インタビュー ここから「ゲージツ家 KUMAさん」 2014.11.03

いいね。
ゲージツ家KUMAさんこと篠原勝之さん72歳。
坊主頭に着流し姿がトレードマーク。
巨大なオブジェを制作するかたわら数多くのテレビやラジオにも出演。
俳優小説の執筆などでも活躍しました。
しかし20年前に山梨県北杜市に移り住み制作活動により力を入れるようになりました。
俺の変わったの「ここから」っていうのはこの3年ぐらいかもしれないなここでの。
山梨で暮らす事でゲージツの本質が見えてきたというKUMAさん。
その人生を変えた2つの「ここから」です。
甲斐駒ヶ岳など南アルプスの山々を望む山梨県北杜市。
KUMAさんが山梨県内で手がけた作品に案内してもらいました。
今日は甲斐駒がよく見えるからね。
これはね甲斐駒を見るためのオブジェだからさ。
この真ん中に甲斐駒が収まるようにしてある。
本当だ!作品と作品の間に甲斐駒がしっかり見えますね。
今日はまた何かちょっと山頂が白っぽく見えて。
あそこもねやっぱり白い…何ちゅうのかな?こういう秋の晴れた日はね雪みたいにさ白く輝くんだよな。
貴婦人みたいでな。
本当ですね。
貴婦人っていわれてるんですか?貴婦人。
いや俺が言ってんの。
アッハハハ!貴婦人って呼んでるんですか?あの山の事を。
そっとな。
そっとね。
いいね。
お〜声が響くよ。
ハハハハ!笑うとファンファンファンって反響して。
今日は特に青い空なので白っぽいのが目立ちますね。
目立つね。
うわ〜本当に…。
いいでしょ?うわ〜真っ白い作品が日に当たってよりキラキラ見えますね。
こちらは今年7月に完成したオブジェ。
KUMAさんが初めて素材に漆喰を使った作品です。
漆喰の白っていうのはねこういうふうにちょっとぬるっとしたような光をギラギラ反射させたりしないで吸い込みながら光をここから発してるみたいな感じ。
漆喰のよさだよなこの白は。
そうですね。
しかも高さが8mあるから迫力がありますよね。
8mあるからな。
それだけじゃないんだこれはね。
もう一つ工夫があってここへ行くとここに円い入り口がある。
ぽっかり穴が開いてますね。
これは中に入れるようになってんだねここからね。
だから中に入って今度はもう一つお楽しみがある。
入ってごらん。
はい。
よいしょ。
あっ!うわ〜!あいた空が見えますね。
うわ〜何か自分が吸い込まれていくみたい。
ぼ〜っとするんだよ。
だから頭の中に意味という字が一切なくなる。
感じる。
自分を考えちゃいかん。
感じるんだ。
KUMAさんの人生を変えた「ここから」。
1つ目は山梨との出会い。
風や川の流れる音に囲まれた自然の中での暮らしでした。
川の合流する所そういう所っていうのはやっぱり2つの力が1つに合体するような何かすごい力を出してるような地点じゃん。
例えば大げさに言うとさ2つの文化でもいいやな。
2つの文化が混ぜ合わさるとかな。
そういう事ってのは文化っていうのは混ぜ合わさるとうんと強くなったりするんだよ。
単独の文化ってのはそんな強くねえけども新しい文化が入る事によってもっと強くなったりする訳だな。
だからそういう事っていうものは教科書で学ぶんじゃなくて例えばこうやって見てて水の流れとかそういうの見ながら感じる訳だ。
だからあんまり教養とかそういう事ではないんだなそういうものってのは。
ここはいいなってやっぱり違いました?自然の中に身を置いたら。
自然なんだけども…そんなに置いた事ないからな。
東京にいる時はね結構銭の事とか結構いろんな事考えた別な事。
ああでもないこうでもない。
どうやったら目立つかなとかね。
そういう事考えたよ正直言うとね。
だからそれも人生のうちの一部だけどもそういう事やりに来てんじゃねえよなとか思うようになる。
それだな。
だから山梨来てからそういう事をね全部振り捨てた訳だよな。
東京の暮らしっていうかそういうものをね。
そうすると考える時間がいっぱい出るんだ。
そういうの出たっていう事はここの川沿いに来てからだな。
川はね意外といいもんだ。
海とはまた違った意味で川ってのはいろんなもん感じさせてくれる。
こういう流れが見えるって事はやっぱりすごいな。
昭和17年北海道で生まれたKUMAさん。
子どもの頃から絵を描いたり空想したりするのが好きでした。
17歳の時に僅かな蓄えを持って上京。
夜間の建設現場などで働きながら美術学校で学びました。
デザイン会社に勤務した後フリーに。
ポスターや本の挿絵舞台美術に銭湯の壁画まで幅広く手がけました。
世に知られるようになったのは39歳の時。
エッセーがベストセラーになった事からでした。
お金がないゲージツ家のバカバカしくもいとおしい日常を独特の言葉でつづり注目されました。
その後鉄のゲージツ家としてテレビなどでも活躍。
制作の舞台は海外へ広がりました。
イタリアやモンゴルなど世界各地で手がけた作品は900に上ります。
そんな中KUMAさんは自分のゲージツ家としての在り方に疑問を感じ始めます。
その当時はやはり名を成したいとか売れたいとかそういう思いもある中でそうやって海外に出ていたけれども…。
そういうんじゃねえだよ。
やっぱりみんなとの競争だとか。
どっか外国で展覧会やるとか。
展覧会やったんだよ俺。
ニューヨークでも…。
あそこ…ミラノでだって。
でもいい事一つもなかったな。
「世に名前を売って」っていう…。
違う違う。
俺もっとねああいうのがゲージツ家だと思ってたんだよ。
だから名前売るっていうよりもそういう問題じゃなくてねゲージツ家っていうのはああいうとこでとにかく大向こうを狙う事だと思ってた訳。
だからそこでね1回行く度にすごい借金して行く訳だよ。
きっと今行ってる人たちみんなそうだと思うな。
だからそれは何か裏に…やっぱりビジネスなんだな。
アートのビジネス。
だからそれは内から出てくるものの己の持ってるものを突き詰めていって形にしていく事ではないんだよ。
だからそんなもの売れる訳ねえんだ。
本当は。
あれはねやっぱりね…あるんだな。
そういうビジネスがいつの間にか出来たんだと思う。
「こういう事やりに来たんじゃねえよな」ってそれはねイタリアで気が付きゃいいものをねミラノでやって翌年ベネチアでやって1年置いてからニューヨークでやったんだよね。
だからそのつど俺は生命保険解約したり持ってた車たたき売ったりして持ってるもの竹の子生活みたいにしてやってる訳。
でも結局何だか「虻蜂取らず」だったな。
だから俺の目指してるのとやっぱり違うのかもしんねえってね。
俺どっかが間違ってるなと…。
俺のこれ山見るのぞき窓なんだよ。
「今日は山の具合はどうかな?」とかね。
毎朝見るだよ山を…。
山梨に移住して20年。
東京と距離を置いた事で初めて見えてきた事があります。
欲っていうかなそういう毎週毎週の中でさやれ酒を飲むとか今まではよしとして必要なもんだと思った事がねそんなに必要ねえんだなって実際にこういうふうに山岳地帯に住んでみるとよ。
そんなのなくてもいいもんだなとなっていくだよ。
…でどうしてもいらないって訳じゃなくてここに来てみると不要な事だなってなっていくんだよね。
あんまり頭ん中で考えてる訳じゃねえだ。
身を置いてみると自然と「あっなくてもいいんだ」というふうになるんだな。
あまり理屈じゃねえな。
うん。
もう一つの「KUMAさんのここから」。
それは3年前の東日本大震災です。
変わったのは…俺ん中でいろんなものが変わったのはこの3年だろうなって。
ここでの…。
やはり東日本大震災からKUMAさんの意識も変化があったって事ですよね?もちろんね日本中がきっと音楽やる人もそれから絵描く人もさいろいろ文章書く人もねみんながあの時点から変わっていったと思うんだよ。
だからみんなそれぞれの問題意識にねいろんな事が今までとは違うぞと思ってる訳だよ。
震災後KUMAさんは自家菜園で野菜を作り始めました。
土をはだしで耕す事でKUMAさんは気付いた事があります。
俺の親戚でね遠い親戚だけどもあの〜福島の方でね百姓やってた人がいるのよ。
その人…ちょっと被災しちゃってね。
で体育館にいたりなんかしたからこっちちょっと遊びに来いよって言ったの。
そうしたらここね土が少しあったからね「俺ねトマトやりてえんだけど」って言ったらその人トマトの名人なの。
でトマトのやり方教わっただよ。
そしたら土の時…その時畑耕したりなんかして俺素足でやってたんだ。
だから足の裏からね…だからその…土の温かみとかちょっとひんやりしたのがこう…素足の底から来て手も素手で土をいじってやってるうちにね土っていうのは何かこの空気中とはまた違う何かこうエネルギーがあるとこだな。
でしかもその時はトマトの苗だったけども種とかさそういうものを植えるとそれがやがて芽が出てきてね土の表面を破って空中に出てきてっていうそういうさ一つのエネルギーを育むとこだ。
土っていうのはすごいなってその時耕しながらな松の根っことか出てきたんだよ。
でそうすると土の中って想像すると無数の命のね…何ちゅうの?末端っていうかそういうものがね入り組んでるんじゃないかなと思った訳だよ。
だからそういう事もあってねトマトが空中になるのは結果実になってるけどもそれまで土の中に根を生やしてね栄養を吸い取り横にカエルが冬眠したりよオケラがいたりねそういういろんな命がね土の中に…俺らの知らない世界の中にいるところがねあっ俺これ結構いけるなと思ったんだよね土の話は。
土壌っていうかねこれをやろうって思ったの。
それは再生する事っていう…土っていうのは再生を促す所だと思っているからね。
だからそういうね土の中でいろんな種とかそういうものが再生していく。
一回干からびて…動物や人間にかじられて食べられた種がねまた土の中から生えてきてまた土を蹴破って出てくる。
ああいう力ってすごいなと思う訳だよ。
だからそういう再生する話を是非書きてえなと思ってたの。
それが俺のゲージツだったりする訳だからね。
そういう世界に行けたらいいなと思ってる今は。
これまで見聞きしてきた触ってきた世界がその中に凝縮されるっていう…。
もちろん。
もの考えるってそういう事だよな。
手が考えたり足が考えたりしてる訳だよ。
だからこの脳みそで考えるなんていうのはねゼロから脳みその中で考えるなんてのはまずはろくなもんじゃないんだよそんなものは。
やっぱり手とかな爪の間とかさそれから耳をね地面にひっつけたり。
いろんな事…最近川歩いてる時に目が考えたりなんかしてる訳だよ。
だからそういうふうにしてだんだん年取ってくるとその断片がいっぱいたまってくる訳だな。
それがちょっと何かのきっかけでぞろっと出てくるだよ。
だから俺はトマト畑からそうなってきたんだな。
土を通して描く再生の世界がKUMAさんの新しいテーマです。
ダンゴムシ描いてるんだ。
ダンゴムシ。
これちょっと甲斐駒に見えるだろ。
KUMAさんが作ろうとしているのは版画を使った絵本です。
子どもたちにも手に取ってもらい再生の物語を感じてほしいと言います。
地面まで汚しちゃいけねえ訳だからきっと人間はな。
だからみんなさオケラもさカエルもみんな中にいる訳だよ。
だからそういう問題も全部ひっくるめてね土っていうのはさ俺らだけの問題じゃねえだ。
そうするとね…でもあそこからな何か再生する事につながっていけばいいな。
それは俺はね実際の絵柄としてそういう事をやるんじゃねえんだ。
そういうインクも紙も全てのそういう自然物っていうかそういうものを使ってねインクならインクに再生を込める訳だな。
それからそれを写し取る紙やコウゾとか植物をね紙に変換する訳だからね。
紙に変換するという事は木とか使う訳だよ。
という事は森だよ。
森という自然物を紙…。
だから白い紙は森と思えばいいんだよ。
そういうふうに考えていくと俺がやろうとしてる事自体がもう再生のゲージツなんだなって思うね。
それは具体的に何ちゅうのかな…地震を書いたり津波を書いたりという事ではないかもしれないんだ。
それを感じる人とか子どもたちとかそういうものが感じ取る力があればね10人読んでくれたら1人か2人読み取ってくれるといいなって俺は思うだよ。
全部は表面のね「うわ〜モグラだ」とか言ってりゃいいだよ。
でもすごく勘のいい子どもはね…そいつはやっぱり土を再生する事を俺が死んだあとも考えてくれるかもしれない。
そういう子へのメッセージになりゃいいなと思う俺は。
みんな言っちゃったな俺。
本当はこれはね一人ひそかに進めていきたかったんだ。
でもきっと年内はそういう事のな俺自身がそういう素材が再生する事に走り回るんだろうな。
70歳を過ぎてなおKUMAさんにとってはいつも今がここからです。
72歳っていう年齢を聞いてこのニコニコっとした肌艶のいいお顔見て年齢じゃないなって…。
まだちょっとなこれだなって思う力がまだ残ってる訳だよ。
だからやらなきゃ。
残ってる人がやりゃいいんだ。
残ってない人はやりようがないんだから。
だからやっぱり研ぎ澄ますっていうかな…そういう研ぎ澄ますって事は自分の事をどこか突き詰めて考えていくとさ面白い事はいいなと思いながらふざけてるんだけども…でもふとした時にまた自分っていうものは何だってまた元に戻るんだよ。
だからそれが絵本っていう形かなってちょっと思ってたよね。
直接絵を描くよりも一回木に加工したりするって手間じゃありませんか?それが面白い?うん。
手間ってね…ゲージツ家を甘く見られちゃ困るんだよ。
手間が省きたいんなら手間省く仕事に就きゃいいじゃん。
そういう人生を選ぶ訳だから。
俺はこうやって生きたいんだっていうのがゲージツ家なんだよ。
俺は銀行家になりたいっていうのは職業なんだよ。
ゲージツ家は職業じゃない?そりゃ職業じゃないんだよ。
そういうふうに生きますというスタイルを表明してるんだゲージツ家っていうのはな。
ゲージツをやって生きる人。
常にいつも自分とは何か自分とは何かって突き詰めて考えてる?考えるなそりゃ。
それが面白くてゲージツやってるんだから。
だからゲージツっていうのはね今日それ考えたから今日絵にできましたとかそんなんじゃないじゃん。
何年もずっとそんな事やってね…2014/11/03(月) 06:30〜06:53
NHK総合1・神戸
インタビュー ここから「ゲージツ家 KUMAさん」[字]

「ゲージツ家」KUMAさんこと、篠原勝之さん。山梨県にアトリエを構えて20年。72歳をすぎたKUMAさんが“ここ=山梨から”発信しようとするものとは?

詳細情報
番組内容
ボウズ頭に着流し姿がトレードマークの「ゲージツ家」KUMAさんこと、篠原勝之さん。20年前から南アルプスを望む山梨県北杜市にアトリエを構え、制作活動を行っています。ことし7月に完成したのは、初めてしっくいを使った“見る”だけでなく、“感じる”作品。72歳を過ぎてなお、精力的にゲージツを生みだし続けるKUMAさんが“ここ=山梨から”発信しようとするものとは?
出演者
【出演】ゲージツ家…篠原勝之,【きき手】古野晶子

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸

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