明日へ−支えあおう− 復興サポート▽地域のつながりが新しい介護をつくる〜気仙沼 2014.11.23

今年も名物のサンマが豊漁です。
港は活気を取り戻しつつあります
震災の日津波と火災で壊滅的な被害を受けた気仙沼市。
死者・行方不明者の数は1,353人に上りました
あれから3年半余り。
沿岸部では土地のかさ上げ工事が始まっていますが商店や住宅など街の本格的な再建はこれからです。
復興に時間がかかる中多くの若い世代が職を求めて仙台などの都市部に移住。
人口流出が起こっています
その深刻な影響を受けているのが介護の現場です
御飯来ました。
市内にある特別養護老人ホーム。
津波で被災したため高台に移転し今年7月再開しました
しかし…
十分な数の介護職員を確保できていないためこれ以上の高齢者を受け入れられないのです
一方で介護が必要なお年寄りは増えています。
独り暮らしのお年寄りも多く今後施設への入所が必要になった時にどう支えるのか。
大きな課題となっています
今回の復興サポーターは兵庫県尼崎市の…
発想をどう転換していくか。
中村さんが言う発想の転換とは施設の中に住民ボランティアを招き入れ運営に参加してもらおうというものです。
施設と住民が協力して地域の高齢者を支えていく仕組み作りが大切だといいます。
今回の震災後中村さんは度々被災地を訪れ介護施設などへの支援を続けてきました
11月初め。
気仙沼市役所で話し合いの場が持たれました。
集まったのは…
現場で働く…
そして市役所の職員社会福祉協議会の担当者。
更に地元で介護を学ぶ高校生も参加しました。
みんなで高齢者を支える新しい介護の在り方について考えます
さあそれでは復興サポーターをご紹介しましょう。
どうぞお入り下さい。
兵庫県の尼崎市の特別養護老人ホームの理事長中村大蔵さんです。
よろしくお願いします。
震災の年の3月に初めて足を踏み入れまして42回目となりました。
私は特別養護老人ホームをみんなと一緒になって作りました。
現場は同じようなものでございます。
どことも人材不足でございます。
今日は皆さんからもヒントを頂きたいという事でやって参りました。
よろしくお願いします。
まずはですね皆さんが率直にどんな事を思ってらっしゃるのか。
これほど労働環境が激変するとは震災前と後ですけども考えておりませんでした。
勤務をして頂ける方々の確保が非常に難しい。
ただそれは一法人事業所の問題ではなくて地域福祉全体だと思うんですね。
うちもそうなんですけれども人材の確保ができていないので新規に作る事業というのは今休止状態になっている。
ただ支えなければならない人たちの数がすごく増えているなというのが実感なので本当に支え切れていくのだろうかというそういった思いに駆られる時があります。
身分の保証ですか。
例えば臨時職員嘱託職員ではなくてやはり正職員として働きたいという思いが職員には強いかと思いますのできちんとした収入の安定が望まれているのかなと思います。
全国的に介護員が不足しているというふうな現状の中で震災を期にそれが加速度的に進んだなあという実感があります。
職員が不足する事によってどうしても質が低下してしまう。
そこに対してそういう危機状況でも残ったメンバーたちが手をつないで一緒に盛り上げて現場を盛り上げていくという事も今早急に必要なのかなというふうに思っています。
行政や事業所だけでこれを解決していくというのは正直言って困難な状況だろうと。
地域全体が連動して一体的に高齢者を支える仕組みを新たなものを考え出さなければ成り立っていかないんではないかというふうな感じをしています。
皆さんがおっしゃってる事は全部当たってると思うんですね。
3K職場だとか私も耳にしてまいりましたしいろんな問題は現実ありますけれどもやっぱり私は介護っていうのは重労働ですけれども非常にヒューマンで知的な労働だと思うんですね。
人に関わるという。
その皆さんの気持ちがあればねやっぱり地域を変えていく事ができるんだろうと。
その地域を変える事によって今目の前にある困難な課題を克服していく解決していく事ができるのではないかなという感じがするんですね。
気仙沼の介護の人材不足を乗り越えるためにどうすればいいのか。
そのヒントを見つけるためにまずは中村さんの施設の取り組みを見る事にしました
兵庫県尼崎市にある中村さんが理事長を務める特別養護老人ホーム。
この日開設26周年を迎えていました
入居者や職員と共に祝っているのは開設以来施設を支えてきたボランティアの人たちです。
メンバーは地元に住む50代から70代の主婦34人。
自分の趣味や特技を生かし施設の運営に力を尽くしてきました
ボランティアの活動が始まるのは朝7時半
やって来たのは…
胡摩田さんは毎週火曜日職員の手薄なこの時間に来ると決めています
私の目か?腰はどうこうない。
20年以上通っている胡摩田さんは入居者みんなと顔見知り。
トイレにも連れて行きます
更に朝食の準備も手伝います
(女性)あんまり甘くなくておいしい。
そう。
あっおはようございます。
昼間の勤務から夜勤もあるこの仕事に移ったばかりの職員の様子も気にかけています
どうでしょうね。
今やる事いっぱいあるんでね。
一方花壇の手入れをするボランティアもいます
庭造りの好きな人たちが時間がある時にふらりとやって来て種まきや草取りなどをしています
今度はボランティアによる生け花教室です
どの花も見えるようにね。
入居者に寄り添い一緒に花を生ける事で四季折々の自然を楽しんでもらいます
多くのボランティアがいるおかげで職員は食事や入浴排せつなど専門的な介護の仕事に集中する事ができます。
更にボランティアが入居者のちょっとした変化を職員に知らせてくれる事も助けとなっています
この老人ホームが開設されたのは1988年。
当時老人ホームは都市部にはなく高齢者は遠い郊外まで移り住まなければなりませんでした。
そこで地域の中に老人ホームを作りたいと中村さんと住民たちが寄付を募りこの施設が誕生しました。
中村さんはこの施設を住民と一緒に運営していきたいと考え地域の知り合いだった坂本敬子さんたちに声をかけました
坂本さんたちは早速ボランティアグループを立ち上げます。
その活動は「自分にできることを見つけて好きなときに行う」という自由なスタイル。
中村さんから出た注文はただ一つ
それだけでした
するとメンバーからアイデアが次々と生まれ活動の幅が広がっていきました
今やボランティア活動は施設を飛び出し地域全体に広がっています。
週3回地域の高齢者が集会所にやって来ます。
坂本さんたちが始めたふれあい食事会。
独り暮らしの高齢者に手作りの料理を振る舞います
家に閉じ籠もりがちな高齢者に外出してもらい会話を楽しんでもらうのが目的です
老人ホームで始まったボランティアの活動が施設を飛び出し地域全体を温かくしています
さあボランティアのお二人に今日は来て頂いております。
どうぞお入り下さい。
ボランティアグループの坂本敬子さんそして胡摩田睦子さんです。
よろしくお願いします。
「お年寄りの嫌がることだけはせんといて」っていうルールしかないんですよね。
(坂本)はい。
最初はやっぱりねお庭の…掃いたりそれからお部屋っていうのかフロアのお掃除をしたり。
でもそうやってるうちに入居者の方が生活が豊かになるそういう何かを考える事が私たちの役目だなというのがやっぱり分かってきたんですよ。
自分の親に関わるような感じ。
何を望んでらっしゃるのかなというような事も察知しながら関わっていく。
そしてですね更にユニークなボランティアがあるので…。
これは居酒屋ですね。
食材等については施設が持ってあとはあんたら好きなようにしなさいという事で。
こちらは施設の中でお酒と手作りのおつまみを楽しんでもらう…
更に「たばこボランティア」。
たばこを吸いながら入居者と話をするだけでもボランティアになるといいます
愚痴を聞いたり自分の息子の自慢話をしたり。
もう態度でかいでしょう?この座り方も。
3本ぐらい吸うたら帰る人。
それでも誰も文句は言わない。
たばこを吸いながらお年寄りがいろんな愚痴を言われますね。
それをうまくユーモアに持っていくんですって。
そうするとみんなは本当にそんな事愚痴なんか忘れてわ〜っと笑う。
こういう事は職員の方ではね…。
ああ職員はちょっとやりづらいでしょうね。
「それ仕事か?」言われますしね。
という事で結果的にそれが人材難の一つの解決法になっていると。
率直にいかがですか?非常にユニークな形で施設に関わっているなと。
また自由にボランティアの自主性を重んじる形でこれまで展開してきたという事は目からウロコじゃないですけども気仙沼でもできるんであればやってみたいなと。
とても羨ましいボランティアスタイルだと思います。
やはり施設の方で窓口を開いて求めて頂ければそれに合ったボランティアができるんじゃないかと思います。
施設とボランティアの人だったり施設と地域同士の信頼関係っていうのがすごく築かれているんだなと感じました。
私も高校の部活でボランティアに行きたいと思ってもなかなか学校と施設側で連絡が取れなかったり都合も合わない事があったりしてなかなか実現できなかったんですけども私たちも楽しく一歩ずつやりたいと思います。
ここまでの議論でいかがですか?例えばうちの施設の方で好きにやっていいぞという形をとるのにどのくらいの年数がかかるのかなと。
ざっくばらんに言うとボランティアを受け入れるに対しての人手の配置が必要だったりあとはルール作りだったりとか。
自分たちの職場に人が入ってくるという事に対してすごく抵抗はもちろんあると思いますしかえって仕事の手間になってしまってる現実は多分あるんじゃないかなと正直に。
やっぱりね負担になる部分もあると思うんですよ。
でもまあその分入居者にとってはその事がプラスになると私は思ってますので。
職員の手はできるだけ煩わさないように自主独立でやっておりますので。
いやそうだろうなとは思います。
(笑い声)ちょっとした発想の転換が必要なのかな。
あえて申し上げると地域の共有財産だと。
施設は。
それを私は単に管理者として預かってるんだと。
みんなのものなんだからみんなで使って下さいと。
福祉施設っていうのは地域の宝なんだ。
その宝を磨くか磨かないかは地域の人たちにかかっているんだという。
地域と施設の差をなくしていく。
ゆくゆくは地域全体を福祉施設にしてもうたらええんやないかっていうのが私の結論なんですね。
地域全体を福祉施設にしてしまうという中村さんの構想はどんなものなのでしょうか?まず施設が地域の住民たちを受け入れボランティアとして育てます。
やがてそのボランティアが施設を飛び出し地域で暮らす高齢者の支援まで行うようになります。
施設を拠点にボランティアが町全体をカバーし地域に高齢者を支える仕組みが出来上がっていくという構想です
私たちの地域の場合は先ほど出ましたお食事会に関わり見守り事業に関わり本当に至る所でボランティアしているんですよ。
そういう人たちが自然に育ってくるんです。
いろんな方に出会いながら施設にも行ったりしながら「あそうか。
私はその施設のボランティアというだけではなくって地域のその世話焼きばあさんになったらいいんだわ。
それが一番私に合ってるんだ」という事をほんとにそう思いました。
どのように今…?まあ拠点になってるんですね。
今お話があったとおり拠点になっていて。
でそこから動きが出るから。
つまり連携。
ボランティアさんと例えば介護側の連携っていった時にボランティアさんとまず情報交換をしたり。
ボランティアってなるべきその力のある方と一緒になって例えば地域に出て話をするって場が何よりも大切だというふうには認識してそれをまず率先していくべきかなと。
福祉施設が持ってた閉鎖性みたいなものをねそれを開けさせるという…施設を開けさせるという事が外からの関わりでは必要なんじゃないかなと…。
ほんとに施設とボランティアは新しい地域社会をつくる共同のパートナー。
お互いがパートナーなんだという事を思います。
だからゆっくりだけど着実に地に着いた活動をやっていくんだという地域全体を地域住民が変えてやるというぐらいの気概をお持ちになったらいいんじゃないかなと。
更にもう一つ中村さんは介護の人材不足を解決するためのヒントになりそうな取り組みを紹介しました。
それは震災後気仙沼市内に作られたある施設の取り組みです
市街地から車で15分入った山里にその施設はあります。
2年前の9月に開所したデイサービスと有料老人ホームを兼ね備えた施設です
はいおはようございます!
有料老人ホームの入居者26人と近隣から通ってくる高齢者合わせて60人がサービスを利用しています
せ〜の…。
(一同)えいえいおう!
(拍手)
この施設を運営するのは地元に住む20代から30代の若者集団。
「介援隊」という会社です。
実は職員の多くが異業種からの転職組です
介護を始めて日が浅い職員が多くても利用者からは好評です
もともとは市内のデイケアセンターで働く介護福祉士でした。
この施設を立ち上げようと思ったきっかけは3年半前の震災でした
震災当時気仙沼市内には施設に入りたくても入れないお年寄りが独り暮らしも含めおよそ400人いました
その中には救助が遅れ亡くなった方もいました
意気込んで仕事を辞めた堀内さんでしたがお金も施設もないゼロからのスタートでした。
まず堀内さんは震災で職場を失った友人たちを誘いました。
そして山あいにあった廃屋を老人ホームに造り替える事を思い立ちます
20年以上使われずぼろぼろだった廃屋。
震災直後のがれき撤去の仕事でお金を稼ぎ材木などの資材を買って自分たちの手で改修しました
職員の採用にも奔走しました。
その際学歴や経験資格の有無は不問とし特に人柄を重視しました
資格や経験がなくても働ける若者中心の介護施設があるという評判が地域に広がりました。
すると就職希望者が増え今では30人の職員を抱えるまでになりました。
一人の若者の志から始まった新しい介護の形。
ここは人材不足にも負けず発展を続けています
ではお呼びしましょう。
介援隊のお二人どうぞお入り下さい。
(拍手)30人の職員がいますけれども約半分ぐらいが資格がない初めて介護に携わる者という事で私たちが雇い入れて一緒に働いてるんですけれどもその中の最大のメリットなんですけれども利用者さんの希望で例えば刺身を食べたいとかっていう希望があるんです。
でその時に高橋が水産加工あがりなんです。
それで「ブリの解体ショーをやりましょう」と。
でこの高橋が皆さんの前でさばくんですがものすごいうまいんです。
それを専門にずっとやってきた人間ですので。
利用者さんからも魚を切る名人という事で…。
介護に関してはやはりやってきた者に技術的には全然劣りますけれどもそういったところでヒーローになるといいますか…。
そういった事のメリットというのはすごく大きく感じてますね。
多分他の施設ではなかなかできない事だと思うので今までやってきた事をそこで発揮できるといいますか…。
それでおじいちゃんとおばあちゃんが喜んでくれるならそれでうれしいという気持ちで。
これもだから言ってみれば発想の転換ですよね。
異業種の人たちがやっぱり積んだ経験を生かしてるなあと。
前は葬儀屋さんという方もいましたよね。
みとりもちゃんとやるんじゃないかなと私は思ったりするんですけど。
どうでしょう?今後の課題何か感じてらっしゃる事ありますか?資格がない人たちを雇い入れてそれで終わりではなくてですね極力会社自体がいろいろサポートしてあげてそういった資格を取る人たちを増やしていきましょうという…。
職員たちがその資格を取った事によってもっともっと介護を長く続けていけるという事をサポートしてあげたらなという事は思ってますね。
で実は中村さんの所にもとても多様な人材がいらっしゃるんです。
彼は17歳の青年です。
中村さんの施設で介護の手伝いをしている17歳の少年です
法律に触れる行為をしたため中村さんが家庭裁判所から預かり更生に向けて指導しています。
お年寄りやボランティアとの交流の中で優しい気持ちを取り戻していくといいます
一番すごいなと思ったのは「ありがとう」という言葉は老人福祉施設は洪水のごとく我々は耳にしますね。
彼らは「ありがたい」なんて言われた事ないんですよ。
悪い事やってきたから。
それを洪水のごとくおばあちゃんおじいちゃんが「ありがとう」って言うわけでしょ。
「ありがとう」という言葉を投げかけられて初めて彼ら彼女も「ありがとう」という事を自分から口に出すようになるんですね。
「ありがとう。
兄ちゃんありがとう。
姉ちゃんありがとう」というのが。
自分を取り戻していくという。
自尊心を持たせる。
そして自分の存在に…まあ…再度確認してる。
でまあすごく慕ってくれて…。
今来てる男の子はとにかく私の姿を見ると3階におってもポッとどっかで見たらダーッと下りてきて「坂本さん」とか言って。
「あなたどこで見てたの?」と言ったら「上です」。
ほんで理事長に「仕事中だろ!」とかいうて叱られるとか。
映画にも行きます。
お食事にも行きます。
やっぱり彼らと接してるとかわいいいなやっぱりこの子が何とかいい方向に進んでくれたらいいなというふうな思いがすごくありますのでやっぱりすごくかわいいです。
中村さんの施設には更に多様な人材がいます。
韓国の福祉系の大学を卒業したあとワーキング・ホリデーで来日し働いている女性もいます
また知的な障害がある女性も正規職員として働いています。
お年寄りからの人気も高くこれまで17年間デイサービスの介護職員として働いてきました
彼女ですね資格取る事すらできない。
だけれどもこのスローな…あえて言うならスローな動きにお年寄りは非常に安心をしてる。
職員は…まあ言うならば出来のいい集団ですよね。
まあ出来の悪いとは言いませんけども異質な人がやっぱり自分の目の前にいるという事はお年寄りにとって非常に新鮮ですね。
いろんな施設の取り組みをご覧頂きましたけれどもどんな気持ちになってますか?今。
その人の特徴とか趣味とか特技とかをより生かした活動ができてるっていうのはすごいすてきだなと思いました。
私は小学校の時に日本舞踊習ってたので皆さんに披露できたらいいなと思います。
まさしく発想の転換というか思い切って冒険してみようというふうに変わっていったら何か希望が持てるかなと。
我々が福祉施設を運営していくというのはまさしく地域づくり…コミュニティづくりだろうと思うんです。
施設の人数が足るとか足らないとか頭数を合わすという発想では全く駄目ですよね。
一旦震災でコミュニティが解体していっている現状の中でそれをどう構築していくかという事それをセットで施設を運営していかなきゃならんだろうと私は思ってます。
そのためにこれやって寝てんのね。
おはようございます。

最後にグループごとに分かれ気仙沼のこれからの介護をどうしていけばいいか話し合います
どんどん来てほしいと。
(拍手)
グループごとに発表します
地域連携とかっていう意味で「みんなで手をつなごう」というふうに設定しました。
地域ボランティアに対しての要望という事で施設からですが実際介護現場では生活の質の向上まで手を出せない。
見守り・会話だけでもいいのでボランティアさんには来て頂きたい。
で地元に専門学校などが欲しい。
バックアップですとかそういう形で何か協力をしてほしいというような要望が出ております。
まずは地域ボランティアの関係なんですけども交流できる雰囲気づくりという事で挨拶であったりとかあとは関係者とボランティア団体とのパイプ作りという事で密接な関係を作る事によってよりよいサービス提供等ができるんではないか。
続きまして施設雇用条件のアップ推進して頂きたいという事がありました。
「笑顔の見える気仙沼」として話し合いを始めました。
地域ボランティアでは福祉介護に対する教育活動をしていく事。
元気なボランティアは元気な高齢者そして介護予防につながるというふうにまとまりました。
市役所は「心を開いて!聴いてヨ!」っていう事で介護・福祉に関する指導や研修会をしてほしい。
目線を合わせて話をできる場を作ってほしいと考えました。
私たちのチームは「地域の力づくり」というテーマでこれを考えました。
施設の方地域の方々の方への開放という部分。
あと「柔軟性と『チャレンジ』」という事で気仙沼の方ではまだまだ取り組みが足りない。
ただその難しいで止まってしまうのは今の現状だと思います。
なので私たちの方で「チャレンジ」という事でアピールさせてもらいました。
(拍手)全部見させて頂いてやはり一つはキーワードは「地域」だなという。
やはり地域をもう一度見直そうじゃないかと。
地域の仕組みを変えようじゃないかという事かなと私は理解いたしました。
既に皆さん方がなさってる事はその第一歩を踏み出してると思うんですね。
今日のこの皆さんがお顔を合わせて長時間お話しなさった。
これが一つの私は成果だろうと思ってるんですね。
既成の概念にとらわれずに少しだけの勇気を出して新しい事をチャレンジする事ではないかな。
そうすれば制度は後からついてくると思うんですね。
まず我々が動けば世界は周りは動くと。
動けば動くというような。
今日のこれを見まして確信いたしました。
最後に皆さんにですね今日の感想を話して頂こうと思います。
今日は尼崎の皆さんからパワーを頂きました。
でちょっと角度を変えると新しい世界が広がってるという事をつくづく思いました。
自分にできる事を一歩ずつやっていこうかなと思ってます。
今まではもしかしたら諦めていただけでこれからもっとできる事があるのではないかという可能性を今日は見つける事ができたと思います。
とてもいい機会をありがとうございました。
介護も福祉もこの復興と共に再生していくんだなと。
そして皆さんの意見を聞いて本当に個人個人の底力を感じましたし自分自身も個人力を上げていきたいと思いました。
気仙沼でそれぞれが動いてる。
ボランティアさんもたくさんいる。
志ある若い人たちもたくさんいる。
今日こうやって皆さんに縁あってお会いできてその点と点がつながった。
みんなで一つになるっていう事自体が本当に地域力の底上げになる。
私自身ももっともっと頑張ろうかなと思いました。
今日は人材不足からスタートしたんですが最後は本当に人材不足なのかな?というふうにほんとにそういうふうに感じました。
長い時間皆さんとこういう時間を共有できた事というのはすごいこれからの大切な財産になると思っています。
いろんな取り組みをして施設を運営してきた人の思いに触れて感謝の気持ちが本当に込み上げてきました。
更に私たちが次は担っていく世代になるので今ここでいろんな人と出会ったんですがその出会いを大切に何かのきっかけになると思うのでそれを生かして今後も頑張りたいなと思います。
より気仙沼に貢献したくなりました。
ありがとうございました。
(拍手)
人材の不足によって入居希望者を受け入れられない特別養護老人ホームの施設長吉田寛さんです
まずは施設の事を知ってもらうため地域の住民を招いて見学会を開く事にしました
施設と地域がつながりあう新しい動きが今気仙沼に広がろうとしています
介護の人材不足という深刻な課題を地域の力で乗り越えようとしているところが多いんですがではどうすれば地域の支える力が増えるのかそのヒントが被災した地域での動きにあるようですね。
さて地域の再生には若い人たちの力も欠かせませんよね。
若者たちが未来をつくり出す力を各界の講師から学ぶ「東北発未来塾」。
今月は海をどのように再生するのか海洋環境のプロフェッショナルに学びます。
講師の木村尚さんと塾生が向かったのは松島湾。
カキの産地として知られています。
一見順調そうに見えるんですがカキの赤ちゃん種ガキがうまく育たずに困っているそうです。
原因の一つは海の底にあるというのです。
何もない。
砂だけの…。
木村さんが着目したのは海草のアマモ。
大津波で根こそぎ流されました。
酸素を海に供給し魚の産卵の場ともなって「海のゆりかご」とも呼ばれています。
このアマモの復活を自然だけに任せてはいけないと木村さんは言います。
なくなってから始めましたっていうとさ立ち上がりが遅れるから。
木村さんが中心となってアマモを人の手で復活させようという取り組みが進んでいます。
塾生も植え付け作業に参加しています。
しかし4時間がかりで作業できたのは60m^2だけ。
一度失ったアマモを取り戻す大変さが身にしみたようです。
種植えとかやらせて頂いて正直地味な仕事だと思うんですけど…。
…というのは一つ感じました。
海の再生に向けて地域ぐるみで活動しようとイベントも行います。
いける?大丈夫?アマモの種から苗を4か月かけて育てるんです。
育てた苗を植えて海への愛着を持ってもらう。
心の持ちようが海の再生には欠かせないといいます。
…という事を本当みんな理解してほしいんですよ。
ちゃんと理解できてなくて…行け〜!
(笑い声)今回の取り組みを通して塾生たちは何を感じたんでしょうか。
「東北発未来塾里海のチカラ」第4週は24日Eテレで放送します。
そして12月はファッションデザイナーの山本寛斎さんに「人を動かすチカラ」を学びます。
では被災した地域で暮らす方々の今の思い岩手県宮古市の皆さんです。
宮古市津軽石に住んでおります。
私の家は津波で全壊しましたがボランティアの方々ががれきを片づけて下さり一応再建できました。
宮古で釣り船の船長をしています。
津波で船は流されましたが3か月で船を買って仕事を再開しています。
「大きな地震があったら津波は必ず来る」。
子供の時からそう教わってきました。
宮古市で旅館業をしています。
もともとは母の民宿でしたが津波で全壊してしまいました。
後を継ぐかどうかで悩んでいましたが自分の代で終わらせたくないという思いからこの10月に再オープンしました。
2014/11/23(日) 10:22〜11:10
NHK総合1・神戸
明日へ−支えあおう− 復興サポート▽地域のつながりが新しい介護をつくる〜気仙沼[字]

震災以降、介護人材の不足が深刻化している宮城県気仙沼市。高齢者が安心して暮らせる地域を作るために今、大切なものは何か。住民と施設関係者、行政が集まって話し合う。

詳細情報
番組内容
被災地で、介護の人材不足が深刻化している。宮城県気仙沼市の特別養護老人ホームでは、空きベッドがあるのに、十分な数の介護職員が確保できず、入居を希望する高齢者を受け入れられないという問題が起きている。気仙沼の介護をどう支えていくのか、住民とボランティア、行政、施設関係者が話しあう。復興サポーターは、兵庫県尼崎市で、施設と住民が協力して地域の介護を支える仕組みづくりに取り組んできた中村大蔵さん。
出演者
【出演】復興サポーター…中村大蔵,胡摩田睦子,坂本敬子,【司会】内多勝康

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
福祉 – 高齢者

映像 : 1080i(1125i)、アスペクト比16:9 パンベクトルなし
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