少女漫画の名作「ベルサイユのばら」の連載が始まったのは1972年でした。
物語の舞台はフランス革命。
悲劇の王妃マリー・アントワネットと王妃を守る男装の麗人オスカルが主人公です。
当時オスカルの美しくも激しい生きざまに少女たちは熱狂しました
シトワイヤン手始めにバスティーユを攻撃しよう。
そして我らの力の強さを示すのだ。
シトワイヤン…行こう!
1974年宝塚で上演されると人気は一気に爆発。
ベルばらブームが起こりました。
そして今年8月40年ぶりに「ベルサイユのばら」の新刊が発売されました。
人気は健在。
品切れ状態が1か月にわたって続きました
発売の初日にもう大量の重版が決まるというような事で我々の想像を超えた以上の売れ行きを見せております。
書店さんで無くなったですとかちょっと欲しいのに見つからないなんていう事もあったりしてちょっとご迷惑をおかけした部分もあるんですがそのぐらい大変な反響を頂いております。
作者は当時女子大生だった…
NHKには「ベルサイユのばら」の魅力と創作の舞台裏を描いた番組があります
池田が描きたいもの…それは高校時代に伝記を読んで以来ずっと温めてきたマリー・アントワネットの生涯。
しかし編集部から待ったがかかる。
歴史ものは少女漫画にふさわしくないというのだ。
(池田)いや何でと言うよりやっぱりそういうもんなのかと初めて認識しました。
(取材者)どうしました?だから絶対に当てますからという約束をしました。
「ベルサイユのばら」が40年たった今も人々の心を捉え続けているのはなぜか。
今日の「NHKアーカイブス」では創作の原点を探りその魅力を語り尽くします
「NHKアーカイブス」今日は少女漫画の金字塔「ベルサイユのばら」がテーマです。
かつて夢中になって読んだそして今も熱心なファンだという方多いのではないでしょうか。
今日は作者の池田理代子さんにお越し頂きました。
ありがとうございます。
よろしくお願い致します。
今年発売されました40年ぶり11巻ですね大変な反響なんですよね。
まさかこういう形で新刊読めるとは…。
40年ぶりですもんね。
まさかこういう形で描こうとは私も夢にも思ってませんでした。
その辺りですね。
どうしてそもそも描こうと思われたんですか?やっぱり描き残した話っていうのが…。
結構皆さんすごい長い長編連載だと思ってらっしゃると思うんですが実は2年に満たない連載だったんですよね。
なのでその間の話っていうのが結構私の中でポッと思いついてはだんだんたまっていくというような状態だったんで。
じゃあ40年間の思いが込められた新作。
そうですね。
これだけの反響があるという事はいかに「ベルばら」が親しまれそして深く愛されているかとそういう事だと思うんですけれど。
NHKにはその魅力と創作の舞台裏に迫った番組があるんです。
ご覧頂きたいと思います。
時は18世紀けんらん豪華なフランスベルサイユ宮殿。
そこで繰り広げられる歴史大河ドラマ。
美しく華麗な世界が漫画として描かれた。
それは一人の女子大生によってこの世に生み出された。
そのあとだったらばあれだけの作品は描けなかっただろうというふうに思います。
未熟だから勢いに乗ってあれだけのものが出来たというものが多いと思います。
その作品の名は…1972年日本中がパンダに沸き浅間山荘事件が世間を震撼させた年。
少女漫画史上に残る名作はそんな年に週刊漫画雑誌の連載として登場した。
その後「ベルサイユのばら」は単行本として発行部数1,500万部以上という空前の大ベストセラーとなった。
発表から30年以上たった今も「ベルサイユのばら」は読み継がれている。
当時のファンが集えば「ベルばら」の話題が尽きる事はない。
私の中ではもう「ベルサイユのばら」は私の一部だし。
一生私の勉強するバイブルというか何か恐れ多いんですけれども…。
手が届きそうなような何か温かさが…体温がすごく感じられて。
子どもの時にこういう言葉はよう言わなかったの。
「何かこの人はいそうだ」とかそういう感じでしか言えなかった。
今で言うと本当何かそこがちょうど波長とか体温が合うな。
また漫画だけにとどまらず宝塚で舞台化され空前の大ヒットを記録した。
・「愛、それは強く」更にテレビアニメバレエそして「LadyOscar」の名で映画の世界にも進出。
社会現象とも言えるブームを巻き起こした。
いわゆるベルばらブームである。
今も愛され続ける少女漫画の金字塔「ベルサイユのばら」はいかにして生まれたのか。
その作品の魅力と壮大なドラマの舞台裏に迫る。
今夜取り上げる「ベルサイユのばら」は1,500万部以上売れた大ベストセラー。
愛蔵版や研究本などは今なお出版され続けています。
なぜそこまで愛されているのでしょうか。
今回はその作品の世界に浸りながらいかにして「ベルばら」が誕生したのか。
そしてこの作品を世に送り出した池田理代子という作家はどんな人物なのか。
名作誕生の裏側に迫ります。
1755年オーストリアの女帝マリア・テレジアの娘として生まれたマリー・アントワネットは素直でかわいいおてんば娘。
政略結婚によって時のフランス国王ルイ15世の孫王太子ルイのもとに嫁ぎます。
アントワネットは何不自由なく贅沢な暮らしをしていました。
しかしやがてアントワネットは贅沢な暮らしの中に満たされぬ思いを抱くようになりました。
ある日お忍びで出かけた舞踏会で美男のスウェーデン貴族と出会います。
ハンス・アクセル・フォン・フェルゼン生涯の恋人との運命的な出会いでした。
一方名門貴族の娘オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェはどうしても跡継ぎが欲しかった父の希望によりなんと男として育てられる事になったのです。
そして未来の王妃であるアントワネットを守る任務を命じられます。
晩さん会舞踏会華やかな宮廷生活。
しかしその裏で庶民たちは貧困にあえいでいました。
その暮らしをかいま見たオスカルはあまりの貧しさに驚き自分が貴族である事に疑問を抱いていきます。
そしてオスカルを守るべく陰から支える部下アンドレ・グランディエ。
アンドレは身分の違いに悩みながらもオスカルを愛し続けます。
革命思想に引かれるオスカルに激怒する父。
アンドレは己の命を懸けて対立。
その姿にオスカルはアンドレの愛の深さを知ったのです。
フェルゼンとの許されぬ恋に身を焦がしていたアントワネットもまた悩み苦しんでいました。
彼女が望んでいたのは一人の女性としての普通の幸せだったのです。
時代は既に動き始めていました。
貴族たちの浪費が生んだばく大な借金。
民衆の怒りは頂点に達していました。
そして1789年7月13日。
オスカルは貴族の身分を捨てて民衆側に立つ事を決意します。
フランスは革命という大きな流れにのみ込まれていくのです。
自由と独立を目指して立ち上がった民衆。
激しい戦いの中でオスカルの身を守ろうとしたアンドレは銃弾に倒れます。
(銃声)そしてオスカルも…。
(銃声)革命後ベルサイユ宮殿を追われたアントワネット。
ようやく自分の運命と向き合い王妃としての誇りを自覚します。
しかしもはや時代の流れは止めようもありませんでした。
「ベルサイユのばら」は運命に翻弄されながらも信じる道を生き抜いたアントワネットとオスカルを描いた壮大な歴史ロマンなのです。
社会的な大ブームを巻き起こした「ベルサイユのばら」。
そのブームの中で育った少女がやがて宝塚歌劇団に入団しオスカルを演じました。
平成のオスカルとしても圧倒的な支持を受けた女優の涼風真世さんにお話を伺いたいと思います。
(2人)よろしくお願いします。
私はこのような人生を与えてくれた父に感謝しております。
オスカル…。
女でありながらこれほどにも広い世界と人間として生きる道を見る事ができた事を心から感謝致しております。
(銃声)アンドレ〜!フランス万歳…。
オスカル様〜!涼風さんはこの「ベルサイユのばら」にいつごろ出会ったんですか?中学校の時です。
当時私は少女漫画というよりは少年漫画の方が大好きで楳図かずお先生の大ファンだったんですね。
それでもう読みふけっていたというか読みあさっていた方でどっちかと言えば「へび女」とかそっち系の少女だったんですけれども。
それがなぜまた「ベルばら」を手に取ったんですか?お友達が「マーガレット」だったと思うんですけれども見せてくれたんですよ漫画の本を。
こんなにかわいいこんなにきれいな漫画があるんだと思って。
それまでドロドロした…。
(涼風)ドロドロした方が大好きで読んでたんですけど。
まあ女らしい漫画だなと思って見ていたら「ベルサイユのばら」が面白くて…。
そこからどんどんはまって。
本当に読むようになったのは宝塚歌劇団に入団して涼風真世にオスカルをしてもらいたいというお話を頂いた時にプロデューサーだったと思うんですけれども「読みなさい」と言って渡された本があったんですね。
こちらの本だったんですね。
(涼風)そうです。
すごいですね!
(涼風)もう何か本当に毎日のように読んでいたので…。
そういえば中学校の時見た時にこのオスカルの絵。
この美しさに感動した事をまた今改めて思い出したんですけれども。
この目がキラキラしている絵の代表作ですよね。
きれいですよねこの手。
もう何か神経が行き届いてる感じがしますけど。
本当に読み込んだ跡があります。
何か色変わってますよね。
(笑い声)でも中学校の時にやはりこの本を読んで内容もそうなんですけれどもフランス革命のお話っていう事とあと多感な時期だったのですごく…何て言うんだろう刺激的だったのを覚えてます。
結構ドキドキするシーン出てきますよね。
フェルゼン様とアントワネット様のシーン。
密会であったり。
あとオスカル様とアンドレ様の結ばれるところ。
(はな)言葉が妙に生々しいんですよ。
それで何て言うんでしょう…何か実際に自分としてもああこういう感じなのかなみたいな想像をしたり。
ハッハッ!当時はやっぱり本当に本当に少年漫画が好きで男の子みたいに育っちゃってたのですごく刺激的だったのを思い出しますね。
じゃあ少女が大人へと成長していく一緒にこれと共に涼風さんは…。
女になったのかも。
(笑い声)しれないですね。
さて読む人の心を奥底から揺り動かす名作そんな作品を生み出した池田理代子さんはどんな方なんでしょう?「ベルサイユのばら」の作者池田理代子は漫画家そして現在はオペラ歌手としても活躍しその才能を発揮している。
池田はどんな少女時代を過ごしたのだろうか。
とにかく日本中に名前を知られるような人になりたいと思ってました。
池田理代子は1947年サラリーマンの家に4人兄弟の長女として生まれた。
少女時代から好奇心旺盛な子どもであったという。
小学校時代時間を忘れて熱中していたのは絵を描く事。
小さい頃からとにかく絵が大好きだった。
もう机も何も…消しゴムにまで描いてた。
描ける所は全部描いてたのを覚えてます。
(取材者)道路にもっていうような?昔はろう石というのがあって道路にチョークみたいなものですがそれで絵を描いたり。
でも本当に描ける所は全部描いていて人様のおうちにまで描いていたので相当迷惑な子だったと思います。
子どもの頃よく一緒に遊んだのは2つ違いの妹。
熱中していたのはお姫様ごっこ。
しかし普通のお姫様ごっことは少し違っていた。
優ちゃんはどんなお姫様がいいの?う〜んきれいなお姫様。
じゃあフランスのお姫様にしよっか。
うん。
まず池田が絵を描いてキャラクターを作る。
そしてそれを基に配役や設定を決める。
優ちゃんはい。
母親のスカートをドレスに見立ててのお姫様ごっこ。
2人の少女にとって小さな茶の間も宮殿の舞踏会の舞台になっていた。
こちらへどうぞ。
「ベルばら」のルーツはここにあるのかもしれない。
小学生時代池田の心に強烈なインパクトを残した漫画がある。
手塚治虫の「つるの泉」。
よく知られている民話「鶴の恩返し」を手塚治虫がアレンジし漫画で表現した作品だ。
生まれて初めて人の作品を読んでもう本当に全身で感動して涙がこぼれて止まらなかった作品というのは小説でも何でもなくて手塚先生の「つるの泉」という作品で。
やっぱりその時に思ったのは自分が描いた作品で他人をこんなにまで感動させる事ができるんだって。
「いいな〜」と思いました。
本当にもう思い出しても涙が止まらなくて。
お友達のおうちで読んだんですけど帰る道すがら読んでショックを受けて外に出ると町の風景が今までと違って見えるんですよね。
中学からは千葉県に移り高校は都立の進学校へ。
成績優秀当時の趣味は読書だった。
手当たりしだいに読みあさる文学少女だったという。
高校2年生の時その後の人生に大きな影響を与える作品と出会った。
シュテファン・ツヴァイクが書いたマリー・アントワネットの伝記。
副題は「或る月並な女人の肖像」。
マリー・アントワネットといえば庶民の暮らしを顧みず贅沢を尽くした悪女のフランス王妃。
民衆の敵として描かれる事の多い人物。
しかしこの伝記では違っていた。
全く平凡な一人の女性が自分の平凡さに似つかわしくない大きな運命の中に投げ込まれてこんなにも悲劇的な生き方をするんだというショックとそれとず〜っとアントワネットは人生が何なのかって事を考えずに多分生きていると思うんですね。
それで本当はマリア・テレジアという偉大なる女帝の娘ですから頭もいいし才能もあったはずなんですがそれを生かすという事も考えずにちやほやされてただただ楽しいだけの人生を送ってきてああいうふうな悲劇的な状況になって初めて自分の持っているいいものを発揮してるんですね。
非常に頭もいいし文章力も優れていると思うんですが…。
彼女の場合は自分にとって人生は何なのかとか自分の持っているものを発揮できる時にはもう既に死しか待ってなかったというそれがやっぱりとても衝撃だったのと一人の女性がそういう運命の試練を経てここまで変われるのかというそういう事に大変打たれました。
ベルサイユ宮殿を舞台にいつの日かマリー・アントワネットの物語を作りたいそう強く思った。
この本との出会いが「ベルばら」誕生のきっかけとなった。
しかしそれが作品として実現するのはもう少し後の事となる。
高校3年生池田理代子は大学進学を考えていた。
この時点での将来の夢は学者になる事。
しかし父親は大学進学には反対だったという。
当時の女性が学者を目指して大学に通うという事はまだまだ一般的ではなかった。
昔かたぎで厳しかった父を説得しなければならない。
お願い!娘の熱意に最後はしぶしぶ納得した父。
しかしそれには厳しい条件がつけられた。
出された条件は大変厳しかったですよ。
浪人をさせない国立大学だけ1年間しか授業料出さないという事で2年目からは自分で働いて行けっていう事でしたから。
池田は厳しい条件を全てクリアーし東京教育大学に合格。
しかし入学するとそこは学生運動の真っただ中。
東京教育大学は全国の大学の中でも特に学生運動が激しかった。
筑波への移転問題を抱えたりしてましていろいろその闘争が激しかったもんですから日本で一番最初に機動隊の入った大学なんですね。
やっぱりそういう中で何かノンポリを決め込むっていうのは卑怯なような気がして…ちゃんとやってました真面目に。
(取材者)何をやってらしたんですか?学生運動を。
自分自身を見つめ直した時代。
革命自立といった言葉がその後の池田理代子の人生を左右していく事になる。
いい加減に生きるのは嫌だとやっぱり思いましたね。
だから当初は授業料を2年生から自分で出せと言われたんですがやっぱりそのころって19とか二十歳というのは社会とか世の中の大人とか親に対して大変批判的になる時期だと思うんですが親を批判しながら親から食わせてもらってるというのは大変卑怯な事だと思いました。
恥ずかしいと思ってこれは授業料だけでなく生活も親から自立しないといけないと思って私は1年生の時に家を出たんですけど。
結局食べるための手段で漫画を描き始めたんですけど。
家出同然に実家との連絡を断ち家庭教師ウエイトレスなどさまざまなアルバイトを経験するが長続きしなかった。
これならと思って選んだ最後の手段が漫画。
本人はかなりの自信があった。
しかし世の中そんなに甘くない。
大手出版社の編集部に持ち込んでもなかなか採用されない。
こんなはずじゃない…。
どこへ持ち込んでも「箸にも棒にもかからない」。
今まで望んだとおりに人生を歩んできた池田にとって初めての挫折だった。
今私は横浜にいます。
この人なしでは池田さんのデビューはなかったかもしれない…。
そんな人がいるそうです。
こんにちは。
こんにちは。
どうもよくいらっしゃいました。
どうぞお入り下さい。
北村二郎はかつて貸し本マンガを数多く扱う出版社を経営していた。
1960年代貸本がブームだった。
貸し本マンガとは書店で売られる漫画とは違うレンタル専門の漫画。
原稿料は安いが新人漫画家を多く受け入れていた。
大手出版社に全て断られた池田は「藁をも掴む」思いで北村のもとを訪れていた。
だから私どもからも随分たくさん出世して雑誌へ入った人いっぱいいますよ。
(はな)その中のお一人が池田さん…。
そうなんです。
池田の絵に将来性を感じた北村は早速デビューの場所を提供した。
最初の作品は「由紀夫くん」という学園ロマンス。
活発で気が強い主人公のはるみ。
体の弱いクラスメートしず子。
2人は転校生由紀夫くんを巡り恋の火花を散らします。
やがてしず子は病に倒れ亡くなってしまいます。
そして由紀夫くんも病に侵されていました。
実は2人とも終戦直前に広島で原爆の影響を受けていたのです。
…というちょっと悲しい物語でした。
やっぱり彼女は絵もさる事ながらストーリーテラーって言うのかな?非常に物語を作るのが上手でしたね。
我々の方は要するにどの作者の作品が本が売れるかって。
それが人気のバロメーターですから。
実際どうだったんですか?売り上げ…。
よかったんですよ。
だから雑誌社からすぐにお呼びがかかった。
結構それはすぐ?すぐですね。
やっぱり彼女の出世のためを思えばね…作家としての漫画家としての出世の事を思えばやっぱり雑誌。
だけど早晩ねどっちにしたってあれだけの才能のある人ですからそのうち行くっていう事は間違いないんです。
それいつまでも押さえとく訳にいかない。
押さえるって変な言葉ですけどもね。
貸本での人気をきっかけについに大手出版社から声がかかった。
ようやくメジャーデビューを果たした池田は編集部の要請で学園ものの短編ラブコメディーを描くようになる。
新人漫画家には描きたい作品を描かせてもらえるような自由はない。
しかし人気作家になれば…。
そう思って池田は歯を食いしばった。
そしてついに待ち望んでいた声がかかった。
池田が描きたいもの…それは高校時代に伝記を読んで以来ずっと温めてきたマリー・アントワネットの生涯。
描きたいなと思っていたところにようやく「そろそろ長編でも」って言われたんでうわ〜って感じでしたね。
しかし編集部から待ったがかかる。
歴史ものは少女漫画にふさわしくないというのだ。
いや何でと言うよりやっぱりそういうもんなのかと初めて認識しました。
(取材者)どうしました?だから絶対に当てますからという約束をしました。
(取材者)その自信はどこから生まれるものですか?だって自分の頭の中にあったストーリーがとっても面白かったので…その時池田の頭の中にはかなり具体的な構想が出来上がっていた。
悲劇の王妃マリー・アントワネットそして男装の麗人オスカル。
池田は編集部を説得。
人気が出なければ打ち切りという条件つきで「ベルサイユのばら」の連載が始まった。
池田理代子24歳の春だった。
ただとにかく壮大なものにしようと思ってたので出だしだけはすごい大がかりなもの。
広がりを感じさせるものでしかも映画のナレーションのように入れて。
何かすごいものが始まりそうだなと読者に思ってもらえるようなものという事で。
最初のコマは世界地図から始めた。
そこから華麗な登場人物の紹介へ。
アントワネットの生涯の恋人スウェーデン貴族…男として生きていく事を強いられるフランス貴族の娘…そしてオーストリアの女帝マリア・テレジアの娘として波乱の人生を送るマリー・アントワネット。
幼いアントワネットがやがてフランス王妃になる。
壮大なドラマの始まりを予感させるものだった。
毎回漫画雑誌では読者の人気投票を実施していた。
漫画の世界では読者の反応がその後の連載を大きく左右するのだ。
もうテレビの視聴率と同じです。
その雑誌に掲載されたその号の中で表紙も含めて一番からビリまで全部きれいに出ます。
(取材者)それが判断の基準にされてしまう?そうですそうです。
本当にテレビの視聴率と同じ。
(取材者)それは怖いですよね?う〜んあんまり怖さは感じなかったですけどやっぱ後になってみるとね怖いものだなというよりそういうものの中で生きるというのはつらいですね。
当時ファンだった少女たちはインターネットを通じて今も情報交換を続けている。
衝撃的でしたもんねこれね。
ええ。
母親の方がはまってこれだったら毎週100円とか200円とかじゃないですか。
スポンサーがついたんですよ。
週刊だからね結構毎週買うと…。
子どもにとってはすごい大きいですよ。
金額がね。
クラスで回し読みしたでしょ。
みんなで資金出し合ってグルッと回ってくる頃には1週間たってるとか。
田舎に帰んなくちゃならなくていいや向こうで買えばって発売日だったんだけど買わないで行ったら田舎佐渡なんですけど発売日が2〜3日遅いっていうんですよ。
すっごいショックで。
2〜3日たったら帰ってきちゃうよと思って。
帰ってきてから今度はあるかどうかが心配で。
当たらないはずがないという池田の信念が少女たちの心を確実につかんだのだ。
タレントの中井美穂さんも「ベルばら」のとりこになった一人。
圧倒的に華やかだったですよね。
もちろんフランスでマリー・アントワネットが主人公なんていう壮大な歴史漫画みたいなものはあまり私は読んだ事がなかったので歴史の勉強になるという大義名分もあり微妙に本当に生きてた人とオスカルとかアンドレみたいな全くのフィクションとが入り交じっているのですごいガ〜ンって感じでしたね。
漫画として面白さを損なわず歴史ものとして史実にどこまで忠実にするのか。
人気の裏で池田は日々努力を重ねていた。
そうですねまあ日本で手に入る限りの資料を手に入れてという。
本を読んだだけじゃなく例えば当時のフランス史井上幸治先生とかそういった学者の方にもお電話で失礼だったんですがいろいろ伺ったりしましたので。
「ベルばら」に魅せられていたのは少女だけではなかった。
どうぞお入り下さい。
これねなんと本屋さんが「マーガレット」と「少女フレンド」をうちは届けてくれてたの。
普通は週刊誌は届けないんだけどねほかにいっぱい本買ってるからお宅は特別ですよって。
うちの女房がね寝っ転がってそれを両方とも読んでたね。
大ファンだったという妻の漫画を興味本位で見るうちにその魅力に引き込まれた篠沢教授。
そのうちある事に気が付いた。
そうなんです。
ある事に気付きましてね。
投書しちゃったんですよ。
(取材者)どこにですか?あの…この「マーガレット」の編集部に。
つまり…例えばこれですね。
オスカルのお洋服軍服なんですが。
これはもちろん革命前ですね。
革命前にこういう軍服着てるんだがこれは19世紀ナポレオン時代になってからの制服じゃないかなと僕は思ったのね。
でねちょっとこれをご覧下さい。
確かにフランスの百科事典で調べてみるとオスカルが着ている軍服はフランス革命後に使われていたものに似ている。
革命前にこの格好をしてるっていうのは無理だと思いました。
それでそういう事をですね投書したのね。
そしたらね面白かったですね。
しばらくしたらねこの最初のページの左側の欄外に「オスカルの軍服はナポレオン時代の軍服だっていう投書を頂きました」。
まあ…そこまで書いてはなくて「オスカルの軍服がちょっと時代が違うという投書を頂きました」っていう事だったかな。
「確かにそのとおりですがもうオスカルのイメージが出来上がっていますのでこのまま続けさせて頂きます」というお返事を欄外で頂いた。
それからね20年もたってからかな「僕はそのオスカルの軍服の事で投書した事があるんですよ」って申しましたらね「あああれ先生だったんですか」って池田さんがびっくりしておられましたけどね。
あれは小学生から中学生くらいの子どものために描いたもので。
そういう意味ではね調べた事の中から何を落としていくかというのは相当苦労しましたね。
ただそれをどう分かりやすく見せていくかというのが一つのプロかなと思いますね。
本当に池田さんはよく調べてらっしゃるし観察力もあるし企画力もあると思うんですがここでね革命前の宮廷っていうところに本当の人間的なドラマがあるという事を提示しているんですね。
だからそういう意味では例えば文学としても価値があるようなね中身があるなと僕は思いましたね。
それで絵がかわいいっていうのももちろんありますけどね。
当時歴史の時間に教師が「ベルばら」を薦める事も少なくなかったという。
親から目の敵にされがちだった漫画が社会的にも高い評価を受ける事となった。
人気が上がる一方池田にはもう一つの闘いがあった。
私はねちょっと腎臓が悪かったんです。
あの〜えっともう19の時ですから片方が働いてなかったのでそういう意味でしょっちゅう腎臓をやられてはぎりぎりまでほっとくもので高熱を出して入院するというそういう事を繰り返してました。
しかし売れっ子作家だった池田は静かに入院している訳にはいかなかった。
池田の入院に慌てた編集部。
「ベルばら」が載らない雑誌は売り上げに関わる。
ついにはこんな事もあったという。
今週だけお願いします。
よろしくお願いします。
退院して描いてからまた再入院っていうふうな事はありました。
あのねえっとね…いっそね死んじゃうんならいいんだと。
生きてるのにね連載が欠けるのは許さないって。
当たらないと言われていた歴史ものがいつしか看板作品に成長していた。
それではここで「ベルばら」を彩った華麗なキャラクターの世界を見てみましょう。
「ベルサイユのばら」の中で作者が最も描きたかったもの。
それはマリー・アントワネットの生き方。
やはりねもうそれは私は一番彼女が彼女らしく光り輝いたのは死ぬ時だと思うので。
その誇り高いマリア・テレジアの娘として自分はフランス女王として死ぬんだというそこのところをどうしても描きたかったですね。
天真爛漫な少女だったアントワネット。
美しく無邪気な少女がフランス王家に嫁いだ事で始まる激動の人生。
少女はその中で少しずつ成長していきます。
しかしその道は悲劇へと続いていました。
革命後被告として法廷に立つアントワネット。
下された判決は死刑。
しかし彼女は最後まで王妃として気高く誇り高く死に立ち向かいます。
そして美しき男装の麗人オスカル。
そのモデルは王を守る立場にありながら民衆と共に革命を推し進めた実在の男性。
しかし作者はその人物を女性として登場させたのです。
やっぱり男性でなおかつ軍人というのは私には描けないと思いました。
どういうメンタリティーでどういう生活しているのか全然分からないです。
まだ24歳でしたから。
(取材者)それを女性に置き換えた?はい。
女性だったらばある程度私も理解できるかもしれないというのはありました。
ベルばらブームをけん引していくほどの人気となったキャラクターオスカル。
少女たちはその美しさとりりしさに夢中になりました。
やっぱりオスカルっていう存在がものすごい衝撃ですよね。
女でありながら男として育てられたっていうその…う〜ん…何かそういう不思議な存在。
女でもない男でもない。
でも恋愛感情を持って女としていくし最終的にはアンドレという絶対の存在を見つけて女としての幸せを味わう。
でも死んでいくみたいな。
もううっとりですよね。
全てにおいて自分と全くかけ離れた世界にただ本を開けば連れてってもらえるっていう。
男として生きようとすればするほど女である事を意識せざるをえないオスカル。
その姿が多くの読者の共感を呼びました。
当時まだね女性が仕事を持って独り立ちして社会に出ていく事というのは非常に風当たりが強かったんです。
その事に関してそれは当然の事だというね自分の思い経済的な自立社会的な自立がなくてなぜね一人前の人間として意見が言えるんだろうかという思いは特にオスカルに込めましたね。
そしてアントワネットオスカルに並び人気が高かったのが死ぬまでオスカルを支えたアンドレ。
オスカルを愛し続ける男アンドレ。
その一途な愛に少女たちは心を奪われました。
そしてファンの誰もが注目していたのはオスカルとアンドレの愛の行方でした。
革命直前のたった一夜の出来事。
これは少女漫画史上に輝く初の本格的ベッドシーンといわれています。
本当に初めてちょっとベッドシーンが出てきたのってこの「ベルサイユのばら」の少し前に一条ゆかりさんの「ラブ・ゲーム」っていう作品だと私は思ってるんですけれどもそれもまあワンショットなんですよ。
だけどこれは1週間分全てにわたってもうめくってもめくってもベッドシーンなんですよ。
あれだけねあの〜丁寧にそういうシーンをあれだけしかも華やかに派手に正面から取り上げたっていうのは初めてだったんですね言ってみれば。
しかもだから…でもタブーを破ってあのシーンを取り上げるためには明日はバスティーユ攻撃でしょフランス革命で。
しかもそのバスティーユ攻撃じゃなくてもオスカルは結核でアンドレは目が見えなくなっててこれは2人とも革命で死ぬなっていうのは分かってる訳ですよ。
もうそしたら結ばれるとすればもうここしかないっていうもうそれだけの何て言うか設定があって初めてあのシーンって許されたんだと思うんですね。
だからそこまでにとにかくストーリーは盛り上がりに盛り上がっていくしもうここではもうそれしかないよねもうついにっていうね。
あれほどのやっぱり何て言うのかな…恋愛のクライマックスってそれから先にもないんじゃないかと思いますね。
「ベルサイユのばら」それは輝くばかりに魅力的なキャラクターたちに彩られた世界でもありました。
ベルばらファンを襲った衝撃的な事件。
フランス革命に突き進む中貴族の身分を捨てて民衆と共に戦ったオスカルが1発の銃弾に倒れる。
そして1973年12月2年にわたる連載が終了の時を迎える。
やっぱり短かったですね。
あの〜…っていいますのはやっぱりオスカルが死んじゃってから「もうあと10週でやめてくれ」って言われて。
もっと描きたかったですね。
向こうからやっぱりもうオスカルが死んじゃったからきっともうね人気も出ないだろうと編集部は判断したんだと思うんですけど。
オスカルの死後物語はアントワネットの生涯が閉じる瞬間へと進んでいく。
革命後自分の生き方を見つけたアントワネットは断頭台に消えた。
アントワネットの死後フェルゼンが民衆の手によって命を奪われるカットで「ベルばら」は幕を閉じる。
もうちょっと例えばロベスピエールとかあの辺をもうちょっと詳しく描きたかったけれどもまあでもあの…当時の少女たちにはそれが限界だったんだろうと思います。
歴史に残る大作「ベルサイユのばら」は以後30年以上にわたって愛され続ける作品となった。
池田理代子といえば「ベルサイユのばら」といわれるほどの代表作となった。
もうね人間として生まれてねそんなものを残せる人はそうは何人もいないと思う。
何億人もいる中でねあの人っていえばこの作品っていうものが残せるだけ幸せじゃないですか。
(取材者)残しましたもんね?うんまあずっと読み継がれるといいなと思ってますが。
いつか日本中に知られる存在になりたいと願った少女の思いは「ベルサイユのばら」という作品となって実を結んだ。
そして「ベルサイユのばら」は今も多くの読者に愛され続けている。
いや〜もっと見ていたいもっと浸っていたい…。
いえいえそんな…。
自分の顔が映ると何かああ10年間の歳月を…。
いえいえ何をおっしゃってるんですか。
でもね私オスカルが主人公かなと思っていたんですがマリー・アントワネットを描きたくてお描きになったっておっしゃってましたね番組の中で。
当初はそうですね。
ただそれだけをストレートに歴史もので描いても子どもたちがついてこないだろうと思いましていろんな架空の人物を創造しました。
とても架空の人物とは思えなくて本当に実在の人物も感情移入して私たちはね。
本当に作品がうまくいく時っていうのは作家の皆さんそうおっしゃると思うんですけれども登場人物が勝手に動き出す瞬間があると。
例えばオスカルとアンドレにしても最初オスカルは男性として育てられましたけど女性ですからいずれ恋をするだろうと。
その時に相手は誰にしようかという事でアンドレとは決めてなかったんですね。
フェルゼンである可能性もあるしあとジェローデルというオスカルに求婚した不届きな…。
やっぱりいろいろ可能性を最初に布石として出しとく訳ですよ。
でも途中でそれはやっぱり毎日そばにいる人の勝ちだろうと。
自然に決まっていく。
今オスカルが出ましたけれどもご自身オスカルのセリフの何かオスカルにご自身の思いを込めたと。
まさしくそのセリフですね。
こちら象徴的なセリフですけれども。
人間っていうのは心だけが自由であればいいというものではないと。
髪の毛1本血の1滴に至るまで全て自由でなければならないという。
やっぱりその当時自分のたどりついた本当に…何か実感ですよね。
これはやっぱりまさしく池田さんの思いという事?そうですね。
結局どんな隷属状態にあっても心は自由だよっていう言い方もあるじゃないですか。
でもそれはまやかしじゃないかと私はやっぱり思いましたね。
女はある程度年が来たら家庭に入る。
そして子どもを産み育てる。
そういった事がね女の幸せなんだって男の人たちがテレビとかそういうところで語る訳ですよ。
私なんかテレビに向かって「自分の幸せは自分が決めるわよ!」ってどなってましたね。
当時ね?はい。
それはどうなんでしょう。
今例えば政府なども女性が輝く時代と言ってますがどんなふうに見ていますか?何かわざわざ言われる事自体がうさんくさいなと思いますけど。
やっぱり女性も男性もですね例えば男性で自分は家事がとても好き育児も好きだから家庭に入りたいという男性の選択肢があってもいいじゃないですか。
女性でもそういう選択肢があってもいい。
働きたいという人がいてもいい。
そういう時にですねやっぱり女性だからここまでだよという何かいわゆるアメリカでガラスの天井っていわれてましたけど。
そういうものがねいまだにそんなに変わってないような。
ご自身の思いそして「ベルばら」の登場人物の思いそういう自由に生きたいという女性たちの願望が「ベルばら」はその時代を超えて今も読み継がれているとそういう事の一つの証しなんではないかなって気が致しますけれども。
ここで40年ぶりに発売された新刊新たなファンも獲得しているようなんですが。
VTRご覧頂きたいと思います。
今年40年ぶりに発売された最新刊第11巻。
物語を彩った脇役たちに焦点を当てた4つのサイドストーリーが収められています
オスカルの恋人アンドレの少年時代
オスカルの結婚相手の候補に挙げられたジェローデルのエピソード
王妃の恋人…
マリー・アントワネット処刑後の悲嘆の日々も描かれました
そしてオスカルの部下アランの物語。
アランは捕らえられた国王を移送中にオスカルの父ジャルジェ将軍と再会
将軍の苦しい胸の内を知る事になります
最新刊では本編ではあまり触れられなかったキャラクターの魅力が描かれています
40年ぶりの「ベルばら」に読者たちは熱狂しました。
発売直後は売り切れ店が続出し10月に入ってようやく書店に並び始めました。
昔からのファンに加え中高生などの若い読者も「ベルばら」の魅力に引き込まれました
こうした反響は出版社も予想できなかったといいます
「ベルサイユのばら」って古い作品なんですけどそのあともずっといろいろなファッションだったりとか商品だったりとかコラボを続けてきたりとかというのがあってもう何かこう古い新しいを超えてもうキャラクターが若い人の中にも認知されているというところもあるのでその抵抗感みたいなものというのは思ったよりも少ないのかなというのが実感ですね。
作品の持つ舞台のスケールの大きさですとかそういったところがやはりいつの時代にも新しい読者を引き付ける力になってるんじゃないかと思いますね。
「ベルサイユのばら」は40年の時を超えてなお読み継がれています
今回NHKのネットクラブを通じまして読者の方にアンケートをさせて頂きましたところ若い世代の人たちからも回答があったんですけれども。
少しご紹介しますね。
16歳の女性です。
「小学校の時に母が読んでいたのを一緒に読んではまりました。
『ベルサイユのばら』が大好きで早く読みたかったので買いました」。
そして33歳の女性ですが「『ベルばら』に出会って20年。
まさか今その新刊を楽しめる日が来るなんて夢のようで発売決定時から毎日楽しみにしていました」。
どうでしょう。
世代を超えて読み継がれている。
これはどういう…?そうですね…一つは歴史ものだという事ですから過去の歴史なので現在世の中がどれほど変わろうとそれに影響されるという事はないという強みはありますね。
それとやっぱり読んだ女の子たちが「私は大きくなってお嫁に行き女の子ができたら必ずこれを読ませます」というようなお手紙たくさん頂いたんですよ。
いろんな意味でいろんな立場の女性に印象を与える事ができたのかなと思います。
それは日本だけではなくて実は海外…海外でも非常に見られるという事なんですねこのファンの広がり。
ちょっとご紹介しましょうか。
こちらスペインですね。
赤ですね。
そしてドイツイタリアそしてこちらはフランスです。
そうですね。
出版されてるんですね。
これはベルサイユ宮殿の売店にも売ってますよ。
この間フランス大統領が来日された時のレセプションで随行の方が「私はフランス革命をあなたの漫画で勉強しました」って。
フランスの方が?はい。
「やっぱりあれがなかったらアントワネットに対してただの浪費家っていうようなイメージしかありませんでした」っておっしゃってましたね。
そして香港やインドネシアなどで…まあアジアでも愛読されているんですね。
更にファンが広がっているんですけれどもね。
そういう事の証しとして海外にも行ってらっしゃる訳なんですがこの写真をまずご覧頂きたいと思うんですが。
こちらは…。
これはね〜。
仮装して…?そうなんですよ。
ロミックスというやっぱり漫画アニメの祭典が毎年…。
これはイタリア?イタリアのローマでありまして。
そこに呼ばれた時の前夜祭なんですね。
ご自身はコスプレといってもなんと…。
これですね。
ピンクの…。
アントワネットですね。
ハハハッ。
気分よかったんじゃないですか?どうですか?何が気分よかったかと言うとパトカーが先導してくれたのですごい気分よかったですね。
同じイタリアでも…。
ノヴェッロで文学祭があるんですね。
ここに招へいされまして。
日本で私ども漫画家が文学祭に呼ばれるなんてそうないんですよね。
最初だから「漫画祭の間違いではないんですか?」って聞いたら…。
…っていうのは私が呼ばれたのは2010年なんですがその前の年の招待者がノーベル文学賞受賞者のサラマーゴさんなんですよ。
その次が私で私でいいんでしょうかと。
そしたら向こうのお答えが「現在のイタリアにおける中堅の作家で『ベルサイユのばら』の影響を免れた者はいないから」というような事を。
そういう意味で文化としての位置づけが…。
フランスでももう40年くらいの歴史を誇るアングレーム国際漫画祭というのがあるんですけれどもそこでも呼ばれまして。
フランスなんかは本当にいち早く漫画文化というものを第九の波第九の芸術として捉えてかなりの予算を割いて漫画文化の育成に力を入れてますね。
日本ではなかなか…?う〜ん…やっぱりあの当初長い間まあもちろん日本の漫画に海外が触発されてなんですけれども日本ではやっぱり漫画というものが文化としては正統に扱われてこなかったという歴史があると思うんですね。
子どもの読むもの…?そうそう。
読み捨てられるもの。
むしろ害毒を与えるものっていうそういう捉え方が多かったですね。
やっと最近になって経産省が予算を割いて「どうもこれは世界ですごく人気があるらしい」と。
何でも遅いですね日本は。
まさしくクールジャパンとして世界に向けて発信という事ですけれどもその辺りやっぱり今「遅い」っておっしゃいましたけどそういう事ですか?遅いと思いますね。
ですからもう海外特にヨーロッパなんかでは非常にレベルの高い文化に育ってますね漫画が。
独自の文化として。
日本はやっと重い腰を上げてまあ…少ない予算を割いてくれた。
でも何かどうなんだろうもう…もう海外に負けてるんじゃないかなという気がしない事もないですね。
その先頭いらっしゃるまず先駆けとして40年前から描いてこられた池田さんでいらっしゃる訳ですよね。
今改めて「ベルばら」を思い返されるといかがでした?ご自身の中で。
そうですねまああの…これを通じて世界に世界の女性たちに男性も海外は多いんですけれども日本の漫画がこんなに面白いというのを知ってもらえたっていうのはとてもうれしい事ですね。
どうでしょう今後という事で伺いますと今回も非常にやっぱり大きな反響ありました。
これからもファンはやっぱり描いて頂きたいなという気持ちはあると思うんです。
いかがでいらっしゃいますか?ご自身は。
そうですね…最初は本当に1作だけと思って描いてみたんですけれどもまあやっぱり40年ぶりに描くって大変な事でやっぱり筆力が衰えてるんですよね。
戻るまで本当に時間かかりましたけれども。
今また描いていましてまたまた長編になりそうで困ったなという。
あのね頭の中には湧くんですけど体力がついていかない。
でもこれからも本当に描き継いでそして私たちは読み継いでいかせて頂くという事で楽しみにしております。
本当にどうも今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
今日は池田理代子さんとご一緒にお伝え致しました。
2014/11/23(日) 13:53〜15:03
NHK総合1・神戸
NHKアーカイブス「“ベルサイユのばら”40年ぶりの新刊」[字]
少女漫画の金字塔「ベルサイユのばら」の新刊が40年ぶりに発売され、しばらく品切れが続く大反響となった。作者の池田理代子さんをゲストに迎え、その魅力を語り尽くす。
詳細情報
番組内容
【ゲスト】漫画家…池田理代子,【キャスター】桜井洋子
出演者
【ゲスト】漫画家…池田理代子,【キャスター】桜井洋子
ジャンル :
アニメ/特撮 – 国内アニメ
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
ドキュメンタリー/教養 – インタビュー・討論
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