「世の中」ということばを辞書に人生を捧げたある編纂者はこうつづりました。
国語辞書といえばどの家庭にも1冊はあるとても身近な存在ですよね。
でも正直言って「辞書なんてどれも一緒。
どうせ同じ事が書いてあるんでしょ?」なんて思っていませんか?これからお届けする物語を聞いたらそうした思い込みが覆されるかもしれません。
累計発行部数なんと2,000万部。
今日本で最も売れている国語辞書がこちら「新明解国語辞典」。
略して「新明解」です。
現在「新明解」は第七版まで出ていますが以前最も話題になった語釈といえばこちら!「新明解」第三版の「恋愛」の語釈です。
(せきばらい)辞書に本当にそう書いていたんです。
もう一冊の辞書は累計発行部数およそ1,000万部。
学習辞書として小中学生を中心に幅広い年代に支持される「三省堂国語辞典」略して「三国」です。
「三国」は現在第六版まで出ていますが…。
先ほどの「恋愛」の語釈が「三国」第二版ではどのように書かれているのか。
私はこっちの方がしっくりくるんですけどね〜。
「新明解」第四版にはこんな語釈も載っています。
例えばこちら。
辞書なのに「おいしい」って。
一方「三国」はというと…。
なるほど。
客観的に簡潔に説明しようとしています。
でも「新明解」に比べて「三国」ってどうもいまひとつ特徴に欠けるって思っていませんか?実は「三国」にも立派な特色があるんです。
見て下さい!「三国」の第三版。
こんな事まで辞書に載せていいんでしょうか?ちなみにこのことば「新明解」はというと…載っていません。
どのことばを載せるかについては「新明解」は伝統を重んじる慎重派なのに対し「三国」は積極的に現代語を採用する考えなんです。
「新明解」と「三国」2つの辞書は実は同じ出版社から出ています。
しかももともとは同じ…その辞書とは戦前に出版された「明解国語辞典」略して「明国」。
これを編纂したのは東大を卒業したばかりの…一人は後に「三国」の生みの親となる…「ケンボー先生」。
もう一人は後に「新明解」の生みの親となる…常識を覆す独特な語釈を記し辞書界に革命をもたらした「山田先生」。
良き友でありライバルでもあった2人はある「時点」を境に決別しそれぞれの道を歩みました。
一体2人に何があったのでしょうか?その謎を解くヒントはまさに「時点」ということばの用例に隠されています。
なぜか唐突に謎の日付が書かれています。
実は1月9日はケンボー先生と山田先生にとって生涯忘れる事のできない重要な日付だったのです。
足かけ50年に及ぶ2人の編纂者の人生を見つめ2つの辞書が生まれた物語に迫ります。
見坊と山田の生前に2冊の辞書が誕生したいきさつについてただ一人取材をした人物がいます。
一つのものから二つに分かれるという事自体が新鮮な驚きという感じがしたわけですね。
しばらくしてお二人ともお亡くなりになったのでいろんな関係者から話を聞いておかなければいけないんじゃないか。
20年以上前に取材した当事者たちの肉声テープ。
今回初めて公開されます。
更に辞書の語釈と用例にも2人の編纂者の思いが込められていました。
辞書作りにかける…そして…あの金田一京助先生の推薦とはいえどうですかねぇ…。
まあなんでも今年東大を卒業したばかりの大学院生らしいじゃないですか。
まあ戦争で人もいないんだしとりあえず会ってみてお手並み拝見ってとこですか。
(ノック)・はい!
(ドアを開ける音)失礼します。
見坊豪紀と申します。
よろしくお願いします。
現れたのはこの年東大を卒業したばかりの見坊豪紀24歳。
この日の面接は新しい国語辞書の編纂者としてふさわしいかを見極めるためのものでした。
あなたはどんな国語辞書を作りたいですかね?はい。
私は3つの編集方針を考えています。
まず引きやすい事。
そして分かりやすい事。
それから現代的な事。
この3つです。
誰もが引きやすいように見出しは歴史的仮名遣いをやめ発音どおりに載せる表音式にするべきだと思います。
百科項目の説明についても動物図鑑や植物図鑑を丸写しするような事は決してやらない。
新規項目についても外来語を積極的に入れたいと思います!は…はぁ…。
見坊の才能を見いだし出版社に推薦したのは東大の恩師だった言語学者金田一京助でした。
いや〜見坊君お若いのにさすが!金田一先生が見込んだだけある!よろしくお願いしますよ!是非今までにない辞書を作って下さい!お願いしますよ〜!ありがとうございます頑張ります…。
見坊と同じく東大で国語学を専攻し同級生だった…
(見坊)山田君。
山田君!おお見坊。
どうした?金田一京助先生に頼まれて国語辞書を作る事になったんだけど。
おお!本当か。
すごいな。
でも辞書をたった一人で作るのは大変だ。
山田君よかったら辞書作りを手伝ってくれないか?ああいいよ。
自分が力になれるんなら…。
よ〜し!じゃあよろしく!よろしく。
こうして辞書作りに関わるようになったケンボー先生と山田先生。
しかし山田先生の「新明解」第三版には気になるこんな用例が載っています。
辞書作りを始めた見坊は大学院にも行かず一日中机に向かい一人で原稿を書き続けます。
その後山田のもとには見坊が書いた大量の原稿が送られてきました。
それを校閲するのが山田の仕事でした。
執筆開始から僅か1年。
見坊はほぼ一人で一冊の国語辞書の原稿を書き上げてしまいます。
そして…「明国」には当時の辞書にはない際立った特色がありました。
見出し語は難解な歴史的仮名遣いをやめ発音どおりに載せる「表音式」を採用。
戦争中にもかかわらず外来語も豊富に掲載していました。
この3つです。
見坊が考えた編集方針どおりの画期的な辞書でした。
「辞書不足」が叫ばれる中「明国」は待ちに待った国語辞書として大ヒットします。
しかし見坊と山田の名が世に知れ渡る事はありませんでした。
「明国」の編纂に参加していた金田一京助の息子春彦によると…。
実態は「名義貸し」でも世間の評判は「金田一先生の辞書」でした。
一方山田には複雑な感情が渦巻いていました。
(玉音放送)ケンボー先生は再び山田先生との辞書作りを通して気力を取り戻します。
終戦から7年後の昭和27年。
「明解国語辞典」の改訂版が完成します。
新たなことばが大量に加えられた「明国」にはケンボー先生にとって思い出深いことばがあるそうです。
それは…。
実はこの「主食」山田先生の助言で取り入れたことばなんだそうです。
「明国」は初版改訂版合わせて累計700万部に及ぶ驚異的な売れ行きを記録します。
戦後の一時期には小型国語辞書の市場を独占する勢いでした。
昭和30年代に入ると編者たちは更なる改訂に向かって毎週のように研究会を開くようになりました。
喫茶店の個室を借り会議は3〜4時間にも及んだといいます。
会議には金田一春彦そして後に「三国」と「新明解」両方の編者となる柴田武も参加していました。
改訂作業の中心を担っていたのは見坊でした。
では…魚の「たら」についてはどう書きましょうかね?そりゃ「たら」はうまい。
美味。
そう書けばいい。
いやいやそりゃないでしょうよ山田君。
他の魚に「美味」なんて書いてないのに「たら」に「美味」はおかしいだろう君。
いや私の住んでいた富山県ではたらが一番おいしいんです。
(笑い声)それじゃあ「富山県では」と書こうか。
アハハハハ…。
私は真剣に言ってるんだ。
何なんだその言い方は!
(小林)「山田先生というのは学生のひねたような人だ」なんて言ってたんですよ。
確かにそれは言い得て妙だと思ったんで…。
辞書出版部長や役員を務めた小林保民さん。
山田の人柄について…。
直情径行っていうんですかねぇ。
自分の主張を間違ってると思わなければあくまで主張するってところですね。
(ノック)
(店主)失礼いたします。
いや〜先生方お疲れになりましたでしょう。
ええ。
ところで皆様こういったものに興味はございますか?おお!これはブルーフィルム…ですか?
(店主)さようでございます。
え〜…「ブルーフィルム」とは何といいましょうか当時こっそり一部で見られていた「大人の映画」でございまして…。
なんと大胆な。
あれ?山田さんは?山田君挨拶もせずに帰っちゃったのか…。
恒例となったブルーフィルム鑑賞。
上映が始まると山田は一人何も言わずに帰りました。
は〜さて…。
あっ!ケンボー先生。
あっ!ごめんなさい踏んじゃってて。
見坊を中心とした編者たちは新たな国語辞書を出版します。
「三省堂国語辞典」です。
中学生用という事で作って下さいという事をお願いしてそれで急遽発足したのが「三省堂国語辞典」なんです。
当時何か中学生の数が最高の頃だったんです。
ですから「明解」の方の売り上げも落ちなければ「三省堂国語」の方も新たに業績を伸ばすというような会社としても御の字だったわけですね。
見坊は「明国」の編纂に加え中学生向けの学習辞書として「三国」も手がける事になりました。
「三国」は現代語を積極的に採用する辞書としてその後も進化を続けていきます。
こちら「三国」の第四版には…。
ねぇねぇ!この辞書見てよ。
ここここ。
「ウルトラマン」載ってる。
おっマジ?あっほんとだ。
じゃあこっちこっち。
「三国」の二版何か載ってるかな?あっこれこれ「怪獣ゴジラ」。
おお!あほんとだ。
「ゴジラ」が載ってる!何?それ。
やっべぇ…。
こら〜!そんなとこで油売ってないでうち帰って宿題しなさ〜い!は〜い!うわ〜!「三国」の第四版には見坊の辞書作りの姿勢を物語るあることばが収められています。
ここに見坊が行ったワードハンティングの成果が今も残されています。
これはねぇ「見坊カード」ですよ。
つまりあの見坊豪紀先生がずっと50年かけて集められた日本語の用例ですね。
見坊が50年かけて集めた膨大な量のことば。
辞書作りの基礎資料として世の中で使われていることばの用例を記録したカードです。
その数なんと145万例にも上ります。
これは…これは人間がやったのかという怖さがね。
現在「三国」の編者を務める辞書編纂者飯間浩明さん。
仮にですね私が生涯かけて20万まあ30万いくかどうかそれぐらい集めたとして到底及ばないわけですね。
その何倍ですよね145万という。
これはもう自分にはできないんだという無力感といいますかね。
見坊は新聞雑誌漫画広告などあらゆる媒体に目を通し気になることばに印をつけ出典や日付も一つ一つ正確に記録しました。
カードには必ず原文の一部を貼り証拠として残す徹底ぶりでした。
新聞は何紙も読む月刊誌をまた読む週刊誌も読むテレビラジオを見聴きなすってればそこでまた聴きながらメモをとる。
「三国」の編集担当だった田中三雄さん。
膨大な用例を集めた理由を見坊はこう話していました。
見坊は膨大なデータと客観的な証拠を基に世の中で使われていることばを辞書に反映しようとしました。
つまりそれぐらいの自己犠牲と引き換えでないとこういう事はできないと思うんですよね。
家庭での見坊の様子について子供たちは…。
だから仕事できないのはお風呂に入ってる時?トイレだって多分何かやってたんだろ?トイレに新聞とか持ち込んで出てこないんだよね。
ただ父親のような事をしたいかというとしたいとは思わなかったね。
そうねぇ。
(直哉)ああいう24時間仕事というのは。
なんせ世間知らずだからね。
あれだけ新聞読んでるのにね。
どうぞお上がり下さい。
すいませんねぇ汚い所で。
ただいま。
おかえり。
あら?お客さん来てるの?お茶いれようと思って。
あらそう。
珍しいわね。
でお客さんってどなた?いや…分からん。
えぇ!?「どなたがいらしてるんですか?」と言って話してみたら新聞の勧誘の方だったという。
おい今日から行かないぞ。
行かないって何をです?仕事。
えぇ!?見坊はワードハンティングに専念するためある日突然勤めていた国立国語研究所を辞めてしまいます。
母が「一緒に旅行に行くのは絶対に嫌だ」って言ってたのも待ち合わせ時間ちょっと5分でも時間があったら周りにことばがないかフラフラと行ってしまって。
見坊が果てしないことばの海にのまれていく一方その様子を複雑な気持ちで見つめる男がいました。
「明国」は第三版の改訂作業が期待されながら出版されず15年以上が過ぎていました。
こうして2人の関係にずれが生じ始めます。
そんな中当時の辞書界を揺るがすある雑誌の特集が発表されます。
それが「暮しの手帖国語の辞書をテストする」でした。
それは当時の国語辞書10点ほどを比較検証する内容でした。
具体的に裁縫用語の「まつる」を例に挙げ…。
当時の辞書界にはびこっていた盗用剽窃の問題が明らかにされました。
この事態を誰よりも憂えていたのは山田先生でした。
「新明解」初版にはこんな内容が書かれています。
山田と共に長年辞書の編纂に携わった倉持保男さん。
当時山田はこんな事を口にしていたと言います。
やっぱりそういう今までの辞書というものでは駄目なんだという一種の気迫みたいなものは何となしに感じた。
その気迫は後に山田が書いた文章にはっきりと表れています。
「やっぱり特色ある辞書を作るべきである」とおっしゃってましたね。
山田先生なりの辞書に対する考えをお持ちで本当は自分の理想を実現したいなと思ってらっしゃったでしょうけど。
山田先生は辞書界の盗用体質が許せず自分が理想とする特色のある辞書を世に送り出したいと考えていたようです。
しかし当時はそれを可能にする立場にはいませんでした。
「新明解」初版にはこんな用例があります。
そしてついに問題の1月9日を迎えます。
いや〜山田先生!ついに完成しましたなぁ。
あの「明国」が山田先生のお力で装いも新たに「新明解」として生まれ変わった!私は最善を尽くしたまでですから…。
いやいやまたご謙遜を。
いやすばらしい辞典ですよこれは。
その日見坊が目にした序文には…。
この書き方はいくらなんでも失礼だ!
(幸子)そうねぇ。
何かあった?行雄これを見ろ。
その前書きを見てみろ!「見坊に事故有り」と書いてあるだろ。
これはウソだ!事故?別におやじは事故に遭ってない。
怒ってるというのは本当に珍しいと思う。
「もう何でこんな事を書くのか分からん。
お前も見てみろ」と。
帰ってきてかなり怒ってたね。
当時「新明解」の出版に合わせて発行された小冊子を見ると山田は「編修主幹」一方見坊は「現代語採集担当」と書かれています。
この時辞書出版部長代理を務めていた小林保民さん。
今回初めて当時のいきさつについて語りました。
とにかく私どもとしては改訂を何でもいいから急いでほしいというのが本心ですからね。
(小林)これに乗っちゃおうと思って…。
しかし見坊の考えは山田の捉え方とは違いました。
新しい辞書の編纂は編集会議も行われず山田一人が全てを決めていました。
とにかくこちらは余計な事は言わないで急いで出して頂きたいという感じでしたからね。
急ぐという意味から言ってもとにかくそのための編集会議を編集者の方に集まって頂くという事はなかったと思いますね。
こうして新たな辞書が誕生します。
その名は「新明解」。
「明解国語辞典」は山田の手によって全く違う辞書として生まれ変わったのです。
「見坊に事故有り」。
序文に書かれていたそのことばを見坊は1月9日に初めて目にしました。
それにしてもなぜ山田先生は「見坊に事故有り」と書いたのでしょうか。
「三国」の初版に載る「事故」の意味を見てみると…。
普通はこういう意味に捉えますよね。
一方「新明解」初版で「事故」を引くとあまり耳慣れない意味が載っています。
「新明解」が出版されるまでの複雑な事情を山田は「事故」ということばで表現しました。
2人のことばの専門家は一つのことばの意味を巡ってすれ違ってしまったのです。
今回の取材中に見坊も改訂に向け準備を進めていた事を示すあるものが発見されました。
(聞き手)これは何ですか?
(聞き手)三訂版?
(行雄)「明国」三訂先ほど言った新しい版になる前の基礎の原稿で未使用。
「明国」三訂版と書かれた大量の原稿。
新たに載せることばを選びその語釈まで検討されていました。
そこには見坊が家族に託した無念の思いが添えられていました。
(行雄)ここに書いてあるんだけど…やっぱり「新明解」になった時の新しく変わる時にいろいろありましたんでそうですねやっぱり特別なんでしょうね。
仕上げてほしかったんじゃないですかね。
2年後見坊は「三省堂国語辞典」「三国」の第二版を出版します。
ワードハンティングの成果は1万2,000語に上る新規項目として実を結びます。
この「三国」第二版には気になるこんな用例が登場します。
「ば」…。
その後も見坊と山田の溝は埋まらず辞書の名義を分ける事になりました。
「三国」三版から山田の名が消え「新明解」四版から見坊の名が消えました。
昭和56年後に話題となる語釈が数多く登場する「新明解」第三版が出版されます。
三版といえばあの語釈ですよね。
この「恋愛」の語釈を書いた理由を山田先生は自身の著作で明らかにしています。
山田は当時の辞書で起こっていた「堂々めぐり」を痛烈に批判しています。
例えば「恋」を引くと「思い慕うこと」とあり「思い慕う」には「恋しく思う」とある。
こうした単なる「言いかえ」を問題と捉えていました。
その解決法として山田が挙げている例がまさにあの「恋愛」の語釈でした。
「ことばでことばの意味を説明しきる」という姿勢が山田ならではの独特な語釈を生みます。
「新明解」第四版の「動物園」の説明にはこんな語釈が登場します。
「新明解」の独特な語釈は厳しい批判にさらされる事もありました。
こうした声に山田は…。
山田には辞書を作る上で譲れない信念がありました。
それは…。
一方ケンボー先生にも生涯変わらない辞書に対する信念がありました。
「三国」第三版の序文に書かれている「辞書=かがみ論」です。
「辞書はかがみである。
これは著者の変わらぬ信条であります」。
見坊は自身の著書でより詳しく「かがみ」の真意について語っています。
更に見坊は続けます。
「三国」第四版の序文でケンボー先生は生涯を懸けて行った用例採集が145万例に達した事を明らかにしています。
このころケンボー先生は著書の中でかつて「明国」に載せたあることばについて書き記しています。
それは…。
「新明解」第四版では「実に」ということばの用例が変わっています。
初版から第三版までは…。
これが第四版では夏目漱石の「坊っちゃん」の一文を引用してこんなふうに変わっていたのです。
晩年見坊と山田は一切顔を合わす事はなかったといいます。
「三国」第四版が出た平成4年10月21日。
50年かけて集めた145万例のことば。
この中に見坊が生涯を懸けて探したあることばが残されています。
(飯間)あ〜これだこれだ!辞書の一番最後に「んんん」という項目があるんですね。
見坊は実際に「んんん」の用例を数多く見つけ辞書の最後に載せました。
見坊の遺志を継ぎ「三国」は現在第七版の出版に向け改訂作業を続けています。
「三国」の伝統を引き継ぐ者としてこの145万のカードの重さというのはずっしり重たいんです。
これを無視して新しい辞書というのは作れないですね。
もうここに見坊豪紀がいるという感じですよね。
見坊が亡くなってから4年後の平成8年2月6日。
山田が書いた「新明解」第三版の後書きにはこんな一文があります。
世の中にあふれる「ことば」。
人はことばに激しく揺り動かされ大きく傷つく事さえあります。
でも人はことばなしには生きられない。
ケンボー先生と山田先生もことばと共に生きことばに傷つき誰よりもことばを愛した人でした。
2014/11/03(月) 14:00〜15:00
NHK総合1・神戸
ケンボー先生と山田先生〜辞書に人生を捧げた二人の男〜[字]
誰もが一度は手にしたことがある国語辞書に、驚くべき人間ドラマが!辞書作りに人生を捧げた二人の編さん者の情熱と相克の物語を描き出す。ナビゲーターは薬師丸ひろ子。
詳細情報
番組内容
独特の語釈と用例で多くのファンを持つ「新明解国語辞典」。その誕生の裏に驚くべきドラマが!辞書界の革命児・山田忠雄が「新明解」を生み出す背景には一人の男との決別があった。その男こそ「三省堂国語辞典」を生んだ戦後辞書界の巨人・見坊豪紀。協力し理想の辞書作りを追求していた二人。しかし、ある日を境に全く異なる二つの辞書を生み出し、改訂作業を続けた。辞書に人生を捧げた二人の男の情熱と相克の物語を描き出す。
出演者
【ナビゲーター】薬師丸ひろ子,【語り】島本須美,榊寿之
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ドキュメンタリー/教養 – 文学・文芸
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