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うわっ何これ!ホラー映画?いやこれ違うんですよ。
えっ!海を再生するための大事な作業なんですね。
何をしているかは次回のお楽しみ。
お楽しみに!わっ出た!
(一同)東北発☆未来塾!
(テーマ音楽)岩手県釜石市鵜住居の歯科医師…遺体安置所に通い遺体の歯を調べて身元の確認作業に当たりました。
早さんの歯科医院は海から1kmほど離れた町の中心部にありました。
あの日早さんは女性スタッフたちと午後の診療を始めたところで大きな揺れに襲われます。
ただごとではないと感じた早さんはすぐに患者を帰らせスタッフと共に山あいに避難します。
その直後津波は鵜住居をのみ込みます。
犠牲者は500人を超えました。
震災発生から2日後町の郊外にある使われていなかった工場が急きょ遺体安置所に指定されます。
捜索が進むにつれて遺体の数が増え広い工場はたちまちいっぱいとなりました。
山あいの小学校に避難していた早さんは安置所で歯科医師が必要とされていると聞き急いで駆けつけます。
早さんが引き受けたのは遺体の歯の記録をとる事でした。
歯科医師となって初めての経験でした。
遺体からとられた歯の記録はDNAや指紋とならんで身元を確認するための重要な手がかりとなります。
歯の生え方や治療の痕などを詳しく調べるとその人だけにしかない特徴が明らかになります。
生前のカルテと照合すれば遺体の身元を特定できるのです。
早さんは遺体の数が最も多かった震災直後の1週間毎日通いました。
早さんたち歯科医師の努力で多くの遺体を家族のもとへ帰す事ができました。
平成23年9月早さんは鵜住居で地元の人たちのために仮設の診療所を開きました。
(司会者)321!
(クラッカーの音)2014/11/03(月) 23:20〜23:25
NHKEテレ1大阪
あの日 わたしは〜証言記録 東日本大震災〜「岩手県釜石市 早

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