(橋)さて今日は東日本大震災から1,079日目1,079日目です。
被災地で生活の立て直しを目指す人々と共に歩もうとするラジオ局があります。
(ラジオ)「JR常磐線の駒ヶ嶺浜吉田間の復旧工事については…」。
震災後に放送を始めた小さなラジオ局。
町じゅうからこまやかな情報を拾い集め被災者の生活を支えています。
(サイレン)「緊急地震速報です」。
いち早く身を守るための防災ラジオの試み。
ユウスケ・ワキヤ。
その取り組みは海外でも広がろうとしています。
ラジオが秘める大きな力。
小さなラジオに希望を託す人々を見つめます。
長岡市にあるラジオ局FMながおか。
長岡市とその周辺地域に向けて放送しているコミュニティーFM局です。
テストテストテスト…。
ああ…テストテスト。
放送に備え機材のチェックを行っているのは社長の脇屋雄介さん。
通信会社の技術者だった経験を生かして自ら機械を調整しそのまま本番に臨みます。
FMながおか月曜「ばんがたラジオ」の時間です。
それでは今日の話。
今日は長岡周辺の雪国の文化の中でいろんな雪にまつわるお祭りがたくさんあります。
開局以来脇屋さんが目指しているのは地域に密着した情報をきめ細かく伝える放送です。
ラジオは面白いねやっぱりね。
新聞テレビラジオ…代表されるしそのほかにいろんなツイッターもそうですしまあソーシャルメディアたくさんあっていろんな事で発信してるけどやっぱり人間の声人間が伝えるという事が非常に大事だなと。
ラジオ放送の意義を10年前脇屋さんは身をもって知りました。
最大震度7を記録した中越地震。
長岡市は広い範囲で停電。
被害の状況すら把握できない事態になりました。
脇屋さんは住民から伝えてほしい情報を募りました。
寄せられたのは安否不明の家族への伝言など一人一人の状況に合わせた要望でした。
夜中になると時間を教えてほしい時間を放送して下さい。
「今真夜中の2時何分です」とか「3時何分です」。
あるいは「4時」「5時です」「もう少しで夜が明けます」とか。
これが非常に安心感を与えるという事で我々も全く知らなかったのを教えられたというのがありますね。
被災した人々に寄り添い本当に必要とされる情報を届ける事。
災害の現場でラジオが果たすべき役割をはっきりと感じたのです。
(ラジオ)「従業員の皆さんに連絡です。
明日はご自宅の方を最優先して下さいとの事です」。
小さな放送局だからその内側に対してラジオを…聞こえるこの小さな長岡地域の内側に対しての被災者のための報道。
小さいから大きいんだと。
小さいから大きな力を持っているんだよと。
ラジオだからこそ果たせる役割がある。
脇屋さんがその思いを改めてかみしめたのは東日本大震災の被災地でした。
宮城県の沿岸にある山元町。
600人以上の住民が犠牲となりました。
震災のあと臨時に開かれたラジオ局…おはようございます。
9時を回りました。
ありがとうりんごラジオです。
山元町に住む代表の橋厚さん。
放送局のアナウンサーをしていた経験を生かして運営に当たっています。
3年前地震発生直後。
山元町では防災無線が破壊され広報車で避難を呼びかけていた町の職員も津波の犠牲となりました。
震災から5日後脇屋さんは知り合いだった橋さんから連絡を受けました。
防災無線がもう機能していない。
今まさにまた大きな津波が来たらもうみんなに知らせる手段が何もないと。
だから臨時災害放送局を直ちにやる事はできないのかという事で私に電話が来ました。
早速長岡から機材を持って駆けつけた脇屋さん。
急ピッチでラジオ局開設の準備を始めました。
救世主がね到着したっていうような感じですよね。
手取り合ってね「あ〜!ありがとうございます」って。
機材設置しようと動いてくれましたね。
本当にありがたかったですね。
震災から僅か10日後安全に関わる情報をいち早く地元に伝えるラジオ局が誕生しました。
脇屋さんも山元町の人々にメッセージを送りました。
ラジオからのきめ細かな情報は地元の人々を支えてきました。
震災前から生花店を営んできた塩見公子さんです。
津波で友人を亡くし自宅も失った塩見さん。
厳しい現実を受け止めきれずにいました。
ラジオから復興に向けた情報を得る事で少しずつ気持ちを整理し生活を立て直してきたといいます。
毎日「え〜あの人も亡くなったの」とか。
それが毎日のね一番最初の情報で。
助かったっていうかいろいろ知る事ができたっていうかね。
情報をね一番の楽しみっていうか希望でもありましたね。
震災から3年。
住民がどんな課題と向き合っているのかりんごラジオは伝えようとしています。
この日橋さんは仮設住宅から災害公営住宅に入居した住民を取材しました。
おはようございます。
どうもおはようございます。
いつもどうもお世話になっています。
東日本大震災から3年ですがどんな思いでいらっしゃるでしょう?そうね。
何か長いような気もするけど何かあっという間。
抽せんで当たった時すごくその瞬間はうれしかったけどその時は同じ仮設にいる人後ろも前もみんな並んでるでしょ。
そしたらみんなショゲてるしね何だか喜ぶ事もできないし。
でもちょっとつらかった面もあるんですようれしい反面ね。
住民一人一人が抱える複雑な思いを聞き取り伝え続ける事がこれからのりんごラジオの役割だと橋さんは考えています。
いち被災町民としてなんとか同じような立場で話を伺えてそれをラジオという形でほかの方たちにも伝えられてそれが少しでも役に立てるという事であれば大変存在理由があるかなと思いますけど。
被災地の人々を支える町のラジオ局。
新たな形も生まれています。
原発事故のあと福島県富岡町から柏崎市に避難してきた矢内豪さんと妻の恵佐女さんです。
3年にわたりふるさとを離れた生活が続いています。
住み慣れた地元に戻る見通しがつかない中心をつなぎ止めるのがふるさとから届くラジオの声です。
町から配られたタブレット端末で耳にするのは福島の話題を伝えるおだがいさまFM。
(恵佐女)朝結局起きたらほとんどもうおだがいさまのこのFMを聴くようにしてるんですけど。
こういう状況はね分かるからね。
だからその度に話してくれるんで。
まあそういうのは離れてるとねやっぱりここの状況しか知らないんで。
原発事故の影響から全ての住民が全国各地に散らばって避難している富岡町。
慣れない土地で孤立しがちな町民を少しでも励まそうと始められたのがこのラジオ放送です。
富岡町民の皆様こんばんは。
え〜本当に大変な週末でしたね。
いかがお過ごしでしょうか?富岡町での暮らしを思い出せる話題でふるさとを遠く離れる寂しさを和らげようとしています。
富岡町といいますとさっきもね話をしましたけれどもサクラっていうイメージがパ〜ンと思い浮かぶと思うんです。
もう一つ忘れてませんかという事。
実はヤブツバキ。
ツバキです。
あ〜ツバキか。
はい。
でもちっちゃくってとってもかわいい花をつけているというツバキが実は富岡にはあったんです。
懐かしんでもらえる放送でもあるしそれから今の情報がここにつなげれば聴けるっていう放送でありたいと思うし。
思い出も作れるような気もするんですよねいろんな話題を提供した事によって。
中越から東日本へ。
かつてない災害に翻弄される人々にラジオが手を差し伸べ続けています。
FMながおかの脇屋雄介さんです。
ラジオだからこそ防災に果たせる役割を更に広げようと力を入れている事があります。
これは開発した緊急告知ラジオです。
これは脇屋さんが開発した防災ラジオ。
ラジオ局から発信される特別な信号を受けると自動で電源が入ります。
真夜中でも自動的に緊急情報を流します。
(サイレン)「緊急地震速報です。
岩手県で地震。
次の地域は強い揺れに警戒して下さい。
岩手県宮城県秋田県」。
この仕組みではラジオが防災無線に似た役割を担います。
限られた住民が耳にするコミュニティーFMでは地域ごとの避難情報などをより細かく届ける事ができます。
中越地震を経験した長岡市ではこのシステムを早速導入。
災害対策本部から直接放送を出せる仕組みも作りました。
災害というのは大体いつ起こるか分からないという事と我々が警戒をしていていよいよ避難準備情報を出さなきゃいけないという時にすぐにここで放送ができるというのが一番のメリットだと思うんです。
このラジオを災害に苦しむ地域で役立てたい。
去年12月脇屋さんはある国へと向かっていました。
やって来たのはインドネシアです。
ラジオによる防災システムがJICA国際協力機構の進める支援事業に選ばれ災害の多い地域でニーズを探る事になったのです。
インドネシアは先月火山の噴火で死者が出たのをはじめ地震による大津波など度重なる自然災害に見舞われてきました。
訪れたのはインドネシア有数の火山地帯にあるトモホン市。
活火山のロコン山が市内にそびえています。
すごいです。
溶岩。
溶岩が固まったやつです。
溶岩流がみんな固まってるから。
すぐ近くに溶岩流がかなりね来てるから。
危ない場所なんですここは。
(サイレン)トモホン市では噴火に関する情報をどうやって住民に伝え避難につなげるか課題を抱えていました。
防災無線にあたる設備がなく避難指示などの情報は人づてに伝えるしかありません。
命に関わる情報が素早く確実には届かない事に人々は不安を感じていました。
防災ラジオを使った実証実験をする事にした脇屋さん。
地元の小学校などを回り協力を呼びかけました。
マイネームイズユウスケ・ワキヤ。
災害時に住民に伝える防災ラジオです。
電源をオフにしていてもあるいはオンにしていてもどちらでも災害情報は流れるようになってますので。
子どもたちにもいざという時にいち早く備える大切さを語りました。
みんなのこの村はすばらしい場所だなと感じました。
ただ自然は例えば噴火という大きな災害をもたらす場合があります。
その時にはみんなの命を救うためにこのようなラジオを是非ともまた活用して頂きたいなと。
ところが子どもたちの反応は意外なものでした。
時に命を奪う事になる噴火の恐ろしさを気に留めない子どもたち。
脇屋さんはラジオを使った防災システムの実験を通して災害への備えの重要性を伝えたいと考えました。
やっぱり子どもたちのなんとか命を助けてやりたいと。
命を守るラジオ。
この子どもたちのやっぱり命を救う役目が我々の大人あるいはこういう放送人のやっぱり役目であるなと。
地元のラジオ局でいよいよ実験です。
噴火に備えて避難を呼びかけるという内容の放送を流し住民たちにあらかじめ配ったラジオが自動で立ち上がるかをテストします。
通常の放送の合間に実験放送を流します。
(サイレン)実験に参加した小学校では…。
(サイレン)ラジオは自動で立ち上がり実験放送が流れました。
子どもたちはすぐに避難の態勢をとり噴火への備えを実践しました。
OKね。
OK!OKOK!サンキュー!OK!サンキュー。
ありがとう。
よかった。
心配したけど。
一応これで動作はOKです。
皆様のおかげでね。
やっぱり協力全員がしてくれたからうまくいきました。
ラジオには命を守る力がある。
脇屋さんは改めて実感しました。
この度の東日本大震災それから我々の中越地震中越沖地震。
その前の阪神・淡路大震災。
これらの日本の経験がやはりこれから海外の方に広げていくには日本の技術日本の災害の経験がこのようにインドネシアにも広げる事ができるというのは我々日本の大きな使命かなと思っています。
今日の話。
今日の話は雪国の文化について話をしてみたいと思います。
小さなラジオが持つ大きな力。
命を守り支える取り組みが続きます。
2014/10/23(木) 15:15〜15:41
NHK総合1・神戸
ろーかる直送便 金よう夜 きらっと新潟「命守るラジオ」[字]
東日本大震災から3年。長岡市の「FMながおか」は中越地震での経験をもとに震災直後の東北で臨時のラジオ局開設を支援した。ラジオが果たしている役割を今、見つめ直す。
詳細情報
番組内容
東日本大震災から3年。震災直後、被災地で貴重な情報源となったのが「ラジオ」だ。長岡市のラジオ局「FMながおか」は、10年前の中越地震の際に被災者向けに生活情報などを出し続けた経験をもとに、東北で臨時のラジオ局開設を支援した。さらに今、ラジオを使った防災放送のしくみを、災害の多い東南アジアに伝えようとしている。FMながおかの取り組みと、今も放送を出し続ける東北の臨時ラジオ局の状況を伝える。
出演者
【ナレーション】大海玲子
ジャンル :
ニュース/報道 – ローカル・地域
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ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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