(佐々木)刀っていうとみんな武器だと思ってますけども武器を超えて最初は神様のものだったですからね。
(洗濯機のブザー)
(刀を研ぐ音)武士の魂日本刀。
その歴史は1,000年を超える。
刀を研ぎ澄ましその可能性を最大限引き出すのが研ぎ師と呼ばれる男たちだ。
日本を代表する…10代の頃から刀にほれ込んできた。
佐々木は現在住み込みの弟子を取る唯一の研ぎ師である。
2人の弟子が独立を目指し日々修業を積んでいる。
ここの先端はこうなってるでしょ。
ここから下ろしてくるだけでいいんだから。
(秋田)はい。
技術じゃないんだっつうの。
見る目だよ見る目。
見る目がないから駄目な所までまだやっちゃうんだよ。
これを見つける目だよ。
見つける目がないから壊れても平気で押すんだよ。
ね?目を三角にしてそういう目をして。
見てみろ雄一。
秋田の顔。
雄一なんか怒ったって知らん顔でしょ。
(雄一)知らん顔じゃないですよ。
秋田はね繊細そうな顔してね雑ですよ。
それをねやっぱり自分がそれを感じなくちゃ駄目ですよね。
人の顔そうやってにらみつけるんじゃないよ。
にらんでません。
地顔です。
えっ何?地顔です。
もっとうれしそうに仕事しろうれしそうに。
これは大変だなちょっとな。
これはもうあんまり当てない方がいいかもな。
これ肉そろえようと思わなくていいからね。
これはよくなりましたよ。
この子は天才だよね。
顔は天才の顔じゃないけどね。
プレッシャーがすごいです。
いやいや本当にこの子はね天才だと思うね。
相良雄一は15歳で弟子入りしめきめきと腕を上げてきた。
佐々木から独立を認められるまであと一歩だ。
きっかけはもともとうちの父が愛刀家でちっちゃい頃からやっぱり刀を見てたので。
うちの師匠は基本的に内弟子しか取らない人だったので弟子になるならうちに入らないと駄目だぞという話で。
最初入った時から驚きましたよね。
先生の仕事を見て「何だこれは!?」って。
イメージと全く違ったんで。
あまりにもきれいすぎて。
何だこうなっていくのかうわ〜すごいな。
いざ自分でできるかって言われたらできない。
中学を卒業する時に先生弟子にして下さいって言ったら君は勉強がしたくないだけだろうと言われて大学へ行って一応就職活動もしたりしたんですけどどうせやるんだったら刃物の仕事がしたいしそれだったら刀の仕事がしたいしやっぱり先生の所だなと思って。
秋田勇喜が日本刀に引かれたのはまだ小学生の頃だった。
刀の魅力は見ないと分からないです。
パッと見てすごいじゃないですか。
「何だこれすごい」と思って。
佐々木のもとには全国から研ぎの注文が次々と舞い込んでくる。
40本近くあるんじゃないですかね。
結構「早くやってくれ」って言われるとそっちの方先にいっちゃったり。
「いつでもいいよ」って言うとずらしたり。
一番古いので20年以上のがあるんじゃないですかね。
でもよく待ってくれてありがたいですよ。
これを僕の友人が持ってきたんですけどもこんなに錆びてるんでよく分からないんですよねどういう状態なのか。
ただまあまあ形も悪くないし窓開けしようかっていう事で窓開けっていうのをやったんですよ。
古い蔵で見つかった刀。
試しに少し研いでみると美しい刀文を持つ名刀だという事が分かった。
だんだん少なくなってきてますけどねこういうものは。
でも中にまだまだ蔵に眠ってたりという事があるんですね。
とてつもなくいいものがあったりするんですね。
いにしえより日本人は刀の鋼そのものを鑑賞し楽しんできた。
刀の反りや鉄の質感などまるで人の顔がそれぞれ違うように刀にも一本一本個性がある。
中でも魅力は刃先に白く浮かび上がる刃文だ。
その美しさは花や雲山の稜線など自然の情景に例えられてきた。
華やかな木目を思わせる刀の地肌。
目を凝らすと浮かび上がる粒子はダイヤモンドの輝きにも例えられ見る者を喜ばせてきた。
年に1度の全国大会が2か月後に迫った。
研ぎ師の登竜門とされその成績が将来の独り立ちを左右する。
雄一と秋田の真剣勝負が始まった。
雄一が選んだ刀ははるか南北朝時代に作られた名刀だ。
これはパッと見た時の印象で決めました。
姿を見た時のきれいな姿刃の出来を見た時にこれでコンクールいけるかなっていう。
自信はやっぱりありますね。
パッと見た時にこれすごいなっていう研ぎをしていければもしかしたら…。
(刀を研ぐ音)一方秋田が大会に出す刀はおよそ300年前元禄時代に作られた刀である。
長年の修業の成果が出せるか正念場だ。
いいじゃない。
もう何年だっけ?え〜と今年で9年目になります。
9年もいるんだ。
雄一は15年ぐらいいるのか?15年もいないですよ。
11年目です。
武士が戦で用いてきた日本刀は何よりも鋭い切れ味が命。
400年前に作られたこの刀。
実際に人体を2体斬ったと刻印されている。
切れ味を誇る一方で日本刀はその美しいたたずまいから芸術品として大切にされてきた。
刀鍛冶は今も1,000年以上前から変わらない技法で刀を作り上げている。
何度も刀を打ちつけ鉄の強度を上げたあと更に硬くするため焼き入れをする。
切る側の刃には土を薄く延ばし残りの刀身には厚く塗って火に入れるのだ。
この土の置き方によってまっすぐな直刃や波打つ湾れなど独特の刃文が生まれる。
刀を800度近い高温で熱したあと急速に冷やす。
土を薄く塗った刃先は一気に冷やされて硬くなり残りの刀身は柔軟性を保つ。
この時刀鍛冶が描いた刃文が刀のしんまで焼き込まれるのだ。
(チャイム)どうぞ。
こんにちは。
すいませんわざわざ。
この日佐々木のもとにある人物が研ぎの依頼に訪れた。
なるほどなるほど。
何本かやった事ある。
頼まれて。
日本を代表する…佐々木に厚い信頼を寄せ長年作った刀を任せてきた。
私が作ったものを100%200%表へ出してくれるか50%しか出ないかの違いですから。
だから100%以上出してもらいたい。
研ぎ師の手にかかるまでは刀鍛冶自身も刃文や地金の仕上がりを確認する事はできないのだ。
佐々木が研ぎの仕事に入る。
初めに行うのが刀の反りや肉づきを整える下地研ぎである。
粗い砥石を当てて余分な鉄を削り落としていく。
目で確かめる事のできない刀の裏側をまるで彫刻家のように大胆に削っていく。
一度削り落としてしまった鉄は二度と戻らない。
手先の感覚だけが頼りだ。
怖いですよだからね。
やっぱり名刀は同じもの一本しかないんですからね。
二度と同じものできない訳ですから。
それを減らして研いでる訳ですから無駄に減らしちゃいけない。
減らさないようにいかにこれを大名刀にしていくかという事が研ぎ師の仕事ですからね。
砥石は少しずつきめの細かいものに替えていく。
斜め縦横と研いでいく事で残った砥石の跡を少しずつ細かくしていく。
この研ぎを10回以上繰り返した頃砥石目が消え去りようやくうっすらと刃文が浮き上がってくる。
刀の顔を美しく整える仕上げ研ぎに入る。
硬い砥石を砕いて刀の表面をなぞる。
肌を黒くしっとりと磨き上げるのだ。
次に軟らかい砥石を使っておしろいを延ばすように刃文を仕上げる。
黒い地金と白い刃文。
そのバランスに研ぎ師のセンスが遺憾なく発揮される。
研ぎ始めて1か月。
新たな名刀の誕生である。
刀に秘められていた個性が輝いている。
刀鍛冶が鍛え研ぎ師が魂を込めて仕上げる日本刀。
緊張感の中に自然への憧れを映し出す日本人の美意識である。
(男性1)日本刀は実際に見た事ないですね。
(男性2)日本刀のイメージ?侍とかですかね。
(女性1)え〜何だろう?
(男性3)興味は一切ゼロでしたね。
(女性2)持ってると捕まるのかどうか分かんないですけどやっぱ危ないんじゃないですか。
持ってる人なんて少ないんじゃないですかね。
分かんないですけど。
(男性4)想像できないですね。
(女性3)もう使ってない古いもの?鉄の塊ですよね言ってしまえば。
(男性5)同じ事をずっとやり続けるという厳しさは僕は無理かなって思います。
(男性6)それで生活できるんですかね?現在プロの研ぎ師は全国で僅か50人ほど。
その数は年々減ってきている。
次が来ないんでずっと。
入った人入った人通いになるとか3か月でやめるとか国に帰っちゃうとか。
食事の買い出しをはじめ家事は全て弟弟子秋田の仕事だ。
何かほかにない?ないよ今日は。
イカと卵だけ。
佐々木のもとに入門して9年食費の節約術も上達した。
(レジ係)2,446円頂戴致します。
大体5食分くらいです。
安く済んだ方じゃないですかね5食分でこれだったら。
うまくすれば6食引っ張れるかなと。
ごはんで〜す!・
(足音)はいはい。
食事食事。
今日はアジか。
アジです。
(一同)頂きます。
これもう味付いてるの?うん煮浸し。
ちょっとおかず少なくないか?
(雄一の笑い声)ねえ。
魚しかないじゃんかよ。
もう一品欲しかったよな。
骨を…。
骨がない方がいいな。
体型の事とか自分たちももう10代でもないですしそろそろ味付けとかいろいろ考えなきゃいけないのかなと思ってやると評判悪いし。
どうしようかなと考えますよね。
ニンジン安かったですしニンジンと鶏手羽と何か煮てあげてあとコンニャクか何か。
そしたら反応よかったかなとか。
ありますね。
独立はやっぱりしなきゃいけないとは思ってますね。
出た時にどう見られるか。
どれだけの自分の技術があるのかっていうのはやっぱりまだ分からないので。
独立はしたいですね。
もちろん結婚もしたいし。
…とは思いますけど今は無理ですね。
今はもう仕事…頭の中は仕事だけですね。
刀を研ぎ始めて3週間。
雄一は下地研ぎの最終段階を迎えていた。
(刀を研ぐ音)手。
フフフ。
ポンと当たったんですよ。
ここが切れてて。
普通こっちなんですけど。
ハハハハ!手のひらの方。
ちょっと恥ずかしいハハハハ!これ先生に怒られちゃいます。
(雨音)どうしたらそんな下手にできるか俺が教わりたいよ本当に。
ねえ秋田君。
そうですね。
この新作刀だって1,000年もつっていう事はあるんだよ。
それもつためには研ぎ師がどんな気持ちで研がないといけないか。
いい加減に研いでるのがいっぱいあるよ。
だからみんな刀壊れちゃうんだよ。
多くは研ぎ師がみんな壊してる。
もう当てさせないぞそんな当て方してると。
分かった?はい。
頼むよ。
はい。
これ師匠に言われて今日あった事とかその日にやった事とか言われた事とかを書いてけって言われてあとは自分の仕事の中で思った点とかを書いたものです。
自分が入門したのは大学出てからだったので「若いのと違って体で覚えられないんだから頭で覚えるようにしろ」と言われました。
「タマネギの皮がむけていない。
余計な皮を1枚ずつむいていけ。
緊張するな。
自分を捨てろ。
自分の心にしんを持て。
それは刀のせいではなく自分のやり方が悪いせい。
自分のために仕事をするのではなく刀のための仕事をする」。
怒ってばっかりじゃ駄目ですけども時々怒らなくちゃいけないですよね。
それについてこれないと駄目だけども。
通ってくるのは絶対覚えないですね。
通いはやっぱり覚えきれないですよね。
大事なところで逃げちゃうからね。
追い詰めて追い詰めて…っていう感じですよね。
この間開けたよね。
穴ポッコリ開けて。
佐々木は研ぎを学びたいという若者なら誰でも受け入れてきた。
同じ屋根の下で暮らし食事や小遣いを与え指導してきた若者の数は30人を超える。
僕なんか貧乏してるけども来る人は誰でも僕は取るんですよ。
やめてくのも止めないんですけどもね。
やるっていう事になればいつまでも教えるんです。
だからまあそのおかげで苦労させてるからうちのかみさんもね。
早死にしちゃったんですけどね。
だからそのころからやっぱり弟子にお金いっぱい遣っちゃったという事もありますよね。
こんにちは。
お邪魔します。
この日1年前に独立した弟子が訪ねてきた。
高校を中退し佐々木のもとで12年間修業を積んだ…研ぎ師の全国大会で見事グランプリを獲得し佐々木から独立を認められたのだ。
しかし1人で仕事をするようになってからは成績が振るわず去年の大会では雄一や秋田にすら負けていた。
地金がよくなったね。
(水田)ありがとうございます。
帽子のなるめが縁がちょっと白っぽいよな。
ああ。
そうですか?やり過ぎじゃないのか?え〜そんなつもりはなかったんですけどね。
いつもどおりだったんですけど。
点数的にはいいんじゃないかな。
(水田)ありがとうございます。
期待できそうだね。
やっぱりすごいなと思いますよ。
ここまでの研ぎを一人で誰も見ずにできる。
うまいな。
よく研いでるな。
(水田)これだと勝てそう?雄一。
俺に。
勝てそう?いや〜分かんない。
自分俺のもまだ下地だから。
そっか。
水田はこの子は何でも器用ですよね。
また雄一と違う大胆な部分も持ってるんですよね。
いい勝負になると思いますよ。
だからこの3人がいい勝負になると思うんだけども。
意地でも負けたくないですけどね。
去年とか負けてますからねコンクール。
もう今年リベンジですからね。
年上の人は気ぃ遣いますしね。
弟子入りした頃どうだったですかね?どうもこうもないですよ。
金髪でピアスしてもうダラダラの洋服着てケツ半分出してきたんですから。
それで「え〜?」と思ったんですよ。
みんな「すぐやめんじゃないんですか」って言ったから「そうかじゃあほっぽらかしとこうか」って。
大変だろうな。
まああとはね全部…。
やっぱりそう思うもん。
よく取ってると思うもん。
最初1〜2年は余裕で使えないのにさ。
ただ飯食わせなきゃいけないんだよ。
でもまあ先生だからこういう弟子が来るんでしょうけども。
(笑い声)水田は佐々木の家から車で1時間ほどの場所に一軒家を借りている。
去年結婚もし一人前の研ぎ師としての生活をスタートさせたばかりだ。
(水田)先生んとこと同じようにっていう形で。
刀を保管する金庫は特大のものを用意した。
(水田)こういう形で入ってたりとか。
大体横向きに今は置いてるんですけどうち本数少ないからまだ横向きで立ててるとガタンって落ちたら困るんで。
だからこういう形で下地はこうやって紙とかに入れて。
今までは先生の家に行って先生に何でも聞けたんですけど今は全く聞けないんで本当に一人でこうかなって思ってやったりとかああこうじゃないなと思ってやり直したりとかするところもあるのでだからまだ確立中です。
(鈴の音)やっぱり写真飾ると何となくその方に意思が通じるような気がしちゃうんですね。
ついついどんどん増えていっちゃうだけで。
真ん中にいるのがうちのかみさんなんですよ。
それでその隣にいるのが母親なんです。
まあ何しろ僕も変わり者で迷惑かけたりうちのおふくろも随分泣かしてますんでね。
「S昭和35年9月24日。
この男家出せん」。
こう書いてある訳ですよ。
考えてみるとこれちょうど僕が17歳の時なんですよ。
それで広島から東京へ出ていったんですけども家出しちゃったんですね。
恥ずかしい…。
原点かもしれないですこれが。
佐々木は30歳の時に一人息子ができ父親となった。
息子は研ぎ師を目指しほかの師匠に弟子入りしたがやがて挫折。
舞い戻ってきた息子を佐々木は自分の弟子として受け入れる事はなかった。
うちに帰りたいって言ったから駄目って言ったんですよ。
うち弟子がいるから駄目だって。
お前が来ると結局ほかの弟子がかわいそうになるから。
ほんで弟子は取らねえ自分の息子は。
何か秋田やけくそっぽいな。
やけくそにやってるみたいだ。
いいよいいよもう。
こっちの手。
こっちにもやるの?毎月東京都内で開催されている刀剣市。
そこでは全国から集められた名刀が刀剣商たちによって競り落とされていく。
え〜40万!85!85!
(高橋)やっぱり姿形とか刃文ですよね。
あと地金とか。
それがきちっとそろってるって事が名刀の条件だと思います。
(高橋)高いのは何千万とかするのもありますし。
1,500万。
(高橋)大会社の社長もいますし一般サラリーマンでコツコツためて買う人もいるし。
外国にまで人気がありますから外国の人も随分日本に買いに来てます。
ハイハウアーユードゥーイング?カナダ人のパブロ・クンツは外国人向けに日本刀を売る刀剣商だ。
この日はアメリカ人の顧客を訪ねた。
今回雄一が大会に向けて目指すのは直刃と呼ばれるまっすぐな刃文。
シンプルに見えて実は最も難しいとされる刃文である。
やっぱり豪壮じゃないですか。
直刃できれいさもあるし豪壮さもあるし。
いや〜目指してるのはこういう強さのある直刃というのはやっぱり目指してますね。
雄一が仕上げ研ぎに入って3日目。
まっすぐな刃文が白く浮かび上がってきた。
どうかね?はい。
まあ〜ちょっとどうしていいか分かんなくなってるな。
なあ?うん?ちょっと荷が重い感じはするよな雄一にはな。
まあよく考えてよく考えてやってみろよ。
はい。
豪壮な直刃に仕上げたいという一心で刀を研いできた雄一。
ところが研ぎ進むにつれ刃文が切先の辺りで波打っている事が分かり方向性を見失っていた。
本来は人と同じような研ぎをしてもつまんないですから自分の研ぎをしたいと思うんですよ。
ただやっぱり刀にはおきてと特徴がありますからそのおきてを外しちゃいけないと思うんですよ。
もう刀に負けてるよ。
うん?これをよくなんなければコンクールに出させないから。
佐々木も研ぎ師として認められるまで大きな苦労があった。
故郷を飛び出し日本刀の仕事がしたいと全国を回ったがどこでも門前払いされた。
そんな佐々木が30歳になった時初めて受け入れてくれた研ぎ師がいた。
今は亡き人間国宝永山光幹。
永山は生涯で100人以上の弟子を育てた研ぎの世界の重鎮だ。
佐々木は研ぎの技術を一から教わりめきめきと頭角を現していった。
そりゃあもう僕から見たら神様みたいな方ですね。
あのパワーはどこにあるんだろうというぐらいのパワーがあったですからね。
とてもまねできませんね。
やっぱり永山先生の技術は超えられなかったからね。
今度は僕を通して僕を超えてもらいたいなと思うしそれで誰か一人ぐらい永山光幹を超えるような人が生まれてくるんじゃないかなと期待はしてますよ。
いよいよ雄一は最後の切先の仕上げに入っていた。
ここで失敗すると全てがやり直しになる最大の難関だ。
何やってんだよ。
これ刃先が全然当たってないよ。
当ててごらんって言ってんのよ。
もっともっと度胸決めて決めちゃいなよ。
出さないんだよ君は怖がって。
雄一は失敗を恐れるあまり正確な角度で刃を当てられずにいた。
もっともっともっと中入ってごらん。
もっともうちょっと中入れ。
下げるなって刀を。
そこをいくのが度胸だよ度胸。
下げちゃ駄目なんだよ。
下げるなっていうんだ。
下げるなっつうんだよ。
これ手を下げるなっつうんだよ。
上げろっつうんだよ。
ねえ。
言う事聞けよちゃんと。
もっとゆっくりゆっくりゆっくりでいいから。
確実に当てるんだよ確実に。
早い時には1時間ほどで終わる作業だが雄一は既に15時間以上も続けていた。
どうだ?悪いなあ…。
いいか。
雄一じゃこんなもんかな。
フフッ。
何だその「フン」っていうのは。
大変だったろう?大変でしたよ。
すごい経験だった?そうですね。
よくなった。
ご苦労さん。
ありがとうございます。
最初はこう直刃にしていこうかなと思ってたんですけどどうしてもやっぱり焼き自体が高くなってるんで浅いのたれになったんで。
これもまたよく見えるかなと。
もうやるだけやってくって感じですよね。
まあまだ見せて恥ずかしくはないかなぐらいの感じですかね。
雄一が研ぎ上げた南北朝時代の名刀。
刀の個性を生かすため思い切って切先の刃文を波打つ曲線に仕上げた。
秋田の刀も完成した。
華やかな丁子のつぼみの刃文で仕上げた。
大会の結果発表の日がやって来た。
(拍手)独立後成績が振るわなかった水田。
今年は見事準グランプリに輝いた。
銀賞一席の受賞者研磨部門相良雄一様。
作刀部門木村光宏様根津啓様。
雄一は自己ベストとなる銀賞を受賞した。
20名を超える参加者の作品の中で水田の刀が大きな評判を呼んでいた。
よかったな。
(水田)よかったです。
返り咲いて。
(水田)そうです頑張りました。
また落ちなくてよかったです。
高い技術が評価された雄一の刀。
まあ悔しいのもあるんですかね。
でも次。
次ですね。
もうこれは終わったんで。
次に。
自分的に納得いってないから。
それがうまくいけば独立につながっていくんじゃないんですかね。
一方秋田は残念ながら上位での入賞は果たせなかった。
正直やって何でここできないのって言われていや〜分からない何でだろうって考えてるぐらいですからまだまだ考えが浅いと思います。
(取材者)ずっと続けていくんですか?研ぎの仕事は。
もちろんです。
ほかに考えられません。
だってやめたらそれで終わりですからね。
やめた瞬間に負け犬ですよ。
うまいですよやっぱり雄一でも水田でも。
うまいから満足してますよ。
あとはこれから先は独立してどういう状態になるかなとは思うだけですよね。
佐々木さん。
おおこんにちは。
佐々木一門の評判を聞きつけてカナダ人の刀剣商クンツが訪ねてきた。
クンツが依頼したのは400年前の名工安定が鍛えた刀。
刀は抜群にいいけども研ぎは抜群に悪いな。
大丈夫?駄目。
全然駄目だね研ぎがね。
これはすごい名刀だよ。
ちょっと見せようか。
(クンツ)よくなります?刃が利いてないから働きとかもっと出る。
もっと出るね。
利いてないんですよ。
研いでみたいです。
やっぱり一番は地金。
どうなるか。
多分よくなると思う。
あと匂い口。
もっと明るく。
匂いがもっと強いというイメージでやっていきたいですね。
それはOK。
お願いします。
雄一さんはしますか?研ぎを?それは先生が。
そうOK。
先生「いい」って言ったら。
そう先生選んで。
じゃあ雄一さんが。
佐々木は大会で見事に名刀を研ぎ上げた雄一にこの刀を任せる事を決めた。
うちから出す仕事だから俺のうなるような仕事してくんないと困るよ。
はい。
うん?1,000年にわたり研ぎ師によって受け継がれてきた日本刀。
その輝きはこれからも人々の心を魅了し続ける事だろう。
だけどその前に…。
・ごはんで〜す!2014/11/03(月) 15:05〜15:55
NHK総合1・神戸
日本刀に恋して 知られざる研ぎ師の世界[字]
武器でありながら芸術品でもある日本刀。刀を研ぎ澄まし、その美しさを引きだす研ぎ師たちに密着。師匠の指導のもと、研磨大会での優勝を目指す兄弟弟子の日々を追った。
詳細情報
番組内容
武士の魂、日本刀。刃に現れる刃文は、花や雲、波など自然の情景を映し出し、高いものは何千万円もの値がつく。刀を研ぎ澄まし、その美しさを引きだす研ぎ師は、現在全国に50人ほどしかいない。いま住み込みの弟子を取る唯一の師匠、佐々木の元で、独立を目指し厳しい修行に励む兄弟弟子に密着。活気ある刀剣市、外国人刀剣商の様子を交え、年に一度の研磨大会での優勝を目指し、名刀を研ぎ上げる若者たちの姿を追う。
出演者
【出演】研ぎ師…佐々木卓史,水田吉政,相良雄一,秋田勇喜,刀剣商…パブロ・クンツ
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
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