん。
そんな息子に両親から贈るメッセージがあります。
謙虚さを忘れたらね…。
宮迫博之さんの「ファミリーヒストリー」。
そこにはどんな逆境も持ち前の行動力で乗り切ってきたたくましい家族の歳月がありました。
でもありがたいですねそうやって思ってくれてる事が。
ただおやじはちょっとかっこよくやりすぎやなぁ。
2014/10/24(金) 22:00〜22:50
NHK総合1・神戸
ファミリーヒストリー「宮迫博之〜逆境に挑む 巨大台風・奇跡の救助〜」[字]
両親がこれまで語らなかったルーツ。浮かびあがる若き日の父が成し遂げた救助劇。半世紀前、巨大台風襲来の中の一部始終が撮影されていた。また、母の壮絶人生が明らかに。
詳細情報
番組内容
両親がこれまで語らなかった自らのルーツ。浮かび上がる若き日の父が成し遂げた救助劇。半世紀前、巨大台風襲来の中での一部始終が撮影され、新聞に載ったことが判明する。しかも父の人命救助は、1度ならず2度もあったことも分かった。また、母の壮絶人生が明らかに。幼い頃、両親の元で暮らすことができず、一人で生きる道を選ぶ。決して逃げず立ち向かった母の覚悟とは。強く生きる両親の姿に宮迫さんは胸を熱くする。
出演者
【ゲスト】宮迫博之,【語り】余貴美子,大江戸よし々
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – 歴史・紀行
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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