日曜美術館「“奇想の絵巻”誕生のなぞ〜鳥獣戯画〜」 2014.11.02

京都の深い山の中。
耳を澄ませばほら聞こえてきます。
(はしゃぎ声)「早くおいでよ〜」。
「待ってくれよ泳ぐの苦手なんだよ」。
「鼻をつまんで…」。
(水に入る音)「頑張れ!負けるな!」。
「イテテテ…耳を噛むのは反則だぞ!」。
「えいや〜!これが本当の河津掛けだ!ケロケロケロケロ…」。
「あいつ口から何か出てるぞ」。
「ケロケロケロ…」。
擬人化された動物たちが繰り広げる日本美術史上最高のエンターテインメント。
ユーモアあふれるその世界は漫画の元祖とも言われています。
しかしその裏にもう一つの顔がある事をご存知でしょうか。
それは謎の絵巻。
誰が何のために描いたのか。
確かな資料は何も残されていません。
名宝であればあるほど謎が多いですね。
ミステリーを解くようなそういう面白さがありますね。
多くの研究者が挑んできたミステリー今新たな展開を見せています。
130年ぶりとなる平成の大修復。
その過程でこれまで分からなかった事実が浮かび上がってきたのです。
名宝とは思えない染みのような墨の跡。
それも至る所に。
一体なぜ?実はここに謎を解く重要な鍵が隠されていたのです。
本当に私もこれ気付いた時にあっそうだったのかっていう本当にもう一瞬のうちに長年の謎が解けた。
笑いとサスペンス謎と不思議に満ちた「鳥獣戯画」。
最新の発見から誕生の秘密に迫ります。
有名なウサギとカエルが弓矢で…。
そうですね竹を弓にしたものですよね。
遊んでますね。
純粋に楽しそう。
楽しい絵ですね。
表情がこんな豊かで。
見てるカエルの表情が最高ですね。
うわ〜って口開けて。
その先には…。
袈裟を着たちょっと位の高そうな猿が何かを唱えてますね。
口から何か出てますね。
その相対しているのが?これはカエルですけど大日如来様とかなんですかね?足の組み方とか。
神々しくさえ見えてきますね。
恐らく星の数ほどある日本美術の中で最も有名でそれこそ世界中に認知されているそういったものですよね。
一度は人生で出会った事のある動物たち。
教科書で見たという方も多いと思いますがそれはほんの一部。
全て合わせると長さは44mにも及びます。
甲乙丙丁4巻仕立ての絵巻物です。
最初の「甲巻」ここが絵巻の始まりです。
森の中でしょうか?ウサギや猿たちが川遊びに興じています。
柄杓を手にしたウサギ。
猿が背中を洗うのを手伝っています。
大きな蓮の葉っぱ。
一体何かというとそれを的にカエルやウサギが矢を放とうとしています。
弓の腕を競う遊びは「鳥獣戯画」が描かれた平安時代宮中で盛んに行われました。
続いて「乙巻」。
キリンなど空想上の霊獣が登場します。
象など実在の動物も一緒に描かれ夢と現実が入り交じる不思議な動物図鑑です。
甲乙から数十年後に描かれたとされるのが「丙巻」。
「甲巻」を手本に別の絵師が描いたと考えられています。
ユーモアは変わりませんがちょっとグロテスク。
最後は「丁巻」。
登場するのは老若男女身分もさまざまな人間たち。
何やら大勢で縄を引っ張っています。
笑っている人たちの視線の先には…縄が切れてひっくり返る人たち。
ではそろそろ「鳥獣戯画」に秘められたミステリーの世界へとご案内しましょう。
国宝に指定される名画でありながらいつ誰が何のために描いたのか一切記録が残されていないのです。
描かれたと推定されるのは12〜13世紀。
作者は鳥羽僧正という説が有力とされてきました。
鳥羽僧正は平安時代後期位の高い僧侶であると同時に当代随一の絵の腕前を誇りました。
奇想天外な画風は他に例がないとされ長く「鳥獣戯画」の作者だと語られてきました。
しかし現在確かな記録がない事からその説は疑問視されています。
他にも仏師や宮廷絵師が描いたとする説が唱えられながら答えは見つかっていません。
作者も描かれた目的も分からない「鳥獣戯画」。
それが今年長年の謎に迫る新たな事実が発見された事が明らかになりました。
今京都国立博物館で修復を終えたばかりの「鳥獣戯画」が公開されています。
明治時代以来130年ぶりとなる修復作業が行われ初めてのお披露目です。
全4巻を隅々まで修復。
その過程で研究者も注目する真実が浮かび上がってきたのです。
京都にある絵や書などの修復を手がける工房。
「鳥獣戯画」の修復を担当した大山昭子さんです。
国宝をはじめとする貴重な文化財の修復を手がけてきました。
修復のため「鳥獣戯画」と対面したのは5年前。
絵の状態を見て驚いたと言います。
実際に見せて頂いた時本当にびっくりしましてこんなに傷んでるのって。
この波打ちがまずひどいですよね。
それから折れこういう折れですね。
あとしわですね。
それから紙の表面が毛羽立ってる。
紙が毛羽ってくるという事は表面が荒れている。
それによって墨線が弱くなる。
ひいてはなくなってしまうという事につながっていきます。
これを放っておきますと絵がどんどんなくなると言いますか極端な話少しずつなくなっていく。
傷みの原因の一つは人気の高さ。
明治の頃までは希望すれば誰でも実物を手にとって観賞できたと言います。
平安時代から800年以上経過した和紙は劣化し少し力を入れると破れてしまうほど薄くなっていました。
一枚一枚の絵を全て分解。
波打ちや折れを丁寧になくし新しい紙に貼りつけていきました。
4年の歳月をかけてよみがえった「鳥獣戯画」。
汚れを落とし虫食いや紙の毛羽立ちを補修。
墨の線がくっきりと浮かび上がり動物たちの姿がより鮮明になりました。
そして今回修復と同時に行われたのが科学的な調査です。
中でも和紙の材質が時間をかけて調べられました。
絵の裏から強い光を当てた画像です。
ところどころ色が濃くなっているのが原料となる楮の繊維が偏っている部分です。
このような紙は絵の具がにじんでしまうため思いどおりに描くのが難しく貴重な絵にはあまり使われないといいます。
今までの修理の経験からすると少ないというかほとんど見た事がないですね。
絵を描くプロ…絵描きが紙を選ぶとしたらやはり描きやすいもの。
それから巻きやすいというかしっかりした紙を選ぶと思うんですね。
「鳥獣戯画」が描かれたとされる平安時代には絵巻の名品が数多く作られました。
平安貴族の雅な世界が豊かな色彩と繊細な筆で表現されています。
こうした絵巻は時の権力者が作らせたもの。
自らの権威を世に示し一族の繁栄を祈るため最高の絵師最高の絵の具や紙を使って描かせました。
この絵巻の表面を拡大した画像があります。
楮の繊維がとても細く隙間がほとんどありません。
当時最高級の和紙が使われた事が分かります。
同じように質の高い和紙に裏から光を当てた画像です。
楮の繊維にむらが見られません。
右が「鳥獣戯画」と似た材質の和紙。
繊維の長さにばらつきがあり偏っています。
「鳥獣戯画」の和紙はいわば日用品。
しかも何かに使ったあとリサイクルしたものでした。
恐らく手紙であるとか日常の記録であるとかというのに使われたんじゃないのかなと思うんですけれども。
やはり日常的に楽な気持ちで描いた「戯れ絵」と言われる方がたくさんいらっしゃいますけどまさしくそんな感じで描かれたのではないかなとふだんあるような紙で描いた。
「鳥獣戯画」研究の第一人者…「鳥獣戯画」は献上品などではなく絵師が遊びのように戯れで描いたものではないかと考えています。
実際最初から…失敗してもまた描き直せばいいというそういう気楽な気持ちで筆を進めた可能性があります。
それだけに筆の勢いが非常に生きたものになってると思います。
平安時代絵師たちは天皇や貴族から発注を受け絵巻や寺の仏画の制作に精力を注ぎました。
そこでは何より雅で繊細な線で描く事が求められました。
そんな時代に描かれた意外な絵があります。
平等院鳳凰堂の扉。
表から見えない所に残された落書きです。
人物や草花が伸びやかな線で描かれています。
そこには絵師たちの内に秘めた思いが表れていると言います。
そこで自由で伸び伸びとした線による動物戯画こういったキャラクターを自由に動かして面白おかしく展開できるようなそういった絵も描いてみたいと願ったのかもしれません。
それを描く機会がなくてそれがほとばしって出てくるようにすばらしい独自のアイデンティティーをね持ったものに育てていったわけですね。
その象徴的な名宝が「鳥獣戯画」と言えると思います。
この躍動感どうですか?躍動感すごいな〜。
随分後の時代ですけどこういうポーズって北斎漫画とかにも北斎が描いてますよね。
こう動きのある。
あの自在な体の動きをまさにこの時代でカエルがしてしまってるという。
蓮の葉を頭にのせて帽子のようにして扇子と何かを持ってますね。
この猿の顔は…目が何とも言えず悪そうな猿ですよね。
いたずらして追われているような感じにも見えますね。
「待て〜」って。
…と言っている先にカエルがひっくり返ってますね。
何だろう?何が起きたんだろう?まさか…。
まさか…?猿が…。
あっ!猿がカエルを殺して…。
殺してしまったんですか?これもう漫画ですね。
漫画ですね完全に。
横スクロールで見る漫画ですね。
「鳥獣戯画」にまつわる数々の謎。
中でも特に研究者たちを悩ませてきたものがあります。
それが3つ目の「丙巻」。
物語が何とも不自然な流れになっているのです。
まずは人間の場面から始まります。
人間ですね。
人間が現れました。
何をしていますか?碁盤の目のようなものは見えますね。
このおじいさんは…。
あっ裸ですね。
お尻まで見えてますけど…。
ほんとだ〜。
でも周りの人にやにや…。
笑いながら…。
困ってるような顔をしてますから。
身ぐるみはがされてしまった。
賭けて負けて…。
そういう…。
妻が泣いてるという事ですかね。
そういう話ですかねえ。
しかしまた甲巻などと比べると一気にまた同じ「鳥獣人物戯画」とはいえガラッと世界が変わりますよね。
変わってきますね随分と。
うわうわ…うわあ。
ここすごいですね。
ちょっとちょっと…。
これは何ですか?腹相撲とか腰相撲とかって言えばいいんですかね。
おなか…ガリガリの男性と腰に手拭い巻いて。
引っ張り合いをして。
周りの人たちはみんな大笑いして指さしてまで笑って。
楽しそうな遊びですけど生々しいというような。
人間たちが繰り広げるユーモラスな場面の数々。
問題はその先。
あるところで世界が一変します。
絵巻をめくっていくと…。
あっ…おっ。
あっ!ここから…。
ここからえっ突然?何の前触れもなく?戻りましたね動物たちの世界に。
何かちょっとほっとするような懐かしいような。
どう思います?ちょっと強引ですよね。
雰囲気変わりましたね。
猿もさっきまで見てた猿たちとは全然顔つきが違ってちょっと怖い。
確かに。
あっ目つきが違いますね。
これは何か舞を舞ってるんですかね?カエルと猿とキツネも葉っぱで何かの装束というか…。
雅楽とかなんですかね?あっ新さん見て。
あれ?これ踊ってるのかと思ったら…。
蹴鞠ですか。
だから靴のようなものを履いてるんですね。
それこそ宮中の遊びですよね蹴鞠は。
そうか〜こんな遊びまで。
普通絵巻は見る者の目を導くように右から左へ物語がつながっていきます。
しかしこの丙巻では人物の場面が続いていくかと思いきや…。
一つの紙の継ぎ目を境に突然動物たちの世界に変わってしまうのです。
絵巻の常識ではありえない不思議な展開。
多くの研究者がその理由を解き明かそうとしてきましたがこれまで糸口すらありませんでした。
それが今回の修復で重要なヒントが見つかったのです。
修復にあたった…作業に取りかかった時から丙巻を見て気になる事がありました。
それは意図して描いたとは思えない染みのような墨。
濃いものから薄いものまで至る所に…。
ただの汚れなのだろうか。
それがある時どこかで見た形だと思い至ったのです。
(大山)何か心に引っ掛かるずっと引っ掛かっていたんですがある日ひょっとしてこれなんか特に烏帽子の形に似ているんじゃないかなっていうふうにひらめいたんですね。
大山さんは同じ丙巻の中に烏帽子をかぶった人たちがいた事を思い出します。
絵巻の前半賭け事に興じる場面です。
試しに烏帽子を動物の場面にあった染みに重ねてみました。
すると染みの形だけでなく一つ一つの位置までピタリと重なったのです。
その瞬間一つの答えが浮かびました。
人物と動物の場面はもともと一枚の紙の両面に描かれていたというのです。
それをどうやって分けたのか。
サンプルを使って大山さんが実演しました。
「あい剥ぎ」と呼ばれる伝統的な技を使うと…。
見事に2枚に分かれ動物の絵には烏帽子の墨が残っています。
丙巻に見る奇妙な流れ。
なぜそうしたかは今もって謎ですがそもそもひとつながりではなかった場面を強引につなぎ合わせていたのです。
前半「人物戯画」後半「動物戯画」という非常に長年多くの人が謎に思っていた事がこれで氷解したという。
ほんとに私もこれ気付いた時に「あっそうだったのか」という。
ほんとにもう一瞬のうちにこの長年の謎が解けたのを今でも鮮明に覚えてるんですけれども。
「あぁ!」って「なるほど!」というふうに思ったんですが。
一枚の紙に描いていたという不思議な事実。
更にそこには「鳥獣戯画」の誕生に関わる秘密があるといいます。
あまり貴重に思ってなかったんじゃないでしょうかね。
大事なもの大事な絵だったら裏に描いたりしませんよね普通。
誰かに進呈するとかそういうものではない。
自分で楽しんでいる絵だからこそ裏にも描いちゃうっていうのがあるのかなっていう。
私たちでも紙があったら落書きとかちっちゃい時なんか絵を描いたりする時表裏に描きますよね。
それと一緒じゃないのかなって思うんですけれども。
まるで子供が絵を描くように。
絵師自身が描いた絵を見て大笑いしたのかもしれません。
実は「鳥獣戯画」と呼ばれるようになったのも明治以降と言われています。
古くは「獣絵」や「シャレ絵」と呼ばれていました。
その世界は後の絵師たちにも影響を与えます。
狩野派を代表する絵師狩野探幽が「鳥獣戯画」を写した絵です。
自由で躍動感あふれる筆遣いをかの天才絵師も学んだとか。
そして現代。
「シャレ絵」は国宝として日本美術の最高傑作の一つに数えられる事となったのです。
ではなぜ戯れに描かれた絵が今日まで伝えられてきたのでしょうか。
京都市北部にある高山寺を訪ねました。
ほんとに緑が深くて京都とは思えないですね。
なかなか…うん京都にもこんな深いお寺様があったとはっていう。
奈良時代に創建された京都有数の名刹。
「鳥獣戯画」を守り継いできた寺として知られています。
この寺に「鳥獣戯画」がいつ納められたのか確かな事は分かっていません。
いくつかの文献から推定すると13世紀鎌倉時代の初めごろと考えられています。
「鳥獣戯画」は戦乱の時代幾度も危機に見舞われました。
焼き打ちに遭い寺がほぼ全焼する惨事の中でも僧侶たちが必死に救い出し守ってきたのです。
この寺にとって「鳥獣戯画」は本尊に等しい存在。
それほどまで大切にされた背景にはこの寺で修行を重ねた一人の僧侶の存在がありました。
こんにちは。
どうぞよろしくお願いいたします。
今日はよろしくお願いいたします。
その僧侶と「鳥獣戯画」のつながりに注目している…こちらが…。
はい。
寺には僧侶の姿を描いた肖像画が伝えられています。
「樹上坐禅像」。
そうですね「樹上坐禅像」。
鎌倉時代に描かれた肖像画の最高傑作と言われています。
うっそうと生い茂る松林。
樹の上で静かに坐禅を組むのが明恵上人です。
名誉を顧みず山に籠もりひたすら悟りの道を追い求めました。
その姿を弟子が描いたとされる肖像画です。
肖像画にしては随分とこう描き込まれてるなあという。
何か人物だけじゃなくてどちらかというと人物よりかもうその周りの山々というか自然を描いてるという印象をすごい受けますね。
やはり肖像画としては非常に珍しい形式ですね。
普通肖像画はどういうお顔をされてるのかという事に興味の対象がありますから人間を大きく描くのが普通なんですけどこちらは逆にあえて小さく描かれて自然を大きく取り入れて。
確かにこう肖像画当時のイメージだと立派な袈裟を着て随分と威厳のある肖像画が多く見る中で確かに全く違うものになってますね。
衣も地味な墨染めの衣ですしお顔もじっくり拝見しますと眉毛がもう全く整ってなくてボーボーであったりとか口の周りもひげがちょっと黒く塗られていて不精ひげの表現だったのかなと思うんですけどももう山の中に籠もってひげも眉毛も整わないようなひたすらな修行者のような形で描いていて。
明恵が生まれたのは平安末期の激動の時代。
幼くして両親を亡くし9歳で仏門に入りました。
明恵が若い頃から手元に置いていた絵です。
23歳の時雑念を振り払わんとこの像の前で自らの右耳を切り落としました。
明恵自身が書き込んだ…亡き母の面影をこの像に重ねたといいます。
明恵が自ら発案して作らせた絵巻です。
大海を進む龍は美女が変身した姿。
一人の僧侶を守るためその身を龍に変えたという伝説に明恵は深く共感しました。
この絵巻を使い当時立場の弱かった女性にも仏の道を説いたといいます。
絵画が持つ力に特別な思いを寄せた明恵。
肖像画には明恵自身の思想が色濃く映し出されていると伊藤さんは考えています。
一人のお坊さんの偉さというよりは自然の中で溶け込んだ一個の人間として明恵上人を描いていらっしゃるという事がありまして明恵上人を大きく描かないで小さく表現してる。
まあ自然を大きくとってるという事ですね。
人間を中心にして世界を捉えるという事ではなくて自然の中に人間があると申したらよろしいんでしょうかね。
自然を支配するのではなくて自然の中で共にという。
よく見てみると木だけじゃ…植物だけではなく鳥…スズメのような鳥も飛んでいたりあそこにはリスですかね?そうですねリスですね。
リスがいて。
究極的には人間も動物も植物も存在としては等しいんだと。
人間が偉くて動物や植物が人間のために奉仕しなきゃいけないとかそういうようなヒエラルキーを作った考え方ではなくて非常にフラットに世界を…みんな存在としては同じだしお互いに支え合っているんだというそういう世界観がここに表れているんじゃないかと思うんですね。
動物をこよなく愛した明恵。
愛らしい子犬の像をいつも傍らに置いていたといいます。
明恵が弟子に語った言葉があります。
「生きとし生けるものは全て等しく尊い存在である」。
明恵が説いた華厳の思想を人々は「鳥獣戯画」に重ねその教えを伝えるよすがとしたのかもしれません。
やっぱりこう守り継がれてきた思いというものは華厳の中にある自然の…。
そうですね人間観というか。
華厳の場合にはあらゆるものがお互いにもう支え合って一見違う人間に見えるけども結局は世界の全てが自分の中に映り込んでいてたまたまこういう形で個別に表れてるけども本当は何も変わらないんだという認識があったと思うんですね。
そういう事が動物と人間の間にも「鳥獣戯画」の場合には起きてますし恐らく動物と動物の間にもカエルとウサギは本来なら大きさ違うと思うんですけどもそれも等しく描いたりとかですね。
人間と動物あらゆる存在に境目を作らない。
存在としては等しいんだというそういう姿をよく表しているのが「鳥獣戯画」というものじゃないかなと思いますね。
そういうところに高山寺が一生懸命守り伝えてきた理由があるんじゃないかというふうに私は考えたりしております。
国宝「鳥獣人物戯画」。
何ものにもとらわれない自由な心。
そして自然と共に生きる道。
さて次はどんな謎が解き明かされるのでしょうか。
2014/11/02(日) 20:00〜20:45
NHKEテレ1大阪
日曜美術館「“奇想の絵巻”誕生のなぞ〜鳥獣戯画〜」[字][再]

国宝「鳥獣人物戯画」が4年がかりの修復を終え、44mにおよぶ巨大絵巻が作業後初めて公開される。修復の過程で浮かび上がってきた新事実から謎多き絵巻の秘密に迫る。

詳細情報
番組内容
平安時代に描かれた国宝「鳥獣人物戯画」。教科書でもおなじみの日本美術史上に残る大作だが、誰が何のために描いたのか、多くが謎に包まれている。この秋、およそ130年ぶりの修復を終え、44mに及ぶ巨大絵巻が作業後初めて公開される。さらに修復の過程で、いくつもの新事実が見つかった。専門家も予想しなかった驚きの発見。そして、鳥獣戯画を守り継いできた京都の山深いお寺を訪ね、絵巻に込められた想いに迫る。
出演者
【出演】名古屋大学教授…伊藤大輔,【司会】井浦新,伊東敏恵

ジャンル :
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
サンプリングレート : 48kHz

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