こんばんはさぁ「鑑定団」始まりました。
今すごいですわ迷惑メールが。
混浴大会開催決定とか。
誰が開くねんと。
ほんで昨日きたやつなんか裸踊り開催決定って書いてあるんですよ。
誰が参加すんねん裸踊り。
おもしろい。
歌舞伎役者の…
芸能一家に育ちました
俺は強い!つわものじゃ〜!
この初々しい演技により以来名子役として名を馳せました
将来は歌舞伎役者とプロ野球選手の二足のわらじをはくという途方もない夢を抱いていたそうです。
そんな折周囲の勧めで改めて父の舞台をじっくり観たところ…
と思うようになり本格的に歌舞伎の道へ。
細身でうりざね顔だったため当初は女形が中心で可憐な姫や妖艶な花魁を熱演
この吉原の桜の盛り見事なことじゃござんせぬか。
しかし最近ではイメージを一新。
荒々しい立役にも挑戦しファンを魅了しています。
更に今年6月斬新な演出で知られるコクーン歌舞伎ではお坊吉三を演じ大きな話題となりました。
そんな松也さん歌舞伎以外の舞台にも積極的に参加しており11月にはミュージカル『Thrillme』に出演されます。
尾上松也さんの登場です
依頼人の登場です。
東京都からお越しのお願いします。
さぁどうぞ。
どうぞ。
あららら頭えらいすっきりして。
そうなんです。
どうしたんですか?これはですねテレビ東京さんで来年放送予定のですね『永遠の0』というスペシャルドラマに。
そうか向井理君が?そうです向井理さん主演で。
もう撮影は始まってるんだ?そうです撮影始まってて。
そのために。
みんな坊主してね。
今日はこれお宝はお家からですか?そうです実家にあったもので。
ねぇ実家からですからええのんちゃうかな?さぁそれでは拝見しましょう。
うわっ。
誰の書でしょうか?祖母が新橋で芸者さんをやっておりまして清元の師範でもあったりしまして吉田茂さんとすごく仲がよかったそうなんです。
吉田茂さんと仲がいい…。
こんなフレーズ言えないですよ。
それで新橋で吉田茂さんがお座敷の宴会をなさったときにうちの祖母が清元の青海波という曲を歌ってご披露したそうなんです。
「鳴いて明石の浜千鳥」っていってそしたらそれをすごく気に入ってくださったようでその場で書にして。
まさかのフィクションじゃないことを願ってますけど。
さぁご本人の評価額ですけども。
50万円くらいで。
50万くらい?はいいけたらいいんじゃないかなぁと思います。
わかりました。
まいりましょうオープンザプライス!あら!80万!おお〜っ!マジか!いきましたね80万。
いきましたね。
内閣総理大臣吉田茂の真筆の書に間違いございません。
清元にございます青海波というもののなかに「鳴いて明石の浜千鳥主に淡路は気にかかる」という一節がございまして私は浜千鳥のようになき明かしていると。
あなたにお会いできないのがほんとに気にかかるんですよっていうことでちょっと艶っぽい歌の内容な…ね。
この鳥が鳴くの鳴くをさんずいの人が泣くの泣くに書き換えてるわけですね。
昭和22年春素淮というふうに書いてあるんですが昭和22年の春というのはちょうど第一次吉田内閣が成立したばっかりの頃なんですね。
実に線が躍動的でございまして意気軒昂たる心境がにじみ出てるいい書だと思っております。
素淮という号は吉田茂の頭文字のY・Sというのを素淮というふうにしゃれたというふうに本人が言ってるんですね。
出来のいいものだと思いますのでひとつ大事になすってください。
ありがとうございます嬉しいな。
ぜひ報告してね。
ほんとですね。
ふだんは見ることないんですか?あんまり?いやもう今は掛けてなくて倉庫のほうにしまってあるので。
パクってもわかんないんじゃないですか?これ。
でもこれもうテレビでやっちゃいましたからね。
そっとね…。
そっと。
違うもの丸めて入れといたら…ねぇ?でも嬉しいです。
嘘じゃなかったってことですね。
報告していただきたいと思います。
番組も最後まで楽しんでいってください。
はいありがとうございます。
ありがとうございました。
早速ご自宅にお伺いするとお料理の真っ最中でした
20年前奥様が他界されたため以来すべての家事を1人でこなしているそうです。
できあがったのは…
わぁ〜おいしそう!昔大手建設会社の社員として3年間スペインに滞在したことがありその際作り方を覚えたそうです。
でお味は?
確かに…
8年前お茶を習い始めたことがきっかけで焼物に魅せられ次から次へと収集。
これまでつぎ込んだ金額はなんと…
最初は闇雲に手を出していたもののやがて専門書を読破。
更にさまざまな美術館に通い審美眼を養うなど猛勉強したため…
貴重な品だと思いますので鑑定よろしくお願いいたします。
果たしてそのお宝とは?
依頼人の登場です。
千葉県からお越しのお願いします。
どうぞ。
まぁ使いましたね。
ぎょうさんありましたよ。
その中でもまぁ自信の…。
えぇ。
品物?非常に好きな。
拝見しましょうこちらです。
ほうこれは?飛青磁と申します。
鉄釉の斑点が浮き出た中国の古い焼物でして。
おそらく700年くらい前…。
どうやって手に入れたんですか?これよくおつきあいする骨董屋さんからの紹介でこういう飛青磁っていうのは本当にこれ初めてだったもんですからね。
非常にじゃあ珍しいということですね?と思うんですね。
ちなみにこれはいくらで買ったとか覚えてます?うん十万なんですよ。
うん十万?どこに惹かれたんですかこれ?色ですよねまず。
夜これのときにちょっと前に置いて飲んだりするとちょっと暗いところで見るとですねもっとこうなんとなく緑っぽく。
それと斑点の流れ方。
やっぱこの感じですか?えぇ勢いがいいというか。
うん確かになんかね個性的ですもんね。
どこから回して見てもですねなんとなく全体のバランスがいいんですよね。
なるほど。
確かにねほうほう。
国宝で1つあるんですよ。
有名な飛青磁の。
同じような類のものでこんなに派手に斑点の出たものって…。
ないんですか?見たことなかったんですよ。
はぁ。
なんとなくねこう訴えるものがある気がしますから…えぇ。
あぁなるほど。
いかがですか?そうですね僕も全然詳しくないんでよくわかんないんですけど。
はい。
なんか感じるものありますか?そう言われると感じた気がします。
嘘がわかりやすい嘘のつけない人ですね。
飛青磁とは青磁の肌の上に黒褐色の斑文がちりばめられたものをいう。
中国で青磁が作られ始めたのは紀元前14世紀頃のことだがその美しさが頂点を極めたのは南宋時代の龍泉窯においてであった
その造型が端正でまったく飾り気がないのは何よりも色の美しさをめでるためであり澄んだ青は玉に勝るとも劣らないと絶賛された。
しかしその後元の時代になると青磁の色は徐々に変化し深い緑色になっていく。
飛青磁が作られるようになったのはちょうどこの頃でこれは青磁の美しさを更に追求する試みの中から生まれたものであった。
その模様は生地に鉄釉で斑文を描いたのち青磁釉をかけ焼成することにより生まれる。
この技法そのものは1,700年ほど前から存在したが龍泉窯の見事な青が生まれた際それを引き立てる装飾として改めて見直されたのであった
斑文の配置は不規則ではなくどの角度から見ても均衡が崩れないよう絶妙に計算されているが斑文の形がそれぞれ微妙に異なるため作為はまったく感じられない
しかしこの飛青磁はその後広く普及することはなかった。
これはおそらく斑文が時に傷やシミに見えてしまうことがあったからであろう
そこに不完全な美を見いだし珍重したのはわび茶に傾倒した日本の茶人のみであった。
そのため今日の中国に伝世するものはほとんどなく我が国にもわずか十数点しか遺されていない。
そのうちの1つ。
大阪の豪商鴻池家に伝来したこの瓶は現在国宝に指定されている
改めて依頼品を見てみよう。
飛青磁の瓶で鉄釉の斑文が大胆にちりばめられ見事な景色を生み出している
これがまさしく元時代の作なら大珍品だが…
ご本人の評価額ですが…。
じゃあきりよく500万。
きりよく500万。
それじゃまいりましょう。
オープンザプライス!おぉ〜。
2,000円いや〜。
元時代に作られた飛青磁ではございませんね。
違う。
比較的近代に作られた工芸品に近い飛青磁です。
形がね元時代の形とは違うんです。
元時代の飛青磁っていうものはね梅瓶って言われるこう口の小さいものとかあるいは玉壺春のようにラッパ口になってる。
全体が流れるような流線形をしているんですね。
こういうふうに複雑な形態をしていない。
鉄斑文っていうものはね破調の美完璧に作られた青磁の瓶というものそれに対してちょっと調子を破っている。
こういうふうにダラダラダラっとこう流れてるものはないと思いますね。
花でも1本投げ込んでそれで1杯やります。
まぁでもねご自身がお好きな…。
そうですね。
ねぇ形やし。
これを見るとちょっと少し嫌気がさしたけども…。
そうでしょ値段見たら急にしようもなく見えてくるでしょ?ねぇ。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
今回の舞台は今年…
その歴史は古く奈良平安時代は猿投窯の産地として大いに栄えた。
その窯跡の一つ香久山古窯は9世紀初頭の典型的な穴窯で天井部を除きほぼ完全な状態で残されている。
また岩崎城は1584年羽柴秀吉と徳川家康・織田信雄連合軍が戦った小牧・長久手の戦いの際その勝敗を左右する戦略地点として大きな役割を果たした。
一方こちらは…
市内に本社を有するテレビアンテナメーカーマスプロ電工の創業者端山孝氏は古美術愛好家としても名高く1975年この美術館を創設。
主に浮世絵と焼物を展示しているがなかでも特に地元瀬戸や美濃の陶器収集に力を注いできた。
またこの青磁輪花茶碗『馬蝗絆』は平安時代に伝来した砧青磁の傑作でその後足利将軍家が所蔵したと伝えられる。
本番前のひとときその見事なコレクションに感嘆しきりなのは…
会場は…
早速いってみよう
出張!なんでも鑑定団IN日進!
まずは松尾伴内の大ファン…
あっそうですか。
はい松尾伴内さんなんて。
はいはいはい。
でも松尾伴内っていう名前も松尾伴内かお前はいびつこめびつかってどっちをとるって言われたもんですからね松尾伴内とりましたよ。
正解ですか!
お宝は…
江戸時代庄屋を務めていたご先祖が遺したもの。
受け継ぐ際祖母からとても貴重な品だと言われたが妻はまったく信じてくれない。
そこで妻を石川県の九谷焼資料館に連れて行き本物を見せたところ…
うちにあるやつは…。
ご主人はね本物じゃないかっていう。
しかし本人評価額は自信満々の…
石川県に行った際は妻が望む高級旅館に泊まりずいぶん散財した。
それもこれも本物と信じればこそ。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
やった〜!
ありがとうございます。
江戸時代の終わりに石川県の大聖寺周辺で作られた再興九谷の三つ組の鉢間違いございません。
裏の銘を見ますとね二重でもって四角を囲んでその中に九谷と書いてございます。
再興九谷に九谷の銘が出てくるのは1850年前後の松山窯それから宮本屋窯っていうのがあるんです。
どちらとは断定できませんけども中がいい絵ですね。
ニワトリがオスとメスがいてその後ろに爛漫と咲き誇る桜があって。
無傷で状態もたいへんいい。
これからも大切になすってください。
続いては300年続く寺の跡取り…
なんていうお寺なんですか?お寺の名前は…。
あっ山寺と。
はいはい…。
言われていて日進のなかでは赤池の山寺と言われたら誰でもがタクシーでも着くという。
お寺のその…。
きれいな声援が。
なんと友人たちが20人も応援に駆けつけてくれた
きれいな方多いですねなんか。
否定しないんだ。
はいみんなかわいいんです。
お宝は…
実は田中さん小学生の頃からこの番組の大ファンで出演することをずっと夢見ていた。
しかし父がうちにはお宝はないと言うので諦めていたが今回この地で出張鑑定が開催されると聞き…
なんかね最後のお願いみたいに。
って言ったら…。
と言って見せてくれたのがこの屏風であった。
父によるとこの屏風は尾張藩の家老遠山景供の正室微笑尼が1729年菩提寺として霊鷲院を創建した際一緒に持ってきたとのこと
いかがですか初めて見た瞬間のその感想はこれ…。
でただ細かいところを見てくと細い線がいっぱいあったんですよ。
細い線がいっぱいあるはい。
でそれを見て私がお父さんここに…。
鉛筆の線がある!言ったら…。
って怒られて。
バカか!と。
本人評価額はやや控えめの…
正直言ってどのくらい価値があるのか見当もつかない。
しかしたとえ安くとも今日は長年の夢が叶ったので大満足。
果たして結果は?
ジャカジャン!
よかった〜!
江戸…おそらく初期くらい。
主題は『花宴』。
光源氏二十歳のときに宮中で桜の宴があるんですね。
そのときにある女性が近づいてくるわけですね。
一夜をともにするわけですね。
そして別れに扇を交換すると。
一つひとつが分かれてはってありますけども本来もともとはつながってる屏風。
それをおそらく江戸時代の後期くらいだと思いますけどそのときにやり直したんだと思いますね。
松が右にあって人物が左のほう向いてますね。
ですから左のほうにももう1つ屏風があったはずです。
おそらくずっと開いてられないんじゃないかと思いますね。
というのは銀地というのは開いてると結構酸化して焼けちゃうんですね。
それが焼けてないというとこが非常にいいとこなんで大事にしていただきたいというふうに思います。
続いてはいけばなとフラワーデザインが趣味の…
飾り方というのは全然違うんですか?和の場合は床の間に飾るとすてきな…。
和花もそうですけれど茶花ですとか一輪を飾るようなことがあるんですけれどヨーロピアンのは比較的華やかなホテルのフロアとか…。
はいはい。
そういう差があるんですね。
そうですね。
お宝は…
夫の祖父が遺したもの
主人の祖父は…。
そしてその長官を退任後…。
なんかすごいですね説得力ありますよなんか。
その祖父が役目を終え日本に帰国した際大事に携えてきたのがこの壺であった。
しかしその後は…
主人も母もこういう骨董にまったく興味がなくてずっと…。
紙袋に入れて?はい。
しかし14年前に他界した夫は引越しで荷物を整理するたびに…
そこで夫の死後もとりあえずその言いつけを守り続けてきた。
本人評価額はあてずっぽうで…
おそらくガラクタだから売ろうとすると恥をかく。
しかし祖父が大事にしていたので決して捨てるなということなのだろう。
果たして結果は?
ジャカジャン!
これはすごい!
今から1,500年くらい前の5世紀から6世紀。
新羅王朝のころの土器間違いございませんね。
形がいいんですよ。
口がラッパ型に広く広がっていて。
胴がまるでボールのように膨らんで…。
透かし窓のある台がしっかり支えておりますね。
この須恵器のすばらしさは文様です。
動物が描いてございますね。
はい。
馬だろうと思うんですけどもこれはたいへんに少ないものなんです。
そしてこれは穴窯という窯に入れて還元焔焼成でもっていわゆる燻蒸焼成をするんです。
ですからこの肌が青みがかった灰色になってそして金属的な焼き締まったかたい音がするんですね。
続いては地区の班長を務めている…
今順々にトップの方から…。
そろそろたぶん欲しがってると思うんで。
お宝は…
50年ほど前妻の祖父が手に入れたもの。
実は…
察してくれてるのかしらね。
しかし祖父がじっくり見たところ…
おじいさんはもうこれはいいものだからと?飾ろうと…床の間に飾っておこうとしてたんですけどおばあさんはそんなわけないと。
その後これを受け継いだ義父も…
飾ろうよと…お母さんに話してたらしいんですけどお母さんも興味ないわと。
更に自分も…
絶対これいいぞと思ってたんですけどうちの家内も…。
ということは3代ですねおじいちゃんの代とお父さんの代そして今の代ね。
3代で旦那さんのほうはみんななかなかいいぞと言ってる…でもかたや奥さんのほうがずっとそんないいわけないわよとか…。
借金の形だったらそれ相応のとこに持ってって借りればいいじゃないですか。
あっ奥さん現実的ですねやっぱりね。
これでもしすばらしい物だったらやっぱり奥様旦那さんの目を信じるとか…。
しかし本人評価額はあくまで本物と信じ…
3人連続してアップしたのでもうそろそろガクンと落ちそうな気がしてならないがここはひとつ奇跡を起こし皆さんをあっと言わせたい。
果たしてどうなるのか?
50年ほど前妻の祖父が借金の形として受け取ったもの。
祖父義父自分は本物と信じているが祖母義母妻は絶対偽物と言い張り3代にわたり意見が対立している。
果たして結果は?
どうぞ!ジャカジャン!!
やった!奥さんびっくり
ウソ!?やった!すごいすごい!えっ!?ヒザ震えてきた。
非常に1字目が大きくそして紙いっぱいに書くという西郷南洲の特徴がよく出ています。
徐々に上が下がってきます左下がりに。
これは非常に癖が出ているところでもあります。
西郷隆盛自身非常に山が好きでよく山に入って狩りをしたりしていましたけどもこの詩も西郷自身非常に気に入った詩なんだと思います。
よく書かれてます。
それから忙しいなかに平静になるように試みると。
怒りのなかにも平穏な気分を見るようにすると。
2本とも非常にいい出来だと思います。
ぜひ大事にしてください。
続いては間もなく第1子が産まれる…
今お気持どうですか?でも喜びいっぱいなんで今日もいい結果を残して。
そうですねはい。
ちょっとでも前のこの流れがね。
流れがちょっと…。
お宝は…
15年ほど前骨董好きの父が35万円で購入したもの。
父によると豊楽焼は江戸時代後期から大正時代まで名古屋で作られ外側に漆を塗り蒔絵を施しているため一見漆器に見えるがれっきとした焼物とのこと
よいしょ…はい。
あっほんとだ!中はほんと陶器なんですね。
なかなかすてきじゃないですかでもこれ。
あとこの線の模様があるんですけどこれがすごく細かく描かれてる。
すごいこれ細かいですよ中が。
父はとにかく能書きがすごいのでそれが本当かどうか確かめたくて出場したしだい。
本人評価額は父が買ったときと同じく…
実はもうすぐ産まれてくる子は女の子なのでもし高ければこれを誕生祝にもらおうと思っているが…。
果たして結果は!?
ジャカジャン!
大幅アップ
豊楽の窯っていうのは四代目に豊助っていう人が出まして菓子器とかあるいは茶器に漆仕上げをしてしまって一見漆工芸品かと思う。
フタを開けてみて中が釉薬と絵付けがしてあって焼物なんだって初めてわかるそういうものを考えてそれを木具写って命名したんですね。
たいへんに斬新な手法そして丁寧な仕事ぶりから尾張藩の御用品として採用されるんですよね。
これやっぱり愛知県のお宝なんですよ。
ますます大切になすってください。
最後は…
このTシャツは何かあるんですか?あらららありがとうございます。
ユニホームで皆さん。
皆さんもちょっとねお仲間が。
ありがとうございます。
現在は悠々自適で91歳の母とともに畑仕事を楽しんでいる。
今日はその母が応援に…
こんにちは。
いえいえお元気そうで。
ね?すごい!うん自分の歯。
自分の歯なのこれ?うん26本。
ということはもう結構硬いものでも全然?
お宝は…
大の骨董好きだった父が遺したもの。
父はこの掛軸をとても気に入っておりいつも床の間に掛けて楽しんでいた。
そんなあるとき表装が傷んできたので修理に出したが戻ってくると…
再修理していただいてこれ。
その際表具師は平身低頭し無料でやり直してくれたらしい。
本人評価額は父の目を信じ…
父亡きあと他のコレクションはすべて処分してしまったがこれだけは大事な思い出の品として手もとに残しておいた。
果たして結果は!?
どうぞジャカジャン!
う〜ん残念
表具屋さんにもどういうことだこの直しはって言ってね。
残念ながら岸駒の虎ではありません。
よく見るとどこにも左足がないんですよね。
左足がない?はい。
あぁほんとだ。
岸駒というのは虎の名手ですからこういった描き方は岸駒はしません。
印章も違っています。
ただやり直しただけあってなかなかいい表具がしてありますね。
出張鑑定IN日進はこれにて無事閉幕
こちらの釣堀にお伺いしました
次なる依頼人は真剣な表情で釣り糸を垂れているこの方…
で何を狙っているのかというと…
ここの釣堀は金魚釣りがとても有名でいつも混んでるんですよ。
阿佐ヶ谷駅から程近いこともあり常に大勢の釣り好きで賑わっています
しかし…。
何度やっても魚に逃げられてばかり。
なかなか釣れません
大きな声では言えないんですが…。
釣りを楽しむというより魚との駆け引きを訓練するつもりでやっています。
実は川名さん現在は研修医のため日々大忙し。
釣りが趣味なのですが遠出はできないためせめて勘が鈍らないようにとこうして寸暇を惜しんで釣堀に通っているのでした。
ちなみにこれまでで一番の大物は中学生のときに釣り上げた体長76センチの浜鯛。
この魚拓は今でも部屋に飾り来た人に自慢しているそうです
それは内科医院を開業していた祖父博さんが50年ほど前ある高齢の患者さんと親しくなり譲っていただいたもので…
その患者さんというのが…。
以来祖父はずっと大事にしていたのですが家族はまったく興味がなかったため祖父亡きあとは…
いったいどれほどの価値があるのか気になっています。
鑑定よろしくお願いします。
スタジオで拝見しましょう
依頼人の登場です。
東京都からお越しのお願いします。
さぁどうぞこちらのほうへ。
1回なくなってレントゲンの棚に。
まぁこれくらいの大きさのレントゲンのフィルムがあるんですけれど。
それを何枚も何枚も…。
重ねていく。
奥にあったんだと思われます。
さぁそれでは拝見しましょうこちらです。
えっ!えっ!何これ。
若い頃に同じ画家である坂本繁二郎あと熊谷守一といった方々と作った漢詩かるたと百人一首。
こちらが読み札になって大きい札をとる。
こっちになるとほら字体がちゃいますもんね。
あの絵は何ですか?祖父の患者さんがモデルとなっているみたいで安藤東一郎さんという方でこの方も東京美術学校で学んでいた画家のようです。
画家仲間の。
すごいですねそれでも。
それ何でおじいさんもらうことになったんですか?なにかすげえ命握ってたんじゃないですか?おじいさん。
おじいちゃんどんな人やったんですか?79で亡くなる直前までずっと内科医として働いていましたね。
はぁおじいちゃんお父さんみんなお医者さんや。
はい祖父の代からの開業医の家なんで。
あらまおぼっちゃま。
いえいえ。
これはもう…ほんなら研修終えたらおうち継ぐんだ?といいたいところなんですがちょっと家族から事情により反対されていまして。
えっお前はダメだってですか?継ぐなといわれまして。
お前は継ぐな。
何の原因があって?特に仲は悪くないはずなんですが。
とにかくお前は継ぐなと。
開業するなら勝手に開業してくれと。
資金は出しませんといわれました。
資金は出せへん勝手にやれと。
はい。
お兄さんか誰かいるの?一人っ子です。
一人っ子で?はい。
何でなん?って聞いた?もともと全員開業はしてるんですがそれぞれ自分で建物を借りてやっているっていうスタイルの家で。
なるほど継いでやるわけやないんや。
だから親の七光りとかでやんなと自分の腕でやれと。
もう俺これ継げんねやって小学校のときとか思ってたでしょ。
あれ?っていう。
なにそのシステムみたいな。
社会の厳しさを知りました。
そやね。
これはなんかね後継ぎとかいろいろ。
いやでも厳しいけどやりがいありますねそれね。
頑張っていただきたいですけどね。
ありがとうございます。
ホンマやねだって役者さんもあるでしょ。
実力あんなんであれ継ぐの?みたいな。
言えないですよ。
おい誰か言えよ!これを売ったカネで自分が病院やるときの資金の一部にでもとは言うてくれないんや。
アラスカでサケを釣りにいこうかと親が言っておりました。
アンタ愛されてないね。
今回の依頼品安藤東一郎氏が遺した書付にはこうある
彗星のごとく画壇に登場するも28歳で夭折した天才画家である。
代表作『海の幸』は原始の人間の営みを高らかに歌い上げた傑作で明治ロマン主義の金字塔として現在国の重要文化財に指定されている
青木とは幼なじみであった。
絵画の中に哲学を求めた画家で何の変哲もない静物を淡い色調で描き幻想的な世界を追求。
独自の画境を開いた
身の周りの何の変哲もないものごとを無垢のまなざしで見つめ続けその存在の神秘をもっとも平明な色と形で描き上げた
31歳でフランスに留学し印象派ポスト印象派を学んだ後マティスに師事。
色彩豊かな作品を数多く残す一方晩年は富岡鉄斎に傾倒しその研究家としても名を馳せた
セザンヌに深く傾倒しフランスに留学したものの日本の風土の美しさを描くには油絵は不向きと悟り帰国後は水墨画に挑戦。
南画の伝統を近代絵画に蘇らせた。
しかし安藤東一郎だけは資料がなく昭和12年発行の版画専門誌によると画家ではあったらしいがその生涯も画業もまったく不明である。
坂本を除く5名はいずれも東京美術学校西洋画科の同窓で青木と熊谷は同級生。
正宗と森田は2年後輩。
安藤は4年後輩であった。
年譜によると青木は明治36年秋本郷区曙町の下宿に転居。
その際坂本森田安藤と同居しそこに熊谷と正宗が足繁く訪れたことにより親密な交流が始まったと思われる。
ここでの生活はわずか1年足らずだったが突如夜中に青木と熊谷が大声比べをして隣の家の赤ん坊を泣かせたり桃の節句に白酒を飲んでは夜を徹してバカ騒ぎをするなどまさに青春を謳歌したようだ。
かるたとりが得意な青木がたびたび人を集めて興じたのもこの頃のことで詳しく調べたところ当時作った手製の絵かるたが12点ほど残されていることが判明した。
とすると依頼品の小倉百人一首100組と漢詩かるた100組も同じ頃に作ったものであろう。
漢詩かるたには中国唐時代の有名な詩人杜甫や李白の作が数多く見受けられる。
そしてかるたの箱にはこうある
また安藤を描いたデッサンは若き日の青木の画力を物語る資料としてきわめて貴重である
アラスカ行かせてる場合じゃないんじゃない?厳しいでご両親。
せっかくだから一回ぐらい遊んだほうがいいんじゃないですか?そうやね。
読み方教えてもらってね。
ご本人の評価額ですが…。
かるたが50万。
デッサンが150万。
うん。
200万円で。
合計で200万。
絶対そしたら資金にあてたほうがいいですよ!はい。
説得すべきだよ。
でもなんか言いくるめられそうやからな。
できれば一緒に行ってあげたいですね。
説得しに。
じゃ200万で。
まいりましょうオープンザプライス。
いくらやろ?あ〜ら!ありゃ!すごいいきましたね。
え〜!青木繁の作品に間違いないですね。
かるたが1,000万そしてそのデッサンが300万。
青木繁が坂本繁二郎に宛てた手紙がありますけどもその字にやっぱり非常によく似てるっていうこと。
基本的に青木繁が書いたっていうことでいいと思います。
ただですね「衣ほすてふ天の香具山」と。
この字だけは坂本繁二郎が書いたもんであろうと。
漢詩かるたっていうのはなかなか珍しい。
こういった漢詩を自選できてしかも書ける。
まあ非常にすばらしいですしもともとやはり武家の家に育ってますしそういう素養はかなりあったというふうに思いますね。
先ほど絵かるたが出てました。
これ12点しかありません。
ですからそういった意味でこの100点全て揃ってるっていうことが非常に貴重なことであって。
おそらくセットになってるかるたっていうのはこれしかない。
安藤東一郎を青木繁が描いたデッサンですね。
あどけなさの残る青年像ですけどもこの時期が青木の短い生涯の中でも絶頂期ですし。
まあこの頃にちょうど『海の幸』も描いてます。
特にその髪の毛であるとか唇。
そのへんにツヤを感じますね。
陰影法の正確さっていうものをじゅうぶん感じさせてですねやはり才能ある人だなっていうふうに感じることができると思います。
その時代を垣間見る貴重な資料だと思いますしぜひ大事にしていただきたいというふうに…。
売れなくなりましたね。
今の話聞いたら。
家族会議に。
家族会議やね。
なんとしても両親のアラスカ行き止めてくれよ!はい!大事にしてください。
どうもありがとうございました!貴重なものを。
「鑑定団」また来週ですさようなら。
2014/11/02(日) 12:54〜14:00
テレビ大阪1
開運!なんでも鑑定団[再]【天才画家6人が遊びで手作りしたお宝とは!?】[字]
開業医の祖父が患者から譲り受けたのは、明治時代を代表する天才画家・青木繁のお宝。熊谷守一、坂本繁二郎ら同年代の仲間と手作りして遊んだ大珍品とは?▽尾上松也のお宝
詳細情報
番組内容1
【祖父が残したお宝は明治時代を代表する天才画家の大珍品】
開業医だった祖父が患者から譲り受けたお宝は、明治時代を代表する夭折の天才画家・青木繁の大珍品。患者は青木繁の美術学校時代の学友で下宿に同居していた。その際、同年代の画家・熊谷守一、坂本繁二郎らとも親しく交流し、彼らと共に手作りして遊んだものらしい。
番組内容2
祖父亡き後、お宝の存在をすっかり忘れていたが、昨年病院のレントゲン写真の棚に紛れているのを発見。一体どれほどの価値があるのか気になって鑑定を依頼した。果たして結果は?
出演者
【司会】石坂浩二、今田耕司
【進行アシスタント】吉田真由子
【ゲスト】尾上松也
【出張リポーター】松尾伴内
【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな
【鑑定士軍団】
中島誠之助(古美術鑑定家)
北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)
安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)
阿藤芳樹(「阿藤ギャラリー」代表取締役)
永井龍之介(「永井画廊」代表取締役)
田中大(「思文閣」代表取締役)
増田孝(書蹟史家)
ホームページ
http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
バラエティ – その他
趣味/教育 – 音楽・美術・工芸
映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
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