Thedatewas3.1.1954.
60年前
太平洋ビキニ環礁で繰り返し行われた水爆実験
中でも水爆ブラボーは太平洋の広い範囲に多量の放射性物質をばらまきました
近くで操業していた第五福竜丸を死の灰が襲います
乗組員は被ばく
通信長の久保山愛吉さんは急性放射能症のため半年後に死亡
その後…
…として記憶されて行きました
しかし被ばくしたのは第五福竜丸だけではなかったのです
今年9月厚生労働省がこれまで存在しないとして来た大量の文書を開示しました
そこには乗組員が被ばくしていた事実が示されていました
30年にわたり事件を追い続けて来た…
その執念がようやく厚い壁を突き崩したのです
ところが…
(山下さん)これはどなたが文書をお書きになったのですか?みんなで作ってます。
これまで被害者の救済を求めて来た山下さん
担当者に詰め寄ります
私達が取材を始めて10年
番組が伝えて来た乗組員の証言やデータを基に開示された文書を検証します
被ばくした船のおよそ3分の1が存在した高知県に住む山下さん
開示された文書と格闘していました
ありゃ〜…。
乗組員の名前だけでなく診断書血液や尿の検査結果などが黒塗りにされていました
60年前の核実験をめぐり…
被ばくした魚の廃棄指示書や放射性物質の分析結果船の航路なども記録されています
ごく一部の船については詳細な放射線の測定記録もありました
乗組員の身体
帽子や上着などの衣服
船体漁具そしてマグロ
これらの検査は政府の指示によって行われていました
政府は第五福竜丸以外の乗組員の被ばくについても把握していたのです
しかしこの記録は存在しないものとして60年もの間封印されて来ました
山下さんはこの文書がもっと早い時期に適切に使われていれば救われた命があったのではないかと考えています
それを…。
山下さんが調査を始めたのは30年前
これまでに多くの乗組員が亡くなりました
事件から60年
70歳を迎える山下さんにとっても被ばく者にとっても残された時間はありません
ハハハ…。
山下さんが注目し長年調査して来た高知県室戸船籍のマグロ漁船第二幸成丸
地元の若者24人が乗り込んでいました
3年前山下さんは第二幸成丸の航海士有藤照雄さんを訪ねていました
お久しぶりです。
(有藤さん)先生若いねぇ。
数少ない生存者の1人です
この時に焼津の…。
今回第二幸成丸の放射線量や航路図が開示されました
それにこれまでの取材で入手したアメリカ原子力委員会の機密文書放射性物質の分布図を重ねてみます
1954年2月24日
紙テープで彩られた…
家族に見送られ日本を後にします
出航6日目3月1日
アメリカは1回目の実験となる水爆ブラボーを爆破
広大な範囲が放射能で汚染されました
死の灰を浴び帰路を急ぐ第五福竜丸
何も知らない第二幸成丸は南の漁場を目指し3月8日紫色で示した汚染海域に進入
3月11日
多くのマグロ漁船が操業する中漁を始めます
3月27日アメリカは2回目の水爆ロメオを爆破
33km上空にまで吹き上げられたサンゴの粉は死の灰となって乗組員に降り注ぎます
通信士の山下昇一さんは妻にその時の様子を語っていました
甲板員の1人桑野浩さんは当時19歳
タッタカタ〜と…。
その時には…。
松野繁樹さんは船の上に積もった白い灰を水で流しました
2回の水爆実験によってさらに汚染が強まった漁場
第二幸成丸は何も知らず漁を続けました
2か月間食料を補給できないマグロ船では取った魚が貴重なタンパク源でした
できるだけ…。
だから…。
4月1日漁を終えた第二幸成丸はマグロを満載し日本へ
2週間後第二幸成丸を待っていたのは騒然とした港でした
厚生省の検査官が船体にガイガーカウンターを近づけると激しく反応します
今回開示された文書にこの時の放射線量が残されていました
上甲板ライトからは4292カウントの強い放射線が
水揚げしたマグロも測定
…を命じられました
自分でもうねぇ…。
さらに船体の測定結果だけではなく乗組員の放射線量も
甲板員の帽子そして山下通信士の頭髪224カウント
船体よりはるかに低い数値です
しかし山下さんは生前甥にこう語っていました
(光本さん)…と伯父が言うたんを覚えちゅうがや。
山下さんの妻尚子さんは電話から聞こえる夫の声をはっきりと覚えていました
(尚子さん)あぁこの人は…。
これまでの取材で山下通信士以外の乗組員達も検査を受けていたことが分かっています
しかし厚生労働省が開示した文書に彼らの記録はありません
24人中検査結果が表示されているのは2人だけ
逃げ場のない船の上で被ばくした乗組員達
その後政府から彼らに被ばくに関する情報がもたらされることはありませんでした
同じ年の大みそか
政府は突然マグロの放射能検査を中止します
アメリカに責任を問わないことを条件に200万ドルを受け取り事件に幕を引いたのです
そして年明けから全てのマグロが食卓に上がりました
水爆実験からわずか8か月後のことでした
10月
再び厚生労働省の担当者と会うその朝
1か月前文書開示の際厚生労働省はマスコミ向けに…
…とする資料を配っていました
最も数値が高かった乗組員が2週間被ばくしたと想定し被ばく線量を1.68ミリシーベルトと算定
1事故あたり100ミリシーベルトという国際基準を大幅に下回っていると結論づけました
これまで乗組員の証言を集めて来た山下さんは厚生労働省が被ばく線量を低く見積もっていると感じていました
みんなで作ってます。
これはねやっぱり…。
少なくとも…。
それと…つまり…。
日本に戻って来た乗組員の体をガイガーカウンターで測定
その線量を基に算定した厚生労働省
しかし放射線測定に詳しい野口准教授は乗組員の体の測定だけでは不十分だと言います
(野口准教授)放射線の影響を考える時にはやっぱり…。
やはり…。
…と思うんですよね。
船体の線量4292カウントから当時の乗組員の線量を導き出します
で放射性降下物が…。
…をしたということになります。
船と違って…。
これよりは…。
厚生労働省の1.68ミリシーベルトに対し何もしなければ1400ミリシーベルトという桁違いに高い数値
さらに被ばくした魚を食べ汚染した海水を浴びた乗組員は40歳代50歳代で次々に亡くなって行ったのです
これまで30年被ばくした人達の救済を求めて来た山下さん
公開された文書を手に乗組員達を訪ねました
こんにちは〜山下です。
あらららおじさん起きちゅう。
あ〜お久しぶりです。
・はいはい・大丈夫?・こんにちはお世話になります・すみません…。
これがね…。
でこれは…。
ほとんど亡くなったもんね。
こんにちは〜。
・はい・山下です遅くなってすみません。
やっぱりあの…。
(松下さん)経ち過ぎやね。
それは取り戻しようのない歳月
山下さんにうれしい連絡が入りました
高知県がビキニ事件のことを聞きたいというのです
少なくともきちっとそこは…。
ということがまず…。
ということで…。
そして翌日山下さんは福島に向かいました
「今こそビキニの教訓を生かしてほしい」
ハハ…お久しぶり。
原発事故後8回目の福島
この日は最前線で被ばくの問題に向き合う医療関係者が集まりました
原発事故で避難をしている人達の元にも足を運びます
「被ばく者が見捨てられることなどあってはならない」
山下さんの決意です
拉致された娘をこの命あるうちに抱き締めたい
苦しみに耐え老いと闘う横田夫妻の37年
(横田早紀江さん)ちょっと持ちこたえられなくなって来たんですよ体が。
2014/11/03(月) 00:50〜01:20
読売テレビ1
NNNドキュメント「放射線を浴びたX年後3 棄てられた被ばく者」[字]
60年前に行われたアメリカの水爆実験。9月、その被ばくの影響を裏付ける文書を政府が開示した。広島、長崎ではない、歴史に埋もれた新たな被ばく事件を改めて検証する。
詳細情報
番組内容
60年前に行われたアメリカの水爆実験。今年9月、その被ばくを裏付ける文書を政府が開示した。長年、被ばく事件の被害実態を調査してきた高知県の元高校教師らは、開示された内容や文書の量、政府の認識が不十分だと指摘、再開示を求めて行動を始めた。被ばくの実態は?そして、人体の被ばくの程度は?南海放送は、開示された文書や乗組員らに対して積み重ねてきた聞き取りなどをもとに、事件の危険性や重大性を改めて検証する。
出演者
【ナレーター】
鈴木省吾
制作
南海放送
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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ステレオ
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