青木宣親選手のロイヤルズに7対1で勝って、まず1勝を挙げました。
生字幕放送でお伝えします伊藤⇒スタジオパークから…観客⇒こんにちは!たくさんのお声ありがとうございます。
司会は清水ミチコさんです。
清水⇒よろしくお願いします。
伊藤雄彦アナウンサーです。
ありがとうございます。
気合いが入りますね。
気合いの入るゲストなんとことしデビュー50周年を迎えていらっしゃるということで清水さんデビューは?デビュー26年ぐらいです。
私はデビュー24年ですね。
そうなんですか。
今後ともひとつよろしくお願いします。
きょうのゲストは私たちの倍ですね。
呼び出しましょうせーの!チータ!♪〜
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ありがとうございました。
きょうのゲストは歌手の水前寺清子さんです。
すばらしい!チータ!すごい大喜び。
掛け声もすごいですね。
冒頭「三百六十五歩のマーチ」でご登場ですが、あの曲に合わせて行進すると何歩くらいいけるんですか?水前寺⇒きょうはワンコーラスでしたけれどもスリーコーラスぐらいになると365歩になるかもしれません。
私は小学生のころチーターだと思っていました。
伸ばしてね。
それで覚えていました。
水前寺さんはチーターのように足の速い人だとね。
清水さんそれは若すぎませんか?私たちの年代はチンパンジーのチーター今はヒョウのチーター本当は違うんですけれども。
ご本人は小さい民ちゃんということでチータなんですよね。
そのように覚えていただければかわいいですよね。
小さい民ちゃんだったんですよね。
謙虚に、小さい民ちゃんということで。
いつまでも小さいときの気持ちを忘れずに、ということで。
きょうはそんなチータ、水前寺清子さんにスタジオで歌を歌っていただきますよ。
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水前寺さんへの質問・メッセージお待ちしています。
番組中にたくさん紹介したいと思います。
それでは水前寺さんスタジオのほうにお願いします。
改めまして本日のゲストは水前寺清子さんです。
どうもこんにちは、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ことしデビュー50周年。
すごいことですね。
半世紀。
いやあ。
嫌だ。
いや、本当に自分でもびっくりしております。
50周年といいましてもね50周年プラス、デビューした年もあるわけですから。
はいはい。
はいはいじゃなくてね。
小さいころね「三百六十五歩のマーチ」を聴いていてくれたということで清水さんも小さかったと思うんですけれどもねどのくらい違うんですかね?デビューなさって?27年になると思います。
そんなになるんですね。
私は人間のデビューが49年ですから、もうすぐ人間デビューが50周年ということです。
とてもいいお話ですね。
すみません、よけいなことを私言いました。
とんでもない、そんなことないです。
すごいそんなことを言われるなんて羨ましいです。
本当にあっという間に皆さんのおかげでこんなに長くこの世界にいるとは思いませんでしたね。
ご自分が?もう3年ぐらいで。
そうなんですか?そう思ったから3年たったときに自分のレコードですねそれを買えればいいと思って買わなかったから1枚も持っていないという情けない感じでね。
だから後援会の方に必要なときはお借りするんです。
情けないとかいってですね。
さっぱりしているイメージがあるんですけれどもそこまでさっぱりしているとはね。
でも50年といえば山もあり谷もあり川もあって、いろいろあったと思うんですけれども。
そういうことを思わずにこさせていただいたので、あったかもしれませんが、意外と、こういう性格なものですからどういう性格なのかうちのときましたら森の石松と言われましたなるほどな、と。
竹を割ったような?何かあったらうわっと走るじゃないですか。
前向きに。
肯定してしまいました。
やっぱりそうなのかな。
落ち込まないでくださいおもしろい。
常に前向きでポジティブで。
そんなこと思ったことないです。
わりと小さいころから白か黒か好きか嫌いか勝つか負けるかしかない女で右左カーブというのが全然だめで。
私はどちらでもいいという感じじゃないんですね。
そうなんですよね。
それが人気の秘密なんじゃないですかね。
何ですか?やめてくださいよそのポーズ。
まっすぐということですかね。
小さいときは歌手にはなりたいと思ってらっしゃらなかったと。
全く思っていませんでした。
別の職業に憧れていらっしゃった小さいときの民ちゃんですがいったい何の職業に水前寺さんは憧れを持っていたのかクイズでございます。
皆さんお考えください。
考えてみてください。
いったい何になりたかったのか。
早速メールが届いています。
愛知県の方からです。
50周年と、誕生日おめでとうございます。
誕生日は10月9日ですね。
おめでとうございます。
そしてことしの誕生日はファンにとってはバースデー曲を一緒に歌えて最高の日でした。
ありがとうございます。
これからも笑顔で歌うチータさん応援しています。
前向きな水前寺さん、大好きです。
前向きのポーズですか?清水さんに教えていただいた。
自発的に今やりましたね。
続いてです。
秋田県の方です。
水前寺さんをテレビで拝見するたびに、いつも落ち込んでいても何かしら勇気が出てきます。
これからも変わらない水前寺さんでいてください。
はい。
今度は後ろへのポーズですか。
あまり後ろを振り返ったりはしないんですか?全く振り返らないですね。
何かあったら、もちろん反省はするんですけれども、次の日になると、それはそれという感じになっちゃう、本当にあれですね。
最高ですよ。
うちの家族は水前寺さんが歌っていらっしゃるとこっちの運気まで上がるようだと言っていました。
また、そんなこと言って!ありがとうございます。
そう言っていただくのがいちばんうれしいです。
皆さんに運気を与えていらっしゃる歌手として活躍されている水前寺さんですが、小さいころは別の職業に憧れを持っていた、視聴者の皆さんのお答えです。
いちばん多いのが緑の保育士ですね。
続いて客室乗務員。
コメディアンが少ないですね。
私はそんなおもしろい人間ではございません。
おもしろいですよ。
本当におもしろいですよ。
よく分かってらっしゃってコメディアンではございません。
お答えは?保育士です。
多くの方が正解していただきました。
昔から世話焼きのそういうのがあったんじゃないですかね。
とにかく世話焼きでね出しゃばりでねそんな女でございました。
ずっとそれを通しております。
ぴっとね。
面倒見てあげるのがよかったと。
人には迷惑だと思いますけれどもね。
見ずにはいられないというね。
人には迷惑をかけております私は。
コメディアンに向いていますよ。
本当に私、だめなんです。
見るのは好きなんですよおもしろいのね。
お笑いですね。
でもあそこの場に入るとひと言もしゃべることができなくなるんです。
受け答えができなくて、今度教えてください。
ピアノをお弾きになられてものまねもなさって。
そしてナレーションもされるので。
ここで1つ。
頑張りたいと思います。
水前寺さんのプロフィール紹介をしていただきます。
水前寺清子さんは1945年10月熊本県熊本市に3人きょうだいの末っ子として生まれました。
かわいい。
歌が好きなお父さんの影響で小学生のころから数々の、のど自慢に出場します。
お父様は、音痴だったそうで。
そうなんですか?全く全然、歌はだめでした。
私が教えてやっていました。
本当ですか?1957年、熊本より家族で上京。
中学・高校に通いながら音楽学院で歌を本格的に学ぶようになります。
お父さんは歌が得意じゃないんですけれども娘さんが得意だったということで。
ちょっと歌を歌っていたので自分が歌えないのでそういう夢があったんだと思います。
夜間の音楽学院に通わせていただきました。
歌手に、というお父様の夢がかなったんですね。
1961年、レコード会社の全国歌謡コンクールに出場し2位。
すぐにデビュー?と思いきやそんなにうまくいきませんでした。
そうだったんですか。
まあでも、2位になったときに小さいときから、歌い手と思っていませんでしたので、賞品がいっぱいあっていいなと。
後ろは全部賞品ですか?すみません。
テレビに映っていますよ。
こんなにたくさんもらっていいんだろうかと。
すごいですよね。
ステレオはいただくし。
ステレオも入っていたんですか。
仏壇とかも置いてある。
仏壇なわけないじゃないですか。
賞品なんだから。
観音開きみたいな感じでしたよ。
とんとん拍子にデビューというわけではなくて。
このときは、1位しかデビューできなかったので私は2位で権利はなかったんですけれども審査員の席に、私の恩師の星野哲郎さんがいらっしゃって2番の女の子をなんとかしてやろうじゃないかということで応援団を作ってくださって先生のおかげでレッスン室に通うことになったんです。
それからちょっとね。
デビューまで4年11曲レコーディングされていたのに、お蔵入りになったと。
素質がなかったんです。
これがだめだったら歌手を諦めようと思った12曲目。
「涙を抱いた渡り鳥」でやっとデビュー!2色刷りでしょ黄色と赤の。
厳密に言ったら3色ですよ。
このときは2色刷りと言ったんです。
次の年ぐらいに、ちょっと売れたらカラーになってね。
これは全く私は最初に出たときしか見ていないんです。
これは貴重ですね。
貴重です。
すごいわ、NHKは。
そして次々とヒットを飛ばし国民的人気歌手となります。
その後、女優、キャスターなど幅広いジャンルで活躍。
明るく、陽気なキャラクターで50年間走り続けてこられたチータさんです。
はい、ありがとうございます。
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清水さんチータさんなんて言わないで、チータでいいんですよ。
水前寺清子さんのデビューからの50年を年表にまとめてみました。
デビューは東海道新幹線の開通や東京オリンピックの年だったんですね。
そして3億円事件のときに「三百六十五歩のマーチ」。
歴史とともにですね。
大ヒットです。
70年代は万博がありました。
そのときにはドラマ「ありがとう」、こちらも大ヒット。
ドラマでも大ヒットですよね。
主演を務められました。
そうでしたね。
大人気になりました。
そして80年代昭和から平成のときに大きなことがあります。
ご結婚。
何ですか?今のポーズ。
おもしろい。
43歳のときに、ご結婚です。
43歳と言うことないじゃないですか。
データとしてありますのでね。
それから海外でもコンサートなどを開きましてそしてリーマンショックなどもありましてNHKの番組の司会などもしていただきました。
そしてことし50周年。
こんなに幸せな歌い手はないかと思いますよ。
きょう聞く、テーマはこちらです。
前向きな水前寺さんを思いっきり前のめりで伺っていきたいと思います。
きれいですね。
自分で言うんじゃないでしょ。
ずいぶん修正していますね。
あらあらあら。
最初に伺う思いっきりのテーマは思いっきり売れました、です。
デビューしてからミリオンセラーになったのが昭和41年の「いっぽんどっこの唄」ありがとうございます、本当に。
これが大ヒット。
ジャケットもカラーでございます。
この辺はカラーですね。
これで「紅白歌合戦」2度目ですね。
歌われました。
ヒットしたときに、歌手としての手応えがあるんですね。
あれ、ことしも出られるみたいな感じだったんですよ。
そんな感じでしたかね。
2度目の紅白出場の映像があります。
うそ?ご覧いただきます。
♪「ぼろは着てても」♪「こころの錦」♪「どんな花よりきれいだぜ」♪「若いときゃ二度とない」♪「どんとやれ男なら」♪「人のやれないことをやれ」
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チータ!という掛け声がね。
自分でも。
これ本当に見たことがなかったものですから。
そうか。
うれしいな。
当時水前寺さんと言えば着流しできりりとした、女性歌手なんだけれども男の歌とか歌ってましたね。
デビューしたときに、きょうから男になれ、ということばをいただきましたね。
意味が分かりませんでしたけれどもそうかなと。
ベリーショートに着物というのも珍しかったんですよね。
みんな日本髪で。
私は小さいときから長くしたことがなくて前に写真が出てましたけれどもそのころがいちばん長くてね。
それから長くしたことがないんです。
そして、きょうから男になるんだよって言われてこの格好で大ヒットしたんですが続いての思いっきりがございます。
そんな水前寺さん今度は思いっきりだまされた。
何をだまされたんですか?何だろう?♪〜「三百六十五歩のマーチ」ああ分かりました。
どういうことですか?私ワン・ツーという曲がありますよね。
演歌だったんですけれどもこの曲を1回だけ嫌だと言ったんですけれども歌ったんですね。
あるときにカレンダー12月の分を撮るからということでそれがジャケットになったときは本当に私ひっくり返るようになって、だまされたと思いました。
ジャケット撮影じゃなくてカレンダーだから、ということですね。
そのジャケットが、こちらです。
今までの着流しの格好とは違うかわいいバトンリーダーみたいな感じですよね。
だまされたんです。
こういう衣装が好きではなかったんですね。
だまされたんですよ。
これは全身なんです。
そういうことはやめてください。
かわいらしいです。
若いですね。
カレンダー撮影だと思って撮影されたんですね。
引き受けたらこのようになって。
ジャケットだったんですね。
だまされたらこのようになりましたね、これが歌ったら大ヒットということですね。
それでは続いての思いっきりにいきたいと思います。
思いっきり間違えた。
常に間違えていますからねいろんなことに。
実は昭和43年のことです。
ということは、私、紅白で司会をやらせていただいたころですか。
昭和43年に、水前寺さんが紅白で初めて紅組の司会で。
白組は九ちゃんで、総合司会が宮田輝さんですよね。
これだけは出してほしくなかった。
知りたい。
昭和43年のNHK紅白がポイントです。
ご覧いただきましょう何を間違えたのか。
せーの…宣誓!私たちはアーティスト精神にのっとり、正々堂々敵をノックアウトするまで戦うことを誓います。
12月31日紅組代表、水前寺清子!同じく白組代表、坂本九!かわいそう。
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43年だったのに、逆になっちゃったんですね。
やっぱりあがってないと思ったらあがって緊張していたんですね。
あの瞬間真っ白になりました。
そこまでは、りんりんとして出ていたんですけど、あれからしょぼんとしました。
いやこんなものがあるんですか。
怖い。
ご覧になったのは?初めてです。
あれ以来なんですね。
あの当時ビデオというんですかがちゃんというのがなかったので見たことがなかったです。
貴重な映像でしたね。
顔だけはきれいですね、ってまだ言ってる。
4回もNHKの「紅白歌合戦」の紅組司会を担当されて。
いやいや本当にありがとうございます。
いきなり最初でこのようなことがあったと。
ちょっと待ってください。
それは私をこれから陥れるようなことに聞こえるんですけど絶対そういうことはこないなということをおっしゃっているんですか。
以後気をつけます。
いやいや。
次にいってみようかな、続いての思いっきりです。
思いっきりむちゃした。
むちゃをしたんですか?1970年代のことです。
万博ですか?お忙しい中でむちゃをしてこのドラマご出演です。
むちゃだったんですね。
そうですね、ちょっとこの当時ちょいと忙しいときで、時間が全くなかったんですね。
石井ふく子先生ご存じない方には申し訳ないんですがやろうよやろうよといって私はやりませんと言って私は歌番組をやっていたんです。
だからお断りしなければいけないと思って美人の方でやればいいんじゃないですかといったら美人じゃないから言われたと言われて、非常に頭に残っているのと、それでもそうだなと思って最後に4月から始まるんです。
ぎりぎりだったんです、やらないならこの企画やらないわよと言われたときにこんな女ですからとすごく迷惑かけてると言ったらやると言ったらレコード会社に大目玉を食らってお前はいつやるんだと。
忙しいときでしたね。
まあただ本当に皆さんにご迷惑をかけたので本番しか出ていませんので、リハーサルに入れて出なかったものですからリハーサルなしで。
あのころは頭がよかったんです。
迷惑かけてはいけないので絶対にNGは出さないと思ってNGを出さなかったような気がいたします。
全部頭に入れて。
いやいやそんなこともないんですけれども、皆さんにほんとにごめんなさいという顔を見るたびにごめんなさいという感じでした。
歌手の方がドラマに出るのは珍しかった時代ですね。
いいドラマに出させていただいて私は、このときに何年かして思ったことはそして今も思うことは歌の世界だけでは、きっとだめだったけれども、ここで2つのドラマの世界を石井先生に作っていただいて本当に感謝しております。
謙虚でいらっしゃいますね。
ええ?本当のことを言っているだけで謙虚でも何でもないですよ。
けんかはしますけど、うん。
ドラマで山岡久乃さんと親子役でけんかしましたね。
はっきり言うと、本気でやっていましたから。
私は親にも顔を殴られたことがないんです殴るシーンが3か月に1回ぐらいあったんですけれども、お願いしますけれども顔にしないでくださいと言ったんですけれども石井先生は大丈夫このときにこうしなさいと大丈夫だと思ったんですけど0コンマ何秒の前に手が出てきてびっくりしました。
これで泣いたらまたやられると思いましたので、その間にコマーシャルが入りますのでそのときに、にたっと笑って終わってコマーシャルになったときにうわあと泣いたのを今でも覚えています。
生放送ですか?撮り直すとまた手がきますので大人気のドラマです。
もう1ついいですか、とてもお母さんはそういう役をおやりになったけれどもお母さんはこんちきしょうと思える役をやってくださったから私はそれに対してできたことは間違いないです。
本当にそういうことをちゃんとしていただいた方です。
山岡久乃さんとのコンビ大人気になりました。
そんなドラマが、大ヒットしてその年にまた歌でもさらにヒット。
3度目のミリオンセラー「大勝負」です。
これをちょっとやる前に出たんですね。
何で反対されたかと思ったら、会社のほうから着流しを着ている人間がミニスカートを着るのは何事だということ、仕事をどうするんだということですね。
「大勝負」ご覧いただきましょう。
♪「一つ男は勝たねばならぬ」♪「二つ男は惚れなきゃならぬ」♪「三つ男は泣いてはならぬ」♪「前向け右向け左向け」♪「男は三つで勝負をかける」
拍手
昭和50年のNHKの「紅白歌合戦」でした。
また歌手に戻って3度目のミリオンセラーです。
続いての、思いっきりはこちらです。
やっぱりこれは外せません。
思いきって結婚。
思いきってはおかしいでしょ。
いや。
思いきって?平成元年に。
思いきってとはちょっと違うかもしれないですけどやっぱでも思いきってですね。
あらきれい。
自分で褒めない。
6歳年下のご主人、小松明さんとご結婚。
小松さんは当時サックスの名演奏者でいらっしゃいました。
バンドリーダーでした。
ご結婚された水前寺さん、いったい結婚に踏み切ったご主人の決め手は何だったのか。
皆さん、お考えいただきましょう。
この3つから選んでください。
結婚に踏み切った決め手はいったい何だったのか。
お考えいただきましょう。
しかし本当にこうやって見ると美しい。
確かにすてきな結婚式の写真ですね。
ねえ。
ふふん。
そうじゃなくてうちのとうちゃんずいぶん太ったなあと。
今見たらということですね。
でもこのとき水前寺公園でやらせていただきました。
ふるさとですね。
メールも届いています。
岡山県の方です。
私、56歳。
チータが初恋の人でした。
着流し姿で熱唱するチータがかっこよくて、子どもながらほれぼれ拝見していました。
そのチータがドラマで、婦警さんになったときはスカートをはいている、チータが女の子になっているとショックを受けました。
石坂浩二さんにジェラシーを感じました、私のチータを取らないで。
「三百六十五歩のマーチ」「大勝負」「いっぽんどっこの唄」今も私の応援歌になっています。
チータラブさんです。
石坂浩二さんにジェラシーを感じたということですね。
普通の女の人だと逆なんですけどね。
そういうこと言われたんですか。
結婚するという、うわさもありましたが石坂浩二さんということで夢のようでありましたしかも向こうがほれる役でしたから、このまま結婚するのではないかとも思ったんですがとても今でも、博学でいらして楽しくて今でも仲よくしていただいて本当にいい方でございます。
石坂浩二さんではなく小松明さんと結婚なさった決め手はいったい何だったのか視聴者の皆さんの答えです。
いちばん多いのが赤のジョークがうまいでした。
続いて音楽のセンスがすごい。
そしてバック転ができるの順です。
お答えは?緑です。
笑い声
緑のバック転ができる、いちばん少ない票数でしたね。
この結果は何でしょう。
音楽家ですしやっぱり指を大事にしなきゃいけない。
それで小さいころから運動したことがない人が、偉そうにバック転ができると私の前で言ったんですね。
何?と。
私のほうが年上ですから笑ったんです。
ちょうど体育館でやっていまして見せると言われたので。
見せるとできたんですよ、私は感動と尊敬でした。
すごい、と思いました。
この方。
そんなことでと言ってはいけないけれど口を挟むのもなんですけど。
感動したんですね。
本当に運動したことがない人です。
みんな、楽器のこと指揮者のことなどを応援してもらった人がバック転できるなんて何を言っているんだみたいな感じだったのででもやったんです。
私はそのとき、ある意味で感動いたしまして何だ何でもやれる人だと。
ギャップというのは大事かもしれませんね。
なかなかいい男でした。
過去形ですか。
今でもとてもいい男です。
とてもいいよとか。
結婚されて変わった部分、ありますか。
いい写真どうしたんですか。
こんなという感じ。
こんなに変わった変わったを、ひと言でいえば私よりも水前寺清子ですこの方は。
どういうことですか。
うるさいです。
あれはどうだとかひと言ひと言ですね。
大ファンでもあるんですね。
私よりも水前寺清子ですこの人は。
ミュージシャンだったんですがご結婚されて水前寺さんの事務所の社長になられていわば、水前寺清子さんのプロデューサーの形になったんですね。
水前寺さんご本人よりも水前寺清子だということなんですね。
なんですよ。
ああしたらだめだとか、こういうこと言っちゃだめだとか。
きょうも、いろいろ言われて。
それは冗談ですけれどもそういう立場になっています、はい。
だからまあ。
なんていい写真なのこれ。
水前寺さんの写真集の。
あまり自分がきれいだからなんていい男でしょう。
笑い声
とうちゃん、聞いているかい?北海道かなんかで撮った写真一色先生が撮ったやつ夫婦円満のコツは?けんかします。
5分おきに。
どうしてですか。
ちょこっとしたひと言なんですけど。
2人ともさっぱりしているんですね。
けんかがなくなったときがだめかなと。
お互い言いたいこと言うのが。
100分の1も私は言いません。
笑い声
冗談。
ご主人見ていらっしゃいますからね、裏で。
ラブラブ。
常に前向きの水前寺清子さんに50年ぐぐっと迫ってまいりました。
なんか変で、すいませんでした。
こんな女のものですからちゃんとしたところに出てもこんなになっちゃうんです。
すいませんでした。
NHKの番組このたび「のど自慢」にご出演されます。
「のど自慢」もことし69年目の歴史のある番組です。
水前寺さんも、これまで数多く出演されました。
ありがとうございます、本当に。
そう、行くんです。
このたび水前寺さんは山口県長門市の回に出演されます。
長門市は星野先生のふるさとですから。
生放送です。
生放送で水前寺さんがご出演です。
ご覧ください。
皆様、お待たせいたしました。
水前寺さんに再びこのスタジオで歌を歌っていただきます。
これがいちばん緊張します。
歌っていただく曲は?あのですね人情と書いて「人情
なさけ
」です。
50周年記念曲です。
今までの歌とは全く違う感じなんですね。
すっごく、どきどきするんです。
間違えたら、すいません。
とんでもないです。
なんかいったら、間違えそう。
すいません。
拍手
お時間をいただきまして総合テレビ、このあとの番組をご覧いただきます。
ラジオテレビ欄、ラテ欄にご注目です。
今夜8時は「ためしてガッテン」です。
かぜはのどからということでせきをしたときにたまに出ると言われるニオイ玉というのが出るそうですが私は出たことがないんですがそのニオイ玉は腎臓病や心臓病に関係があったということなんです。
そういうサインがあるんですね。
詳しくは今夜8時から「ためしてガッテン」ご覧ください。
そして、そのあと夜10時から「歴史秘話ヒストリア」。
大河ドラマでおなじみの黒田官兵衛と石田三成の戦国時代最強ツートップということでご覧ください。
50周年記念曲水前寺清子さんで「人情
なさけ
」。
♪〜
拍手
♪〜
拍手
ありがとうございました。
やっぱりきりっとすてきでございました。
かっこよかったです。
おしまいにたくさん届いている視聴者の皆さんからのメッセージと質問です。
鹿児島県の方からです。
祖父が私の小さいときの実家で、卵や牛乳の移動販売をしていました。
そのとき車のスピーカーから、流していた曲が「三百六十五歩のマーチ」です。
大きくなって私は介護の仕事に就き、くじけそうなときはいつも口ずさみます。
実はきょうその祖父のお葬式です。
水前寺さん、すてきな歌をありがとうございます。
ありがとうございます。
48歳の主婦です。
オープニングの曲で水前寺さんが歌いだしたらなぜか涙が出てきました。
人を元気にするって、すばらしいことだと思いましたといただいています。
静岡県の方からです…順番が違っておりました。
京都府の方からです。
主婦の方です。
最近、急激に太ったため寝る前に足踏み運動するときとすることにしています。
無意識に出てきた曲が「三百六十五歩のマーチ」です。
毎晩歌っていたら平成生まれの中学生の娘が覚えてしまって、カラオケに行って3世代で歌うことができました。
ありがとうございます。
静岡県の方です。
大学4年生の方、男子学生です。
熊本出身の私ですが郷土の先輩である水前寺さんのパワフルな姿に元気づけられます。
春まで就職活動を行っていたのですが面接前などの直前には必ず「三百六十五歩のマーチ」を聴いて本番に臨んでいました。
無事に進路も決まってこの歌、私にとって大切な歌ですといただいています。
ありがとうございます。
かわいい。
たくさんの方からいただきました。
ありがとうございました。
すてきな歌ありがとうございました。
とんでもございませんありがとうございます。
2014/10/22(水) 13:05〜13:52
NHK総合1・神戸
スタジオパークからこんにちは 水前寺清子[字][双]
デビュー50周年! チータ記念の生歌唱 ゲスト:水前寺清子 司会:伊藤雄彦アナ、清水ミチコ
詳細情報
番組内容
双方向データ放送番組。テレビのリモコンを使って、ゲストに関するクイズやアンケートに挑戦!気になるゲストの生トークにあなたも参加しませんか?テレビをネットにつなぐとさらに楽しめます。
出演者
【出演】水前寺清子,【司会】清水ミチコ,伊藤雄彦
ジャンル :
情報/ワイドショー – 芸能・ワイドショー
バラエティ – トークバラエティ
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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