地球ドラマチック「アブ・シンベル神殿を守れ!〜世紀の引っ越し大作戦〜」 2014.11.01

今からおよそ50年前エジプトのアブ・シンベル神殿はナイル川のダム建設によって他の多くの遺跡と共に水没の危機にさらされていました。
貴重な遺跡を守るため50を超える国が立ち上がり歴史に残る大がかりな移築に取り組みました。
アブ・シンベル神殿は実に巨大です。
言うなれば一つの大きな山です。
番組では神殿の彫像を複製し移築作業を検証します。
水没のタイムリミットが迫る中世界が一つになって取り組んだ世紀の引っ越しプロジェクトに迫ります。
アブ・シンベル神殿はエジプト南部ナイル川のほとりに建つ巨大な神殿です。
今からおよそ3,000年前古代エジプトの王ラムセス2世によって建てられました。
神殿の奥には至聖所と呼ばれる部屋があり年に2回特別な光景が見られるように設計されました。
毎年2月と10月のある一日に太陽の光が入口からまっすぐに差し込み至聖所に並ぶ神々の像を照らし出すのです。
その光景は3,000年以上にわたって人々を魅了し続けてきました。
しかし今からおよそ50年前危機が訪れます。
神殿がナイル川にのみ込まれようとしていたのです。
ナイル川がなければエジプトが栄える事はありませんでした。
「エジプトはナイルのたまものだ」という言葉のとおりです。
正に命綱です。
ナイル川以外に水源となるものがないんですから。
1960年エジプト政府はナイル川の力を利用するためアスワン・ハイダムの建設を開始しました。
ダムによってエジプト国内で使用される電力の多くをまかなおうというのです。
アスワン・ハイダムの建設は農業や電力供給の面では歓迎すべき事でした。
しかし問題もありました。
ダムの建設によっておよそ20か所もの古代遺跡が水没してしまうのです。
中でも最大の遺跡がアブ・シンベル神殿でした。
アブ・シンベル神殿は実に巨大です。
岩山を掘り進めて造られており言うなれば一つの大きな山です。
ラムセス2世は古代エジプトの侵略をもくろむ人々をけん制するためにこの神殿を建てました。
特にエジプトの南側や砂漠から来た人々は巨大な神殿を見ておののいた事でしょう。
アブ・シンベル神殿は正面の高さが33メートル。
入口を入ると奥へとまっすぐに伸びる廊下といくつかの小部屋があります。
廊下には彫像と柱が並び壁は全て古代エジプトの文字ヒエログリフで覆われています。
一番奥にある最も大切な場所至聖所には3体の神々とラムセス2世の合わせて4体の像があります。
年に2度入口から太陽の光が一直線に差し込み4体のうち3体の像を照らします。
左端の冥界の神には光は当たらず闇に包まれたままです。
古代の技術者たちが作り出した奇跡の光景です。
アスワン・ハイダムの建設によって神殿が水没してしまうとこの光景は二度と見る事ができません。
エジプト政府はユネスコ国際連合教育科学文化機関に助けを求めました。
(アナウンサー)「1960年3月。
ユネスコは国際社会に向けて『重要な遺跡は世界的に保護される権利がある』との提言を行いました」。
賛同したおよそ50の国が多くの遺跡を保存するために立ち上がり専門家が神殿を救う最良の策を探りました。
例えばアブ・シンベル神殿を水没させて巨大な水槽を造るという案がありました。
ドームを建設して神殿を覆います。
内側に設置したポンプで泥で濁ったナイルの水を浄化し視界を確保します。
観光客は水の上から水中の遺跡を見ます。
もっと近くから見たければエレベーターで水中に潜る事もできます。
この案には欠陥がありました。
アブ・シンベル神殿は砂岩を掘り出してできているため水が浸透しやすく崩れてしまう危険性があります。
専門家たちの意見は神殿を移築する事で一致しました。
ダムが完成すると遺跡周辺のナイル川の水位は60メートル上がります。
神殿が水につからないようにするには少なくとも65メートル上げて更に200メートル内陸の場所に移さなくてはなりません。
アブ・シンベル神殿は上に巨大な崖がそびえています。
また神殿は岩山の奥に60メートルも広がっています。
これを丸ごと動かすんです。
移築方法の1つ目の案は神殿を丸ごと持ち上げるというものでした。
神殿を山からそっくり切り出し建物の下に650個の油圧ジャッキを差し込みます。
ジャッキを一斉に上げる事で重さ25万トンの神殿を少しずつ持ち上げていくのです。
ジャッキを上げきったらコンクリート製の柱を設置し神殿を支えます。
そしてジャッキをセットし直して次の高さまで持ち上げます。
問題はこの作業を200回も繰り返さなくてはならない事。
そして万が一ジャッキや柱が崩れれば取り返しのつかない事態になるという事でした。
25万トンもある神殿をいっぺんに動かすのは大変な作業です。
1960年代にこれほどの重さの物を動かした事は一度もなかったはずです。
2つ目の案は水位の上昇を利用して神殿を巨大な船に乗せ持ち上げるというものでした。
これならいくら水位が上がっても神殿は水に浮いているため安全です。
しかし移築に6年以上かかるうえ嵐が来たらおしまいです。
3つめの案は唯一実現可能に思われるものでしたが考古学者にとっては受け入れがたいものでした。
神殿を細かく切り分けて運ぼうというのです。
遺跡を切り刻むなんて普通なら到底受け入れられません。
でもこの時は他に手がありませんでした。
神殿を破壊する事なく他の場所に移動させるにはそれが唯一安全で確実な方法だったんです。
1964年スウェーデンイタリアフランスドイツエジプトが参加する2,000人の国際チームがアブ・シンベル神殿の移築という大事業に乗り出しました。
切り分けた中で最も貴重で重たかったのが神殿正面にあるラムセス2世の像の頭の部分です。
重さはおよそ30トンありました。
番組ではこの頭部の複製を用意する事にしました。
ただし大きさは実際の1/3重さは10トンです。
この複製を使ってどのように移築作業が行われたかを検証します。
挑戦するのはジェリーとゲイブの親子です。
ふだんは建物をそのままの状態で移動する曳家の仕事をしています。
到着。
でどこにあるんだ?おお!あれか。
すごいな。
地面からひょっこりと顔を出しているみたいだ。
驚いたな。
ああ大したもんだ。
あなたがこれを?よろしく。
いい仕事ぶりだ。
電動の工具で切り出したんですか?それとも手作業で?手作業です。
なるほど。
ハンマーとノミだけ?こうドルルルって…。
いいえノミだけです。
そうか。
すごいな。
2人は建造物保存の専門家リチャード・スウィフトと作業します。
それでどこから切ったらいいと思います?耳の後ろで切った場合耳が欠けてしまわないか心配なんですよね。
最後のメンバーは大聖堂などの修復を手がける石工のジョニー・アンダーソンです。
足場を組もう。
1234…。
4つの角全部に。
複製を本物の遺跡として扱います。
こりや本物だよ。
本物の砂岩で造られているんだから。
しかもここエジプトでエジプト人が彫ったんです。
ジェリーたちは神殿移築当時と同じ道具と方法でラムセス2世の頭部を切断し持ち上げ組み立て直します。
まずは垂直に切って…。
それから肩の部分で水平に。
肩って掘ったら出てくる?移築作業の最初の工程は神殿を切り分ける事です。
しかし単純に等間隔に切ると目や鼻など目立つ場所に切れ目が入ってしまう恐れがありました。
切断によるダメージを最小限に抑えるため切断か所が調整されました。
切断が必要なのは正面部分だけではありません。
岩山の中に広がる部屋。
そこに並ぶ柱や天井ヒエログリフで装飾された壁も切り分けなくてはなりませんでした。
切断箇所は5,000以上に及び最終的に神殿は1,050個に切り分けられました。
アブ・シンベル神殿は岩山を彫って造られた自然と一体となった建造物でした。
神殿だけでなく岩山全体をいかにして動かすかというのが最大の課題でした。
作業は時間との戦いでもありました。
ナイル川の水が神殿に到達する時が迫っていたからです。
時間を稼ぐため防水壁が建設されました。
しかしこの防水壁もいつまでも水を食い止めてくれる訳ではありません。
当時アブ・シンベル神殿の移築作業に当たっていた人たちはいつ水にのみ込まれるか不安な状況で働いていました。
防水壁を造ったとはいえそれがいつまで水をせき止めてくれるかは分かりません。
水が押し寄せる前に何としても作業を終え神殿を守らなくてはならないと大きなプレッシャーを感じていたはずです。
神殿の上にそびえる岩山を動かすこと。
これが最初の課題でした。
岩山を解体する最も手っ取り早い方法は爆破する事ですがその衝撃で神殿が傷つく可能性があります。
そこで技術者たちは鉄のワイヤーチェーンソーを使って岩山を切り分ける事にしました。
作業は500人態勢で7か月かかりました。
岩山を動かしたら次は神殿の切断です。
ラムセス2世の頭部は切り分ける前に特別な処置が施されました。
切り口が崩れないように切れ目を入れる部分を布で覆いました。
複製にも同じ方法を試みます。
貼り付けた布は乾くと固まって岩をしっかりと支えます。
だから切っても崩れないんです。
しかも水で簡単に剥がす事ができます。
ジョニーたちは砂岩でできた顔に極力傷が残らないように長い手引きノコギリを使って切断する事にしました。
50年前と同じ方法です。
5ミリずらしてくれ。
最初の切り込みを正しい位置に正しい角度で入れる事が重要です。
刃を入れる位置を調整しています。
この板はノコギリをまっすぐ引くためのガイドです。
ノコギリの刃をこの板に沿わせて引きます。
位置が決まれば作業を始められます。
よし始めよう。
ああ行くぞ。
そのまま。
アブ・シンベル神殿に入れた切れ目の長さを全て合わせるとおよそ10キロメートルになりました。
ノコギリ引きの作業は9か月続きました。
砂岩を切り分けるのは想像よりもはるかに大変な作業でした。
こりゃ休んでる暇はないな。
やれやれ。
ノコギリの真ん中辺りを見るとすでに3ミリほど歯が減っている。
まだ少ししか作業していないのに…。
切れ味が悪くなるので刃を鋭くするために目立てをしなくてはいけませんね。
ノコギリの切れ味を保つため何度も目立てをします。
アブ・シンベル神殿の移築は前例のない大規模なプロジェクトでした。
スウェーデンの技術者イエスタ・ペーションは当時の移築チームの主要メンバーでした。
再びアブ・シンベル神殿を見られるなんて感激です。
イエスタがここを訪れるのは1966年以来です。
すばらしい。
本当に…感激です。
移築したと言われなければ最初からここに建っていたと思うでしょう。
いいですね。
とてもいい。
正面のラムセス2世の像は神殿のほんの一部にすぎません。
岩山の奥に広がる神殿内部も全て切り分けられ移築場所に運ばれたあと再び組み立てられました。
天井につなぎ目が見えないか探していますが今のところありませんね。
あっても不思議ではないんですが…。
ここに一つありました。
ここからまっすぐに続いています。
こちらにもありますね。
美しく装飾された壁や天井は全て手作業で切断されました。
どこに切れ目を入れるかちょうどいい場所を見つけるのはとても難しく骨が折れました。
貴重な装飾を台なしにしてはいけませんから。
大変でした。
私たちは正に山を動かそうとしていました。
それもひと塊ではなくバラバラにしてね。
最大で重さ30トンの岩の塊が1,000個以上切り出されました。
アブ・シンベル神殿と同じく移築を必要としていた遺跡はおよそ20ありました。
今からおよそ2,000年前に建てられたカラブシャ神殿もその一つでした。
カラブシャ神殿は切り出した岩を積んで建てられていました。
切り分けた遺跡を運び組み立て直す技術を試すのにうってつけです。
問題はカラブシャ神殿が当時すでに一年の大半は水につかった状態だったという事です。
カラブシャ神殿は一年のうち9か月は水につかった状態だったため移築に取り組んだドイツのチームは水を利用しました。
ドイツの技術者たちは水位の変化を利用する事にしました。
水位が上がった時に船を神殿の横に付け解体したブロックを積み込みます。
作業は神殿のてっぺん部分から始まり水位が下がるに従って下の部分へと進められていきました。
1万6,000個もの岩を短期間で運ぶのは大変な作業でしたが見事に成功しアブ・シンベル神殿の移築に大きな自信をもたらしました。
カラブシャ神殿とは異なりアブ・シンベル神殿は砂岩を切り分ける必要がありました。
複製の切断作業を始めてから2時間がたちましたがまだ50センチしか進んでいません。
まだお昼前ですがすでにぐったりです。
こりゃ大変だ。
きついですね。
用意されたノコギリを見て覚悟はしていましたがこれほどまでとは…。
想像以上です。
当時何人がかりで切ったのか知りませんが…。
情けないよな。
ああ全くだ。
1か所切るだけでもうヘトヘトだなんて。
1個だけで手いっぱいです。
ああ2個は遠慮したいですね。
今日中に終わるかな。
ああそのまま続けて。
砂岩を手作業で切断する事が驚くほど過酷な作業だという事が分かりました。
アブ・シンベル神殿に入れた切れ目の長さを全て合わせるとおよそ10キロメートル。
ノコギリで切る作業は500人の作業員が交代で昼も夜も休む事なく続けられました。
周辺には5つの国からやってきた作業員2,000人とその家族が暮らすための町が誕生しカフェやホテルなどもできました。
3,000年の歴史を誇るアブ・シンベル神殿を守るという一つの目的のためにさまざまな国の人々が砂漠の町に集まったのです。
誰にも何かしらやるべき事がありました。
話す言葉が何であろうと関係ありません。
自分がやりたいと思う事はすぐに伝わりました。
複製の切り分け作業を始めてから6時間。
砂岩はまだ半分も切れていません。
切り進むにつれて気がかりな事が出てきました。
顔の上半分が切れ目から折れてしまいそうなのです。
急いで棒で支えます。
作業開始から8時間半がたちました。
ノコギリの刃がすぐに減ってしまうなどトラブルもあって時間がかかっています。
そして作業開始から12時間後。
やった!アブ・シンベル神殿の切断作業は9か月かけてようやく終わりました。
しかしこれはまだ最初のステップにすぎません。
ナイル川の水位が上がる前に切り分けた岩を全て運び出さなくてはなりません。
一方神殿から80キロ離れた場所ではフランスのチームがアブ・シンベル神殿よりも古いアマダ神殿の移築作業に取り組んでいました。
アマダ神殿は移築が予定されていた20近い神殿の中で最も古い神殿です。
内部には美しい壁画があり切り分けるのは難しい状態でした。
アマダ神殿はすでに損傷が進んでおり解体したり切り分けたりすると貴重な壁画が壊れる危険性がありました。
技術者たちは神殿をそのままの状態で丸ごと移す事にしました。
神殿の端を補強し鋼鉄のケーブルで壁を支えます。
重さ900トンの神殿を持ち上げるため床下にはコンクリートの梁が差し込まれました。
移築方法は古代エジプトの時代とさほど変わりません。
大勢の作業員が線路を敷き詰めて巨大な神殿を移動しました。
古代と違うのは人が引っ張るのではなく油圧ジャッキを使った点です。
作業員は神殿を動かすたびに線路を前に移動させながら神殿を運びました。
古代エジプトの人々は丸太を敷いて石材を運んでいました。
石材が通り過ぎたら丸太を前に移動させていたんです。
全く同じです。
アマダ神殿の一日の移動距離は最大25メートル。
2.5キロ離れた移築場所までおよそ3か月かけて運ばれました。
同じ頃アブ・シンベル神殿では移築の第2段階切り分けた遺跡を運び出す作業が進められていました。
巨大な塊をどのようにして動かしたのか。
複製のラムセス2世の像を持ち上げて検証します。
岩を持ち上げるならヒモでつり上げるのが簡単です。
しかし顔はかなり重いためヒモが顔に食い込んで壊れてしまう可能性があります。
当時アブ・シンベル神殿の移築に関わった技術者たちは金属の棒を2本つまようじのように刺して顔を持ち上げる事にしました。
重要なのはどれくらいの深さまで棒を刺すかです。
深さが足りなければ割れてしまうかもしれません。
検証では穴にセメントを流し込み棒を固定する事にします。
気温が高いので温度がどんどん上がってしまうんです。
だから氷を混ぜて冷やす事にしました。
当時もこうしていたかもしれませんね。
ここは気温も高いし乾燥しています。
セメントが固まってしまう前に作業をしなくては。
あらかじめ開けておいた穴に棒を差し込んだらセメントを注入します。
棒をしっかり固定するには隙間をセメントで満たさないといけません。
チューブを使ってセメントを入れていきます。
6時間後準備が完了しました。
いよいよ顔を持ち上げます。
まずは棒が重みに耐えられるかを確認します。
それで十分だ。
おいおい動かすな!もういいって。
これ以上持ち上げる必要はない。
ああもうよせ!動かすな。
棒は十分重みに耐えていますがジョニーは頭の部分にぶつかる事を心配しています。
もう持ち上げなくていい。
このまま動かさないで。
あれ?オッケー。
どうやら持ち上げるみたいだ。
リーダーのジェリーはこのままラムセス2世の顔を持ち上げる事にしました。
1965年10月10日。
ラムセス2世の顔が持ち上げられました。
周囲は緊張に包まれていました。
ラムセス2世の顔は切り出された他の塊と同様に800メートル離れた保管場所までトラックで運ばれました。
振動で崩れないよう山をう回して一つずつ慎重に保管場所まで運ばれました。
この作業は1,000回以上繰り返されました。
保管場所に集められた遺跡は厳しく管理されました。
再び組み立てる時に間違えないようそれぞれに識別用の番号が付けられ切り出された場所が正確に記録されました。
1966年4月。
ラムセス2世の巨大な足が運び出されました。
全てを切り分け移動させた数か月後辺りは水浸しになりました。
しかしまだ難題は残っていました。
組み立てです。
水没の危機にひんし永遠に失われようとしていたおよそ20の遺跡の中で最後に救出されたのはフィラエ島に建つフィラエ神殿でした。
古代エジプトの女神イシスを祭る聖地はすでに水没が始まっていました。
技術者たちは水をせき止めるため遺跡を取り囲むように一時的な防水壁を造る事にしました。
防水壁内の水を抜き移築のための解体作業を行いました。
しかし防水壁は全ての遺跡を取り囲んではいませんでした。
島への入り口だったディオクレティアヌスの門は完全に水没していました。
水中での作業が始まりました。
(アナウンサー)「イギリス海軍のダイバーが遺跡の救出に当たっています」。
門が泥で埋まっていたため泥を取り除く作業を始めました。
当時ダイバーたちを指揮したエド・トンプソンが移築作業以来初めて現地を訪れます。
待てよ…あれだ。
あの門だ。
水中で見た姿とほぼ同じだよ。
最初にこの門を見た時はほとんどが泥で覆われていました。
門の一部がかろうじて見えている状況でした。
一体どうやって泥を取り除けばいいのかと思いましたね。
ダイバーたちはホースから空気を高圧で噴射して泥を取り除きました。
水中は視界が悪く感覚で作業を行うしかありませんでした。
文字どおりの手さぐりで触って確かめながら作業しました。
解体作業はハンマーやノミを使って手作業で行われました。
500キロもの重さの石の塊をどのようにして水面まで持ち上げたのでしょうか?ダイバーたちは厚手の布を風船のように膨らませ浮力を利用して石を浮き上がらせました。
ダイバーたちは半年かけて門を450個に切り分け一つずつ浮き上がらせ移築先へと運びました。
再び門を見られるとは思いませんでした。
逆さまに建っていたらどうしようと心配していましたが大丈夫そうですね。
1966年1月。
アブ・シンベル神殿の組み立てが始まりました。
神殿を元に戻すだけでなく神殿を覆っていた山も再建します。
アブ・シンベル神殿を覆っていた山は切り分けられました。
切り分けられた大量の岩を移築場所で短期間に積み上げなくてはならなかったんです。
神殿を覆うように新たな山を築くのはかつてない挑戦でした。
一番簡単なのは大量の岩を直接神殿の上に積み上げる事ですが神殿が崩れてしまいます。
技術者たちは岩の重さを支えるためドームを築く事にしました。
神殿はコンクリートでできた巨大なドームで覆われました。
コンクリートのドームが上に積み上げた岩の重みを支え中の神殿を守ります。
正面には解体して運んだ岩を戻しあたかも神殿が初めからそこに建っていたかのように再建されました。
しかしこの新しい神殿が年に2度日の光が神々を照らすように配置できているかはすぐには分かりませんでした。
そして神殿を守る巨大なラムセス2世の像を無事に組み立て直す事ができるかも分かりませんでした。
複製の検証もいよいよ最終段階です。
準備はいいか?ノコギリで頭を2つに切断しリフトで持ち上げたラムセス2世の顔を再び元に戻します。
実際のラムセス2世の顔は地上20メートルの場所にあるため絶対に落ちない工夫が必要でした。
セメントだけでは重さを支えきれず落下してしまう恐れがありました。
神殿の再建に当たった技術者たちは顔の裏側にL字型の突起を付け棒で固定しました。
L字型の突起は顔を後頭部に固定させる役割を果たします。
問題はどのようにして突起を付けるかでした。
顔の表面にクギやネジが見えてはいけません。
そこでこのような棒状のものを取り付けて支えました。
L字型の突起を頭部にはめ込めば顔が落ちる危険性は低くなります。
1960年代の技術者たちと同じ方法で複製の顔を頭部にはめ込みます。
しかしただでさえ難しい作業を砂漠の風が邪魔します。
近づけないで。
持ち上げて。
万が一衝突して壊れたら全てが水の泡です。
ロープを引っ張って。
準備完了だ。
よしじゃあ始めよう。
ゆっくり…もっと右側に引っ張ってくれ。
そっちだ。
こっちは俺が見るよ。
君は自分の所に集中して。
オッケー。
もう少し下げてくれ。
おっと…。
2つが接触するギリギリの所まで下ろしていこう。
待て。
その調子だ。
少し寄りすぎてる。
5センチくらい離して。
ギリギリだ。
よし。
平気か?ああ。
地面まであと4センチだ。
よし。
やったできたぞ。
みんなよくやった!123ラムセス!イェ〜イ!アブ・シンベル神殿の組み立ては細心の注意を要する作業でした。
組み立てるだけで1年7か月かかりました。
更に全長10キロに及ぶつなぎ目をモルタルで覆い隠す作業が待っていました。
1968年10月31日。
作業開始から4年半で引っ越しは終わりました。
予定より1年半以上短い工期でした。
ラムセス2世も満足したはずです。
3,000年前に建てられた神殿を救うために世界中の国が力を合わせたのですから。
しかも一時的な対処ではありません。
後世に残るようにしたんです。
古代の遺跡を守るために世界が一つになったこのプロジェクトはこれからも語り継がれていく事でしょう。
こんな神殿を造るなんて3,000年前の人々の知恵はすばらしい。
でも私たちも負けていません。
かつての姿を取り戻したアブ・シンベル神殿。
ところで移築したあとも太陽の光は一年に2度神殿の奥深くに差し込み3体の像を照らすのでしょうか?移築は大成功に終わりました。
3,000年もの間繰り返されてきたアブ・シンベル神殿の奇跡。
太陽の光は今もそしてこれから先もずっと3体の像を照らし続けていくでしょう。

(掛け声)ん?つな引き?2014/11/01(土) 19:00〜19:45
NHKEテレ1大阪
地球ドラマチック「アブ・シンベル神殿を守れ!〜世紀の引っ越し大作戦〜」[二][字]

ダム建設から古代エジプトの神殿を守れ!世界中の技術者の協力で水没を免れた“引っ越し大作戦”。実際の映像とCG、実験によって巨大遺跡移設の詳細を明らかにする。

詳細情報
番組内容
およそ3000年前に建てられたアブ・シンベル神殿。1960年代に水没の危機を避けるため、4年半を費やして移設された。巨大な岩を掘って作られた、高さ30メートル以上の神殿を1000以上のブロックに切り分けて運ぶことに。もろい砂岩のため、のこぎりを使って全て手作業で切り分ける。技術者のための宿や店ができ、砂漠に街が出現した。「世界遺産」創設のきっかけになったと言われる移設に迫る。(2008年アメリカ)
出演者
【語り】渡辺徹

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
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英語
サンプリングレート : 48kHz

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