日本の話芸 落語「三十石」 2014.10.19

(テーマ音楽)
(出囃子)
(拍手)
(笑福亭三喬)ありがとうございます。
もう一席のところをおつきあいを願います。
私こうして高座で上がって喋ってますとお客様によく言われる事がございます「三喬さんいつ見てもきれいな頭してますね」って言われます。
言われる度に答えてます「はい。
上方
(髪型)の噺家ですから」っていつも答えておるのです。
(笑い)ありがとうございます。
この我々が名乗っております笑福亭という亭号まぁ屋号とも申しますが上方落語界唯一の芸名でございます。
大阪だけなんですね他に行っても笑福亭は無い訳でございますからこれから落語においても頭に置いても桂
(鬘)に頼る事のないように頑張っていかないかんなと思てる次第でございます。
(拍手)大阪のお古いところを一席おつきあいを願います。
京都と大阪の間を流れております淀川この川の流れを利用致しまして昔三十石という船が上り下りを致しておりました。
船の大きさはと申しますと長さが5丈6尺幅が8尺3寸ときちっと決まっておりました。
今のメートル法で18メーター2.4mの船でございます。
下ります折には伏見の寺田屋の浜ですな天満の八軒家まで川の流れに乗ってゆっくりと下って参りますがやはり上りとなりますと大変でございます。
船が進まん時には帆を上げます。
風を受けても進まん時には船頭四人が陸へ上がりまして陸で一生懸命船を引っ張ったんやそうでございます。
考えますと今は新幹線で15分ですかな大阪京都間ね。
新快速で30分私鉄の特急で4045分というあっという間に大阪京都でございますからね今よりも10倍も20倍もゆっくりと時間が流れていた頃のお噂でおつきあいを願いますが。
ここは夕景でございます寺田屋の浜でございます。
たくさんの宿屋さんが並んでおります。
まぁ今風に言いますとライバル会社でございますんでね「一人でも多く自分とこの船に乗ってもらおう」「一人でもお客さんをつかまえよう」番頭手代女子衆手の空いてる者は一生懸命札屋の前に出ましてお客さんを引いております。
「え〜あんさん方お下りさんやございまへんかいな?あんさん方お下りさんやございまへんか?」。
「はいはいあんさん方お下りさんやないかい?あんさんお下りさんやないかい?」。
「あんさん方お下りさんやおへんかいな?あんさん方下らんか?」。
「あんさん方お下り…。
そこの顔色の悪いあんた下らんか?」。
「へえ。
私3日前から便秘でんねや」。
「おい喜い公お前今何を言うたんや?」。
「いやこの人が親切にな『あんた顔色悪いけどお腹下ってないか?』て尋ねてくれはったさかい『3日前から手水行かずや』言う」。
「そやないがな。
大阪へ帰る事を下るとこない言うねん」。
「へえ〜ほなら大阪帰ってから便所に行たら下ってから下ります」。
「丁寧に言わいでもええねや。
番頭。
お前とこの船が一番に出んねんな?」。
「手前どもの船が一番に出ますんどす。
どうぞ手前どもの船宿でどうぞご一服を」。
「よっしゃ上がらせてもらおう」。
二人がトントント〜ンと二階へ上がりますと大阪へ帰るお客さんがたくさんに待っております。
人間待ってる時退屈な時ってする事は決まっております。
こちらの方は暇潰しでございます。
一生懸命本を読んでる方があるかと思いますと丁寧な方はね克明に旅日記を書いたり致しております。
こちらは商人さんでございます。
商売熱心な方でございますから昼間ズ〜ッと回ってきた得意さんの帳面と算盤を持ちまして…。
(算盤の音のまね)銭商いをしてる方がある。
またこちらの方はゴロッと横になって体を休めてる方があるかと思いますと店屋物を食べて腹ごしらえをしてる人がある。
またこちらのお客さんでございますね。
土産に買うて参りました牛の置物でございますね。
これ家へ持って帰ってから荷ほどきをしたらええんですが退屈ですからなこう開けていってね牛を「ええな〜」って眺めてるうちにツルッと滑らせて慌てて角持ってボキッと折った人がいてます。
で一生懸命こう手でくっつけてますね。
人間って不思議なもんですね。
当時は強力接着剤なんか無いんでございますけどこう人間戻しますね。
あれ人間ってね今の人も昔の人も復元したいという本能があるらしいんですね復元本能。
我々もそうでしょ?お茶碗とかお皿割ってすぐにハイハイって捨てれないですね。
絶対一回拾い合わせてつないでみせますね。
うん。
洟をかんでもそうですね。
すぐにほかせないですね。
自分の体内から出た物は一遍確認したいと思います。
ふだんはやらないんですが今日はサンプルをお見せ致します。
洟をかむ。
(洟をかむ音のまね)
(笑い)汚。
それやったら見なんだらええんでございます。
皆がめいめい好きな事をやっておりますと船宿の番頭さん手に帳面と矢立をば持ちまして二階へ上がって参ります。
「どなたもお待っとうさんでございます。
もうすぐ一番の船が出ますんどす。
その前にあんさん方のお所とお名前を聞かせて頂きとうおす。
チョイチョイてんご仰る方がおして手前どもがあとで役場から叱られますんどす。
どうぞ本当のお所とお名前を聞かせて頂きとうおす」。
「あっほうか。
なら私からいくわ」。
「ありがとうさんで。
少々お待ちを。
へえお所は?」。
「私は大阪や」。
「へえ。
大阪市」。
「東区や」。
「東区」。
「今橋通り二丁目」。
「今橋通り二丁目」。
「鴻池善右衛門」。
「こう…」。
(笑い)「あの〜今仰って頂いたんどなたはんどすいな?」。
「私や」。
「手前ども鴻池の旦那さんご贔屓頂いてよう存じております。
あんさんよりもうちょっと背が高かったように思うんどすけど」。
「そうやねん高かったんやねんけどな道中歩いてるうちにチビッて減った」。
「下駄みたいに仰る。
どうぞおなぶりにならんように。
横手のご仁は?」。
「おいどんかな?おいどんは鹿児島県鹿児島市本町通り二丁目十六番地西郷隆盛」。
「西郷隆盛?西郷どんお会いした事おへんのどすけどお写真で見たらもうちょっと恰幅がええように思うんどすけど」。
「ほたら西郷痩盛」。
「いやそんな人おへん。
どうぞおなぶりにならんように。
横手のご出家は?」。
「愚僧かな?愚僧は比叡山延暦寺が僧武蔵坊弁慶」。
(笑い)「武蔵坊弁慶。
横手の坊は?」。
「牛若丸」。
「もう言うと思いました。
どうぞおなぶりにならんように。
横手のお女中は?」。
「私は照手姫」。
「ワチャ〜ッえらい照手姫やなおい。
横手のお婆さんは?」。
「はいはい自らは小野小町」。
(笑い)「汚い小野小町やな」。
(笑い)「その『自らは』言う前にその垂れてる塩辛みたいな鼻水拭かはったらどうどすいな」。
「花
(洟)の色は移りにけりな」。
(笑い)「もうはなの意味が違いますがな。
どうぞおなぶりにならんように」。
「番頭。
もう名前だけでええのんと違うか?」。
「どなたはんもお名前だけで結構です」。
「私からいくわ」。
「へえ。
ありがとうさんで」。
「竹内秀夫や」。
「へえ。
少々お待ちを。
竹内秀夫」。
「中川清」。
「中川清」。
「河合肇」。
「河合肇」。
「長谷川保」。
「長谷川保」。
「矢倉悦夫」。
「矢倉悦夫」。
「奥村菅男」。
「奥村菅男」。
「高田敏伸や」。
「高田敏伸」。
「長嶋茂雄」。
「長嶋茂雄」。
(笑い)「田淵幸一」。
「たぶ…」。
(笑い)「あの〜これ仰って頂いたんどなたはんとどなたはんどすいな?」。
「私一人や」。
「一人?そうかてぎょうさん書きましたどっせ?」。
「そうやねん。
今年親がちょうど死んで13年になんねんな〜。
法事の案内出さんならんねんけど今ので何軒あった?」。
「うだうだ仰れあんた。
帳面真っ黒けになってしまいましたがな」。
番頭ぼやきながら下へ下りてってしまいます。
しばらく致しますと浜のほうから船頭がだみ声上げよって「出っそ出っそ出しまっそ〜」。

(下座囃子)「早来い早来い早来い早来い。
早来う早来う早来う出っそ出っそ出しまっそ〜」。
この声に引きつけられるように船宿の二階の客がゾロゾロゾロゾロと船へ乗り込みます。
ちょうど皆が乗り込んだ時分に京の女子衆が土産物を売りに船に近づいて参ります。
「お土産どうどす?お土産よろしゅうおすか?おちりにあんぽんたんよろしゅうおすか?西の洞院紙はよろしゅうおすか?巻きす文字のおいしいのもございます。
お土産どうどす?お土産よろしゅうおすか?おちりにあんぽんたんおちりにあんぽんたん。
あんたあんぽんたん」。
「誰があんぽんたんや」。
(笑い)「向こう行けこら」。
「何を怒ってんね最前から」。
「この女子衆私の顔を見るなり『あんたはあんぽんたん…』」。
「せやないがなお前。
もの知らんなあんぽんたんっちゅう菓子を売りに来てんねや」。
「けったいな名前の菓子があんねんな」。
「お前知らんか?あのかき餅のプ〜ッと膨れたんに砂糖の衣のまぶしたんがあるやろ?」。
「あれようきてるであれ好きやで」。
「そうやろ?あれ東山あんぽんたんっちゅうねん」。
「あ〜そう知らなんだ。
ほなおちりっちゅうのは何や?」。
「京は言葉が丁寧やちり紙の上へおの字をつけておちりや」。
「ヘエ〜ほな何か?京の人間はおちりでお尻拭くか?」。
(笑い)「阿呆な事言うてんねやないかいな。
おい船頭。
早いこと船出してや」。
「出しまっそ〜」。

(下座囃子)「お客さんよ〜お客さんよ〜。
お女中じゃあと一人だけ乗せてやっておくんなされ」。
「おい船頭無茶言いないなもう見てのとおりすし詰め状態。
もう乗られへんねや。
お女中二番の船にしてもらいいな」。
「そこをお女中じゃけあと一人乗せてやっとくんなされっちゅうねん」。
「乗られへんっちゅうねん。
お前無茶言うなお前。
見た分かるやろもうギュウギュウ詰めやがなな〜?乗られへんねんて。
そのお女中どうしても乗せて帰りたいちゅうなったら首に荒縄つけて船の横浮かせていきいな」。
(笑い)「あんた鵜飼いの鵜みたいに言いなさんな」。
(笑い)「そこ客人よ。
お女中じゃけ乗せてやっとくれっちゅうのが分からんのかい」。
「清やん清やん」。
「何や?」。
「えらいあの旦那と船頭と喧嘩してるけど船頭っちゅうのは言葉荒いな」。
「そりゃそうや。
お前昔から言うやろ?『馬方船頭お乳の人』っちゅうてな言葉の荒い代表が馬方と船頭や。
考えてみお前馬方手綱握ったら始終口汚うぼやいてるやろ?私ゃいつも思うねん『ようあんな事言うな〜』思てな。
どない言うてる?『ドドドドドド〜ッド〜ッこのガキは長い面さらして張り倒すで。
脛っ節歪んでんがな』。
お前ようあんな無茶言うと思わんか?『このガキは長い面さらして』とお前馬の丸顔て見た事ある?」。
(笑い)「馬みんな顔長いで脛っ節歪んでるがな。
当たり前や。
歪むさかい曲がるさかいシャンコシャンコシャンコシャンコシャンコシャンコと歩けんねん。
まっつぐやったら突っ張って鯱こばって歩けんてなもんやろ?けどそれでええねや。
言葉荒うてええねや。
ほらまだやっとる。
今度二番の船近づいてる。
あの土産物売りのあの女子衆京言葉が馬方になってみ。
どうなる?お前。
『チョイチョイチョイチョイ何しといやすの?阿呆くさ。
あんさんのお顔いっかいお顔どすな〜。
おみ脚歪んどおすがな』。
馬『そうどすか〜』っちゅうて寝てしまいよる。
やっぱり馬方船頭ってなぁ言葉荒いほうがええねや。
な〜船頭」。
「じゃかましいわいそこのお客」。
「見てみいお前のおかげで私まで怒られてんねや」。
「おうお客さんよ〜お女中じゃけあと一人乗せてやっとくんなされ」。
「旦那旦那」。
「何です?」。
「船頭があれだけ頼んでまんねやね〜?お女中さん一人でんがな乗せてあげまひょうがな」。
「あんさん喜六さん言いまんねやろ?最前から。
いやいやそりゃねあんた三十石初めてでっしゃろ?そやからそんな事言いまんね私何遍年に何回かこの船に乗ってまんねね?いやこれくらいでちょうどよろしいねん。
今はちょっと間が空いてるように見えまっしゃろ?これが大体枚方辺りに来たら皆寝込みまんな。
人間寝込んだら体が緩みまんね。
ほなちょうど皆広がってきてこれぐらいがよろしゅうなりまんねんて。
早うから詰め合わせたらね寝込んだ時に体が痛なりまんねんこれぐらいでよろしい」。
「そらぁええかしれまへんけどそのお女中さんが一番の船で急いで帰りたいって気は我々と一緒でんがな。
っちゅうのはね私そのお女中を最前船宿の二階で見たん。
そりゃきれいな別嬪さんでっせ。
年の頃なら22〜23ですわ。
色白でポチャポチャ〜っとしてニコ〜ッと笑たらえくぼがベコ〜ッとへっこんで」。
「いやそりゃなんぼ別嬪かしらんけど乗れんもんは乗れまへんがな」。
「あっよろしよろし。
そない言うねやったらね皆さんなんでっしゃろ?詰め合わせたら脚が痛なるさかい嫌や言うてまんねやろ?よろしよろし。
ほんなら私詰め合わせてもらわんでよろし。
私がね高う高う積んであげますわ」。
「どういう事で?」。
「いや私の膝の上へ乗せてあげます。
ね?『姐さん姐さん姐さん。
見てのとおり船はいっぱいだ姐さんの分詰め合わすっちゅう訳いきまへんけど姐さんさえよかったら私の膝の上座って大阪まで帰らはれしまへんか?』『まあ〜左様か。
えらいすんまへん。
私どうしても一番の船で急いで帰らんやならん。
用事がおますさかいそないさせてもらいます』『こっちゃいなれ姐さん。
言うときまっせ皆いけず言うて乗せたらんとこう言うてまんね。
私だけでっせ乗せたげよう言うてんのは姐さん。
こっちこっちこっち。
あっ向こう向きやおまへんこっち向きこっち向きこっち向き。
で股股股股ポ〜ンと」。
「あんた一人で何言うてはりまんの?」。
(笑い)「いや来たらの話でんが。
ね?姐さんが来たら仮の話でんが『姐さん股ポ〜ンと割ってそうそう姐さん姐さんでね私のここらにもたれてゆっくりと寝とくんなはれ』『まあ〜そんな事したらせっかくのお召し物に髪の油が付いて汚れてしまいます』『何を仰います姐さんこんな安物の着物でんがなね〜誠姐さん気になるんでしたら私がここへこないして手拭い当てときまっせ手拭い。
ね〜ここへもたれてゆっくりと寝とくんなはれ。
その代わり姐さん私も眠とうなったらね姐さんのうなじ辺りにもたれてゆっくり寝させさせてもらいまっせ』『よろしゅうおます』。
しばらくしたら船が出る。
船が出たら櫂から艪と変わる。
艪と変わったらどうしても船がガブリまっしゃろ?ねたとえ船がガブろうが揺れようが私と姐さんはしっかりと抱き合うてこういう具合にこういう具合に口と口が…」。
「あんたうまいことやらはりまんねんな」。
(笑い)「それからどないなります?」。
「船が天満の八軒家に着きますわ。
『兄さん。
昨晩はえらいお世話になりました』『何を仰います。
そんな事で礼言われたらてれてしまいます』『どちらへお帰り?』『私は内久宝寺ですねん』『まあ〜お近くやおまへんか』『姐さんは?』『松屋町和泉町上がった所でんねやわ』『同じ方角でんな』『一緒に帰りまひょか?歩いて帰るのもなんでっさかい車に乗りまひょか?車屋はん車…』」。
「あんたどこから声出してはります」。
(笑い)「『相乗り車1台』。
車屋がゴ〜ロゴ〜ロゴ〜ロゴ〜ロコトン目の前にかじ棒が落ちる訳。
『さぁ兄さんから』『何を仰います。
こういう事は姐さんから』『兄さんから』『姐さんから』『兄さんから。
いつまで言うててもしかたがおまへんな。
ほな一緒に乗りまひょか』。
一の二の三っつで車に乗る。
『車屋はん。
ちょっと恥ずかしいよってに幌掛けとう』。
幌がス〜ッと下りてくる」。
・「相乗り幌かけ頬っぺたひっつけ」・「テケレッツのパッパッパ〜」「おい船頭。
舳先のほうに一人おかしいの乗ってるがな」。
(笑い)「あれ川の中放り込んでお女中乗せたらどないや」。
・「車がゴロゴロ」「あんたまだ続きますか?この話」。
「続きまんがな。
松屋町和泉町上がった所でかじ棒がコトンと落ちる。
姐さんが『ご苦労はん』。
駄賃と心付けを渡して車屋を帰らしてしまう」。
(戸を叩く音のまね)「『お清お清』」。
「誰でんね?そのお清っちゅうの」。
(笑い)「いやこのお女中と一緒に住んでる女子衆さんでんがな」。
「ヘエ〜そのお女中さんて女子衆まで置いてまんの?」。
「そりゃああのお女中さんどこぞの船場辺りの旦那さんのお手かけはんですわねで旦那がちゃんとお女中置いとくれます。
大体ね女子衆さんの名前っちゅうのはお清かおなべに決まってまんねやね。
けどやっぱりあのお女中さんの別嬪さからいうたらこれはやっぱり女子衆さんもきれいですわな。
でどういうておなべやおまへん。
お清ですわな」。
(戸を叩く音のまね)「『お清』『御寮人さんお帰りあそばせ。
昨晩お帰りやと思てもう心配で心配で一睡もしておりません』『大水でな三十石が一晩出なんだんやわ。
そんな事よりあんたこちらの男のお方に船の中でえろうお世話になった。
あんたの口からもようお礼言うといとう』『まあ〜左様か。
家の主人がお世話になりましてありがとうございました』『何を仰いますこんな事で礼言われたらてれてしまいます』『さぁどうぞ家らへ入ってご一服を』。
私が遠慮しがちに上がりがまちの隅っこのほうで煙草を吸うてるっちゅうとお女中が姐さんがきれいに部屋着かなんかに着替えてスッと火鉢の前へ座って『兄さん…』」。
(笑い)「『そんな隅っこに座ってんとこっち上がらはったらどうえな?』『左様か。
そたらまぁ遠慮のしずきはかえって失礼に当たりますさかいにそちらへ上がらしてもらいまっさ』。
私が火鉢の前へド〜ンと座る。
姐さんがお茶とお菓子を出してくれる。
それ飲んでしばらくしたら姐さんがお清に目くばせをする。
『ウ〜ンウ〜ンウ〜ン』」。
(笑い)「すみませんこっちからも話入らせてもうてよろしいか?」。
「何でんね?」。
「その『ウ〜ン』言うてんのは狆か何か飼うてはりまんの?」。
(笑い)「何で狆が出てきまんねあんた。
人の話ちょっとも聞いてまへんがなあんた。
ね?姐さんがね?女子衆さんに目くばせをする。
分かりまんがな男前の客が来てまんねん。
酒の用意をせえっちゅうこってんがな」。
「誰が男前の客?」。
「私でんが」。
(笑い)「ね?それ聞いた女子衆さんがお清どんが『へえ承知致しました』。
上がりたての鮒みたいに口パクパクさせて表へポ〜ンと出ていく。
しばらくしたら仕出し屋の若い衆が『え〜毎度おおきに』提げ箱提げてボ〜ンと玄関先へ置いていく。
姐さんが卓袱台の上きれいに拭いて仕出し屋が持ってきた小鉢物の2つ3つ並べたところでお清どん酒の用意ができてくる。
杯洗へ銅壷のお湯を入れて私と姐さんの使う盃を2つ浮かべてこっちへ様子しながら持ってきよります。
チャプリンチリ〜ントッポ〜ン」。
「あんた一人でよう喋りまんな。
そやけど」。
(笑い)「何だんねん?そのチャプリンチリントポ〜ンて」。
「あんたら二人して人の話ちょっとも聞いてないな。
言うてまっしゃろあんた。
杯洗へ銅壷のお湯酒の燗する大っきいのがおまっしゃろ。
そこのお湯入れまんねん。
私と姐さんの使う盃を2つ浮かべて持ってきよりまんねんけどなんぼ様子してもお湯っちゅうのは揺れまっしゃろ?揺れた音がチャプリン盃同士当たってチリ〜ン沈んでトポ〜ン」。
「知らんがなそんな」。
(笑い)「『兄さんお一つどうぞ』『そんな昼日中から贅沢な物が頂けますかいな』『まんざら家のお酒に毒も入ってぇしまへん。
さぁお一つどうぞ』『左様か。
ほたらまぁ一杯だけ頂戴致しまっさ。
私が姐さんに注いでもろて…。
こらぁ結構なお酒ですなへえ。
姐さん。
ご返杯』『まあ〜左様か。
私勧めるだけ勧めて飲まなんだらバツが悪いよってに私も頂戴致します』。
姐さんがクッと飲んだ盃が私に返ってくる。
私がクッと飲んで姐さんに返す。
やったり取ったり取ったりやったり。
やったり取ったり取ったりやったりしばらくしたら姐さんの顔がほんのり桜色。
私の顔がほんのり石榴色」。
(笑い)「何だんね?その石榴色って」。
「私顔が黒いでっしゃろ?石榴色」。
「あ〜顔中ブツブツだらけや」。
「ほっときなはれそんなん。
『姐さん。
もうあきまへん。
もう決着です。
いや私も酒の量知ってまんねん。
これ以上飲んだら私しくじってしまいます。
ええ。
これでほんまにお暇させてもらいます』『兄さん。
そんな慌てて帰らん事にはお家で角の生えた方でも待ったはりますのんか?』『そんなもん家で角の生えてるものったらデンデン虫かカブト虫ぐらいのもんでおます』」。
(笑い)「『ほたらもうデンデン虫の事なんかデンデン虫
(全然無視)して…』」。
(笑い)「『今日はもう家で泊まっていかはったらどうええな?』『左様か?ほたらもう今日はデンデン虫やめて宿借り
(ヤドカリ)させてもらおか?』」
(笑い)「『ウハ〜ッ新の褌してきた。
よかったわ〜』」。
「あんたね…」。
(笑い)「それ最前から何を言うてはりまんねんな?」。
「いや何をてお女中を抱いて大阪へ帰ったあとの心積もり」。
「長い心積もりでんな」。
「おうお客さんよ。
お女中の荷物だけん取ってやっておくんなはれ」。
「船頭。
こっち貸せ船頭貸して。
誰にも渡したらあかん誰にも。
私の大事な荷物。
ほ〜らほらこれ受け取った。
受け取ったとこからこれ一杯飲んでねんねするっていう手付けになってまんねん。
どうです?皆さん羨ましいことおまへんか?けなるいことおまへんか?ええ?お女中の荷物やっぱり何か匂い袋のええ匂いしてます。
みんな頭出しなはれ頂かさせてといてあげまっさ頂かさせといてあげますわ。
私と一緒御利益があるようにね〜。
よう神主がやってまっしゃろ。
『畏み畏みて申す』ってやってまっしゃろ。
御利益おまっすわね〜。
大事な荷物や。
この雨避けのこの棒の所へこの棒の所へくくり付けときまっさこれへ」。
「おうお女中よ。
そこ歩板が跳ねますでな気ぃ付けてもうて。
ええ?なら私が引っ張りますでこっち乗ってやってくんなはれ。
引きますな。
ヨッヨッコイショっと」。
「はいはい親切なお方」。
(笑い)「どうぞよろしゅう」。
「ウフッ。
兄さん兄さん。
荷物吊ってる場合やおまへんで。
お女中来はりましたでお女中」。
「ちょっと待ってちょっと待って。
これ重たいさかい二重三重にくくっとくわこれな?落ちたらいかんな〜。
二重三重く…」。
(笑い)「おい船頭。
お女中わい?」。
「そのお女中じゃ」。
「これは船宿の二階に居てた小野小町のお婆やないかお前」。
(笑い)「お婆かてお女中じゃ」。
「あんさん。
あのお婆さんしっかり膝の上へ抱いて帰って…」。
(笑い)「一杯飲んでねんねしなはれ」。
「嫌やで俺」。
(笑い)「俺お前介護人やないねんさかい」。
「誠にすんません。
私の荷物」。
「あ〜お婆さんの荷物心配しはらいでよろし。
あの人親切な人でっせ。
あそこへ天井吊ってくれてますわ。
お婆さん。
あの荷物何だんねん?」。
「はいはい家主の旦那さん親切なお方。
年寄り船の中で尿するのは危ないちゅうて焙烙に砂入れて下さった」。
「お婆のおまるかいなお前。
あのガキはおまる皆に頂かしやがんねほんまに。
御利益があると思たら砂が落ちてきたあんねやがな。
お婆さんあれ新やろな?」。
「はいはい最前一遍だけ」。
「もうしたん?」。
(笑い)「古のおまる吊ってんと早いこと下ろしぃな」。
「ええ?これおまるかいな重たいと思た」。
パチン。
「あっ割れた」。
「何をすんねんな。
船頭。
早う船出しや」。
「出しまっそ〜」。

(下座囃子)船頭さん乗りまえが決まりますと舫綱を解いて歩板を引き上げます。
赤樫の櫂で1つ岸をグ〜ッと張りますと船はドブンチョボチョボドブンチョボチョボ。
艫下げの格好で本流へ下りて参ります。
いわゆるバックの形でございます。
船が長いのでまだ支川では回す事ができません。
これが本流へ出て参りますと船頭四人が力を合わせまして川下へグ〜ッと船を向けます。
船頭さん滑らんようにプッときり水を吹いたところでグルッと肌脱ぎになりよった。
肌は日に焼けて真っ黒け。
二丁の艪には四人の船頭がつきまして力を込めて漕ぎ出した。
「ヤッウントショイ〜」。

(下座囃子)「ホイ〜ッ」。

(下座囃子)
(下座囃子)「ホイ〜ッ」。

(下座囃子)
(下座囃子)「ショイ〜ッ」。

(下座囃子)
(下座囃子)「ショイ〜ッ」。

(下座囃子)
(下座囃子)しばらく致しますと船頭さん大きな声で唄を歌い出します。
これ別に来週の日曜日のど自慢大会へ出ようという訳ではございません。
この唄が聞こえてる間乗り遅れたお客さんは岸から呼んだらまた船を着けてくれたんやそうですその合図の唄でございまして。
・「やれ伏見中書島な」・「泥島なれどよ」
(下座)・「お〜い」・「なぜに撞木町ゃな薮の中よ」・「やれさヨイヨイヨ〜イ」
(下座鐘)中書島の橋の上から…。
「勘六さ〜ん。
大阪へ行たら小倉屋の鬢つけ買うてきてや〜」。
「おい。
誰じゃ?あれ。
ええ?二番の船頭勘六のこれかい?えげつない顔しとるな。
ええ?」。
(笑い)「正月の福笑いみたいな顔しとる。
目と鼻のつき場所を置き間違うとるぞあいつは。
な〜?ありゃ京の町中に居りよるからええようなもんじゃ。
ありゃお前山に居りゃお前猟師が猪と間違うて撃ちよるぞあれは。
な〜」。
「そう言うてやりぃなて。
女子は顔じゃありゃせん。
女子はここじゃ」。
「何が?」。
「女子はここじゃ」。
「ハア〜胃の強い女子がええか?」。
(笑い)「ばかこけ。
そうじゃありゃせんが。
昔から言うでねえか。
男と女を例えて『立って食う寿司も寿司寿司』と」。
(笑い)「何じゃ?そりゃ」。
「寿司にもいろいろあって立って食う寿司もありゃ座って食う寿司もある。
押した寿司もありゃ巻いた寿司もある。
このごろ江戸から握った寿司も来とる。
これら男と女に言いぐるめて『立って食う寿司も寿司寿司』と」。
「ばかこけお前。
それも言うなら『蓼食う虫も虫虫じゃい』」。
(笑い)「どっちも間違うとる」。
・「やれ淀の上手のナー」・「千両の松はヨ」
(下座)・「お〜い」・「売らず買わずでな見て千両ヨ」・「ヤレサーヨイヨイヨーイヨーエ」
(下座鐘)
(下座)・「ヤレここはどこじゃとナー」
(下座)・「船頭衆に問えばヨ」・「お〜い」
(下座)・「ここは枚方ナー鍵屋浦ヨ」・「ヤレサーヨイヨイヨーイヨーエ」
(下座鐘)明治の初めまで隆盛を極めておりましたこの三十石船も明治5年鉄道の発達によりましてその立場を追われる身となります。
そして明治10年には完全に京都神戸間が鉄道で結ばれまして乗り合い船としての三十石船は完全にその姿を消す事となります。
時代は明治大正昭和平成と変わりつつあります。
変わらぬものは淀の流れとお客様のご贔屓でございます。
「三十石船」お時間でございます。
(拍手)
(打ち出し太鼓)2014/10/19(日) 14:00〜14:30
NHKEテレ1大阪
日本の話芸 落語「三十石」[解][字]

第344回NHK上方落語の会から笑福亭三喬さんの口演で「三十石」をお送りします(平成26年9月4日(木)NHK大阪ホールで収録)。

詳細情報
番組内容
第344回NHK上方落語の会から笑福亭三喬さんの口演で「三十石」をお送りします。(あらすじ)上方落語“東の旅”のクライマックス。伊勢詣りの帰路、京都見物も終えた喜六と清八。大阪の八軒家までは三十石の夜船で帰ろうと京都伏見の寺田屋の浜までやって来た。船宿ではいろいろな客が舟が出るのを待っている。いよいよ舟が出る時刻、土産物売りの声や乗合客のたわ言でにぎわう中、船頭唄にのせて船が出ていく…。
出演者
【出演】笑福亭三喬,花登益子,桂米輔,桂米平,桂そうば

ジャンル :
劇場/公演 – 落語・演芸

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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