天使にふんしたこの男性。
実は世界的な経済学者。
今、その存在が注目されています。
先月、86歳で亡くなった宇沢弘文さん。
行動する経済学者で経済成長が引き起こす問題の解決策を現場に飛び込み提案しました。
すべての人々が幸せに生きられる社会を考え続けその思想は世界から高く評価されました。
今、宇沢さんの思想は地域再生や被災地の復興の現場にも息づいています。
格差や貧困が深刻で出口が見えない日本。
今夜は、宇沢弘文人間のための経済学に迫ります。
こんばんは。
「クローズアップ現代」です。
経済学は、現実の人々を幸せにするものでなければならない。
先月、86歳で亡くなった経済学者、宇沢弘文さんの信念でした。
宇沢さんは世界的な数理経済学者としてノーベル経済学賞の有力候補といわれた一方で経済成長がもたらすゆがみを実際に解決しようと日本中を飛び回る現場主義を貫きました。
また、さまざまな分野で活躍されました。
例えば、こちらのこの教科書。
今の20代から40代の皆さんが使ったものです。
この編集に20年以上携わりました。
従来の枠には収まらない経済学者だったのです。
そんな宇沢さんが生涯追究したのが人間のための経済学です。
現在、経済学で主流となっている効率性重視で市場競争を重んじる考えに対し市場競争は必ず格差を拡大しすべての人々を幸せにはできないとして資本主義や社会主義という枠組みを超えた新たな経済学を提案しました。
それが今、格差の弊害が指摘される日本社会で注目されているのです。
戦後を代表する知の巨人宇沢さん。
人間のための経済学とはどんなものか。
それをどのように育んできたのかたどります。
NHKは金融危機のさなかの2009年宇沢さんへのインタビューを行っていました。
経済学のあるべき姿について語る宇沢さんです。
研究室を飛び出し現実の問題と向き合うことを大切にした宇沢さん。
公害問題に悩む水俣では患者を訪ねてはその苦しみを聞き空港建設問題に揺れる成田では国と住民の調停役を買って出ました。
理論にとどまらず現実の世界に貢献しようと考えていたのです。
宇沢さんが経済学を志したのは、戦後まもなくのころ。
東京大学で数学を学んでいましたが一冊の本との出会いが人生を変えたといいます。
「貧乏物語」。
経済学者、河上肇が書いたものです。
世界の経済大国、イギリスで貧困が深刻になっていく問題を明らかにしました。
すべての人が幸せに生きる社会を作りたい。
宇沢さんは経済学の道へ進みます。
研究のため向かったのは世界経済の中心、アメリカ。
経済成長の条件を数学的に分析した理論を構築。
36歳でシカゴ大学の教授に就任しました。
ノーベル経済学賞を受賞したジョセフ・スティグリッツ教授。
宇沢さんに教えを受けた一人です。
宇沢さんは大学で一人の同僚と激しく対立するようになります。
ミルトン・フリードマン。
市場競争を極めて重視する新自由主義の中心人物です。
社会のすべてを極力、市場に委ね競争させたほうが経済は効率的に成長すると主張していました。
これに対し宇沢さんは効率を優先し過ぎた市場競争は格差を拡大社会を不安定にすると反論しました。
アメリカ社会が効率や競争ばかりを重視するようになったと感じた宇沢さん。
1968年、日本に帰ることを決意しました。
しかし、日本で目にしたのも経済成長が必ずしも幸せな暮らしにつながっていない現実でした。
東大教授となった宇沢さんは帰国から6年後急速に進む自動車社会に警鐘を鳴らします。
当時、豊かさの象徴とされていた自動車。
宇沢さんは、それが本来、歩く人のためにある道を奪っていると主張。
事故の増加や大気汚染など社会にばく大な負担を強いるという新たな見方を提示しました。
経済成長と幸せな暮らしを両立させるにはどうしたらよいのか。
宇沢さんが提唱したのが社会的共通資本という考え方です。
社会的共通資本とは医療や教育、自然など人が人間らしく生きるために欠かせないもの。
これらは市場競争に任せず人々が共同で守る財産にします。
その基盤を確保したうえで企業などによる市場競争があるべきだと考えたのです。
人間らしく生きる社会とは何か。
宇沢さんはみずからある実践をしていました。
リュックサックの中にいつも入れていたのはランニングシャツ。
大学と自宅の間を走って往復。
自動車に頼らない生活を心がけていました。
お世話になりました。
ありがとうございました。
宇沢さんの生き方は多くの人たちの心に残っています。
弔問に集まったかつての教え子たち。
政策立案や、日本経済の第一線で活躍する人材になりました。
今、宇沢さんの家族は遺品の整理を続けています。
宇沢さんが病に倒れたのは東日本大震災の10日後です。
パソコンに残されていたのは「東日本巨大地震」という空のフォルダ。
何を書こうとしていたのか。
家族は思いを巡らせています。
経済学者、宇沢弘文。
人間のための経済学を追究し続けた人生でした。
今夜は、経済評論家の内橋克人さんにお越しいただきました。
内橋さんは、20年ほど前から、何度も宇沢さんと対談をされているということですよね。
宇沢さんは、豊かなひげもそうですし、番組の冒頭でご紹介した、大学の学園祭では、天使の姿をなさってる。
非常にユニークなお人柄が感じられるわけですけれども、実際にお会いになって、接して、宇沢さんって、どんな方ですか?
そうですね。
対談する相手が口を開きますね。
すると、表情がね、とても穏やかになるんですよ。
そして相手の、語り手、言いたいことを引き出していかれる。
とても優しい方なんですけれどね、それだけではありませんね。
厳しく優しい方なんですね。
ですからご自身が信じていらっしゃること、信条となさってることですね、これについて、正確でない発言、それについては厳しく問いただす、そういう先生だったと思いますね。
厳しさというのは、一つの、宇沢さんを語るうえで欠かせないものだと?
そうですね。
そして、その厳しさとは何かということが、大変、今ね、話さなければならないと思うんですね。
つまり厳しいっていうことは、誰に対して厳しいのか、誰に対して優しいのか。
例えば自然災害がある。
被災者、被災した人ですね、いますね。
しかし、自然災害だけではなくて、権力とか、経済、あるいは政治ですね、それによる被災者、政策の間違いによって被災する、そういう人々、いわば社会でそういう人々がさげすまれたり、あるいはまた忘れ去られたりする、そういう人々に、大変に心を寄せられる。
本当に寄り添った経済学ですよね。
それを追究された。
つまり、いつも社会的、政治的、経済的被災者に寄り添う経済学だったというのがね、私の率直な追憶のことばですね。
その社会的、経済的、もちろん自然災害も含んだ意味での被災者に寄り添う、それが人間のための経済学ということになるわけですよね。
そうですね。
つまり、人が人らしく生きていける。
これ、とても難しいことですよね。
そして今は、ますます、それが難しい時代に入ってますよね。
世界化、経済の世界化、あるいはまたですね、利潤の追求の厳しさ、そういう競争の激しさ、そういう中でね、ますます人が人らしく生きていける。
これはね、それを裏付ける制度がなければならない。
最初に、神野さんがおっしゃってましたね、お医者さんだと、世界の病理を治す、癒やすお医者さんである。
そうですね。
その医師、名医、優れたお医者さんとは誰かといえば、絶えずこう、臨床、患者さんと向き合って得たいろいろな問題、それを基礎に変える、基礎と臨床、現実と原理ですね。
その間を、本当に短いサイクルで、絶えず交換、往来なさる。
ですから、学理から見てどうなのか、そこを問われる。
そして現実を大事になさる。
こういう学理追究者だったと思いますね。
そして、そのたどりつかれたのが、社会的共通資本という考え方なわけですけれども、ひと言で言うと、ここに込められた、宇沢さんの思いっていうのは?
これはね、単なる公共財を意味してるんじゃないと思うんですね、経済学という。
そうではなくて、利益追求の対象にしてはならない。
誰のものでもない。
みんなのものだというね、こういうひと言で言えば、これは、とても概念は難しいと思いますけれども、そうした新しい経済の在り方、つまり社会を転換しなければ、とても実現はできない。
そういう経済、あるいはその制度、これをどうあるべきかを、本当に具体的に、しかも理論的に追究なさったね、珍しいけうの先生だったと思いますね。
まさにその人間のための経済学を追究した宇沢さんですが、その考えは多くの人に受け継がれています。
教育や地域再生の現場での実践です。
学校で使われる社会科の教科書。
宇沢さんが長年監修してきました。
宇沢さんと一緒に仕事をしてきた編集者の尾栢寛昭さんです。
宇沢さんから学んだのは社会の表側だけでなくその背後に目を向ける大切さだといいます。
サッカーワールドカップの写真。
尾栢さんは同じページに子どもたちの労働によってサッカーボールが作られている写真も載せました。
華やかなイベントの裏にある社会の現実にも、思いをはせてほしいと考えたからです。
地域再生の現場にも宇沢さんの考えは息づいています。
都市政策が専門の千葉大学大学院岡部明子教授です。
14年前に宇沢さんと出会った岡部さん。
社会的共通資本の考えに基づいた街づくりを模索してきました。
岡部さんが、その実践を続けている場所があります。
築100年以上の古民家。
長年、地域に残るこの風景には経済性だけでは計れない価値があると考えました。
住む人がいなくなり放置されていた家。
岡部さんは学生と傷んだ屋根の修理に取りかかりました。
作業を続けるうちに単に風景を残す以上の効果が現れてきました。
学生と住民の間に交流が生まれ地域の課題を共に話し合うようになったのです。
今ではこの家は地域の外からも人を呼び込む拠点となっています。
経済原理のもとで見放されつつあった建物でも地域を育む共有財産になりうると岡部さんは感じています。
被災地の復興に宇沢さんの精神を生かそうという人もいます。
見えてきましたね。
宮城大学で街づくりを研究する風見正三教授です。
宮城県東松島市は津波で大きな被害を受けた集落の高台への移転を進めています。
風見さんはここに建てられる小学校の計画作りを任されています。
実は風見さんは6年前まで大手建設会社で大型商業施設の開発などを手がけてきました。
そこで目にしたのは開発の陰で寂れていく地元の商店。
次第に、利益だけを追求する都市開発に疑問を抱くようになりました。
その後、宇沢さんの社会的共通資本の考え方を知った風見さん。
本当に住む人のためになる地域開発とは何かを考えようと会社を辞め研究者の道に進んだのです。
小学校の設計で心がけているのはできるだけ多くの人を巻き込むことです。
さらに自然保護団体と協力し学校の近くに遊び場も作りました。
作業したのは地元の人たちです。
一つ一つは、小さな取り組みのようにも見えるんですけれども、実に多様な分野にまたがっている、その影響は広がっているんでしょうかね。
そうですね。
宇宙的といいますか、非常にユニバーサルですよね。
ですから、それぞれの分野に種をまかれた、本当の理解者を見つけては、教えて、育てていかれたわけです。
そういう方々が今、現実社会、それぞれのところで、種をまいていらっしゃる、実行していらっしゃるわけですよね。
そのことが、これからの本当の意味の社会転換に結び付いていく、これを望んでおられたと思いますね。
人間が人間らしく生きる社会ということですよね。
今の日本、少子高齢化、人口減少社会といわれるこの今の日本にとって、宇沢さんの考え方が持つ意味、意義、どこにあると思われますか?
大きいですね。
宇沢さんはね、国富、国の富ですね、GDPとかその他、これが大きくなるっていうことと、一人一人の国民が豊かになるということは違う。
これがますますかい離していく、離れていく。
そこに日本経済の、日本社会の病理があるということを、はっきり分析なさっているわけですよね。
そういう意味からいえば、本当の意味で、一人一人が豊かになっていく。
そのために、人口減少社会、あるいはそのGDPそのものが減少していく。
もはや大国ではなくなった、一人一人が豊かになるためにどうするのか、その制度はどうあるべきか。
これね、一人一人の、つまりお弟子さんといいますか、現実社会でおやりになってる方々が、種をまいてるわけですね。
その人々は、ある意味では、宇沢先生の存在、知らないかもしれない。
社会的共通資本ということばを知らないかもしれない。
それと知らず、しかし、全くそういう意味からいったら、継承者、実行者、実際にしていく人々、こういうふうにいえると思うんです。
そういう人が、一人でも増えてほしいと、社会転換、目指すべきですね。
脈々と受け継がれていく、古くて新しい考え方。
そうですね。
2014/10/30(木) 19:30〜19:56
NHK総合1・神戸
クローズアップ現代「人間のための経済学 宇沢弘文 格差・貧困への処方箋」[字]
先月亡くなった経済学者・宇沢弘文。ノーベル賞候補と目された世界的研究者だが、経済効率最優先の社会を批判、環境・教育問題でも活躍。人間社会の幸せを考えた人生とは。
詳細情報
番組内容
【ゲスト】経済評論家…内橋克人,【キャスター】真下貴
出演者
【ゲスト】経済評論家…内橋克人,【キャスター】真下貴
ジャンル :
ニュース/報道 – 特集・ドキュメント
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
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