団塊スタイル「音無美紀子 歌声に支えられて」 2014.11.21

自分が上に立つことが楽しくなったりとか…。
いじめてしまう気持ちを考えるといじめがなぜダメかが少し見えてこない?高橋さんの話のつづきは番組ホームページで。
「あの女のこと信用しきっとったんです」。
輝く人の魅力に迫る「D’sスタイル」。
今回は女優の音無美紀子さん。
「土井ゆきえは大うそつきです」。
「あなたのそのまなざし私に結婚申し込んでるのね?」。
キャリア43年映画やテレビドラマそして舞台など演技派女優として活躍しています。
音無さんは38歳の時乳がんが見つかり更にうつ状態となり苦しみました。
支えとなったのは夫で俳優の村井國夫さん。
そして2人の子供たち。
家族とともに毎日の過ごし方を少しずつ変える事で克服していきました。
そして60代になった今新たな取り組みを始めます。
歌声喫茶です。
全国各地を回り活動に熱中する。
その訳とは?そんな音無さんを2人の子供たちが支えています。
最初はそれ。
最初はじゃあこれで。
音無美紀子さん。
64歳の今を輝いて生きるその素顔と原動力に迫ります。
風吹ジュンです。
国井雅比古です。
人物の魅力に迫る「D’sスタイル」。
今日は女優業の傍ら音楽喫茶などの活動を精力的に行っている音無美紀子さんです。
何かお二人って言いますか風吹さんは随分長いおつきあい?そう懐かしいですよ。
長いんですよ。
私随分いろんな事を教わりました。
一緒にね料理教室誘って頂いたりなんかして。
で料理の腕は2人とも上がったの?いや私は分かりませんけどあちらは最初からもう。
今日お会いになるのは久しぶり?久しぶりです。
それではお呼び致しましょう。
音無美紀子さんです。
どうぞ。
こんにちは。
まあお久しぶりでございます。
ようこそ。
うれしいです。
私ドキドキしちゃって。
名前聞いた時からもううれしくてうれしくて。
ねえ〜お料理すごくお上手なんですよ。
いえいえ信じられないです全然。
お二人とも当然独身の頃ですか?いや私はもう結婚していましたし子供はいなかったよね。
VTRにありましたように38歳の時ですか?乳がんを患われて。
そのあとは?知らないでしょ?うつの状態に悩んでた。
何か青天の霹靂でした。
もうその当時乳がんでもがんそのものが年を取ってからそういう病気になるって。
自分はそんな年じゃなかったし全く思いもよらなかったです。
子育ての真っただ中だったし。
今回はその音無さんの転機と原動力となっている活動そしてその素顔に迫ります。
まずはこれまでの歩みをご覧頂きましょう。
昭和24年6人姉妹の四女として生まれた音無さん。
21歳で女優デビュー。
その後「おんな太閤記」など大河ドラマに出演します。
「よかった。
ねね殿がおそばに来て下されたら私も心強い」。
国民的映画「男はつらいよ」では28作目のマドンナ役を務め注目を集めました。
デビューから43年。
女優として今なお多忙な日々を送っています。
そんな音無さんが女優業の合間を縫って行っているのが…。
タイトルは「うつ病を乗り越えて」。
会場には50代から60代の女性が多く訪れています。
乳がんやうつを経験した音無さん当時の心境をありのまま話します。
音無さんの話に会場の人たちは深くうなずいたり涙を流したり聞き入っています。
音無さんは26歳の時に俳優の村井國夫さんと結婚。
一男一女に恵まれました。
しかし38歳の時に乳がんが見つかります。
がんは既に進行していました。
これは当時の心境をつづった文章です。
10時間にも及んだ手術。
音無さんは左乳房を全摘出します。
その後更なる苦難に襲われます。
そんな時復帰後初めてのドラマ出演が決まります。
主演は音無さんでした。
その衣装合わせが行われた時の事です。
役のイメージから監督に「半袖シャツで胸元を開いてほしい」と言われます。
左乳房を切除した音無さんには受け入れがたい注文でした。
しかし乳がんの事を隠していたため理由が言えず監督ともめてしまいます。
以来せりふが全く覚えられなくなり声も出なくなります。
追い詰められた音無さんは自らドラマを降板。
そしてうつ状態になっていきます。
負けず嫌いで完璧主義だったという音無さん。
そのため何もできない自分を責める日々が続きました。
そんな姿を見ていたのが夫の村井國夫さんでした。
でもそれは娘もつらかったんだと思いますね。
やだ泣いてるあの人。
いろんな事があったんですね。
そうですね。
だから当時あんまり自分の病気や何かを公表するような風潮じゃなかったし私自身若かったから自分の体にメスを入れて想像されるだけでも胸を取ったという…その形を想像されるだけでも嫌で絶対にばれないようにしたかったんですね。
だから病室から一歩も出ないというようなそういうコソコソとした病院生活だった。
だからどこ行っても「元気?」って言われたら「元気」って。
悟られたくなくて。
ホントはつらいんだけど「元気元気」ってやってたんですよ。
だからこんなはずじゃなかったというぐらい自分が疲れていくのが分かるんですね。
取り繕う自分が。
そうそう取り繕うのが。
一緒にお風呂へお嬢さんと入ってそういう時はお嬢さんが何かおっしゃった?初めて入った時…なかなか入らなかったんですよ。
本当に勇気が要る事で。
だけどここらで私もホントに向き合わなくちゃと思って勇気を奮って一緒にお風呂入ったんですね。
どういう反応するんだろうと思ったらもう全然傷を見ないんですよ。
ずっとママの私の顔しか。
じっとこうやって見てて目を下に下げないんですね。
見まいとしてるんだ。
見まいとするんです。
「え〜こんな気遣いができるの?こんな小さい子が」と思ったら私ギャーギャーもうポロポロ泣いたんです。
そしたら「ママ泣かないで泣かないで。
もう大丈夫おっぱいは生えてくるから!」とか言って彼女が泣いてホントに思い出してもホントにそれはね「え?」って。
「気持ち悪い」とか「ママどうしたの?」とか「いや〜」って言うかと思ってドキドキしてたんだけど彼女は全然見ないで。
でもきっとパパから「ママはこういう病気でこんなふうになっちゃったけど今は病院に行ってるから」ってそういう説明はきっと受けていたんだと思うんですね。
「おっぱいが生える」ってかわいい。
そうそう…。
精神的に落ち込んでいくうつ状態どんな症状になるんですか?テレビの番組で面白い番組見ててもちっとも笑えなくて。
周りがにぎやかな所に行けば行くほど自分があれ?私何でこんなに落ち込んでいるというか明るくなれないんだろうとか。
子供をかわいいと思えなかったりとか。
あと眠れなくなって。
ものは食べるけどおいしいと感じない。
で鏡を見たらひどい顔でね暗いんですよね。
何をしたかというとね笑顔を作ろうと思ったんですけど笑えないのよ。
自分の顔を見ながら。
見ながらね口角を上げられないんですよ。
「笑うってどうやるんだっけな」って。
この唇の端を持って笑う練習をして。
女優だから笑うなんて今までも実に簡単。
でも精神的な事がそこまで来るんですね。
そうだったんですよね。
想像つかない。
想像つかないそんな。
ご主人の村井さんはどういうような接し方を?運動会…子供の初めての運動会の時にお弁当作っていくじゃないですか。
もう「何作ろう何作ろう…」ってずっと悩んでいて「いや〜お弁当できない…」って言うもんだから前の日に村井が駅前のおいなりさんとかおにぎりとかそういうものをど〜んと買ってきて「いいんだよこれをお弁当箱に詰めてあと水筒を持って果物でも持っていけばいいからこれをきれいに詰めればいいよ」って買ってきてくれて親切に。
それを見て逆上したんですね。
「そんな簡単な事できるんだったらこんなに1か月も悩んでない!」って。
「こんな事する親がいない。
こんなんじゃ恥ずかしくて運動会行かれない」って言って。
もうギャーギャーホントに泣いたんですね。
そしたらテーブルをガーンとたたくように「君はねそういう見栄っ張りだからそういう病気になるんだ。
いいじゃないかできないなら私できませんって買ってきましたってどうして言えないの?」って言って。
ガーンと。
「格好つけるんじゃない!」って言われて。
でもそれを言われて何か私心に風穴が開いたというか閉じてた心が少し開いてきたんですね。
「そうだ。
私そうよ」って。
いつもいつも見栄というか頑張っちゃってできないのに引き受けてきたり。
ちょっとねこちらをご覧頂きたいんですが随分かわいい。
かわいいですね。
これ長女の麻友美さんが小学校1年生の時の夏休みの絵日記なんです。
ちょっと紹介致します。
「8月26日今日私は夜ごはんを作るお手伝いをしました。
お母さんに目玉焼きの作り方を教えてもらって焼いてみました。
フライパンに卵を割って入れるのが難しかったけど上手にできました。
後片づけもみんな1人でやってほめてもらいました。
お料理は面白かったです。
またやりたいなと思いました」。
卵を割る事までちゃんと書かれてるじゃないですか。
そういう時はやっぱり大切な時間だったんでしょうね。
私キッチンに入れなかったの。
もう何か怖くて。
何もできないから。
だから「何作るの?」って言ったら「目玉焼き」って言うんですよ。
目玉焼きできるかな…って。
フライパンを火のところに持っていくまでもドキドキドキドキ…しっぱなしだったんですよね。
それで「卵はこうやって割るのよ」って割ったらすごいきれいに割れたんですね。
「私できた!」ってまみちゃんが喜ぶ前に私が喜んで「あっやればできる」って。
もうその卵の黄身の黄色がいまだに覚えてるんですね。
やればできるって。
「ママすごい!」「ママおにぎりすごい上手」とかねそういう言葉がすごく覚えてるんだけど「私すごいんだ役に立つんだ」というその一歩だったんですね。
そのうつ状態変わりました?変わりましたね。
何かもう楽にしようって。
歌じゃないですけどありのままに。
眠たい時は「起きられません」。
ごはん作りたくない時は「食べにいって下さい」って。
もう何かそういう自分の無理をしない生き方というか好きな事を楽しもうかなというふうになってきたかしらね。
大変苦しまれた音無さんですけれども今熱中している事があります。
エネルギーの源にもなっているというその活動をご覧頂きましょう。
ここは東京都内の音楽喫茶。
60代を中心に大勢の人たちが集まっています。
聞こえてくるのは懐かしいメロディー。
そしてステージには音無さん。
こちらの「青い山脈」を皆さんに一緒に歌って頂きたいと思います。
今ライフワークとして取り組んでいるのが歌声喫茶です。
・「若くあかるい歌声に」昭和30年代から40年代にかけて若者の憩いの場としてブームを巻き起こした歌声喫茶。
団塊の世代など当時を知る人にとって懐かしい青春の思い出です。
その歌声喫茶を音無さんは自ら企画。
東京だけでなく月に1回全国各地を回っています。
参加者の多くは歌声喫茶で青春を謳歌した人たちです。
当時を思い出しながら心を一つにして歌います。
・「今春が来て君はきれいになった」・「去年よりずっときれいになった」「クッククック」ですね。
客席を走り回りリクエストに応える音無さん。
参加者と一緒になって会場を盛り上げていきます。
ありがとうございました。
音無さんがこの活動を始めたきっかけは東日本大震災でした。
音無さんを襲った不安。
それはかつて苦しんだうつの再発。
そんな時震災のチャリティーイベントに招かれそこで歌声喫茶と出会います。
音無さんは大勢の人たちが一つになって歌う姿に魅了されました。
震災直後から被災地で支援活動を行っていた音無さん。
新たに歌声喫茶で慰問する事を考えます。
音楽家やタレント俳優仲間がその活動に賛同し集まりました。
震災から9か月後歌声喫茶を始めます。
その収益をもとに被災地に出向いています。
スタートから3年。
その活動は広がりを見せています。
ありがとうございます。
すごい!お上手!すごい!よみがえってる!楽しいでしょ?いや〜でもよみがえりましたね。
「美紀子ちゃんだ」って感じ。
風吹さんの知ってる…。
美紀子ちゃん。
あのまま精力的でね。
そのきっかけだったのが東日本大震災。
当時大震災の時に私全然ダメになっちゃって「この映像見ちゃダメ」って思ってテレビから目をそらすぐらいつらかったんですよ。
私が津波に遭ったりとか震災に遭ってる訳じゃないのに私がこんなじゃいけないんだって思って何か行動を起こさないと私またバタンと寝込んだまま起きれなくなるんじゃないかと思ってそれで都内のホテルで支援目的の歌声喫茶を宴会場でそこで入場料じゃなくて募金箱を置いて皆さん募金してそして歌をみんなで歌って…というそういうイベントがあったんですね。
気がついたら自分もものすごい大きな声で歌ってて。
歌ってるうちにどんどん元気になっていったんですよね。
ああすごいなって。
歌を歌うという…。
みんなで歌う楽しみを共有するというかその楽しさがね。
元気になってきてこれもしかしたら私今被災地に行ったって何もお手伝いする事はないけどもしかしたらこれこういう歌声喫茶みたいな事をみんなで行ってやったらどうだろうかって。
一緒に行った友達みんなで盛り上がって「いつかやりたいいつかやりたい」という話になったんですよ。
3.11からいろいろ計画を練ってその年の12月に東京で1回目をやって「こういう趣旨でやります」って。
「皆様からご支援を頂いた支援金を活動費とさせて頂いて私たち歌声喫茶の出前をします」って事になって…始まったんです。
最初に行ったのが宮城県の石巻とか東松島とか七ヶ浜とか1泊2日で7か所ぐらいでやったんです。
喜んだでしょうねきっと。
もうその歌声を聞いて「何かやってる」といって最初は出ていかないでドアの所からのぞいていた方がいつの間にか参加して一番大きい声で歌って下さったり。
私も先日音無さんの歌声喫茶…。
そうびっくりしちゃったの。
どういう事をなさってるのかと思って行って。
とてもいい雰囲気で満員盛況っていうのかな。
前の方が歌うと当然こちら参加者も一緒になって歌うんですけれども私もね大きな声で後ろの方でちょっとこう拝見しながら。
本当だ。
いたいた。
歌いましたけども。
やっぱりこの歌声喫茶というのはみんなで声出すのがいいですよね。
そうですね何か唱歌みたいなのがとってもリクエストが多いんですね。
唱歌を歌うと学校時代の音楽教室を思い出すって。
気分が高校生女学生時代に戻ったみたいなそういう魅力が多分歌声喫茶にはあるんじゃないですかね。
やっぱり自分で活動していく訳じゃないですか。
その中での変化自分の中の変化というのは何か?やっぱり歌声喫茶を始めるようになってから1人じゃ何もできない。
1人じゃ何のお手伝いもできないけど何かみんな仲間がどんどん集まってくれてそして東京で開催する歌声喫茶なんかに来て下さる方とすごく仲よしになったりとか。
もちろん東北の方たちとも仲よくなってお友達がすごく増えたんですね。
あと私にできない事を一生懸命支えてくれる仲間が私はこうやってみんなに助けてもらえるって。
「助けて」って言えばみんなが集まってくれるんだという。
何か逆に楽になったというか。
あと待ってくれてるというだけで自分が元気をもらえるというかね。
私が元気じゃなきゃお届けできないという思いもあるし。
さて続いては音無さんが人に頼る事で音無さんの日常がどう変わっていったのかご覧頂きましょう。
音無さんの自宅です。
この日歌声喫茶の準備に追われていました。
小道具から会場で配るお菓子まで自分たちで用意します。
メンバーはそれぞれ仕事を抱えながらも準備のたびに集まります。
かつて何をするにも1人で頑張りすぎていたという音無さん。
しかし今では多くの人に頼るようになりました。
仲間に囲まれての作業。
音無さんは自然体でいられると言います。
メンバーには長女の麻友美さんもいます。
女優の仕事をしながら参加しています。
1回ではもちろん覚えられないんですけど。
この日は地方での歌声喫茶の活動。
向かったのは大分県臼杵市。
長女の麻友美さんそして長男の健太郎さんもいます。
会場は市内の旅館。
夜の開演に向けて準備に取りかかります。
健ちゃん。
後ろから見た?舞台制作の仕事に携わっている健太郎さん。
音響や歌詞を出すスクリーンの調整などを一手に引き受けます。
一方麻友美さんは小道具の準備。
時には音無さんと意見がぶつかる事も…。
この日も活動を共にしている仲間が駆けつけ会場を大いに盛り上げます。
本番中2人は音響機材の調整をしたり来場者へ気を配ったりそれぞれの役割をこなします。
今後どんどんどんどん頼る場面が多くなる訳ね私たち。
みんなそうですけど。
1人で頑張りすぎない。
歌声喫茶を通じて築いた仲間や子供たちとの関係が音無さんの今を支えています。
テレビをご覧の皆さんもうお分かりと思いますけど隣には母親の事を「おっちょこちょい」と言った長女の麻友美さんに来て頂いております。
よろしくお願いします。
おっちょこちょいというのは私は全然…。
音無さんは非常に完璧というか大変しっかりしてるという感じがしますがどうなんですか?実際は。
しっかりしてる部分もありますけどやっぱりおっちょこちょいですね。
「あ〜あれ忘れてきちゃった」とかそういうのしょっちゅうですし人の話聞いてなかったり「さっき言ったでしょ」というのが結構あったりして。
けんかとか親子でしたりそんな事はあるんですか?ありますよ。
同じ職業女優さんお互いにやってるので「せりふがおかしい」とか言っても親と子って「あ〜そうですね」とは言わないじゃないですか。
「だけど」ってすぐ言い訳をしてると「あんた言い訳しないでしっかり聞きなさい」って事はありますね。
ホントに図星の事を言われるので「分かってるよ」って。
やっぱりどうしてもなっちゃうんですよね。
でもそうやってぶつかる事ってすごく大事な気がしますよね。
親子じゃないとぶつかれないというか出すところ出さないと感情を。
そうしないとママみたいになっちゃう。
そうそうそう。
ホントそうよ。
さっきお母さんが東日本大震災の時にまた気持ちがうつに近いような状態になったって。
それは感じてました?感じましたか?そうですね。
やっぱ元気ないなとか。
本人も「外に出る気がしない」というふうに言ってたので「じゃあどっか行こうよ」とか誘い出したりはしてましたね。
さっき絵日記を見せて頂いたりした時にその時の記憶とかってありますか?あの時の記憶は全然なくて。
うつだった事とかは本を出したのでそれで「あ〜こんなに大変だったんだ」というのを大きくなってからちゃんと知ったんですよね。
でもホントにその時の事は覚えてないんです。
じゃあお風呂へ入った時も覚えてないかな?覚えてないんです。
だから読んで「私いい子だな」って。
いい子ですよね。
ホントにいい子ですよね。
…で今いろいろ話が出ましたけれどもご主人の村井國夫さんに話を聞いています。
ご覧下さい。
先輩の俳優としては非常にそういう意味では興味深いものがあり尊敬もありみたいなところが…。
家族で尊敬というのは変な言葉なんですけども…。
まあよく言うんですけども…。
僕はやっぱりそういう意味では…。
それは子供たちもそうですけども…。
やあね恥ずかしい。
でも面白い方ですよねホントに。
「一日も早く俺が先に逝って」とか言ってましたね。
それはもうねその方がいいと思います。
この子たちがかわいそう。
病気になって変わりましたか?國夫さんご主人は?そりゃ変わりましたね。
これは我が家の大事件だった訳で大きな節目になった訳だし私自身もそこを乗り越えて今があると思ってるのであそこをやっぱり彼はとても大きな重大なホントに崖っぷちに立たされて私を眺めてたと思うんですね。
自分の事だけ見えるみたいなタイプだったのが優しくなった。
本当に私にも優しくなったし。
「じゃあ頑張ろう」とか言うと「いや頑張らなくていい。
いいよいいよいいよ」って。
そういうふうな人になったかな。
へえそんな充実した今これからの人生をどんなふうに思いますか?これから…これからですね…。
これから私女優業頑張ろうかな。
すばらしい。
「出番はこれからだぞ」みたいに思って。
楽しみ。
ありです。
いや〜分かんないんですけど何かねいろんな事を今までやってきた中で今一番気持ちを楽に芝居とか何かやれるような気がする。
子供の事も全然気にならないし気にならないって手がかからない。
手がかかるといえば主人が一番かかるんだけど。
でもその村井さん…主人が認めてくれるというか。
「お芝居やんなさい」って「もっとやった方がいいよ」って言ってくれるのでこれからかなと思って。
とっても期待しちゃいます。
私今話聞いて楽しみ。
麻友美さんはこういうお母さんを見てどんな事を感じますか?そうですね。
ホントにうれしいですしいっぱいいっぱい女優さんとしてまだまだ活動してほしいですしその背中をいっぱいいっぱい見ていきたいなとすごく思ってます。
どうも音無さん麻友美さんありがとうございました。
どうもありがとうございました。
久しぶりにジュンちゃんに会えてうれしかった。
さて今日のお茶は何でしょうか?今日のお茶はサフランティーです。
サフラン…。
パエリアとかね。
カレーのライスによくサフランライスなんてつけたりしますよね。
色づけでね。
今日はシナモンスティックとそれからジンジャー。
あ〜ショウガも入ってる。
どうぞ。
きれいな色ですね。
じゃあ頂きます。
どうでしょう。
あ〜暖まるねこれは。
すぐ分かりますねジンジャー。
体に良さそうないい味がしますよね。
私もサフランはよく頂くんですけどお茶にして。
血行が良くなるんですね。
さて続いては視聴者の皆さんからの投稿をお伝えする…「40歳の時夫に窯を買ってもらい自宅で陶芸教室を始めました。
「退職したら2人でやろうね」という願いを込めて2人の名前伸一と明美の字を一つずつ取って「伸明窯」と名付けました。
夫も先月退職し教室を手伝ってくれています。
教室には20代から70代までの生徒さんが集まりそれぞれ好きな形の器を作ります」。
あ〜これがそうですか。
おしゃれですね。
わあこれでコーヒーいれたらおいしそう。
「出来上がった器に持ち寄った料理を盛り付けてランチしながらおしゃべりするのも楽しみの一つです」。
いや〜楽しそう。
「夫と生徒さんと大好きな陶芸をずっと続けていきたいです」。
焼き物するだけじゃなくて自分たちで作った器で食事をするというのもいいですね。
おしゃれですね。
この「私の団塊スタイル」のコーナーでは皆さんから写真そしてお便りを募集しています。
趣味や仕事打ち込んでいるその姿を是非お寄せ下さい。
皆様からのご投稿をお待ちしています。
今日は音無さん。
美紀子ちゃん懐かしかったけど会ってない間にこんな苦労があってホントに心の広いお姉さんな感じがあったんですよね。
でも変わらず。
今日もお話していくうちにどんどん…やっぱり女優さんだなって。
あ〜そうですね最後のね。
最後のひと言が「そうですよ女優ですよ」って。
何か鮮やかにどんどんどんどん輝いていくのがそばで感じられましたもんね。
そうですね。
女優魂って言うんですかね。
すごいものがあるんですねやっぱりね。
風吹さんもその女優魂を…。
いやいや私なんか何もないので。
でもホントに…。
これからですよね。
あんなふうに…ちょっと勇気を今日は頂きました。
そうですね。
2014/11/21(金) 20:00〜20:45
NHKEテレ1大阪
団塊スタイル「音無美紀子 歌声に支えられて」[解][字]

輝いて生きる人の魅力に迫るD’sスタイル。今回は、女優の音無美紀子さん(64)。乳がん、うつを経験して、60代になって始めた“歌声喫茶”の活動と思いに迫る。

詳細情報
番組内容
輝いて生きる人の魅力に迫るD’sスタイル。今回は、女優の音無美紀子さん(64)。38歳のとき、乳がんが見つかり、その後、うつ状態となり、夫の村井國夫さんの励ましや子育てを支えにうつを克服していった。60代を迎え、音無さんが熱中しているのが“歌声喫茶”の活動。3年前、東日本大震災のチャリティーでスタート。子どもたちも活動を支えている。「今、人生の充実を感じる」という思いをこれまでの苦労も交えて伺う。
出演者
【ゲスト】音無美紀子,村井國夫,村井麻友美,【司会】風吹ジュン,国井雅比古,【語り】秀島史香

ジャンル :
情報/ワイドショー – 暮らし・住まい

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
日本語
サンプリングレート : 48kHz
2/0モード(ステレオ)
日本語(解説)
サンプリングレート : 48kHz

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